邂逅
そんなこんなで木を切り倒しまくっていた俺は、軽い休憩がてら川に向かった。
川のせせらぎに心を落ち着けながら、のんびりと寝転ぶ時間は何ものにも変え難い。
「これだよこれ……これこそ俺が欲しかった平穏な日々……」
元の世界でゲームばかりしていた日々も平穏であることに違いはないが、こちらの方が何十倍も健康的だ。
人間は文明の中で生きる動物だが、自然は俺を拒むわけではなく、優しく包み込んでくれるようだ。
一挙手一投足で軋む、錆びたロボットのように痛む筋肉痛も、成長の証としてむしろ興奮する。
いや、変な意味じゃない。
「午後はどの辺の木を切ろうかな」
そんなことを考えている時、ふと、川の向こう側の木が倒れる音が聞こえた。
「なんの音だ……?」
聞き耳を立てていると、どうやら音の主は、こちらへ向かってきているようだ。
とはいえ、川が両者を隔てているし、簡単に渡ることはできないから、命の心配はないと思う。
だが、念の為に隠れようか。
予想もしない隠し玉を持っている可能性もあるし。
そうやって逡巡している間に――森の中から、巨大なスライムが飛び出してきた。
「……デカすぎないか?」
最初に浮かんだ感想がこれだ。
体長三メートルをゆうに超える巨大なスライム。
丸みを帯びたフォルムに透き通った青い身体。
ゆっくりと上下に揺れていて、その上部がぷるぷると震えている。
間に川があるおかげで、スライムはこちら側へ来ることができないが、俺は、ファンタジー世界の中にしか存在しない生き物から目を離すことができなかった。
ツノの生えたハムスターは見かけたが、ゲームに出てくるようなモンスターらしいモンスターは初めてだ。
だが、早まる鼓動は段々と収まっていった。
なんたって、こいつはスライムである。
いくら巨大でも、スライムなんて雑魚中の雑魚だろう。きっと俺でも簡単に倒せるはずだ。
とはいえ、弓や槍といった物理的な攻撃は効かなさそうだし、どんな武器で戦うのが良いのだろうか。
粛々と戦う術を探っていると、スライムはこちらに興味をなくしたように、来た道を低く跳ねていった。
跳ねると言っても、小さなカエルが跳ぶのとは訳が違う。
もっとわかりやすく言うと、小型犬がじゃれついてきたら可愛い物だが、大型犬にもなると、こちらが体勢を崩されてしまう。
スライムの巨体とぶつかった木は簡単に倒され、下敷きになったものは溶かされている。
――これは危険かもしれない。
甘く見ていたが、一気に脳内で警鐘が鳴らされる。
もし家が完成したとして、こんなやつにぶつかられたらひとたまりもない。
下敷きにされようものなら、屋根が崩れ落ちてくるのみならず、俺は骨までドロドロに溶かされてしまうだろう。
しかし、良い気付きもあった。
こいつがメルンヴァラの一般的なスライムなのかは定かではないが、幸い、ゲームと違って、無尽蔵に湧き続けるものでもないみたいだ。
今日初めてモンスターらしいモンスターを見たのがその証拠である。
こちらへ渡ってくる術も持っていなさそうだし、戦うにはまだ時間はあるだろう。
建築とともに、あいつへの対策を考えておかなければならないな。
――このスライムとは長い、そして激しい付き合いになる事を、この時は予想もしていなかった。




