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アシスタント

 呆けた声が自分の口から出ていることに、数秒経ってやっと気付いた。

 予想以上に意味のわからない理由だが、いや、言っている事自体はわかる。

 むしろ、一つ重要な謎が解けたと言っても良い。

 俺の自己紹介動画は、エリシダという町かなにかで公開されているのだ。

 誰が視聴しているのかずっと疑問だったが、少なくともこの美人の目には入っていたようである。

 神像とか言ってたがあの神様、もしやメルンヴァラの創造神とかなのか……?

 今はそれはおいておこう。

 彼女の言っていることの意味はわかった。

 町でたまたま流されていた動画を見て、俺に興味を持ってくれたのだ。

 しかし、こんな美人が俺に一目惚れなんてあり得るはずがない。

 確かに転生後の俺の顔は、転生前より遥かに整っていたが、それでもリリアさんとは釣り合わない。

 顔だけでなく、触らずともわかる、白くて陶器のように滑らかな肌や、きゅっとしまった身体。

 天に二物を与えられているだけでも驚くべきことだが、リリアさんは既に五物くらい手にしている。

 前世ではあまり世間の話題に詳しくなかったが、それでも彼女は、芸能人という枠に入れても抜きん出ていた。

 仮にアイドルだとしたら、百年に一人の逸材というキャッチコピーでは物足りない。地球の歴史上に一人の怪物だ。怪物って言い方は良くないな。

 とにかく、多少の転生ボーナスがあったところで、こんな美女とは関わり合いになれないのだ。

 ポイント交換に美人という項目があった覚えもないし、これほどの美女は40万ポイントでは手に入らないだろう。

 他に考えられるとすれば、何か別に隠しておきたい理由が――。

 

 ――その時、再び俺の身体に電流が走った。


 スーパーコンピューターを凌ぐと言われている(当社比)俺の脳は、意味不明な状況にも関わらず“解答”を探し当ててしまったらしい……。

 これはおそらく、ハニートラップ!

 俺を骨抜きにして、スローライフを乗っ取るつもりなのだ!

 どこから情報を手に入れたか知らないが、その美貌を駆使して俺を傀儡にすれば、毎日何もしなくても食料が手に入る。

 そのまま俺に働かせれば、一生何もしなくても生きていけるだろう。それが狙いだ。

 危ないところだった。もう少しで俺は彼女に籠絡され、ファンタジー世界版ATMにされてしまっていた。

 だが、目論見がわかれば容赦しない。

 問い詰めて、論破して、号泣させたのちに追い返してやろう。

 美人の泣き顔なら喜んで見たいもんだ。


「へぇ〜そうなんですねぇ。だからわざわざ会いに来てくれたってことですよねぇ?」

「うん! だからお手伝いを――」

「でも、一目惚れなんて理由じゃあ納得できませんねえ〜。人は目に見えない、曖昧なものを信じられないんですよぉ〜」

「そ、そんなぁ……」


 だが、俺の詰問をものともせず、リリアさんはなおもモジモジしている。

 上目遣いで涙を浮かべる様子が、不覚にも可愛いと思ってしまった。

 違う!八頭身顔面国宝女め……俺は騙されないぞ!


「もし手伝いたいと言うのなら、何か相応の、怪しくない理由がないと信じられませんなぁ〜?」

「あ、あのね……? 信じてもらえないかもしれないけど、最初にスズネちゃんを見た時……ビビッときたの」

「ビビッと? そんな非、論理的な理由じゃ――」


 言葉を詰まらせてしまう。

 さっき俺に電流が走ったみたいな感じか……。

 その感覚であれば、10秒前に体験してしまったから、否定するにできない。

 リリアさんに俺の心中が読み取れるはずもないので、言わなければ不利になることはないが、この沈黙を会話続行だと思ったのか、彼女は言葉を続けた。


「それでね? なんていうか、母性っていうか……い、いや、私はまだ一八だから、子供はいないのよ? 恋人だって出来たことないし……」


 この見た目で恋人が出来たことがない?

 俺に喧嘩を売っているのか、それともこの世界の男女は相当レベルが高いのか、はたまたとてつもない地雷を隠し持っているのか。

 なんにせよ、ビビッときたという理由じゃ納得できない。


「だ、だから……あのね? その……」


 しかし、こうも顔を真っ赤にして説明されると、追い返す気にもなれない。

 裏切られるとしても、美人のお姉さんと一つ屋根の下で共同生活が送れる――?

 脳内の天使が警鐘を鳴らしているが、このまま一人で生きるなら、少しでも欲に塗れた生活をした方が良くないかと、そう悪魔が耳元で囁く。

 よく考えるんだ俺よ、果たして悪魔の声に耳を貸してしまっていいのか?

 その通りよ、こんなに上手い話があるわけないじゃない、天使が手をあげて抗議する。

 どちらの言葉を受け取るかは一目瞭然だ。

 仕方ない、実を言うとめちゃくちゃ嬉しいし、下心がパレードを開催しているが、バレないよう取り繕って許可を――。


「だから、私はスズネちゃんのお手伝いがしたいと思って、スズネちゃんの周りの風景から居場所を特定して、二日間寝ずに走ってきたの!!」


 おっと、やっぱり考え直すしかないようだ。

 相当にやばい女だぜ!


「走ってきた……? 二日間、一睡もせずに……?」

「そう、走ってきたの! 結構疲れちゃったけど、魔法で身体強化してたから心配しないでね?」

「その格好で走ってきたんですか?」

「そうだけど……何かおかしいかしら?」


 さも当然の行動かのように告げられる、狂気的な行動。

 ちゃっかり身体強化とか聞こえたが、この世界にはやはり魔法があるのか?

 ……未知の事象についての考察は、今は置いておこう。

 なんかいつも置いておいてるな、そろそろ積み上がって洞窟が埋まりそうな気がする。

 でも、それくらい入ってくる情報量が多いのだ。

 それよりも、二日間走ってきたって相当じゃないか?

 ストーカーか、ストーカーなのか?

 身体の奥がぞわぞわし、不安が風船のように膨らむ。

 どう言葉に表現していいかわからないが、間違いなく良い感情ではない。

 人気配信者はストーカー被害に遭って苦労するという話をよく聞くが、その気持ちが少しわかった気がする……。

 と、とにかく、いくら美人だからってこんなヤバい女は置いておけない。

 なんとかお帰り願わなければ。

 身体強化という言葉を文字通り捉えるなら、もし仮に戦いになれば俺に勝ち目はないということだ。

 できるだけ穏便に、笑顔でお帰りいただこう。

 ポイントは出来るだけ下手に出ることだ。


「あ〜、ちょっと今アシスタントの方は足りていまして……」

「そうなの?」

「そうなんですよ。いやぁ、最近応募がひっきりなしで、もう少し早く来てもらえれば、採用させていただけたんですが……」

「確かにスズネちゃんは可愛いから人気なのもわかるわ」


 わかるのかよ。

 だが、なかなか良い方向に話を進められている気がする。

 押しきれそうだ。


「でも、この森に住んでる人なんていないと思うけど……」

「い、今はちょっと出かけてましてね。アシスタントが戻ってくる前にお帰りいただけると――」

「それならお手伝いさんが戻ってくるまで待ってるわ! スズネちゃん一人だと、怖い魔物に襲われちゃうかもしれないものね!」

「えぇ……」


 くっ、中々手強いな。

 っていうか、この森ってそんな辺鄙なところにあるのか……。

 この人の住んでいる町から身体強化込みで2日ってことは、常人にとっては相当な距離があるのだろう。

 具体的な強化の度合いは不明だが、一般的なファンタジー世界なら、子供が大人に勝てるくらい強くなると思った方が良い。

 やはり危険だ、口で対処できるなら、それに越したことはない。


「そ、それに、一人でも結構不自由なく暮らせるんですよ! 食糧だって困ってないし!」

「私、料理が得意だから、スズネちゃんに美味しいものをたくさん食べさせてあげられると思うの」

「美味しい……料理……」

「うん。小さい時からお母様にいろいろ教わってきたのよ。スズネちゃんに食べてもらえるなら、頑張って覚えた甲斐があるわね」


 魅力的だ、魅力的過ぎる。

 毎晩串焼きもワイルドで好ましいが、永遠にこのままかと言われれば、かぶりを振るしかない。

 しかし、徹夜ダッシュがどうにも脳内に引っかかってしまう。

 二日貫徹は気合い入りすぎだろ。


「ま、まぁそれはそれとして。俺は今日から家を建てなくちゃいけないから、リリアさんがいても力になれそうにないっていうか……」

「そういえばお家を建てるって話だったわね」


 どうやら力になれそうにないわねと、そう言って引き下がってくれるかと思ったが、予想とは正反対に彼女は胸を張る。


「私、前にお父様のお家を建てる手伝いをしたことがあるから力になれると思うの」

「よし、採用」

「本当!?」


 よっしゃあ! 美人で可愛いアシスタントゲットだぜ!

 なに、ヤバい女じゃないのかって?

 料理も建築も任せられるのなら気にならない。

 というのは冗談で、彼女を引き入れるデメリットよりメリットの方が大きいからだ。

 非力な俺より、身体能力を向上させられるリリアさんが力仕事を請け負うべきだろう。

 いや別に楽をしたいわけじゃないぞ。本当だぞ?


「本当の本当に、スズネちゃんと一緒にいていいのね? あとでやっぱりダメでしたって追い出さないわよね?」


 俺が何度となく断ってきたから、彼女も信じるに信じられないようだ。

 いきなり手のひらを返したのだから、そりゃあそうだが。


「本当です。あー、でも……」

「どうしたの?」


 これを伝え忘れていた。

 森で暮らす以上、避けて通れない道がある。


「……しばらくは洞窟で一緒に寝ることになるんですけど、それでも大丈夫ですか?」


 そもそも、どんな危険があるかもわからない洞窟の外で寝るなんて論外だし、クッション代わりの草の量にも限度がある。

 草を敷く程度ではポイント交換に寝具が追加されなかったし、多少距離をとったとしても、二人で寝るしかない。

 だから、おそらくは嫌がられると思うが、彼女に許可を――。


「え!? スズネちゃんと一緒に寝れるなんて願ってもないことよ! もはやお家なんていらないんじゃないかしら!? このまま二人で永遠に洞窟住まいしましょ!?」


 顔を蒸気させ、肩で呼吸をするほどに興奮している。

 せっかくの美人が台無し……にはならないが、再び不審者に見えてきた。

 「え、一緒に寝るのはちょっと……」とか言われると思ったが、杞憂だったらしい。

 よく考えればこの人は、(推定)恐ろしい距離を気合だけで走ってきたのだ。

 ものすごい変態と見ていいだろう。

 むしろ、一緒に寝ると俺の貞操が危ないかもしれない。


「……いま、何か失礼な事を考えなかった?」

「いえ、滅相もありません」


 これも身体強化の賜物なのだろうか、勘まで優れているのだった。


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