思考
異世界で実況者として生きていくことを決意した俺は、一日かけて動画の構想を練ることにした。
思い立ったが吉日、前世の俺と差をつけるとすれば、これしかない。
脳をフル回転させて思考する。
実況動画については並々ならぬ知識を持っていると、そう自負していたが、やはり創作する側と受け取る側の視点は全くの別物だ。
自分の好きなことをやるべきなのか、視聴者の求めていることをやるべきなのか。
そういった初歩的な部分で既に詰まってしまっていた。
いわゆるチャンネル設計というやつだろう。
「これがしっかりしてないと伸びないよな……」
しかし、そもそも誰が見ているかすら分からないのだ。
ということは、仮想の視聴者を生み出しても意味はないんじゃないか?
……それなら、自分のやりたいようにやるべきだろう。
まだ会ったこともないし、今後会うかもわからないこの世界の人々が何を好むのか。
平和な種族が多いのか、血の気が多いのか。
何もかも不明瞭なら、少しでも自分が楽しんでいる様子を伝えたい。
「やっぱり最初は自己紹介だよな。礼儀っていうか、知らない人間より知ってる人間の方が好かれるだろうし」
増えてきた独り言も、実況をする上では良い練習になるかもしれない。
これはラジオの話だが、ラジオ放送では一定以上の秒数が無音になってしまうと、放送事故扱いされてしまうらしい。
実況では聴覚のみならず視覚にも訴えられるとはいえ、できるだけ事柄に対する反応を見せた方が良い。
三日間、一言も言葉を発していないより、適度にひとりごちていた方が口も回るだろう。
思考も煮詰まってきたので、早速今日から動画を投稿しようとタブレットの電源を入れた。
薄々勘付いていたが、昨日通知で確認した三本の動画というのは、転生してから三日間の、全ての時間の俺が録画してあるものだった。
当然のように、用を足している時やアホ面で寝ているところなど、恥ずかしい場面も余す事なく撮られている。
だが、歩いている時はおろか、寝ている時にも撮られているという気配は感じなかった。
陰キャ特有の……というか自意識過剰特有のセンサーが反応しなかったのだ。
周りを見渡してもカメラは見当たらないので、おそらく、神の力的なアレで撮られているのだと思う。
「っていうかこのタブレット、めちゃくちゃ軽いな」
何から何までサクサクと処理が進む。
動画の確認も楽だし、俺がやろうと思っている事を理解しているような快適さ。
しかも、撮影された素材は便利なことに、俺の視点と、全方位から俺を映した両方の画を自由に使うことができる。
一人称と三人称の両方の視点を網羅しているという、初心者に持たせるには性能が良すぎるカメラである。
だが、これなら美味しい場面を逃す事もないだろう。まだ先の話ではあるが。
さて、記念すべき最初の動画のテーマである「自己紹介」。
再三の話にはなるが、そもそもネット環境もサイトも無いのにどこに動画を投稿するのか。
神以外の誰が視聴する事ができるのか不明だが、たとえば100年後。
この洞窟に足を踏み入れた冒険者が、骨になった俺とタブレットを発見している可能性もミリ単位であるだろう。
ならば悪い印象は与えたくない。
「ここの洞窟に住んでたやつ、めちゃくちゃ性格悪いな。よし、全部燃やしておこう」とか嫌だし。
そう思いながらタブレットをいじっていると、動画一覧画面の右上に《編集》と書いてあるのを見つけた。
「先にこっちを確認しておくか」
どの程度の作業で素材を望む形にできるのか。
それを知っていると知らないとでは、動画の撮り方も変わってくるはずだし、先んじて編集方法を確認することにした。
《編集》をタップしてみると、切り抜きやエフェクトなど、様々なツールが表示されている画面へと移動する。
「おぉ、だいぶ使いやすそうだな。音の切り抜きもできるし、簡単に素材作りができそうだ」
実は昔、一度だけ実況動画を投稿してみようと思い――恥ずかしくて結局やめたのだが――動画編集をしたことがある。
そのソフトと比べて、この編集ソフトは初心者目にも相当に便利なものだと理解できた。
本来なら有料ソフトでないと再現できないようなクオリティだ。
そうはいっても、自己紹介動画はあまり編集しなくても良いだろう。
最初から細かい点に凝っていては、実際に投稿するまでに膨大な時間がかかってしまう。
競合がいるとは思えないが、早く参入する方が望ましい。
ツールの使い方にはおいおい慣れていくとして、まずは使える素材を選別し、繋げて最初の動画を作る下地にしよう。
これによって、この3日間の自分の行動について伝えることができる。
だが、その前に肝心の自己紹介だ。