生放送カメラ
リリアを見送った後、俺は洞窟へ戻ることにした。
一つ確認したいことがあったからだ。
洞窟内はひんやりしていた。
暖かい日差しが消え、冷えた空気で肺が満たされる。
硬い地面に腰を下ろし、タブレットを開く。
実況者は基本的に、録画した動画を投稿する事を業としているタイプと、生放送を業としているタイプとに分かれる。
簡単に言えば、視聴者に提供されるものが録画されたものであるか、リアルタイムであるかの違いである。
録画されたものは、編集の手を加えることができるため質が高く、リアルタイムであれば視聴者とコミュニケーションが取れる。
言い換えれば、自分の納得のいく動画を投稿できる前者は動画内容でグダる可能性が低く、後者はグダる可能性はあるものの、アクシンデントというか、予期しない出来事を視聴者とともに楽しめる。
アプローチの方法や楽しみ方は違えど、どちらも実況者であることに変わりはない。
スタイルがどちらかへ偏っている実況者も、新たなファン獲得のために、もう片方のスタイルを取り入れることもある。
どちらも“実況”なのだ。
――で、あれば。
録画したものを世に出すだけでなく、生配信をする手立ても用意されていると考えるのが自然だろう。
俺とリリアはこれから家を建てる。
リリアには多少心得があるようだが、それでも確実に時間はかかるだろう。
だがらこそ、自分でするには根気がいる作業であるからこそ、動画にした際に大きな反応が得られるはずだ。
ファンタジー世界の人々は、多くが自らの家を所有していそうだが、そういった層にも懐かしさを提供できる。
しかし、中にはのんびりとした動画の方が好きだという視聴者もいるだろう。
事実、俺の好きなゲームタイトルには、ほのぼの育成物が多い。
毎日こつこつと素材を集め、金を稼ぎ、人々と交流する。
そうして代わり映えのしない日々を過ごしていくのもまた、心満たされる体験なのだ。
そこでうってつけなのが生放送だ。
今後、撮影を予定している動画とは別に、毎日の建築の様子を生放送で流す。
そうすれば、のんびり暇な時にでも眺めてもらえるし、家を作る大変さも伝わるだろう。
そう思ったので、生放送を始める方法を探していたのだが……。
「……ないな」
何故だろう、配信を始める手段が見当たらない。
手間や使い勝手を考えて、普通なら【動画を投稿する】の近くに生放送を開始する機能があるはずだが、何度探せど見当たらないのだ。
ただ、生放送機能がないというのも考えにくい。
もしかして、条件を満たしていないのだろうか。
なんからの実績を残すことができれば、その報酬として生放送が解禁されるのかもしれない。
しかし、仮に条件らしきものが設定されているとして、それらしいページを見たことが――。
「そういえば、ポイント交換にはないのか?」
もう独り言は気にならなくなってきた。
この間、ふとした時間に交換表を眺めていたが、凄まじい数の交換商品があるため、全て見切ることはできなかったのを思い出した。
もしかすると、その中に生放送機能の交換権があるかもしれない。
動画投稿が先か生放送が先かという、卵と鶏の話にも似た考えが頭をよぎったが、生放送に慣れて動画投稿をしないというのは大きな損失だし、機能に触れるという面で動画投稿・編集を先にしてくれたのだろう。
予想を確かめるため、ポイント交換ページに飛び、現れたポイントの交換先の項目を指でスクロールする。
「これはカカシ……これはマスク……マスクなんて交換できるのか。これは――――あ」
あった。その名も、生放送カメラ。
ダイレクトすぎる名前の部分をタッチしてみると、説明文が出てくる。
【生放送カメラ】
購入すると、生放送機能が追加されます。
カメラは動画撮影と同じく、勝手にあなたを撮影。
全角度から、その場面にマッチした素晴らしい場面を提供できるでしょう。
これまた便利なカメラだなぁ。
つまり、俺が生放送中に画面外に出てしまっても、カメラの方が勝手に良い位置に移動してくれるということだ。
通常、生放送はあらかじめセットしておいたカメラの画角内であれこれするものだ。
協力者がいるのなら、カメラを手持ちにしてもらい、自分を追いかけてもらうことで行動の幅が広がるが、一人ではできない。
俺が終生一人で動画を撮り続けるかもしれないと、そう思った神からの贈り物だ。
無駄に洗練された説明文にイラッとしたが、早速これを交換することにした。
二十五万ポイントと、現時点ではかなり高価だったが、後々のことを考えると安い買い物だ。
これで準備は整った、後は、リリアが帰ってくるのを待つだけである。
それまでまだまだ時間がある。
斧を手に入れるのは明日からにして、突然の闖入者によって与えられた精神的な疲れを癒すため、今日はゆっくり眠るとしよう……。




