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ひとつ年下の異母妹だったはずのラオビアは、私よりもみっつ年上でした。
前のときのラオビアはある程度大きくなっていたので年齢を誤魔化せたのでしょう。
ほかにもっと時期の合う貴族がいたら、そちらの家を乗っ取りに行っていたのかもしれません。
ラオビアの母親と情人の関係が明らかになって、その男がマティアス様の母親の情人でもあったことがわかりました。
以前から男は自分の恋人の客となった貴族を脅したり、子どもを利用して乗っ取りを企んでいたのです。
マティアス様はどう見てもクライン侯爵の子どもでしたが、ご本人が望んで世俗を去り神殿騎士になられたと聞きます。
男とラオビア親娘は脅迫などの罪で捕まりました。
脅迫だけなら軽い罪だったのですが、捜査中に怪しい毒薬を所持していることがわかり処刑されました。
これからはなにがあろうとも我が家に押しかけてくることはありません。
彼女達がいなくなったせいか、お母様がお亡くなりになることはありませんでした。
ラオビアが誘惑していた使用人は、あのときの御者だけではなかったのでしょう。
我が家に入り込む前から下準備をしていたに違いありません。もしかして怪しい毒薬は──
お母様とお父様は話し合いを重ねて、仲の良い夫婦になりました。
……お母様がお亡くなりになってあのふたりがやって来るまでは、前のときも仲の良いおふたりだと思っていたのですけれどね。
そして、私の妹が生まれたのです。
「……ふふ」
「どうしたの、ルーツィエ」
「妹が生まれたと報告した直後に、まだ婚約者のいなかった私にあなたが求婚しに来てくださったのを思い出したの。あのときはびっくりしましたわ」
「ああ、ごめん。驚かせるつもりはなかったんだけど……僕はね、異母兄との婚約前の顔見せで会ってからずっと、君のことを愛していたんだ」
「求婚のときも言ってくださいましたね。……嬉しかったです」
マティアス様との婚約がなくなったので、今回はあまりレオンハルト様と会うことはありませんでした。
だけど領地が隣り合っていることもあり天才氷属性魔術師としての彼の名声は、わざと集めようとしなくても耳に入って来ました。
噂話に前のことを思い出し、ならず者から助けていただいたことも思い出し──気がつくと、私はレオンハルト様のことばかり考えるようになっていました。恋をしてしまっていたのです。
だから突然の求婚には驚きましたが、とても嬉しくもあったのです。
「……ぷふ、オスカー……」
「あら、マルガレーテは眠ってしまったのですか?」
「噂には聞いていたけれど、子どもは眠ると重くなるね」
「ふふふ、そうなのですよ」
「マルガレーテ嬢は、寝言で呼ぶくらいうちのオスカーが好きなのかな?」
時間はかかりましたが、レオンハルト様のご両親も話し合って心を通わせ、新しい子どもを授かっていました。
マルガレーテよりもひとつ年下の男の子、オスカー様です。
「まだ恋愛感情かどうかはわかりませんわ。……それに、姉妹で同じ家の兄弟と結婚するというのも難しいかと」
「オスカーならケーラー伯爵家へ婿に出せるから、ちょうど良いんだけどね」
などと話していたら、レオンハルト様が不意に真剣なお顔をなさいました。
銀色の髪に青い瞳。私の美しい夫は白い薔薇のようです。
魔術師として、クライン侯爵として、多忙な夫がいない間の寂しさを紛らわせるため庭に植えた白い薔薇は、お腹の子が産まれてくるころには咲いてくれるのでしょうか。
「ねえ、ルーツィエ」
「なぁに、あなた」
「あなたか……ちょっとくすぐったいな」
「うふふ」
「あのね、ルーツィエ。もし辛いことがあったら、いつでも僕に言ってね。僕は、君の幸せのためならなんでもする。……本当に、なんでも」
唯一の不安は、そろそろ前のときに私が殺された時間が来ることです。
前のときは学園を卒業して二年でマティアス様と結婚しました。
今回は天才魔術師とはいえ慣例的に学園には通わなくてはいけなかったレオンハルト様の私よりも一年遅い卒業を待って結婚し、もうすぐ一年が経ちます。
前とはまるで違うのに、死の運命だけは変わらないのではないかと不安になるのです。
でも、もしまた死の運命に襲われて時が戻ったとしても、私はレオンハルト様に恋をするのだと思います。
もちろんお腹の子、両親と可愛いマルガレーテ、今も昔も大切な学園時代の友達のことは気になりますが、レオンハルト様と出会って恋に落ちることが出来るのなら、きっと私はどんな運命でも乗り越えられると思うのです。
「ありがとうございます、レオンハルト様。でも無理はなさらないでくださいね。今の私は幸せですわ」
「そうか、それなら良かったよ」
私の夫が優しく微笑んでくれます。
この幸せな時間がいつまでも続きますように──
彼がいれば立ち向かえるとは思いますけれど、もう二度と時間が戻ったりしませんようにと、私は祈ったのです。