賛同者
翌日の昼。
問題のポイントについてだが、じっくり寝て考えた結果、バグだと思うことにした。
バズりでもしない限り、最初の動画でこんなに反応が得られるわけがないし、そもそも誰が見ているかすらわからないのだ。
神だって忙しいのだろう、間違えてポイントを入れすぎる事だってある。あるよな?
もし、次に撮った動画でも同じくらいのポイントが稼げたなら、その時また理由を考えれば良いと、若干逃避気味に考えることをやめたのだった。
「次の動画、撮らなきゃなぁ……」
私的に恐ろしいことがあった翌日だし、正直気は進まないが、そんなことも言ってられない。
今は、次の動画のテーマを何にしようか考えているところだ。
「うーん……早くもネタ切れになった気がする」
兎を狩る様子も撮ったし、森の探索も撮った。
家の紹介をするほど洞窟の中に何かあるわけでもない。というか何もかもがない。
あっと驚くような特技もないし、本格的に、動画投稿二本目にして早くもネタが尽きたのだった。
「ただまぁ、チャンネルとしてのテーマは新しいことへの挑戦な気がする。もし新しく何かを始めるなら……」
独り言にも慣れてきた。
口に出すことで自分の思考をまとめられるし、案外良い選択だったかもな。
それで、もし新しく始めるなら……そうだ、出来るだけ多くのパートに分けられるものが良い。
長くかかるものなら動画の数が多くなり、次のネタを考える時間がそれだけ確保できる。
果たしてこれが新人実況者の考えることなのか、という意見もあるだろうが、気にしないでおこう。
「長く挑戦できるものか。どうせなら役に立つものがいいな……」
生活が安定してくれば、娯楽品というか、暇つぶし感覚で工作をするのもいいだろうが、今の段階で「頑張って作ったのに役に立ちません」ではやる気も出ない。
しかし、一向にアイデアが浮かばないのも確か。
「格闘技……は便利そうだけど、そもそも参考になる教材がないしな」
変に身体を動かして痛めたら元も子もないし、成長が分かりにくい。
積み木を積み上げるような、目に見える進歩が欲しい。
「……なんとなくで始められるものって、意外と少ないのかもしれないな」
うん、このまま悩んでいても仕方がない。
思い浮かばない時は気分転換だ。
森からインスピレーションを得るために、外に出て散歩してみよう。
奇襲への恐怖はいまだに残っているが、これだけ時間が経って何もないということは、アンチが生まれた訳ではないのだろう。
そうして俺は、今日も地球と変わりない太陽を拝むのだった。
しかし、元の世界では感じたことがないほど空気は美味しいし、空は真っ青に澄んでいて、小鳥が楽しそうに飛び回っている。
どんな悩みも消し飛びそうなほど平和だ。
しかし、そんな森の中から良いアイデアを生み出すことができるだろうか。
森の中にあるものといえば、どこもかしこも木ばかり。
川もあるが、そこにあるのは水と石。
平和過ぎるが、何もなさ過ぎるのだ。
「ゲームで木を使って作るものなんてあったか……?」
考えてみれば、木の剣とか木の鎧とかある気がするが、武器は既に製作したし、鎧を作るほどの技術はない。
「やっぱり、流石に木だけじゃ何も作れな――」
再び行き止まりにぶち当たりかけたその時、まるで全身に電流が走るかのように、一筋の光明が差した。
俺は無意識に天を仰ぎ、両手を固く握りしめて叫んだ。
「そうだ! 家を建てれば良いじゃないか!」
家を作るには木材が必要で、この森にはそれが腐るほどある。
もちろん、ここで一つの疑問が生まれる。
木を切る道具がないんじゃないか、ということだ。
確かに、現状で斧を作れるような材料はないし、そもそも剣と魔法の世界で斧を製作する方法なんて、魔法を使うくらいしか思いつかない。
魔法の「ま」の字もない俺には、星を掴むくらいの難易度。
しかし、しかしだ。
背負っているリュックにしまっていたタブレットを取り出し、実況ポイントの交換画面へ移動する。
動画編集のおかげで慣れてきた操作で、交換できる品を次から次へと流すと、槍や弓が目に入った。
「えーと……もう少し下に……あった」
チェックを入れて交換すると、目の前にそれが落ちてくる。
柄を手にし、持ち上げると、そこそこの重量感があった。
そう、俺が交換したのは「剣」だ。
レプリカではなく、しっかりと刃のついた武器としての剣。
どうして製作していない武器が交換できるのかと、先日、剣の交換が解禁されているのを見て疑問に思ったが、牛肉が交換できたという例を思い出せば、自ずと答えに辿り着けた。
要するに、自分が手に入れたものと近しい――雑にいうと子供と祖父母のような――二親等くらいのものも解禁されるのだ。
このシステムを利用して、斧に近しい武器なりを作り、交換を解除すれば良い。
逆に、家の作り方の方が怪しい。
最悪、洞窟の周りに柵でも建てて守りを固めれば、それは立派な家だと言い張るつもりだが。
とにかく、残りのポイントで毎日水と肉を交換しても、あと一九九日生きていくことができる計算だし、長い時間をかけて家を建てれば、完成した時の反応もひとしおだろう。
その間に家を作る様子を動画にして投稿することで、さらなるポイントを稼ぐ。
そうすれば、建築が長引いても餓死する心配がない。
「……完璧だ。家を作ろう……」
あまりに天才的な閃きに、自分自身が怖くなる。
なんだか身体が震えている気がするが、これはおそらく無謀さからではなく、武者震いだろう。そう思いたい。
「お家を建てるなんて、とっても楽しそうね!」
「そうだな! 食料の心配もないし!」
ほら、賛同者もいることだし、やっぱりいい案だったようだ。
「ご飯は私が作ってあげるし、寒い時には抱き合って寝ましょうね」
「そんなに良くしてもらって悪いね」
「気にしないで? これから深い中になるんだし、何かあったら手を取り合っていきましょうね!」
「あぁ、一緒に頑張――」
……ん?
ちょっと待て、賛同者?
「あれ、どうしたの?」
ヤバい、ヤバい。
背後から聞こえた「誰か」の声に、冷や汗が湧き出てくる。
これはきっとあれだ。
ついに恐れていたことが、アンチがカチコミに来たのだ。どうする?
頭をフル回転させて考える。
「もしかして体調が悪いの!? い、いま、薬を出してあげ――持ってくるの忘れちゃったわ!?」
感覚が研ぎ澄まされてきた。
耳に届くはずの言葉も、集中力によってシャットダウンされている。
今の俺に戦う術はほぼない。
手に持っている剣の使い方は、弓と同じように身に付いているだろうが、人間相手に武器を振るう覚悟が俺に備わっているか?
否である。
なら、このまま一目散に逃げ出すか?
だめだ。端末を持ったまま逃げるのは難しいし、しまうには一度リュックを下ろす必要がある。
振り返る余裕はない。
タブレットは第二の人生における、命よりも大切なものだろう。
これがなければ、俺はこの先生き残ることはできない。
……いや、待てよ?
いくらアンチの恨みを買っていたとしても、こんな辺鄙そうな森の中の、さらに奥にある洞窟まで一日やそこらで来れるものか?
すなわちこれは、俺の孤独感が産み出した幻聴なのだ。そうに違いない。
ならば、実際には背後に誰も立っていないはず。
論理的な考え。少しの安心と悲しさを胸に、ゆっくり振り返ると――。
「やっとこっちを見てくれたわ!」
見た事もないような凄まじい美人が、泣きそうな顔でこちらを見ていた。




