料理、してみた
翌日。
三日坊主にならないように早起きして、畑の水やりのために外出した俺は、驚愕の事実を目にすることになる。
「…………は?」
芽が出ているとか、青い野菜が成っているとか、そういうレベルじゃない。
野菜が、もうできているのだ。
確かに作物の成長が早いとは書いてあったが、これは通常の二〜三十倍の成長スピードということになる。
いくらなんでも早すぎないか?
いや、ありがたいんだけれども。
「ひ、ひとまず収穫してみるか……」
ナスもきゅうりも、他人の育てたものなら、さぞ丹精込めて育てたのだろうと思うほど立派だ。
特にトラブルもなく、野菜を一通り収穫することができたが、さすがにこの画を使って動画を投稿するのはもう少し後にしよう。
長々と野菜の面倒を見るつもりだったので、妙に寂しさがある。
そのため、次はかぼちゃと人参の種を植えることにした。
……三日くらい放置しておいたら、家よりも大きなかぼちゃになりそうだな。
その夜。
本日の晩御飯は、収穫した野菜を使って作ることにした。
もちろん俺も手伝い、きゅうりを一本丸々使った、素材の味と形を生かした料理を完成させた。
そしてメインディッシュはピーマンの肉詰めだ。
「それじゃあ焼いていくわね〜。スズネちゃんはお皿の用意してもらっていい?」
相変わらずリリアは料理上手で、惚れ惚れするような手際の良さ。
その手腕は昼の建築の時も変わらず、基本的に彼女は何事もそつなくこなすことができる。
しかし、そんな生活を続けているせいで疲れが溜まっていないか心配でもある。
だから俺は、彼女を労おうとマッサージを提案したのだが……。
「ありがとうスズネちゃん。でも、全然大丈夫よ! むしろ、私がスズネにマッサージしてあげる、えへ、えへへへへ」
と、涎を垂らしながら組み敷かれてしまった。
特に魔法を使っている様子もないのに力勝負に余裕で負けるあたり、リリアは実はとんでもなく強いんじゃないか?
ちなみにマッサージは極楽だった。
妙に腰のあたりを撫でられていた気がするが、そういうマッサージ方法があるのだろうか。
身体が羽の様に軽くなった後、俺は他にどんなインチキツールがあるのか、再び確認してみることにした。
タブレットを開いて交換項目を見ていると、どんな傷も瞬時に完治するエリクサーや、液体を自由に出したり消したりできるホース等、メルン驚異のテクノロジーをふんだんに用いた道具の数々がこれでもかと並んでいた。
生活の質の向上に比例して、加速度的に交換品の解禁スピードが上がっているから、俺が知らない便利アイテムが溢れている。
いくつかの項目は、この間までは未解禁でも見当たらなかった気もするが、こちらのニーズに合わせて神が用意してくれているのだろうか。
そうだとしたら、神もまたリリアに負けないくらいの過保護ということになってしまう。
それはちょっと気持ち悪いな。
・
実写動画といっても、色々な種類の動画がある。
老若男女に人気なもので例を出してみると、キャンプ動画や、自分ではやらないけど気になるチャレンジ企画物、曲に合わせて踊る動画なんてのもある。
そして、その中にカウントしても遜色なく人気があるのが、料理動画である。
畑まで作ったのだから、採れた野菜で料理動画を作る……というのは王道だが、残念ながら俺は串焼き以外の料理の仕方を知らない。
俺の食を生み出す知識は、人類が火を手に入れた瞬間と同レベルだ。
まぁ、リリアにハンバーグの作り方を教えてもらえば良いのだが、果たして見慣れた料理を作る動画に興味を抱いてもらえるだろうか。
どうせやるからには、視聴者に馴染みのないであろう料理、それこそ日本料理を試してみたい。
だが、重ねて述べるが俺は食材を串に刺して焼く以外の料理方法を知らないのだ。
嗚呼、心の底から残念だ。
これでは料理動画を撮影することができない。
……なんて言い訳を散々してきたわけだが、ポイント交換でレシピ本を手に入れてしまった。
それもたった十ポイント。
神に考えを見透かされているようでムカつく。
「今回は、前回の動画で完成させた畑! そこで採れた野菜を使って、俺の故郷でよく食べられていた、肉じゃがという料理を作ってみたいと思います!」
レシピを手に入れたのはいいが、正直言ってどんなものが日本料理なのかわからない。
日本人が作ったら日本料理じゃね? なんて開き直ってやろうかとも考えたが、俺は実況者。
自分の動画には誇りを持ちたい。
ということで、考えに考えた結果、唯一思いついたのが肉じゃがである。ひらがなだし。
一応、肉じゃがのレシピをリリアに見せてみたが、作ったことがないと言っていたし、多分大丈夫だろう。
時期的に足りない野菜は特例としてポイント交換し、レシピに書いてある通りの食材の用意は済んだ。
後はリリアに教えてもらいながら料理を作るだけなのだが……。
「良く切れたわね! 偉い偉い! 切れてるわ切れてるわ!」
「すごい! じゃがいもの皮を剥けたわ!」
「お野菜を持つ手が可愛い! ここまで可愛い手に成長させるなんて、眠れない夜もあったんじゃないかしら!?」
俺が何かアクションを起こす度にリリアに褒められるという無限ループのお陰で、一向に料理が進まない。
しかも、言葉だけでも恥ずかしいのに、毎回こちらに駆け寄ってきて撫でるのだ。逆に危ない。
こんな調子じゃ撮影が進まないので、オブラートにやめるように言ってみるも。
「もう、照れてるスズネちゃんも可愛い! 次やる工程はわかる? わかるのね、すごいわ!」
むしろスキンシップが加速するのだった。
赤ん坊のように甘やかされている様子は、流石に視聴者に見せられない。
料理動画は、思わぬ伏兵によって頓挫してしまった。
「……ほ、本当に私が作っちゃっていいの?」
「うん。俺が作り方を読み上げていくから、リリアはその通りに作ってほしい」
よって、苦肉の策としてリリアに料理を作ってもらい、俺はレシピを読む係に交代することにした。
流石に料理を作りながらの過度なスキンシップは厳しいようで、収穫した野菜とポイントで出した肉、そしてリリアがエリシダの自宅から持ってきた調味料を使い、ついに肉じゃがが完成した。
料理未経験の俺の説明が下手なせいもあり時間がかかったが、中々のクオリティのものが出来上がったと、視覚と嗅覚だけでわかる。
日常生活であればこのまま実食に入るところだが、動画用に解説を撮らなければならない。
「肉じゃがが完成しました! 早速リリアに食べてもらいたいと思います!」
適度に煮崩れしつつも甘く香るじゃがいもと肉を箸でつまみ、インサートように少し空中に静止させ、リリアの口元に差し出す。
「え!? スズネちゃんに食べさせてもらえるの!? 緊張して味がわからないかも……」
とか抜かしていたので、自分で食べてもらうことにした。
抗議の視線が突き刺さるのを感じるが、無視無視。
「じゃあー、食べてみたいと思いまーす…………ん、甘めの味付けがとっても美味しい!」
不貞腐れながら肉じゃがを口にしたリリアの機嫌は、立ち所に直ってしまった。
少し甘めな味付けが気に入ったようだ。
俺も隠れて食べてみたが、まさに故郷の味。
少し涙が出そうになってしまった。
動画が見れないこと以外に未練はないつもりだったが、もう帰ることができない世界を思うと、少し寂しい。
そんな俺の気持ちを察することはできないはずだが、ひょっとして表情に出ていたのか、リリアが頭を撫でてくれた。
普段は恥ずかしく思うところだが、今だけはその優しさが心地よい。
……もちろん動画ではカットするつもりだ。
「ポイントは、一度冷ましてから再び温めることです。食材に味が染み込み、一層美味しくなるので、みなさんも良ければ作ってみてください! それではまた次回の動画でお会いしましょう!」
一時はどうなるかと思った料理動画撮影だが、なんとか完走することができた。
後は、動画を編集して投稿するだけだ。
といっても、ここからの作業がまた大変のだが。
長い夜が始まるな……。




