はじまり その2
「本当にごめん!!!!」
時間の流れが止まっているであろう空間。
そこには、美しく長い金髪を揺らしながら謝罪をする男と、俺の他には何も存在しない。
机や椅子はおろか、今立っている地面が存在しているのかも認識できずにいた。
それどころか、本当のところ、時間の流れが止まっているかもわからないし、こいつが男かもわからない。
つまり、何もかも不明なのである。
自分がいる場所もわからないなんて何事か、と思うかもしれない。
それは至極当然の反論だ。
しかし、わからないものはわからないのだ。
何故なら、恐らくここは死後の世界で、目の前にいるのは神なのだから。
「ごめんねぇ……」
混乱から戻ろうとしている俺をよそに、男は再度謝罪する。
その姿に、俺はさらに困惑していた。
ほら、神様には性別がなくて、見ている人間の想像する神様像をしているって、映画とか漫画でよく見るだろう?
個人個人の認識が具現化するというのは、かなり現実的に思えるが、目の前にいるのは優男。
仮に俺の畏怖を形にしているんだったら、もっとゴツい姿だったり、巨大な翼が生えていそうなものだけどな。
「あいにくだけど、私の姿は想像のものではないんだよ。もう余り覚えてもいない生前のものさ」
おっと、一つ疑問が減ったが二つ増えてしまった。
ひとつ。なぜこいつは俺の脳内を読めているのか。
ふたつ。生前、こんな恵まれた容姿に生まれるなんて、どこの世界に産まれたんだ?
堀の深い顔だち、宝石をそのままはめ込んでいるかのような美しい碧眼、肌の色も病的なまでに白い。
「まぁまぁ、これでも神だからさ。とりあえず、一旦この事は忘れようよ」
確かに。
最近の若者にありがちな逃避癖を見透かされ、上手く利用されているようで悔しいが、無駄な考察はおいておこう。
話を戻すが、俺は現在進行形で、神から土下座の全力謝罪を受けていた。
「というわけで、本当にごめん!!!!」
「というわけでって、俺は……死んだんですか?」
もちろん、神に謁見できるほど徳を積んでもいないし、死んだからここに来たのだろうが、一応聞いてみることにした。
もしかしたら、高いところから突き落とされるような、一生に一度見るかどうかレベルのリアルな夢なのかもしれないし。
「いや、夢じゃないよ」
即答だよ。
「君は、僕のせいで死んだんだ」
「本当に死んじゃってるんですか? ドッキリとかじゃなく?」
「もしこれがドッキリだったとすると、君は危ない薬でも打たれていることになるよ? この空間はどこまでも続いているし、そんな土地は地球上にはないからね」
「いやほら、めちゃくちゃ手の込んだセットかもしれないじゃないですか。俺の反応を見て楽しんでるとか……」
「ははは。君にそんなお金をかけるほどドッキリも楽じゃないよ」
ぶっ飛ばすぞ。
「いや失礼。悪気があって言ったわけじゃないんだよ。ただ、これがドッキリじゃないって説明には納得できただろう?」
「それは……まぁ」
確かに、俺は有名な俳優でもなければ売れっ子の芸人でもない。
ごく普通の高校生だ。だった、というのが正しいか。
そんな普通の人間に、永遠に続く空間という大掛かりなドッキリを仕掛ける理由などないだろう。
どうやら俺は、本当に死んでしまったらしい。
「わかってくれたみたいだね。いやもう、申し訳ない」
それにしても、何でこの眉目秀麗な生物が心底申し訳なさそうにしているのか。
心が読めるなら教えてほしい。
「あの……間違えちゃったんだよね」
「間違えちゃった?」
自分の命を突然失うという常識外れの事象に対して、神が用意した回答が「間違えちゃった」とは?
「なんていうか、私には凶悪な人間を始末する仕事があるんだけど……」
そんな仕事があるのか。
法律で捌けない狡猾な犯罪者や、冤罪を勝ち取った奴を秘密裏に始末していると言うことだろうか。
「それそれ。やっぱり日本人は理解力が高くて良いね」
ありがとうございます。
オタク文化が栄えているのは伊達じゃないということだろう。
それで、その仕事と俺とは関係がなさそうなものだけど、一体どういう繋がりだ?
「うん、その日もいつも通り、事故に遭う予定の極悪人間に狙いを定めてたんだけどね?」
神は心底自分に呆れたというふうに肩をすくめる。
「『ヒャッハー!敵は皆殺しだー!』って聞こえたもんだから、緊急事態だと思ってね。つい照準が君に……」
「そんなギャグ漫画みたいな展開あります!?」
心の内が口から漏れ出してしまった。
「いや、だって、今どきゲームやりながら叫ぶ人なんている!? しかもヒャッハーって!」
「ここにいるんだよ!」
抑圧された日々からの解放。
ストレス社会に生きる人間にとって、ゲームは気晴らしとは切っても切り離せない存在である。
薄型長方形の箱の中の世界では、むかつく上司をぶん殴っても、無賃乗車しても無罪。
いや、性格に言えばゲームの中では有罪になり得るが、現実世界に影響はない。
だからこそ、日頃の鬱憤を晴らすかの如く、ハンドルを持つと性格が変わるタイプというのがいるが、まぁうん、俺もそういうことだ。
しかし、確かに画面の向こうの俺は極悪人だったかもしれないが、まさか現実で裁かれるなんて誰が思うだろうか。
こんなことなら、弱きを助け強気を挫くヒーロープレイにするんだった。
「え、もちろん生き返れるんですよね?」
もちろん、手違いで殺されたわけだし、当然蘇らせてもらえるんだろう。
家族はもういないとはいえ、俺はまだ24歳。ピチピチのニートだ。
遺産は山のように残っているし、今後も俺の輝かしいニート生活は約束されている。
今日だってこれから、投稿されたばかりの実況動画を見るつもりだったのに――。
「え、無理に決まってるじゃん」
俺の淡い期待は、瞬きもできないほどの速さで打ち砕かれることになった。