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その2

 ……なんだこれは?

 誰もがそう思った。

 目の前にいるのに存在していない。

 自分達に語りかけているのに、誰とも目が合っていない。

 そもそも、誰一人としてこの青年を見たことがない。

 皆一様に、この状況を理解しようと努めていた。


「も、もしかしてこれがメルン様じゃないか?」

「おぉ……ついにメルン様が我らにお告げをくださるのか……」

「いや待て。神様の計らい、つまりメルン様のお力でこの世界に生を受けたということは、本人ではないということにならないか?」


 その通り。神像の前で話をしている彼は金髪で、確かに顔立ちは良いが、伝承上の神の見た目とはかけ離れている。

 まだ歳も若く、16〜7歳くらいだろう。

 神でないのは確かだろうが、神像の前で話している以上、その関係者だと見て間違いない。

 町民たちは短く会話を交わし、その結論に至った。


「……待て、彼はなんて言った?」


 先程冷静な推理をしていた男が群衆に尋ねる。


「確か、神様の計らいでこの世界に生まれ変わったって……」

「……ということは、彼はメルン様に出会い、何か仰せつかっているんじゃないか?」

「おいおい、つまりはメルン様の遣いってことか!?」


 民衆のどこかからその意見が聞こえた瞬間、彼らは大いに湧き上がった。


「そうだ! そうに違いない!」

「それならこの不思議な現象にも納得できる!」

「これは遠くの出来事を伝えるという、メルン様にしかできないと言われている魔法では?」

「なにあの子! とっても可愛いわね!?」


 次々と声が上がり、人々は興奮を抑えきれていない。

 メルンは広く信仰される神であるが、その神から人々への直接的なアプローチがあったという話は、神話も含めて創世以降聞いたことがないからだ。

 我々の信仰に神が喜び、ついに恩寵を与えてくれたのかもしれない。

 なんたる僥倖。中には涙を流して天を仰ぐ者までいるほどだ。

 そんな熱狂渦巻く民衆の中でも、鈴音の動画は再生を続けている。

 動画はすでに中盤に差し掛かっており、神の遣いは華麗な弓捌きを披露し、兎を狩っているところだ。

 しかし、そこに一つの疑問が生まれる。


「……なぁ。神様の遣いだってんなら、腹は減らないんじゃないのか?」

「確かにそうだ。メルン様はこの世界の生命を遥かに超越したお方だろうし、その遣いも同様だろう」


 信仰深いからこそ疑問点が見つかってしまう。

 そして、それは人々の間に急速に膨らんでいく。


「それに、遠距離攻撃に弓を使うってことは、攻撃魔法が使えないって事じゃないか?」

「俺たちでも使える魔法をあえて使わない理由なんてないもんな……」

「それじゃあこの人は一体何者なんだ?」


 謎が謎を呼ぶ。

 今や人々の興奮は消えかけていて、恐怖へと色を変えようとしていた。

 しかし――。

 

 「よく聞け、皆の者」


 決して大声ではないが、一声で人々は静まり返り、人混みが割れる。

 それは、声の主が町の中でも有数の影響力を持つ人物だと如実に伝えていた。


 「あ、アルジャックさん!」


 そう呼ばれ姿を表したのは、長い髭を蓄え、尖った帽子を被る老人だった。

 しかし、老人だというのにその背筋はしゃんと伸びており、持っている杖に頼らず歩く姿からは、只者ではないという雰囲気が漂ってくる。

 それもそのはず。アルジャックは、遥か昔にこの世界を滅ぼそうと侵攻した魔王と戦った、勇者パーティの一人。

 その年齢は三百を超えると言われているが、激しい戦いで培われてきた覇気は微塵も衰えていない。

 他のパーティメンバーは既に寿命を迎えているが、彼だけは、その溢れ出る魔力を循環させる事で老いを遅らせていた。

 だが、未だ現役とは言え、既に過去の人間という意識があるアルジャックは、皆の尊敬を集めながらも、普段は町外れにある小さな家に籠り、なかなか姿を表さない。

 そんな彼が出てきたとあって、何か重要なことが伝えられると人々は感じていた。

 そして、口が開かれる。


「何故彼の腹が空くのか。その理由は、彼が我々と同じ、この世界を“生きる”生命だからじゃ。そして、彼は魔法を使えないのではなく、使わないのじゃ」


 低く、芯の通った声を、人々は静かに聞いている。

 その心には一つの疑問があったが、それを言わずとも彼は理解していた。


「魔法が使えない理由が気になるのじゃな? その理由は二つある。まず、彼はこの世界に生まれたばかりである。赤ん坊から魔法が使える者などおらんじゃろう。魔導王と呼ばれるワシですら、幼い頃にはウインドひとつ使えなかった。だから極力、我々の常識に従って、魔法を使わない生き方をしているのじゃろう」


 なるほど、と声が上がる。

 流石に赤子の状態では一人で生きていけないため、姿や思考こそ年頃の男になっているが、生活能力はまっさらなのだと。

 鈴音の生活力のなさが、かえって人々の納得を助長していた。

 魔導王の解説は続く。


「では何故、赤ん坊のように、知識のない真っさらな状態で生まれてきたか。我々に初心を思い出させるためじゃろう。彼が一から学び、成長していく過程を見ることで、我々大人は再び若い心を取り戻し、子供は共に成長していける。人生の豊かさ、輝きを再確認させてくれる。これがメルン様のお心遣いなのじゃよ」


 気付けば、人々の頬には一筋の涙が伝っていた。

 空には雲一つ漂っていなかったが、町の石畳は雨上がりのように濡れていた。

 当然、この認識はメルンの意図したものではなかったが、それでも説得力に満ち溢れている。

 人々は、アルジャックの説明で、自分達がどれ程神に愛されているのかを感じ、また、木に躓きながらも懸命に今日を生きようとする彼に心を打たれたのだ。


「ありがとう神様、俺達もっと頑張るぜ!」

「神様、僕、勉強頑張るよ! それで将来はお母さんを守ってあげるんだ!」

「スズネちゃんっていうのね! 頑張ってる姿もかわいいわ!」

「彼に負けていられないな。仕事だ仕事! 一気に百人前の料理を作ってやるぜ!」


 画面の向こうで拙い努力を続ける彼に力を貰い、普段から活気のあるエリシダは、さらに賑わうこととなった。

 子供は素直に学ぶ事で、大人は精を出して働く事で、それぞれ天への感謝を伝えようとしている。

 そして――。


 祭りが!!!始まった!!!!!!!

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