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スイスイ歩ける君

「もう夕方なので、今日はここまでにします。明日も配信する予定なので、良ければまた見てください。それでは!」


 夕日が出てきたのを確認し、今日の作業はここまでにしようとリリアに提案した。

 快く了承を得たので、生放送も同時に終了することにする。

 初めての試みに若干の緊張もあったが、やってみれば何も心配することはなかったな。

 胸には安心感と達成感が広がっている。

 今日はこのあと、本格的に暗くなる前に、件の巨大スライムを探しに森に行こうと思う。

 一度しか見かけていないとはいえ、今後、襲われる可能性がないとは言い切れない。 

 それにあいつは、多分、俺のことを生物として認識していた。

 互いを隔てるものがなければ、間違いなく襲いかかってきていただろう。

 目や耳があるとは思えないし、空気の振動が何かで物体を確認しているのだろうか。

 イルカのように、エコーを飛ばしている可能性も考えられる。

 自分が川を渡れないのを見て、興味をなくす程度の知性は持っているようだが、川を超える術を考える知能はないようだ。

 であれば、知能や発想力に勝るこちらが有利。

 今のうちに対策を考えて、家が完成する前に倒してしまいたい。

 スローライフが理想だが、死の可能性はできる限り排除するべきだろう。


「俺はこの後森を見回るけど、リリアはどうする?」

「なら、私はお夕飯の用意をしておこうかしら」


 料理を作ってくれるなんて、なんて家庭的なんだ。

 美女の作るお夕飯、素晴らしい響き。


「洞窟の奥に交換した肉や野菜があるから、それを自由に使ってね。他に必要なものはある?」

「お水が欲しいけど、自分で汲みに行けるから大丈夫! ありがとね!」


 当たり前な心配をしただけなのに、また撫でられてしまった。

 この過保護さにだんだん慣れてきている自分がいる。

 こうやって依存していくんだろう、気を付けなければ。

 リリアと別れた後、その足で川へ向かった。

 今回の目的はスライムを倒す事ではなく、活動範囲を探ることである。

 この間、あいつが川の前まで来たのは偶然だったのかを確かめるためだ。

 もし川へ来るのがルーティンなのだとしたら、どのくらいの周期で現れるのかを知っておけば、安全面に大いに役立つ。

 とりあえず、川の向こう岸に渡ってスライムの姿だけでも確認したいものの、川の流れは早いわけではないが、幅が広く、真ん中の辺りは流石に深い。

 もしもの時を考えると、歩いて渡るのは避けておきたい。

 だが、心配無用。こんな時のために、ポイント交換で素晴らしい道具を手に入れておいた。

 木の加工の練習として、ナイフで手のひらサイズの小舟を作ったのがトリガーになったのだろう。

 

――その名も【スイスイ歩ける君】だ!


 説明しよう。スイスイ歩ける君とは、魔法の力で水面を、まるで普段歩く時と同じように歩ける便利な靴なのだ!

 妙なハイテンションはこれくらいにして、早速スイスイ歩ける君を履く。

 サイズが少し大きかったが、俺が足を入れると、元からぴったりのサイズを選んだかのように、スルスルと縮んでフィットした。

 本来なら驚く場面だが、水面を歩く事ができるという興奮と、もはやインチキ効果に慣れつつあるせいで、比較的落ち着いている。

 底は厚くなく、通常通りに歩くことができた。


「よ、よし!行くぞ……」


 意を決して、ゆっくりと水面に足をつける。

 すると、足の裏は水面でピタッと止まり、強く踏みしめてみてもびくともしない。


「うわ……すごいなこれ」


 驚きが思わず口から出てきてしまうほど、しっかりとした感触が足に伝わる。

 コンクリートを踏み締めているようだ。

 これならば、小さい時夢見た「水面を歩く武術を極めし者」ができるかもしれない。やったから何だ、というわけではないが。

 向こう岸までの距離はあったが、水上を自由に歩けるとなると、すぐに辿り着いてしまった。

 陸地に上がると、出来るだけ音を立てないよう、慎重に木の陰から周囲を見回す。


「うーん、家の周りと特に違いはないな」


 RPGにおいて、新しいエリアに行くと敵が強くなる、というのは有名だが、同じエリア内でも通せんぼされていた道の前と後ろでは出てくる敵の強さが何倍も違う、ということがあるのだ。

 つまり、家の周りには兎しか出なかったのに、川を越えたら熊がたくさんいました、なんてことがあり得る。

 ある程度の経験があれば逃げられるかもしれないが、戦闘はからっきしなので、強力なモンスターとエンカウントしようものなら俺はここで終わりだ。

 死にたくないので警戒していたのだが、どうやら心配なさそうだ。

 反対岸と同じく、兎や謎のハムスターがそこらを駆け回るだけである。

 この森自体がだいぶ平和な場所ということだろう。

 とりあえず、岸からそんなに離れていない木の下に腰をかけて、スライムが跳ねている音が聞こえないか耳を澄ませてみる。

 あの巨体ならば、いくら柔らかいと言っても移動音は聞こえるはずだ。

 木が倒れるとか、なにかがひしゃげるとか。

 しかし、しばらく待ってみても、鳥の鳴き声と兎が跳ねるような、癒される音しか耳に入らない。

 ……今日はこの近くにはいないのかもしれない。

 また別の時間帯に来ることにして、川の方へと戻ることにした。


「ん……? 誰かいる……?」


 川が近づいてくると、向こう岸に誰かがいるのが分かった。

 しかし、この辺りには俺とリリアしかいないはず。

 まさか、アンチが攻めてきたのか……?

 リリアという前例がある以上、位置バレは杞憂とは言い切れない。

 場合によっては攻撃される恐れもあるため、警戒しつつ、ゆっくりと近づいてみると――。


「リリア!?」

「え? スズネちゃん……? きゃあっ!」


 向こう岸で、リリアが身体を流していた。

 誰も見ていないと油断していたのだろう、大きな乳房や適度に肉の付いた太ももは、何物にも隠されておらず、多少離れていたとは言えダイレクトに視界に入ってしまった。

 あまりに刺激の強すぎるそれに、思わず俺の口からは驚きが漏れ出す。


「な、なんでスズネちゃんがここにいるの!?」


 自らの裸を見られていることに気付いたリリアは、顔を真っ赤にして縮こまってしまった。

 よく漫画なんかでこういう場面がある時、「流石に気付くだろ」と思っていたのだが、いざ自分に起こってみるとまったく予期できない。ごめんなさいラブコメ全般。


「ご、ごめんリリア! 悪気はなかったんだ!」


 変態のレッテルが貼られてしまう前に、冤罪だということを証明しなければならない。


「い、いいのよ! そ、それより……見ちゃった……?」

「………………見えました」


 もちろん丸見えだった。

 離れていたと言っても、隠すものが何もなければ全てが露わになってしまう。

 見ていないと嘘をついても、きっと信じてもらえないだろう。


「そ、そんなぁ……初めては月明かりの下がよかったのに……」


 声が小さく、後半に何を言っていたのか分からなかったが、照れているのは確かだ。

 見られていたと知って恥じらう顔は可愛くもあり、美しくもある。

 普段は所構わずアプローチを仕掛けてくるのに、今は茹で蛸のように顔を真っ赤にしており、そのギャップに鼓動が速くなるのを感じた。


「と、とりあえず何か羽織って! そっちに戻るから!」

「わ! ご、ごめんね!」


 このまま居心地の悪い時間を過ごしているのは辛いため、リリアが服を着ている間に、俺はスイスイ歩ける君を履いて向こう岸に戻る。

 彼女は服を着終わったあと、再びしゃがみ込んで、うーうー言って恥ずかしがっている。


「恥ずかしいよね、ごめん。これからはもっと注意するよ……」

「いや、そうじゃないの! その……嫌じゃなかったかな……って」


 いまだに赤い顔で見上げられる。

 普段、彼女の方が背が高い分、小動物のような上目遣いでこちらを見られると、破壊力が倍増していた。

 それにしても「嫌じゃなかった」だって?

 果たして、こんな美人の裸体を見て嫌な思いをする男がいるだろうか?

 でも、リリアはそこを心配している。

 こういう時に恥ずかしがって曖昧に答えると傷つけてしまうと、昔ギャルゲー配信をしていた実況者が言っていた。

 それに倣って、ここは余裕を持って励ますとしよう――。


「いやもう、綺麗すぎて一生見ていたいくらいだった。天使が俺を迎えにきたのかと思って、走馬灯がよぎったよ」

「ほわぁ!?」


 綺麗だよ、くらいにとどめておくつもりだったのに、間違えて心の声のボリュームを上げ過ぎててしまった。

 ほらー、リリアさんめちゃくちゃびっくりしちゃったじゃんー。

 このまま「気持ち悪いから実家に帰らせていただきます」なんて言われる可能性も高いし、どう取り繕うべきか……。


「え、えぇ……そんな風に思ってくれたの……? 嬉しい……」


 取り繕う必要はなかった。

 瞳をとろんとさせて俺の顔を見てくる。


「で、でも、天使はちょっと恥ずかしい……かな」

「ご、ごめん! …………洞窟に帰ろうか」


 しかし、二人の間には絶妙に気まずい空気が流れているのだった。

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