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理由

「体調は大丈夫なの!?」

「え、あぁ、大丈夫……です」


 思わず返事してしまった。

 知らない人と話しちゃいけませんって習ったはずなのに。


「良かったぁ!」


 満面の笑みになった美人が、俺に抱きついてくる。

 もしやこれは幻覚?

 一人に耐えられなくなった俺の心が生み出した、イマジナリーな存在だというのか?

 うん、その可能性は大いにある。

 自分が思っているよりも、この心は孤独を感じていたのかもしれない。

 俺の心理的な欲求が母性を求めているから抱きしめられたんだ、多分。


「どうしてそんなに悲しそうな顔をしてるの……?」


 ハグをやめて俺の顔を覗き込む女性。

 全然悲しくなんかないんだからな、と言いたいところだが、なんていうか、この先の生活が思いやられる。

 明らかに気落ちしてしまっていることは、火を見るより明らかだった。

 だが、この心の静寂によって、少しばかり周囲を見回す余裕が生まれた。

 内面ではなく、目の前の存在へ意識を向けるとしよう。


「…………マジか」


 思わず息を呑んでしまう。

 しっかりとその容貌を確認してみる。

 くりっとした大きな目、高くて筋の通った鼻、薄くて桜色の唇。

 どのパーツをとっても一級品だった。

 こちらを見つめる大きく垂れたそれを見つめ返すと、吸い込まれてしまいそうな感覚に陥る。

 瞳に反射したアホ面の自分に気付いて、ギリギリ正気を保つことができた。

 そんなことよりも目を引くのが彼女の髪だ。

 動くたびに、肩のあたりで切り揃えられている銀髪がはらりと揺れ、日光を浴びてさらに輝いて見える。


「……神々しい」

「光合成? 日向ぼっこがしたいの?」

「いや、違います」


 月の女神が俺の目の前に降り立ったと言われても信じてしまうような、そんな光り輝くほどの美しさ。

 しかし、今は昼時。

 月の女神が出てくるには、いかんせん早すぎる。

 それに、俺の言葉を聞き間違えて、不思議そうに首を傾げている彼女が神だとしたら、この世の神はポンコツばかりになってしまう。

 また手違いで殺されて転生するのか?


「……どちら様でしょうか」


 たとえ人間だったとして、こんな美人が俺を訪ねてくる理由はあるだろうか?

 俺が生み出した幻影のような存在だというのはほぼ確定したが、一応、形式的に問いかけてみることにした。


「私の名前はリリアネット。ターナル家の長女と言えば伝わるかしら」

「伝わらないです」


 条件反射的に即答してしまった。


「あ、あれれ……」 


 昼夜逆転中の月の女神は、困ったような笑みを浮かべながら頬をかいている。

 ターナル家が何かはよく分からないが、恐らくこの世界では名家として知られているのだろう。

 世界どころか、周辺地域に住んでいれば誰もが知っている名なのかもしれないが、残念ながら俺は異世界出身。

 天皇の名前くらいしか存じ上げていないのだ。

 なんなら、ターナル家よりもツノの生えたハムスターの方に親近感を感じてしまう。


「そのターナル家っていうのは分からないんですけど……貴族的なアレですか?」

「まぁ、一応はそう……なるわね? あぁっ、けど、気を遣わずにリリアって呼び捨てにしてくれて構わないからね?」


 やはりそうだったか。

 「気を遣わずに」という言葉から、彼女が普段、やんごとなき身分の人間として扱われているのが想像できる。綺麗だし。

 それに、背筋はしゃんと伸び、仕草の一つ一つも丁寧で、やはり高貴な印象を受ける。

 幼い頃から高等教育を施されているのだ。

 しかし、肝心の彼女の目的は未だ不明のまま。

 それを探らねば安心できない。


「えっと、リリア……さんは、なんでここにいるんでしょうか……?」

「もう、リリアでいいって言ってるのに!」


 いきなりこんな美人の名前を呼び捨てにできるか。

 目を見るのだって緊張するほどの美しさなんですもの、名前を呼ぶなんて到底無理な相談というものですわよ!

 口調がおかしくなるほどの緊張が伝わっていないのか、リリアさんは口を尖らせ、はち切れそうなばかりの胸をさらに張っていた。

 胸元がざっくり開いた薄手の白いワンピースに、同じく白いニーソックス。

 こんな森の中だというのにフラットシューズを履いている。

 ファッションに詳しくない俺でも、明らかにお散歩コーデだとわかる。

 案外、近場に住んでいるのかもしれない。

 ご近所あいさつ的な?


「あれですかね、僕が気付いてなかっただけで、すごく近くに住んでたりしますか?」

「ううん、この森には初めてきたの! 自然がたくさんで良いところね!」


 のほほんとしているな。

 ……この人、よく見たらスタイルもめちゃくちゃ良いぞ。

 胸の大きさはもとより、顔もとても小さいというのに、俺よりも背が10センチほど高い。

 転生前の話だが、俺の身長は165センチ程だったはず。

 今の目線もそう変わっていないと思うので、彼女は推定175センチである。

 海外のモデルみたいに脚もすらっと長く、なんかもう別の生き物みたいだ。

 もしかして、この世界の人間はどいつもこいつもこんなスタイルをしているのか?

 だったらこの世界での俺の種族名は小人かもな!

 子供ですら俺より背が高かったりして、ふざけんな。

 そんなことを考えている隙に、リリアさんはこちらに駆け寄り、俺の両手を自分の両手で優しく包む。

 久しく感じていなかった暖かさ。

 あまりに柔らかな感触に、手がとろけてしまうかもと焦った。


「わぁ〜可愛い手! 狩りで怪我してない? 私が看病してあげるからいつでも言うのよ?」

「け、怪我はしてないですけど……リリア、さんは、どうしてここに……?」


 それを聞くと、はっと何かを思い出したかのように彼女は大きく目を見開き、母親に進学の相談をする子供のような、未来への期待を込めた口ぶりで話を続ける。


「そうよ。伝えようと思っていたのに、舞い上がってすっかり忘れてたわ。私、スズネちゃんのお手伝いがしたいの!」

「お手伝い……?」


 ……少しいかがわしい想像をしてしまった。

 お手伝いというと、家事をやってくれるとか、そういうことか?

 それとも、俺の存在を認知しているということは視聴者だろうし、動画撮影の雑用や、出演者としてだろうか。

 というか、こんな美人に手伝われていたら動画撮影どころではない。

 終始落ち着かないだろうし、嫉妬に狂った人々がアンチになる未来が容易に想像できる。

 この森は無惨に焼き払われ、俺は吊し上げられるのだ……。


「いや、それはちょっと……」

「え……? だめなの……?」


 すんなり受け入れられると思っていたのだろうか。

 断られる雰囲気を察した彼女は、先程までの明るさから一転、シュンと俯いている。

 涙を流さんばかりの、凄まじい気の落としようだ。

 だが諦めてほしい。たいてい、母親に進路相談をした時に突きつけられるのは、自分の人生設計の甘さだけである……と、ドラマで言っていた。


「そんなぁ……私、スズネちゃんと一緒にいれると思って、楽しみにしてたのに……」


 悲しそうな表情をしていても、その美貌は微塵も衰えず、逆に悲壮感が増している様でもある。

 瞳が潤み、長いまつ毛が強調されていた。


「とっても楽しみで、精一杯おしゃれしてきたのに……」

「うっ……」


 冷酷さを売りにしている俺でも、こんな顔を見せられたら断りづらい。

 と、とりあえず理由を聞いてみるか。

 ほら、人間は知らないこと、理解の及ばないことを恐れるというし、話を聞くくらいならいいだろう。

 その後に、丁重にお断りすれば良い。


「リリアさんの目的は分かったんですが……そ、そもそもなんで俺の手伝いをしようと思ったんですか?」

「それはね、あの、なんていうか……」


 目は伏せたままだったが、心なしか、声色が悲しみから恥じらいに変わっているように思える。

 意中の相手は誰かと、そう聞かれた乙女のように頬を赤らめている。

 押しかけておいて今更恥じらう理由なんてあるのだろうか。

 相当言いにくい理由……夜な夜な奇行に走っていたら家を追い出されてしまい、行くアテがないとか?

 というか、この人、俺の名前知ってたよな。

 名乗った覚えはないのだが……?


「言いにくいんだけど……」


 考え込んでいると、それを不機嫌と捉えたのか、カミングアウトしてくれる雰囲気が出来上がっていた。

 果たして、どんな変態的な理由を話そうとしているのだろうか。

 彼女は胸の前で手を合わせながら、決意したようにこちらを向いて口を開いた。


「あの……エリシダにある神像の前でスズネちゃんをみて、一目惚れしちゃったの!」

「……は?」

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