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手料理

 リリアと共に洞窟へ帰ってきた俺は、建築の過程で製作してみた椅子に座っていた。

 目の前には、同じようにして得たテーブルがある。

 だが、神の加護によるブーストがあるといえど、脚が少しガタつくし不格好に見える。

 自分の手で一度作った以上、ポイント交換ができるようになっているはずだが、何でもかんでも頼るのも気が引ける。

 正直、家なんて作らなくても、この洞窟で十分暮らしていけそうな気がするが、脱旧石器時代のため頑張っていこう。


「スズネちゃんお待たせ〜」


 茹蛸のように真っ赤になっていた先程までと打って変わって、上機嫌なリリアが料理を運んできてくれた。

 彼女が取りに戻った荷物の数々の中で、エプロンなんて必要ないだろうと考えていたが、エプロン姿のリリアを見て、自分の思考の浅さを痛感する。

 同時に、あの時追い返さなくて正解だったと実感した。

 何のお陰か言う必要はあるまい。エプロンの布が浮いていた。

 それによって生じる胸部の空間には何が入っているのだろうか。夢の希望だ。

 たとえ、彼女が砂糖と塩を間違えていたとしても、この姿を眺めながらなら、美味しいと完食できる自信がある。


「好みの味付けが分からなかったけど、男の子は濃い目が好きって聞いたことがあったから、もし濃かったらごめんね?」

「全然、すごく美味しそうだよ」


 どんな料理が出てくるのかと思ったら、おそらくハンバーグであろうものが出てきた。

 正確には、挽肉を円形に形成したものであって、ハンバーグと違う部分があるかもしれないが。

 ともかく、メルンヴァラで他人が作る料理を見るのは初めてだ。

 この世界の料理も、やはり元の世界と同じようなものが多いのだろう。

 しかし、必要な食材や道具は交換することで手に入るとはいえ、串焼きにする以外のレシピを知らなかった俺には考えられない食事だ。

 興奮が鎮まるにつれ、焼かれた肉の独特の香りが鼻腔をくすぐり、空腹感が増してくる。


「いただきます」

「は〜い、私もいただきます!」


 二人で食卓につく。

 ハンバーグには温野菜が添えられており、加えて主食として米の代わりにパンが盛られている。

 リリアが持ってきてくれた食材を手にしたことで、交換品がいくつか解放されていた。

 その中には米もあり、一応交換しておいたのだが、使用されていないし、もしかしたらこの世界の人間には馴染みがないのかもしれない。

 であれば炊き方もわからないだろうし、今度は俺が料理を振る舞うとしよう。

 ……米以外の料理はリリアに任せることになるが。

 そんなことを考えながら、リリアが自宅から持ってきてくれたナイフとフォークを使ってハンバーグを一口大に切る。

 表面はふっくらしていて、ナイフを少し押し返そうとしてくるが、一度刃が入ると驚くほど柔らかく、簡単に切ることができた。

 生唾を飲み込み、口に入れる。


「うわ……めちゃくちゃ美味しい……」

「ほんと!? それならよかったわ! 口に合わないんじゃないかって不安だったの」


 下手な食レポをするまでもない。

 脳内に描いていたハンバーグそのもの、昔レストランで食べたものに遜色のない美味しさだ。

 否、思い出補正と同レベルということは、リリアの作ったものの方が美味なのだ。

 こんなに舌が喜ぶ料理がこの世界でも味わえると思わなかった俺は、少し感動していた。

 食事に伸びる手は止まることがなく、あっという間に完食してしまう。


「ごちそうさま。本当に美味しかった。ありがとう、リリア」

「う、うん……。なんだか照れちゃうわね。人に料理を食べてもらうことなんてあんまりないし、その相手がスズネちゃんだし……お母さんにお礼を言わないと」


 久しぶりに満足のいく食事が取れたことに対して、真剣に感謝を伝えたつもりだが、硬くなりすぎたのだろう。

 リリアは自らの髪を撫でながら、恥ずかしそうにしていた。

 

 夕食後。

 食器を洗った俺は、今日一日の動画を選別することにした。

 家が完成するまでにはまだまだ時間がかかるとはいえ、完成してから動画に使う箇所を選んでいると、途方もない作業になってしまうだろう。

 だんだんと作業が雑になっていって、先に先に作業を引き延ばすのが容易に想像できる。

 であれば、毎日少しずつでも使えそうな所を切り取っておくに越したことはない。

 なんて言いながら、今日切り取る部分はリリアの自己紹介くらいだろう。

 木を切る様子や組み立ては明日からでも撮れるし、むしろしばらくはその画しか撮れない。

 しかし、それだけでは視聴者がどう思うだろうか。

 毎日同じような動画では、ゲシュタルト崩壊というか、いくら物珍しさでチェックしてくれる人がいるとしても、視聴者の減少は免れない。

 適度に他の動画を投稿することも考えなければならないだろう。


「うーん……あとは、スライム対策の動画も作れるかな」


 建築と共に時間を割いているのがスライム討伐の準備だ。

 今日は姿を見ることがなかったが、またいつ現れるかわからない。

 そう思いながら、初めてスライムを目撃した時の動画を見返してみる。

 あのスライム、生物を認識したり、自分が通れない場所を理解することはできるが、問題を解決する能力はないのだろう。

 川の向こうにいる俺に興味をなくして帰って行ったのがその証拠だ。

 また、スライムが帰る時、溶かされた木と、溶かされずに倒された木があった。

 下敷きになった部分は溶かされて、その他の部分は溶かされていなかったが、その違いはなんだろうか。

 スライムの体重がかかることで、その体内に侵入したから溶かされた、と推測するのが自然か。

 そう考えると、剣や弓で攻撃しても、体内に武器が取り込まれて溶かされるだけだろう。

 倒すには、外側からアプローチできる別の方法を考える必要がある。

 解決策を模索しながら動画を何度も見返していると、あることに気が付いた。

 見えにくいが、スライムの中心にボウリングの玉くらいの大きさの宝石の様な物が確認できる。

 ……おそらく、ゲームで言えば、これがあのスライムの「コア」、つまり弱点なのだろう。

 しかし、消化能力によって物理的な攻撃では破壊することができない。

 どうにかしてあの宝石を取り出すか、スライムの力を無効化しなければ対処は難しい。

 作戦を立てるべく、スライムの動向を探ることにした。


 方針が固まったところで、今日は眠ることにした。

 リリアが当然のように、俺と同じ布団で寝ようとしていたが、緊張で眠れないことが容易に想像できたので、少し離れた場所に横になる。


「もう! 一緒に寝たかったのに!」


 その言葉を華麗に躱し、眠りの世界へ旅立った。

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