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呼び方

「そうと決まれば、早速始めましょうか。リリアさん、荷物とか持ってきてないんですか?」


 今更だが、彼女は手ぶらで来ていた。

 街にデートに繰り出すかのようなラフな格好だからこそ、彼女が近くに住んでいると思ったのだ。

 ……現実は恐ろしいものだったが。

 街に住んでいる以上、私物の少しでもあるのではと思い問いかけてみると――。


「……あ、忘れちゃった…………え、えへ!」


 ばつが悪そうに誤魔化すポンコツ美人。

 困った顔ですらも、俺の鼓動を早めるには十分な威力を秘めていた。ポンコツだが。


「ポン……リリアさん」

「ポ……?」

「気にしないでください。それより、一度、荷物を家に取りに帰った方がいいんじゃないですか? それまで適当に待ってますよ」


 斧に辿り着くまで時間がかかりそうだしな。


「じゃあ、そうさせてもらおうかしら。五日もあれば帰って来れると思うけど、スズネちゃんはその間大丈夫? 寂しくない?」

「いえ、別に寂しくは――」

「こんな時、私が二人いれば良いのに。そうすれば、朝も昼も夜もスズネちゃんを一人にさせないわ」


 両手を握って力説してくる。

 め、めちゃくちゃ過保護だ。

 今世の俺よりも少し年上だからか、お姉さん感がすごい。

 甘やかされ続けたらダメになってしまいそうだ。

 ……別にいいか。


「大丈夫ですよ、いい子で待ってますね」

「か、可愛い……」


 ちょろいなこの人。

 油断させてから何かしてくるのではないかと心配していたが、多分、悪い人じゃないな。

 この先の生活が少し楽しみになってきた。

 ……というか、一つ気になることがあるんだが。


「五日ってことは、行きと帰り両方徹夜してません?」

「それはもちろん、早くスズネちゃんに会いたいもの」


 さも当然というふうに、うんうん頷くリリアさん。


「早くって……現在進行形で一緒にいるじゃないですか」

「そういうことじゃないの、もう!」


 目の前にいるのに早く会いたいって、どういう感覚だろう。

 あ、アニメがめちゃくちゃ気になる引きで終わった時みたいな感じか?

 そういうことなら理解できる。

 主人公が新しい力に目覚めたところで次回に続くとか、気が狂いそうになるよな。

 あとは、三週間くらい力を溜め続けた主人公が、ようやくフルパワーになった時とかな。引き伸ばしすぎだよ。


「あ、それとね? スズネちゃんにお願いがあるんだけど……」

「なんですか?」


 アシスタントになる以外にまだお願いがあるようだ。

 手に力がこもっているところを見るに、なかなかに重要な要望だろう。


「あの、私に敬語を使うのはやめて欲しいの!」

「敬語をやめる? それってどういう――」

「距離を感じるというか……」


 こちらとしては、年上相手に敬語を使うのは当然だと思うが、やはり今後を共に過ごす仲としては、もっとラフな方が良いのかもしれない。


「……そういうことならわかった。よろしく、リリアさん」


 ふむ、確かに敬語をやめた方が距離が近い気がする。

 これから共に家を建て、動画を作っていく仲だ、敬語をやめるくらいなら――。


「あと、リリアって呼び捨てにしてほしいの!」


 ……注文が多い。

 そして、とても難しいお願いだ。

 前の世界でもろくに異性と会話できなかった俺が、顔面国宝スタイル大魔神を呼び捨てにすることなんてできるだろうか。


「否である」

「え、ダメなの?」

「あぁ、いや、そういうわけじゃなくて」


 異世界反語が口から漏れてしまっていた。


「呼び捨てにしてくれるってこと?」

「そ、それも――」


 やっぱりハードルが高すぎる。

 口から言葉を出すどころか、喉に上がってくることすら難しい。

 だが、俺は果たしてこのままでいいのか?

 人間とは成長する生き物だ。

 俺だって常に、蟻が恐竜に変貌するような壮絶な進化を続けている、はずだ。

 彼女を自然に呼び捨てにできるようになった時、きっと俺は凄まじい力を手にしているだろう、わからんけど。

 とにかく、今の俺には異世界転生補正というか、行動力にブーストがかかっている。

 可能性の芽を摘むわけにはいかない。よし――。


「わかったよ。よろしくね、リ、リ、リリリア」

「可愛い! ありがとうスズネちゃん!」


 ラッパーもびっくりのすごい噛み方をしたが、どうやらお気に召したらしい。

 リリアは満面の笑みで俺に抱きついてきた、目一杯抱きしめてくる。

 彼女の方が背が高いため、客観視すると抱きつくというより捕食に見えるだろうが、それよりも気になるのは――。


「ちょ、ちょっと待って!」


 ――胸が! 顔に! 押し付けられているのである!

 正確にいうと、顔を胸に押し付けられている。

 なんだこの感触は、こんなに素晴らしい体験がこの世にはあったのか……。

 もちろん、前世の俺の経験したことのない感覚。

 下着の硬い質感が、余計に乳房の柔らかさを引き立たせていた。

 このまま顔がずぶずぶと入っていきそうだが、そんな俺の顔を押し上げるような反発もある。

 赤ん坊が狂ったように求めるのも納得な中毒性。

 当然、前の世界にもあったのだが、未経験の俺には知る由もない。

 しかし、二十余年で体験できなかった天国を、転生した俺は、ものの数日で成し遂げてしまったのだ。

 メルンヴァラ最高! 転生してよかった!

 しかし、このままでは理性がどうにかなってしまいそうだったので、名残惜しくも俺は離れる事とした。頑張った俺。


「あ……離れちゃうの……?」


 向こうも名残惜しそうな、切なそうな顔で引き下がる。

 あの大きな膨らみの中に再び戻りたい気持ちもあるが、俺という青少年の育成上良くないため思いとどまった。


「このままだと日が暮れちゃうよ、早く出発しないと」

「寂しいけど、それもそうね。それじゃあスズネちゃん、行ってくるわね! 寂しくさせてごめんなさい、急いで帰ってくるから!」


 過保護さんはそう言うや否や、おそらくオリンピックの金メダリストをも軽く上回る速さで駆け出していった。

 彼女の起こした風圧で木々が揺れ、すぐに見えなくなる。

 その時、脚元に何か大気の歪みのような、膜のようなものが見えたが、これが身体強化というやつなのだろうか。

 アシスタントができたことで、動画の撮り方は大きく変わるだろう。

 たとえば、転生前の世界の文化を伝える際に、リリアを生徒とする事でフレッシュな反応を得ることが出来るはずだ。

 いくらか抜けている所があっても、メルンヴァラの人々と彼女の反応は大体同じはず。

 であれば、彼女が喜んだり、驚いたりする動画を撮ることができれば、ポイントが山のように増える……と思う。

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