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異世界へ


「……無理なの?」

「当たり前でしょ。ほら、漫画で死んだ人間を生き返らせようとしても、魂がないとかで無理なことがほとんどだよね? あれだよあれ。最初に考えた人は神になる素質あるよねホント」


 あっけらかんとして言いやがった。

 俺は右の拳を握りしめ、目の前にある堀の深い顔を全力で殴ろうとしたが、虚しくもすり抜けてしまう。

 フォームが悪かったのかと訝しんだが、そもそもここは死後の世界。

 神に危害を加える事は、何人であろうとも叶わないんだろう。

 だが、不敬にも神に殴りかかろうとする前例がなかったのか、彼は驚き、焦っていた。

 こちらを諫めるように両手を前に出している。


「ま、まぁ待ってよ。君には本当に悪いことをしたと思ってる。君は本来なら、まだまだ無益……じゃなくて、平穏な日々を送るはずだった」

「なら生き返らせてくださいよ!」


 無益とか聞こえたが、もういちいち突っかかっていられない。

 俺が復活できるのか否かが重要だ。


「いや、そうしたい気持ちは山々なんだけどね? でも君の肉体は破裂してぐちゃぐちゃになっちゃったし、元の世界に戻すことはできないんだ」


 俺が破裂して死んだという衝撃の事実をサラッと伝えられてしまった。

 今頃俺の部屋は凄いことになっているんだろうな。

 というか事故死の予定だったんじゃないの?

 なんで破裂してんの?


「気分だよ」


 気分かぁ……。

 俺は気分で破裂させられて……壁に貼っているゲームのポスターにまで内臓が飛び散ってるんだろうなぁ。


「惜しいな。天井までバッチリカバーできてるよ!」


 凄まじくキレのいいサムズアップ。

 黙ってほしいし指も折れてほしい。

 俺の思っていることは理解できているはずなのに、神は待ってましたとばかりに口の端を吊り上げている。


「でも、幸いなことに僕は神だ。つまり――」

「異世界に転生!?」

「そう、さすが日本人! 話が早いな!」


 ここまでくれば、日本人が特別なのではなく、アメリカ人でもフランス人でもすぐに気がつくだろう。

 異世界に転生するなんて、現代人であれば誰もが一度は夢見ることだ。

 なんてこった、それなら話は変わってくるぞ。

 重力と物理法則と数式と――文系にはよく分からない諸々で構成された世界から解き放たれる。

 すでに構築されてしまった人間関係というしがらみからも解放……一時的には逃げることができる。

 どんな異世界で、どんな人生を送る事ができるんだろう。

 文明が高度に発展した世界だったら、空飛ぶ車なんかに乗れるんだろうなぁ。

 はたまた原始時代並みの文明しかないのであれば、未来の知識を駆使して神として崇められるかもしれない。

 だが、やはり異世界転生で最もワクワクするのは――。


「……剣と魔法の世界に行けますか?」

「もちろんだとも!」

「エルフはいますか!?」

「エルフもいればドラゴンだっているよ! 弱っちい剣と子供の小遣い程度の物資で魔王討伐に向かわせる王様だっているさ!」

「それはいらないです」


 その国は滅んだほうがいい。

 雪原で即死呪文をくらって十字の墓になるのが関の山だし、それならまだ魔族に産まれた方がマシだ。


「お詫びの品として、所謂チートアイテムもプレゼントしようじゃないか!」

「欲しいです!!!!」


 ……もしかしてめちゃくちゃ良い神様なのか?

 剣と魔法の世界。人里離れた場所でのんびりスローライフ。

 俺が憧れ続けた、ゲームの中でしか実現しないと思っていた暮らしが手に入るのだ!

 もちろん漫画や小説で予習はバッチリだ。

 どんなスタートの仕方であろうとも生き抜いてみせる。多分。


「わかっているとも。君が最低限生きていけるように、少しばかり贈り物もしてあげよう。あとは……そうだな、君の趣味は?」

「趣味……強いて言えば……」


 趣味と聞かれて一番に思い浮かぶもの。

 確かにゲームや小説も大好きだが、それよりも好きなもの。

 それは――。


「実況動画、ですかね」


 俺は、なによりも実況動画を見る事を毎日の楽しみとしている。

 実況者や視聴者の残すコメントと一緒に、色々なゲームを追体験することが出来る時間は、何よりの宝物だ。

 怖くて苦手なホラーゲームだって、彼らとなら乗り越えていける。

 主人公に降りかかる災難だって、みんなで分け合えばへっちゃらだ。

 見せるというより魅せると表現できるスーパープレイには、身体の芯から熱くなる。

 毎日更新されているそれを異世界でも見ることができるなら、こんなに嬉しいことはない。


「実況か……」


 神は少しの間、顎に手を当ててキザな思考に耽っていたが、やがて「分かったよ! 君の言いたいことが!」と、腑に落ちたように頷いた。

 さすが神様、俺の考えることはお見通しというわけか。

 きっと異世界でも動画投稿サイトを視聴できるようにしてくれるんだな。

 その場合、再生数とかもちゃんと加算されるのか?

 好きな実況者はできる限り応援したい。

 最近はアルゴリズムだのなんだのと難しい単語が飛び交っているが、視聴者は一人でも多い方がいいだろう。

 あ、電波なんかはどうなってるんだ?

 続々と疑問が湧き上がってくるが、神からの解答はない。

 忙しそうに両手を動かしているし、きっと集中して世界を選んでくれているのだろう。

 生活するのは俺だし、邪魔をしてはいけないと思い、口を閉じる。

 そこから2分ほど経って、神は満足げに口を開いた。


「うんうん、用意はできたよ。今すぐにでも君を新しい世界へと送ることができるけど、心の準備はいいかい?」

「大丈夫です。よろしくお願いします」


 俺を気遣って向けられる質問に、はっきりとした口調で返答する。

 もはや待ってなどいられない。一刻も早く、夢の、そして現実の世界へ旅立たせてほしい。

 胸の高鳴りが抑えきれず、この空虚な空間に心臓の音が響いていないか心配になるほどだ。

 神は「ふむ」と短く頷く。


「それなら、これから君を剣と魔法の世界【メルンヴァラ】へと送る!」


 彼がそう言った途端、俺の身体は輪郭をなぞるように光だし、若者にしか聞こえないというモスキート音に似た音が聞こえ始める。

 やがて、俺の視界も光に包まれていった。

 俺を異世界へ送っている最中なのか?


「行ってらっしゃい天野鈴音君! 君の実況、楽しみにしているよ!」


 目の前は真っ白だし、神がなんて言っているのかもよく聞き取れないが、俺を応援してくれているのは理解できた。

 そして、新世界への期待を胸に抱きながら、ゆっくりと目を閉じ、意識を手放した――。

 

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