エリシダにて
鈴音君の住む森から南の方角にある大きな町、エリシダ。
ここには人間だけでなく、エルフや獣人、数は少ないが魔族など、多様な種族が手を取り合い暮らしている。
え?剣と魔法の世界じゃ人間と魔族の戦争はお約束だって?
確かにね。
でも、それはメルンヴァラにとっては過去の話だ。
人間と魔族の戦いが終結してから二百年以上が経った今、もはや種族間の憎しみは消え、共に生活を送る事も可能となっていた。
異なる種族であってもメルンヴァラの創造神――つまり私――を敬う気持ちに変わりはない。
その一点の下に手を取り合う姿は、まさしく正しい世界の在り方と言えるね。
それでも良くないことを考える輩も少しはいるようだけど……まぁ、どうにかなるでしょ。
「……っていうか、この街、なにしてんの?」
どうしてしまったのだろうと、私は珍しく首を傾げる。
つい最近、予想外のミスを犯してしまったとはいえ、大抵のことは想定内だ。
しかし、今目の前では、立て続けに不可解な出来事が起こっているのだ。
日頃、私に対して敬虔な祈りを捧げてくれるこの町では今、今――。
「祭りだァァァァァァァァァ!」
祭りが開かれていたのだから!
・
鈴音の実況ポイントの確認から時は遡ること二時間前。
エリシダの町の中央には、この世界を創造したとされる神「メルン」の巨大な像が設置されている。
時には書物で、時には口伝でその存在が語られるメルンの、伝承通りに美しく堀の深い顔立ちの像。
メルンは人間から魔族、誰にも気付かれないような一欠片まで、メルンヴァラの全ての生き物を愛し、今でも加護を与えていると信じられている。
「メルン様、おはようございます! 今日はうちの畑でトンデモない大きさの野菜が採れました! これもメルン様のご加護のおかげです!」
「聞いてくださいメルン様! ついに私、彼氏ができたんです!」
「いいなぁ。俺も彼女欲しいなぁ……」
「あなたにもきっと良い恋人が見つかるわよ。メルン様が見ていてくださるもの!」
「……そうだよな! ちょっと剣でも振って鍛えてくる!」
エリシダだけではない。
この世界のほぼ全ての生命が日常的にメルンに語りかけ、喜びや悲しみを共有する。
それによって彼らの精神は澄み渡り、周囲の同胞とのコミュニケーションも円滑になるのだ。
そしてこの日。そんな人々の信仰を受ける神の像の前に、突然大きなスクリーンが現れた。
「こ、これは……?」
「一体なんなんだ!?」
「四角い……板?」
鈴音の世界でいうところの映画館のような巨大な長方形の板。
神を愛し、その像にもまた同じだけの敬意を払っている人々が、四角い物体に気がつくのにそう時間はかからなかった。
だが、彼らは見たことのない無機質なそれ、なんの反応も示さないそれに恐怖を覚え、立ち止まって見ていることしかできない。
「メルン様は……俺たちに何かを伝えたいのか?」
「これは、神様から我々へのお叱りなのかもしれない……」
「誰か不敬を働いた者がいるのか!? 私たちが共に謝罪をするから名乗り出るんだ!」
人混みの中から、ちらほらそんな不安そうな声が聞こえ始めたその時――。
『はじめまして! 俺は神様の計らいでこの世界に生まれ変わった人間で、スズネと言います。神様にいただいた二度目の人生――』