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幻想系

謎ナメクジ飼育日記

作者: 平之和移


○月✕日


通勤の最中、アスファルトの上にナメクジがいた。この炎天下、ナメクジという日陰の生物がどうしているのか不思議だった。私は持っていた空き瓶にそのナメクジを詰めて、なにもなかったように会社へ行った。


会社では特にイベントはなかった。夜になって家に帰ると、瓶を開け、ナメクジをテーブルの上に出す。細菌だかウイルスだったかの心配はあった。だがそれもすぐに忘れるほど、ナメクジのことが気になっていた。本来であれば石の隙間にでもいるような奴があそこにいるのはおかしい。これでも生物の知識はかじっている。


しばらくテーブルで好きにさせていると、ナメクジは海老反りになった。こんなことをするナメクジなんて聞いたこともない。もしや新種か。驚きで感動するあまりしばらく時を忘れていた。こいつを飼おう。そして観察するんだ。


研究機関に渡すことは考えなかった。私一人で独占したかった。私は押し入れからカゴを取り、ナメクジを指でつまんでカゴに入れた。ナメクジらしくヌメヌメとした触感だった。あとで枯葉も入れてやらないとな。


ベッドの近くにカゴを置いて、今日は寝た。




○月✕ノ二日


会社に行く前にナメクジを見ると、カゴの中を転がっていた。人間が横になってするように。私はスマホで録画した。やはりこいつはただのナメクジではない。私はこいつを謎ナメクジと名付け、観察日記をつけることにした。今書いているのがそうだ。


家に帰りにまた見てみると、なにもしていなかった。道中で拾った枯葉を与えてやっても反応はなかった。


そして、その後も特筆するようなことはなかった。



○月✕ノ三日


今日も特に反応はない。枯葉を増やしたが隠れるようなこともせず、ノロノロ動いたりボーッとしたり。それだけだ。



○月✕ノ四日


今日もない。昨日と同じ。隠れないことを除けば普通のナメクジだ。もしかしたらこいつは普通のナメクジなのかもしれない。



○月✕ノ五日


昨日と同様。エサを与えても食べようとしない。単に食欲がないだけか、それともこいつの特殊性か。わからん。そろそろ観察だけでなく実験でもしようか。



○月✕ノ六日


塩をかけてみた。するとダンゴムシのように丸くなった。ようやく新しいことが起こったので、調子に乗って塩まみれにした。だが飽きたのかなにもしなくなった。つまらん奴め。カゴの中はしばらく塩まみれだろう。



○月✕ノ七日


塩まみれ以外なにもなし。見たところ塩を食べているようだ。この時点で普通ではないので、やはり謎のナメクジなのだろう。干からびる様子はない。


他に書くこともないので会社のことでも書こう。いやこれも一言で終わるな。ナメクジのことは話さなかった。それだけ。あとは愚痴でも書くとするか。(以下、ナメクジに関係ない話)



○月✕ノ八日


今日も。毎日書くのはもバカバカしいのでもうなにか起こった時だけ書こう。多分明日は書かない。



○月✕ノ十日


ナメクジがヘビのようにトグロを巻いた。指でおちょくってやると飛びかかってきた。そのスピードはやはりヘビ。しかし数時間後にはいつものナメクジに戻った。塩は完食させた。



○月✕ノ二十日


ナメクジが増えていた。最初は生殖でもしたかと疑ったが、どちらも全く同じ動きをするので分身であると結論。私もバカの真似をすると分身できた。ナメクジが一匹増えた。やはり同じ動きをする。


こいつらはカゴにぶつかる個体がいると、他のはぶつかっていないのに悶える。つまみ上げてみる。他の奴は宙に浮く。今日のナメクジは面白かった。



○月✕ノ二十三日


どこから持ち出したのかナメクジサイズのリコーダーがカゴにあった。それをナメクジが吹いていた。ナメクジに人間のような呼吸器官があっただろうか。まぁこのナメクジにならあってもおかしくはない。音は小さく近所迷惑にはならない。存分に吹かせてやった。


途中、音が荒々しくなったが、私には使える楽器はない。セッションの申し出は鳥にやってくれ。



○月✕ノ二十四日


カラスが家の中にいた。ナメクジとセッションしている。ナメクジはクラシックギターを弾き、カラスが人の声をマネして歌う。一応、録音してやった。いつかネットに投稿しよう。


そのあとナメクジはカラスに食べられた。一時はどうなるかと思ったが、カラスの嘴を開け脱出していた。ノロくさく見えて意外とアクロバティックである。カラスは外へ出した。



○月✕ノ三十日


ナメクジが人間サイズに大きくなっていた。しかも無断で入浴していた。頭にタオルを乗っけて気持ちよさそうに。その日は疲れで怒る気力もなかったので一緒に入浴。中々気の効く奴で、背中を流してくれた。人型ではないので風呂場はパンパンだ。


お返しにヌメヌメの体を拭いてやった。愉快げに頭を揺らしている。ドワドワ出てくる液体はとどまることを知らなかった。拭くのをやめると残念そうに床に伏せた。犬なのか猫なのか判らない奴だ。



○月✕ノ三十二日


ナメクジはまだ大きいままだ。昨日は私のベッドで寝やがった。そういうこともあって少し苛立ちながら帰宅の扉を開けると、ナメクジが料理をしていた。サイコキネシスかなにかでフライパンを浮かし野菜炒めを作ってくれていた。


味は、少ししょっぱかった。それが疲れに効いた。ナメクジも食べていた。どうやってかと聞かれると返答に困る。言うだけなら、吸い込んでいた。料理を。その能力で掃除でもしてくれないかと頼んだら、複数体に分身した。今回は同じ動きをせず、オリジナルの個体(?)以外は外出して戻らなかった。困るのだが。



○月✕ノ三十九日


ナメクジが元の大きさに戻った。家事をしてくれる存在がいなくなったのは損失だ。ちなみに分身のナメクジも帰宅した。合計で七匹。ケンカせず仲良く暮らしている。



○月△ノ✕ノ四十二日


私がナメクジになった。これで会話できるかと思いきやできなかった。


カゴを大きくしてよかった。私の場所がとれる。まるで前からこの形であったように体が動かせる。日記だって書ける。もしかしたら、このナメクジは人間なのかもしれない。



○月△ノ✕ノ四十五日


私をナメクジ達が取り囲む。ワッセワッセと運ばれる。ナメクジがナメクジを担いでいる。どこに案内されるのかと不安がっていると、枯木と枯葉でできた祭壇に着いた。生贄にされると恐れ丸くなった。その予想に反して祭壇にある椅子に座らされた。


私を仰ぎだし、王様扱いしだした。悪くない。しかも上等な葉っぱを食べさせてもらった。


しかし、どうして王に選ばれたのだとか、結局彼らは何者なのかは依然不明。コミュニケーションを図っている様子もない。このナメクジに超能力があることは明らかなので、私が目覚めていないだけ……かも。



○月△ノ✕ノ五十日


起きたらベッドで横になっていた。どうやら人間の姿に戻れたらしい。ナメクジ達の様子を見ていると、私に対してお辞儀してきた。王の扱いはそのままらしい。一体なにを言いたかったのやらしたかったのやらかは未解明のまま。


会社にする言い訳を考えながら出社した。だが面妖なことに、今までも私はいたとされている。多分ナメクジの仕業だろう。感謝感謝。



○月△ノ✕ノ五十六日


会社で酒の付き合いをし家に帰る。ドアを開ければ家具の全てがナメクジに。言語にできないが、どれがどの家具であるか無理解のまま理解できる。触感は全てナメクジのそれだ。ヌメヌメで触り心地はよろしくない。


しかしまぁ、どこからが家具で、どこまでがそうでないのか。フライパンは大事ない。ベッドはナメクジに。辟易とする。本棚はナメクジにならず。ナメクジの数を調べると、カゴにいるナメクジと数が一致する。そんな数にまで増えていたことに内心驚愕で駆けたくなった。



○月△ノ✕ノ六十日


家具がナメクジなのは変わらず。いやそれどころか世界中の物体がナメクジになった。ニュースでも取り上げられた。そんなに深刻そうでもないが。まぁ当然だろう。ただ見た目が変わっただけだから。カゴのナメクジはロケットを作り始めている。


嬉しいのは、見た目だけしか変わっていないから、勝手に動かないこと。そう同僚に言ったが、その同僚はナメクジ嫌いだったのでゲロゲロ吐いてた。どこからともなく小さなナメクジが現れ、そのゲロを食べた。



○月□ノ✕ノ七十日


未だナメクジの物体化、いや物体のナメクジ化は止まらない。アスファルトとか壁とか地面もナメクジになった。雲もナメクジだ。全てナメクジ色になったので、ナメクジ化してない街路樹が浮いて見える。


同僚は自殺した。ナメクジ世界に耐えられなかったのだろう。可哀想なことだ。死体はナメクジに食べられ存在しない。故に未解決事件の扱いをされた。


ナメクジ達も遠慮しなくなったのか、パソコンのナメクジがどこかへ行った。車のナメクジと自転車のナメクジが性交していたりする。もう人類文明は終わりだろう。ニュースは最早やっていない。カメラのナメクジ、スタジオのナメクジが消えたそうだ。


我が家のナメクジ製ロケット。あれは完成した。まだ発射する様子はない。今も塩をやっているが、もういらないだろうか。このままだと私を食べないといけなくなるし。


しかしこのペンは持ちにくいな。ヌメヌメとしている。というか書けているのか? 紙もナメクジだから筆跡がない。



○月□ノ✕ノ七十一日


全ての物体は元に戻った。元通りだ。だが同僚は死に損ではない。今度は人間全てがナメクジになった。より残念なことに、私以外の人間が、である。仕事なんてできたもんじゃない。ニュースも見れたものではない。皆ナメクジだから喋らない。なんとか筆談でやっているが、ナメクジ語を習わないといけない。



○月□ノ✕ノ七十二日


帰宅すると、カゴのナメクジ達に外へ連れていかれた。あの小ささのどこにそんな力があるのか。道中他の元人間ナメクジも加わる。珍妙大名行列だ。


連れていかれた先には、小さなロケットがあった。ナメクジが作ったものだ。私はこれに乗せられた。というか、乗っかった。小さいロケットの先端に足を置いただけ。


ロケット点火。音速を超えて宇宙に繰り出す。呼吸はできている。どういうワケかペンと紙もある。だから書けている。この分だと宇宙もナメクジになるな。


もうなっているかもな。



○月○日


今、どこにいるか解らない。この小さなロケットでは横になれないし立ったまま。いい加減辛いので降りた。現在泳いで地球に戻っている。どうせ地球はナメクジになっているだろうが、こんななにもない宇宙よりはマシだ。


遠くに置いてきたハズなのに、ロケットが追い付いてきた。こいつも意思があるのか。私は呆れの極致に至る。ロケットを掴み、点火し、勢いに任せた。地球が見えてきた。青い地球。やっと仕事に戻れる。



記述なし


どうしたものか。ナメクジの言葉が判るようになったのはもちろんありがたい。しかしどいつもこいつも私を王だの神だの言う。そんで、統一された地球連邦の幹部達は、かつて飼っていたカゴのナメクジ達だ。人はナメクジのままであることを、ついでに書き残す。


最高の食事、最高の寝床、文句なしの環境、遊びきれない娯楽。欲は全て満たされる状況にいる。


だけどもナメクジの娼婦、男娼を渡されても困る。私は人なのだし。


さて、どうしたものか。

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