生放送
「というわけで、家を建てます」
「頑張りましょう〜!」
激闘の末、なんとか理性との戦いに勝利した俺は、リリアを連れて建築予定地へと向かった。
睡眠の質が五世紀くらい進歩したというのに、外の世界は相変わらず平和で、すぐに目的地へ辿り着くことができた。
「川に近い、この辺りに家を建てようと思うんだけど、リリアはどう思う?」
「良いと思うわ。あの洞窟からだと、生活用水を引いてくるのにも一苦労だものね」
よし、リリアにもお墨付きをもらったことだし、本格的に建築していこう。
「でも、どうやって木を切ろうかしら。あ、あの……実は私、斧……っていうか鋸を貰ってくるのを忘れてちゃって……もう一回取りに帰った方が良いわよね?」
「いや、大丈夫だよ。面白いものを手に入れたから、見ててもらえる?」
申し訳なさそうなリリアに笑顔を向け、斧太郎を手に取る。
「面白いものって……それ、ただの斧よね? 伐採なら斧より鋸の方が良いんじゃないかしら……?」
確かに、よくよく考えてみたら斧よりも鋸の方が安全に木を伐採できるだろう。
渾身の力をもって木に斧を振うのも、慣れていなければ身体を痛めてしまうし、木片があたりに飛び散るのも美しくない。
いくら俺が、神の恩恵で道具を上手く使えるとしてもだ。
だが、この斧太郎は違う――。
大体の位置を決めて軽く斧を振るうと、ぬるりと刃が吸い込まれていき、流れるように一刀両断する。
支えを失ったそれは、俺とリリアの間に横たわる。
続いて、少し離れてもう一本を切り倒した。
「…………わぁ」
俺がインチキくさい斧を使ってバタバタと木を薙ぎ倒していく様子を見て、リリアは大分驚いていた。
力が強そうに見えるわけでもないし、切り方こそサマになっているが、流石に一撃で気を切り倒すというのは現実味がない。
相手が発泡スチロールなら……いや、それでも一撃で綺麗に切り倒すのは厳しいか。
木屑すら出さないというのは不可能だ。
「えっと……これってどういうことなのかしら……? スズネちゃんって、もしかして魔術師なの?」
「そうじゃないよ。っていうか、魔術が使えればこういうこともできるの?」
生活にも魔術が浸透しているのか、という意味だ。
「うーん、おじいちゃんくらい凄い人ならできると思うけど……」
「リリアのお爺さんって魔術師なのか」
「あ、本当のおじいちゃんじゃないのよ? 私の住むエリシダには、世界で一番強いって言われてる魔法使いの人がいるの。アルジャックって名前なんだけど、知らない?」
「存じ上げないな……」
世界で一番強い魔法使いって、そんな存在が身近にいるのか。
ファンタジー世界の一般常識に当てはめれば、きっと過去に勇者と一緒に旅した人なんだろうな。
今では隠居していて、俺の動画が街に流れた時に颯爽と現れて解説してくれる……とかは流石にないか。
とにかく、リリアと一緒に暮らす以上、大体のことは説明しておかないとな。
「あのー、実はこの現象には理由があって……」
そう思い、この斧に関する説明を簡単にしてみたのだが――。
「よく分からないけど、スズネちゃんは凄いわね! 頼もしいし可愛いもの!」
と言って、ひたすら撫でられるだけだった。
「あぁ、後もう一つ、リリアに言わないといけないことがあるんだけど――」
「えう!? スズネちゃん、ま、まだ心の準備が……」
冷水をかけられたように飛び上がった後、顔を真っ赤にして身体をクネクネさせていたが、何を勘違いしているんだろう。
「残念ながら想像してる内容じゃないよ。今日から生放送っていうのをしてみようと思うんだ」
「プロポーズじゃないのね……残念。それで、生放送って何かしら?」
すぐに質問を返してくれた。
凄まじい感情の振れ幅だな。その方が助かるといえば助かるが。
「生放送っていうのは……リリアはエリシダで俺の動画を見たんだろ?」
「ええ、そうよ。動画っていうのが何かは分からないけど、まるで目の前にスズネちゃんがいるみたいに鮮明だったわ。可愛いし、可愛いし」
そうか、まずは動画の説明からしなくてはならないのか。
あと、何かと言うとすぐ可愛いとリリアは言うが、口癖なのだろうか。
「そもそもあれは、リリアたちが見ている瞬間の俺の様子を伝えたものではないんだ」
「確かに、私たちはお昼に見ていたのに、スズネちゃんの方は暗かったわね。てっきり、時間の進み方が違う場所にいるのかと思ったわ」
「あれは、俺の生活を動く絵として記録して、まとめたものなんだ」
「そんな便利なことができるの!? 古代から伝わってる伝説の魔法とかじゃなくて!?」
「そうなんだよ。そして、それを動画というんだ」
「動画……」
リリアは、新しい事柄を脳に刻みつけるように反復する。
動く絵と表現したのだが、リリアはふんふん頷いているし、おそらく理解してくれたみたいだ。
「他にも、俺の世界には写真っていうのがあって、その時の風景だったり人だったりを切り抜いて手元に保存しておけるんだ」
「切り抜いて保存って……どこにいてもスズネちゃんが見れるってこと!? か、革命が起きちゃってるわ……!」
やはり、この世界には写真や動画などは生まれていないようだ。
仮に存在していたとしても、普通に生きていたらお目にかかれない事象なのだろう。
「逆に生放送っていうのは、今現在の俺たちの様子を、そのまま見ている人に伝えるってことなんだ」
「つまり、エリシダの人たちが、この瞬間の私たちを見ることができるってことね? 私がスズネちゃんに抱きついた瞬間に、エリシダの人にもそれがわかるのね?」
「あぁ、うん」
たとえが少々刺激的だが、間違ってはいない。飲み込みが早いな。
顔面最強爆裂スタイルの上、頭まで良いのか……。
「俺は、この世界で生きていく様子を動画として残そうと思っていて、その一環で生放送をしようと思ったんだ。建築の大変さとかを伝えられたらなって」
「思い出を他の人と共有できるのが動画で、一緒につくれるのが生放送……みたいな感じね。うん、とっても良いと思うわ! さすがスズネちゃん!」
うーん、人をダメにするお姉さん。
最終的には、呼吸をするだけでも褒めてくれそうだ。
「ということで、早速生放送を始めようと思うんだけど、まずはリリアに自己紹介してほしいんだ」
「そうね。見ている人からしたら、なんで私がいるのかな?って思うものね」
エリシダの人々がどのくらい状況を理解しているのか分からないが、説明するに越したことはない。
彼女が名家の出というならなおさらで、誘拐されたとでも思われたら人生おしまいコースだ。
「じゃあ、配信を始めるけど、準備はいい?」
「大丈夫! でも、一体どこを見て話せば良いの? 目の前に人がいるわけじゃないし……」
そうだった。その言葉でやるべきことを思い出した俺は、タブレットに触れる。
数手ほど操作すると、俺の横に小さいカメラが、元からそこにあったかのように出現した。
動画編集画面をいじっていたら発見したのだが、撮影カメラの可視化ができるらしい。
俺以外の人間が出演する場合、その方が都合がいいだろう。
「わ、何か出てきたわね!? 契約精霊……ってわけじゃなさそうだけど……」
「契約精霊?」
また新しい単語が出てきた。
とはいえ、大体想像はつくが。
「凄い魔法使いの人は精霊と契約できるって聞いたことがあるけど……それではないのよね?」
「……そうだね、疑似的な人間だとでも思ってほしい。これに向かって話してもらえれば、きちんとみんなに届くから」
「わかったわ!」
カメラはスマホほどの大きさで宙に浮いていて、撮影対象が動けばついてくるし、的確な角度に先回りしたりもする。
動き方も滑らかで、手ブレしないというのがありがたい。
「それじゃあ始めるね。自己紹介、お願い!」
こうして、記念すべき第1回目の生放送が始まった。
タブレットの開始ボタンをタッチすると、画面内にリリアの姿が映し出される。
機能がきちんと作動していることを確認して合図を送ると、リリアは一度深呼吸をして、爽やかに話し始めた。
「みなさんこんにちは! 私の名前はリリアネット。今日からスズネちゃんのお手伝いをさせてもらうの! 精一杯頑張るから、よろしくね! ちなみに将来の夢は……スズネちゃんのお嫁さんになること! それじゃあスズネちゃんに代わります!」
え、俺はこの恥ずかしい宣言の後に画面に出て行かなくちゃいけないのか?




