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エリシダにて

 エリシダでは、神の使いが現れたことへの感謝を示すため、一週間に渡って行われていた祭りが丁度終わりを迎える頃だった。

 人々は最後の儀式として、神像の前に集まり、祈りを捧げる。


「神よ、私たちは皆、心から感謝しております。これからも曇りなき信仰を捧げていくことをここに誓います」


 厳かな空気の中、領主が皆を代表し、感謝の言葉を告げる。

 その時、そんな美しい信仰心が神に通じたのか、再び神像の前にスクリーンが出現した。

 鈴音が元いた世界の基準で言えば、映画館のスクリーンほどの大きさだ。

 人々は、隣人と言葉を交わそうと考えたが、次に何が起こるのかに意識を割きすぎて、口を開けはするものの、言葉が出てこない。

 すると、灰色の画面が光だし、見覚えがある人物が現れる。


 「みんな、こんにちは! 私の名前はリリアネット。今日からスズネちゃんのお手伝いをさせてもらうの!」


 画面にはこの町でも有数の、由緒正しき家柄だと知られているターナル家の長女が映っているではないか。その上、鈴音の手伝いをすると言っている。

 それよりも、神の使いたる鈴音に対してフランク過ぎる部分にツッコむべきなのだが、自分たちが住んでいる街から名誉のある使命を授かった者が出たことに驚喜し、それどころではない。

 リリアの父も、当然この配信を見ているが、目玉が飛び出さんばかりに驚いている。

 あまりに突然の出来事に、お嫁さんがどうこうという宣言に反応できる者はいないのだった。

 そうこうしているうちにリリアの自己紹介は終わり、鈴音が画面に登場した。


「今日から家を建てる様子を、生放送という形でお送りしていきたいと思います。これを見てくれている皆さんと同じ時を、俺たちも過ごしているということが伝われば幸いです」


 挨拶が終わると、鈴音は斧を持ち、木を切り倒し始める。

 だが、エリシダの人間はその落差についていけず、脳内を疑問符で埋め尽くされていた。


「つまり……どういうことだ?」

「前回は、昼だったり夜だったり時間が飛び飛びだったよな。今回は違うってことか?」

「それより、家を建てるって言ってたぞ」


 生放送とは何か。それを理解している町人はいないようだった。

 ――ただ一人を除いて。


「聞け、皆のもの」


 前回と同じく、低く、力強い声が耳に入り、人々は静まり返る。

 その声の主を中心にして空間ができ、自分たちの疑問に答えてくれるであろう、老人の次の言葉を待っている。

 実に一週間ぶりに姿を現したアルジャックは、重々しく口を開く。


「皆の疑問に、簡潔に答えていくとしよう。まず、今映っているこれは生放送というらしい」


 アルジャックは、歩行用、そして魔術の行使に用いる杖の先端部分をスクリーンに向ける。


「前回の動画とやらとは、時間の経過が違う。動画は移動や重複する作業の様な、円滑な進行を妨げる部分を削ぎ落としてあった。そのことから察するに、恐らく過去の出来事を記録として残し、それを切り貼りして制作されたものじゃろう」


 おお、と唸り声があがる。


「だから、昼間に見ていたのに空が暗かったのか」

「動く記録が残せるなんて、流石神様の使いだ……」

「それだけじゃない、俺たちに気遣ってくださってるんだろう? なんて心優しいお方なんだ……」


 最初に、鈴音とエリシダの人間のファーストコンタクトであった前回の動画について説明することで、人々の理解の土台を作る。


「そして今回の生放送。スズネ殿が述べている通り、これは今現在の彼の様子を我々に伝える魔法を使っているのじゃ。同じ時間を共有していると理解することで、我らは彼をもっと近くに感じることができる」


 その通り、鈴音の思考をそのまま伝えているかのような正確さ。

 驚異的なアルジャックの推測能力のお陰で、なんとか人々は動画と生放送について理解することができた。

 しかし、疑問はまだ一つ残っている。


「なら……なんで家を建てるんだ?」

「そうだよな。どうせ住むのなら、俺たちの街に来てくれれば、いくらでも手伝うのに」

「そんなことしなくても、俺が何件でも家を建ててやる!」


 鈴音は危惧していたが、この世界の、少なくともメルンヴァラの人々は、誰一人として彼に悪印象を抱いていない。

 それどころか、彼の行く末を案じ、無償であっても積極的に助けたいと思っていた。

 愛とも呼べるほどの信仰心があるのだが、鈴音は特定の神を信仰していなかったため、その思考を理解できない。

 そして、好意からくる疑問に対し、老人は自らの見解を述べる。


「……これは恐らく、人間の歴史を思い出すことの重要さを説いているのじゃろう。何故森の中に家を建てるのか。街は既に、社会という枠組みの中にある。しかし、社会というのは無秩序から生み出されたもの。家と人々、それが集まって社会が形成されていく……。家を建て、あの森を発展させることで、人類の歴史を、現在を作ってくれた先人たちへの敬意を呼び起こすのが目的なのじゃ」


 聞かずとも、町人達の脳内に電撃が走ったのが、アルジャックには理解できた。


「そういうことだったのか……なんて深いお考えなんだ」

「なら、俺たちが手伝うのは野暮ってもんだな」

「あぁ。それに、この街で最強の貴族令嬢と名高いリリアネット様が付いているんだ。俺たちなんて逆に足手纏いになるだけさ」

「彼女の活躍はエリシダの誇りだ……」


 住人たちは、深い感動を感じずにはいられない。

 真実はどうであれ、アルジャックの説明には、エリシダに住む者たちを信じさせるだけの深みがあった。

 再び感じる神からの愛に、人々は心を揺さぶられ、画面に映る鈴音が懸命に努力する様子から、活力をもらう。

 すると、どうなるか――。


 祭りが!!始まったのである!!!!!!


 ・

 

 人々が一時間ぶりの祭りを楽しんでいる中、アルジャックは一人考え込んでいた。


「画面に映る地形、植物の種類、日の位置を比較するに、この森は恐らく北側にある……」


 アルジャックは遥か昔、勇者パーティとして旅をしていたことがある。

 この世に二人と並ぶことのない、歴史上最も強力な魔法使いとして、多大な貢献をしていた。

 そして、魔王を討伐するために世界中を巡った経験と知識から、鈴音が住んでいる森を特定しようと考えた。

 彼に何かあった時、リリアだけでは対処できない場合、自ら助けに赴く可能性を考えてのことだ。


「北側の森で、大きな川が流れているところといえば…………あの、『悪魔のスライム』が住み着いている森しか考えられん」


 悪魔のスライムとは、魔王が人々を脅かす様になるずっと前から森に住み着き、そこに近付く生物を襲ってきた危険な魔物だった。

 機動力、知能ともにそこまで優れておらず、近付かなければ害はないのだが、真の力は、その防御力にあった。


「ワシの魔法だけでない、かつての聖剣ですら傷をつけられなかった、あの個体が……」


 その身体は、どんな攻撃をも吸収する性質を持っており、勇者一行、そして魔王であっても傷一つ付けることができなかったという。

 しかし、命令を下すことも、人里に降りることもない。

 そのため、どちらの陣営からも森は見捨てられ、今なおその森では、悪魔のスライムが支配者として君臨している。


「幸い、スズネ殿のいる場所はスライムの縄張りの外。襲われる心配は少ないじゃろう。しかし、その気になれば奴が川を渡るのは容易な事。いくら神の使いといっても、アレを倒すのは難しいじゃろう……。警告に行くべきか、それとも何か策があるのか……」


 賢者は、その思慮深さ故に決めかねていた。

 もしかしたら鈴音は、あの森が危険と理解したうえで生活する事で、我々に何か伝えようとしているのか……?

 結論が出ないまま、浮かれた人々の奏でる楽器の音とともに、時はゆっくり流れていく――。


 ・


「いやいや、伝えに言ってよ!」


 全ての要素から隔絶された、無の空間。

 そこでごろ寝をし、小さいスクリーンを出して人々の様子を見ていたメルンは、アルジャックの言葉を聞いて、思考を読んでいた。

 彼の落ち度は二つあった。

 一つ目は、無実であった鈴音の命を奪ってしまったこと。

 もう一つは、悪魔のスライムのことを、すっかり忘れていたこと。


「いやさぁ、何百年前の魔物とか覚えてるわけないじゃん……。あの森自体は、あいつを除けばめちゃくちゃ平和だしさぁ……」


 メルンヴァラを創造したのはメルンであったが、悪魔のスライムはシステム上のバグというか、モンスターの型に余分に要素をぶちまけてしまった結果、生じたものだった。

 本来であればあり得ない耐久性を有している魔物。

 そんな存在は、創造神としての力ですぐさま消すべきなのだが……幸か不幸か、当のスライムには悪意がほとんどなかった。

 だからこそ、親とも言える彼自身も、記憶から存在を抹消していたのだ。


「どうしようかなぁ……今さら私がっていうのも、彼のためにならない気がするし……かと言ってあんなのどうやって倒すんだって話だよなぁ」


 アルジャックに啓示を与えて、鈴音の元へ行かせるか、ともかく、自分が介入するのは良い方法とは思えなかった。

 創造神には創造神としての格というか、立ち位置があるのだ。


「……でも、彼なら大丈夫なの……かも?」


 メルンが積極的に介入をしないのには、もう一つ理由がある。

 どうしてか、鈴音であれば、手持ちのカードを使って壁を乗り越えていけるような気がするのだ。

 神であれど、気がするというのは人間のそれと大差ないものだが、それでも気がするのだ。

 本来なら、ポイント交換の条件ですら、もっと易しくしてよかったかもしれないと、今では思っている。

 しかし、その条件でさえ、鈴音は創意工夫でクリアしていた。

 で、あれば。今回も、何か神でさえ思いつかないような小細工でハードルを超えるのではないか。

 メルンはそう期待していた。


「うん、そうしよう。あれをどうするかは彼に任せよう。決して考えるのが面倒になったからじゃないぞ?」


 この場には誰もいないが、届かない言い訳をするメルン。


「……まぁ、お詫びと言っちゃあなんだけど、遊び道具くらいはあげようかな? そうと決まれば、早速会いに行くぞぅ!」


 楽観的な決断が、真っ白な空間に響き渡った。

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