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私、アイドル頑張っています。

作者: 日下千尋

1、 テーマは自由


 5月の大型連休が終わり、南から生暖かい風が毎日のように吹いてきて、気温も日増しに上昇して、暑くなっていくのを感じます。

 私、星川みゆきは4月から中学1年生で、東京都八王子市にある私立の女子中学へ通っています。

 全寮制で学校から徒歩15分のところにある「星空荘」という寮で暮らしています。

 セキュリティが万全なところで、中もホテルみたいな構造になっています。

 ルームメイトの神河よしこさんとはクラスも一緒なんですが、彼女の実家は私と同じ東京都稲城市にある小さな公団住宅から来たと言うので驚きました。

 さらに同じ棟なんですが、彼女は1階、私は2階に住んでいます。

 5月の大型連休の時も二人で一緒に実家へ帰りました。

 実は私とよしこさんは現役の中学生であるとともに、アイドルもやっています。

 寮から徒歩10分のところに「すみれ芸能プロダクション」と言う小さな事務所に所属しています。

 所属しているアイドルは私とよしこさん入れて15人ですが、それも「少人数制」と言う社長が出したこだわりなのです。

 プロデューサーはわずか3人ですが、営業がメインなので、私たちと一緒に現場まで移動することが少ないのです。

 社長の花形めぐみさんは35歳ですが、彼女自身も昔はアイドルをやっていて、引退後もプロデューサとして頑張ってきました。

 性格は比較的穏やかなのですが、たまに怒り出すとなまはげのように恐ろしくなります。

 他にも週刊誌の記者とはとても仲がいいので、よく一緒に食事をしたり、カラオケやボウリング、時には麻雀もします。

 先週の火曜日も「週刊真実」の蛇野春子(通称「コブラ」)さんと一緒に事務所の応接室で紅茶を飲みながらクロスワードを解いてみたり、ファッション雑誌を広げて、ほしい洋服をチェックしていました。

 春子さんは社長と年齢が近いこともあって、よく会うことが多いのです。普段は蛇のようにアイドルたちを追いかけてスクープ写真を撮って雑誌に載せていくので、みんなからは「コブラ」と呼ばれています。

 昨日も事務所にやってきて、応接室に旅行雑誌を広げて温泉に行く計画を立てていました。

「ねえ社長、今度の週末予定どうなっている?」

「その『社長』ってやめてよ。普通に『めぐみ』でいいわよ。」

「でも、社長であることには変わりはないでしょ?」

「そうだけど・・・・。」

「じゃあ、『社長』って呼ぶね。」

「どうぞ。」

 社長はしぶしぶと返事をしました。

「それで話を戻すけどさ、来週の金曜日二人で北陸新幹線に乗って金沢まで行ってみない?観光を兼ねて温泉ってどう?仕事の疲れも溜まっているみたいだし。」

「それは行ってみたいけど、仕事が残っているから。」

「仕事なんて、事務所の人たちに任せればいいじゃん。」

「アイドル達の仕事はどうするの?」

「そんなの、プロデューサに任せればいいでしょ?」

「わかった。仕事はすべてプロデューサたちに振るから、一緒に行きましょ。」

「やったー!温泉だー!」

 春子さんは小さい子供のように大はしゃぎでいました。しかし社長は乗り気ではなかったので、しぶしぶ認めたっていう感じでいました。


 私たちの事務所は社長よりも私たちやプロデューサの意見を尊重しているため、社長はほとんど関与していません。

 先日、社長がみんなの前でこんな発言をしてきました。

「衣装やステージの設定はアイドルである、皆さんにすべてを任せます。ここの事務所の方針は『自由』なので、ステージ衣装は各ブランドのデザイナーさんが作った衣装を着て頂きます。衣装の見本と連絡先は事務所のキャビネットにありますので、デザイナーさんにアポを取る時にはプロデューサを通してください。」

「ちなみに過去に作った衣装ってありますか?」

 私は皆がいる前で思わず質問をしてしまいました。

「残念ながらまだありませんが、写真ならあります。」

 社長は少し声を低めて返事をしました。

「他に質問はありませんか?」

 その後、みんなが手を挙げる気配がありませんでした。

「なければ解散です。以上!」

 そう言って社長は部屋に戻りました。

 私は早速キャビネットから「各ブランド衣装と連絡先」と書かれた分厚いファイルを取り出して、応接室で衣装の写真を見て行きました。どれもみんな可愛いので迷っていましたが、その中でもゴスロリの衣装に目が留まってしまったので眺めていました。ブランドは「デビルゴシック」で、デザイナーは黒川マリアと書かれていましたので、早速連絡先をスマホに登録しておきました。

 その直後よしこさんが横からファイルを取り上げて、自分が着るブランドにチェックしました。

「みゆき、ブランドって一人一つだけなの?」

「さあ、これはプロデューサか社長に聞かないと分からない。」

 よしこさんはファイルのページをパラパラとめくっていき、目当てのブランドに目を留めました。

「私、これにする!」

 よしこさんが目にしたのはピンクでフリルのついたロリ服でした。ブランド名は「スイートドール」で、デザイナーは甘宮(あまみや)操と書かれていました。

「お!いいじゃん、可愛いよ。よしこに似合うよ。」

「電話番号、スマホに登録していいのかな。」

「やっちゃいなよ。」

 よしこさんは私に言われるままにスマホを取り出して、スイートドールの電話番号を登録しました。

 私はあることに気が付きました。

「よしこ、この衣装って一人で歌う時だけにしない?」

「そうだね。ユニットを組んだら、また別の衣装を着たほうがいいかもしれないね。」

「ユニットを組んだ時に、お互い別々のブランドの衣装を着たらおかしいしね。」

「うん。」

「とにかく明日プロデューサーと相談してみようか。」

「そうだね。あと契約するのはいいけど、それ以前にステージに出られないと意味がないよ。」

「確かに。」

 その日、私とよしこさんは寮に戻りましたが、やはりあの「デビルゴシック」の衣装だけは忘れられませんでしたので、しばらく起きてあの衣装のことだけをを考えていました。

「みゆき、まだ起きているの?そろそろ電気消すよ?」

「あ、ごめん。」

「どうしたの?」

「さっきの衣装のことが忘れられなくて・・・。」

「さっきも言ったように、その件は明日プロデューサと相談してみよ。じゃあ、お休み。」

「お休み。」


 翌日、学校帰りに事務所へ立ち寄ってプロデューサの岡本恵子さんにブランド衣装のことについて相談を持ち掛けてみました。

「岡本さん、忙しいところすみません。少しお時間ちょうだいしてもいいですか?」

「どうした、みゆき。何か相談か?」

「実はステージで着る衣装のブランドが見つかったのですが・・・。」

「ほう、どのブランド?」

「デビルゴシックです。」

「黒川先生がデザイナーをやっているブランドなんだね。しかし自分のブランドを持つのは結構だけど、ステージに出られるほどの実力はあるの?」

「正直まだありませんが、私の実力が認められたら、黒川先生の衣装を着てステージに立ってみたいのです。」

「わかった。先生も今すぐには衣装を作れないはずだと思うから、一度会って交渉してみよう。」

「ありがとうございます。」

 その直後、よしこさんもプロデューサに自分のブランドを持ちたいと言い出してきました。

「岡本さん、私もいいですか?」

「よしこ、お前もか?」

「はい。」

「お前はどこのブランドにしたんだ?」

「私はスイートドールです。」

「ほう、甘宮先生のブランドか。よし、わかった。順番からして最初にみゆき、その次によしこでいいか?」

「わかりました。」

「私は両方の先生と交渉しておくから、お前たちはトレーナーもとで基礎トレーニングだ。」

 プロデューサはそう言い残して、私たちの前からいなくなりました。

 私とよしこさんは、トレーニングウエアを用意して事務所から500メートルほど離れた場所にある、すみれ芸能プロダクション専属のトレーニングルームへと向かいました。中はトレーニングルームの他にダンスの練習場やボイストレーニングの場所もあります。

 曜日によって担当の先生が異なってきますので自分がしたいトレーニングの先生が何曜日にいるのかをチェックしなければなりません。また先生のいない日は自主トレーニングをすることもあります。今日は火曜日なので、基礎トレーニングとボイストレーニングの先生がいる日でした。

 トレーニングルームへ向かう途中、コブラこと春子さんにすれ違いました。

「春子さん、こんにちは。」

「よっ、お前たちこの荷物からして、これからトレーニングか?」

「はい、そうなんです。」

「無理しない程度に頑張って来いよ。」

「ありがとうございます。春子さんはこれから社長に会うのですか?」

「まあね。差し入れ用意してあるから、トレーニング終わったら食べてくれよ。」

「ごちそうさまです。」

「じゃあ、ケガだけはするなよ。」

「ありがとうございます。それでは、失礼します。」

 春子さんと別れた後、私とよしこさんはトレーニングルームへ向かいました。

 中へ入ってみるとトレーナーが二人いて、一人は先発隊の指導に入っていましたので、私とよしこさんはもう一人のトレーナーのもとで指導を受けることにしました。

 トレーナーは女性の方で、比較的おとなしめでしたので楽に指導を受けることが出来ましたが、指摘箇所があると言い方がきつくなってきます。

 今日はストレッチを中心にやりました。私とよしこさんは比較的背骨が柔らかったので、特に小言言われることはありませんでした。

「二人は生まれつき骨が柔らかったの?」

「はい。私の家系はみんな骨が柔らかいのです。」

「そうなんだね。よしこさんは何かされていたのですか?」

「私は黒酢を飲んだり、風呂上りに柔軟をやっていたので。」

「今日はもう教えることが無くなったから、自主トレかそのままボイストレーニングという流れだね。」

「ボイストレーニングは今からでも大丈夫ですか?」

「今からだと、行ってもすぐに終わるだけになると思うよ。」

「そのあとの時間は空いていますか?」

「ちょっと待ってね。」

 トレーナーの沼口かすみ先生が、スマホを取り出してケジュールを確認をしていました。

「ごめんなさい。今日のボイストレーニングは終わりみたいだから、余った時間を使って自主トレをしてもらっていい?」

「わかりました。」

 自主トレを終えたあと、後ろから入江ことりさんが声をかけてきました。

「二人ともお疲れ。」

「あ、お疲れ様です。」

「二人は今日トレーニング?」

「うん。」

「そっか。そういえば二人はブランド決めたの?」

「うん、私はデビルゴシック。」

「私はスイートドールです。」

「二人とも、なかなかいいブランド選んだね。私は『リトルクイーン』にしたよ。」

「リトルクイーンってデザイナーが成田文子さんで、お嬢様風の衣装を作っているんだよね。」

「そうそう。お客さんの前でヒラヒラしたドレスを着て歌ってみたかったから。」

「その気持ちわかります。私も同じ気持ちですから。」

「私も。」

「一日でも早くステージに立てるように、お互い頑張っていこうな。立ち話もなんだし、一緒に歩いて事務所まで戻らないか?」

「そうだね。」

 私とよしこさんは、ことりさんと一緒に事務所まで向かったのですが、無駄にテンションの高いことりさんについていくことは正直難しかったです。



2、 マイブランドといじわるな質問


 次の日、その日は朝からジトジトと雨が降り続いていました。私はプロデューサが用意した白い乗用車に乗って黒川先生のいる「デビルゴシック」の工房まで向かいました。助手席から見えるフロントガラスの水滴を眺めながら、八王子市内の幹線道路をまっすぐに向かって町田市との市境付近まで走っていきました。

 私が少し緊張した表情で座っていたら、プロデューサがそれに気が付いて話しかけてきました。

「みゆき、どうした?もしかして緊張してる?」

「はい、少しだけ。」

「大丈夫だよ。今日会う黒川先生はとてもいい人だから、そんなに緊張することないよ。」

「プロデューサは会ったことあるのですか?」

「あるよ。」

「どんな人ですか?」

「それは会うまで秘密だよ。」

「もったいぶらずに、教えてください。」

「今、教えたらつまんないでしょ。」

 会話していたら、いつの間にか私の緊張がほぐれていました。

 車は幹線道路から細い路地をゆっくりと走っていき、小さな教会を抜けた先に古い洋館がありました。屋敷の左側にはだだっ広い駐車スペースがあって、そこには「来客駐車場」と書かれたさびた看板が立っていました。

 私とプロデューサは車から降りて、古い洋館へと向かいました。入口には「デビルゴシック」と書かれたプレートがドアにつるされていました。ドアチャイムを鳴らしたら、明るい声で「どちら様?」と返事が来ました。

 プロデューサは「こんにちは。すみれ芸能プロダクションから来た岡本です。」と言いましたら、「どうぞお入りください」と言ってドアが開きました。

 中へ入ってみると中央に大きな階段があり、昼間なのに窓がないせいか、少し不気味な感じがしました。ミシミシと音を立てながら私とプロデューサは2階へ通じる階段をゆっくり上がっていき、廊下を正面まで歩いていきました。

 廊下の両サイドには古い絵画がいくつもの飾ってあり、それが怖さを増していきました。

 正面のドアを3回ほどノックしたら、自動ドアのようにゆっくりと開きました。部屋の奥へ進むと、小さな電球が3か所に設置されていて、部屋の中を薄明かりに照らされていました。

その真ん中に黒川先生と思われる人が少し年季の入ったロッキングチェアに座っていました。

「黒川先生、失礼します。すみれ芸能プロダクションの岡本です。お約束をちょうだいしたので、参りました。」

 黒川先生は少し疲れた表情でロッキングチェアから立ち上がって、私とプロデューサの前にやってきました。

「こんにちは。今日は新しいアイドルを連れてきたの?」

「はい、新人の星川みゆきです。」

「こんにちは、初めまして。すみれ芸能プロダクションの星川みゆきと申します。雑誌や資料で先生の衣装を拝見したときに、是非着させて頂きたと思って、お願いに来ました。」

「みゆきさん、私の衣装をどれくらい知っているの?」

 黒川先生は少しいじわるそうに私に質問を投げてきました。

「もしかして、何も分からないでここにやってきたの?」

 私はありきたりの記憶を頭の奥から引っ張り出して答えることにしました。

「先生のデザインは中世ヨーロッパの魔女や貴族をイメージした衣装なんですよね。」

「うーん、一応合格かな。」

「ありがとうございます。」

「先生、これつまらないものですが、よろしかったら召し上がってください。」

「これって、千虎(せんとら)の栗最中ですよね。ここの和菓子大好きなんです。」

「よかった。先生は最中が大好きだとおっしゃっていましたので、今日用意させていただきました。」

「あとで頂きますね。岡本さん、みゆきさんの体のデータをとりたいので、少しだけ借りてもいいですか?」

「どうぞ。」

「みゆきさん、隣の部屋に来てくれる?」

 黒川先生は私を隣の部屋へ連れて行き、メジャーでサイズを測っていきました。

「みゆきさんは何歳?」

「13歳で中学1年生です。」

「中学生でアイドルデビューなんだね。そういえば私の衣装を着てみたいと思ったきっかけって何?」

「私、もともとゴスロリの服を着てお出かけをするのが好きだったのです。事務所に入ってたまたま『デビルゴシック』のブランドを見かけたとき、是非着てみたいと思ったのです。」

「そうだったのね。胸囲を測るから万歳をして。」

「はーい。」

「じゃあ、これで採寸終わり。後はみゆきさんの個人情報だけね。」

「個人情報書くのですか?」

「目的以外は使わないから大丈夫よ。衣装の打ち合わせに使いたいから、良かったらスマホの番号だけでも教えてくれる?」

「わかりました。」

 私は黒川先生に電話番号と名前を教えて、それをパソコンにすべて入力しました。

「体のサイズと個人情報を入力したけど、これで間違いない?」

「はい。」

 黒川先生は入力した情報を私にすべて見せて確認をとりました。

「あと、出来上がった衣装は事務所へ送りますね。」

「よろしくお願いします。」

 私とプロデューサは車に乗って、雨の中を事務所へ向かって走りました。

「どう?思ったより怖くなかったでしょ?」

「はい。」

「衣装が出来上がったら試着してもらうから。」

「わかりました。」

 雨は来る前よりも強くなっていき、フロントガラスのワイパーの動きも早くなってきました。


 事務所へ着くと、よしこさんとことりさんが私とプロデューサを出迎えてくれました。

「お帰り、どうだった?」

 最初に質問してきたのはよしこさんでした。

「屋敷の中を歩いたんだけど、緊張した。」

「おばけとか出たの?」

 今度はことりさんが食いついてきました。

「お化けは出なかったけど、薄暗くて廊下に飾ってある絵画も少し不気味だったの。」

 二人は肩に力を入れながら私の話を聞いていました。

「デザイナーさんはどんな人?やっぱ魔女みたいな人?」

 ことりさんは少し顔を近づけながら聞いてきました。

「とてもいい人だったけど、あの建物になれるまでには少し時間がかかりそう。一言でいえばお化け屋敷みたいだったから。」

「マジ!?」

「あとね、ことりちゃん、顔が近い。」

「あ、ごめん。」

 ことりさんは根掘り葉掘りと私に質問を投げてきました。

「衣装は届くんでしょ?」

「うん。」

「届いたらちょっとだけ試着させてくれる?」

「でもサイズが私ぴったりに仕上げてくるから・・・・。」

「私も、よしこも、みゆきも似たようなサイズなんだし大丈夫だよ。今度リトルクイーンの衣装も着せてあげるからさ。」

 ことりさんはマイペースで話を進めていきました。

「盛り上がっているところ申し訳ない。よしこ、明日スイートドールの衣装の打ち合わせがある。明日の午後、甘宮先生の工房に行くからよろしく。」

「時間は何時なんですか?それによって学校を早退しないといけないので。」

「時間か。明日、学校何時に終わる?」

「明日は何もなかったら3時に終わる予定です。」

「わかった、先生には4時に会ってもらえるよう言っておくから。」

「よろしくお願いします。」

 

 翌日にはよしこさんの衣装の打ち合わせをするために甘宮先生の工房まで向かいました。

 プロデューサが運転する白い乗用車はよしこさんを乗せて八王子市の外れにある静かな住宅街へ向かいました。その外れの方へ向かうと、見た目は普通の民家と変わりはないのですが、入口に人形の絵柄のある看板にポップな文字で「スイートドール」と書かれていました。さらに隣の貼り紙を見ると「お車でお越しの方は突き当りを右に曲がった来客用の駐車場をご利用ください」と書かれていました。

 駐車場へ向かってみると、ピンク色の看板で「スイートドール来客駐車場」と書かれていましたので、中へ進むとアスファルトで固められた比較的広い駐車場になっていたので、そこに車を停めて工房へと向かいました。中へ入ってみると玄関には花瓶に入ったピンクのバラの花が飾ってあり、奥の部屋に進むと、洋人形が多数置いてありました。

 さすがによしこさんもプロデューサもこれを見た時にはびくっとしました。

 部屋の真ん中にはピンクのロリータ服の女の子が木の椅子に座って紅茶を飲んでいました。

「あら、プロデューサさん。ご無沙汰しています。」

「こちらこそ、いつもお世話になっています。先生つまらないものですが、よろしかったら紅茶と一緒に召し上がってください。」

「いつもありがとう。中身は日の出屋のパウンドケーキですよね。」

「はい、そうなんです。先生の好物だと伺っていましたので。」

「覚えていただいて、光栄ですわ。それで、横にいらっしゃるお嬢様は新しいアイドル?」

「はい、神河よしこです。」

「初めまして、神河よしこです。」

「よしこちゃん、私のブランドはどこで知ったの?」

「先生のブランドは毎月発行されているロリータファッションの雑誌で知りました。事務所に置いてあった衣装ブランドの資料の中に先生のブランドが紹介されているのを見つけて、是非着てみたいと思いました。」

「そうなんだね。では聞くけど今月号で紹介されている私の衣装のテーマは?」

「アリスのお茶会です。」

「正解です。」

「もう一つ質問出そうかしら。」

 甘宮先生は少しいじわるそうな顔して質問してきました。

「そのアリスのお茶会をイメージした衣装のスカートにはいくつかの絵柄があります。その絵柄を答えてくれる?」

 よしこさんは一瞬考えました。

「うさぎと、ティーカップを持ったアリス、帽子屋さん。」

「正解。今のはちょっと試しただけなの。プロデューサさん、こちらのお嬢様をお借りしますね。」

「わかりました。」

 甘宮先生はよしこさんを別の部屋に連れて行って、メジャーで採寸をとり始めました。

 部屋の中は大きな作業台やミシン、マネキンなどがありました。

「さっきは意地悪な質問してごめんなさいね。」

「いえ、大丈夫です。」

「よしこちゃんは、私の衣装を着てどんなアイドルを目指したいの?」

「会場をメルヘンの世界にして、お客さんを夢の中へ連れていきたいと思っています。」

「なるほどね。」

「ステージの予定はあるの?」

「まだありません。でも、スケジュールが決まりましたら是非先生の衣装を着させて頂きたいと思っています。」

「では、ステージが決まりましたら、私を招待してもらえますか?」

「もちろんです。先生がお越しになるのをお待ちしています。」

 甘宮先生は軽く笑みを見せながら、データをパソコンに入力していきました。

「よしこちゃん、申し訳ないんだけど最後にお名前と携帯の番号を入力してくださる?目的以外は絶対に使わないから。」

 よしこさんはパソコンの画面に自分の名前と電番号を入力していきました。

「1週間後には出来上がっていると思いますので、そうしましたら事務所へ送らせてもいますね。」

「お待ちしています。」

 よしこさんとプロデューサはそのまま車に乗って事務所へ戻りました。


 さらに翌日以降はことりさんをはじめとする残りの人たちの衣装もそろえていきました。

 成田文子先生が経営する「リトルクイーン」の工房は多摩市内にある高級マンションの最上階で、中へ入ってみると、セレブを象徴するお部屋になっていました。

「ごめんください、いつもお世話になっています。すみれ芸能プロダクションから来ました岡本です。今日は新人アイドルを連れてきました。」

「岡本さん、お久しぶりです。その新人アイドルとは?」

「彼女は入江ことりです。」

 ことりさんは少し緊張した表情で文子先生の顔を見ていました。

「あなたが入江ことりさん?」

「初めまして、入江ことりです。」

「大丈夫よ。そんなに緊張しなくても。せっかく来て頂いたわけなんだし、何か召し上がっていきませんか?」

「先生、一応お断りしておきますが、彼女はまだ未成年なのでアルコールは・・・。」

「大丈夫、ちゃんとソフトドリンクも用意してありますから。」

 文子先生は、冷蔵庫から冷えたペットボトルのジュースを取り出してことりさんに渡しました。

「ありがとうございます。」

「先生、今日は彼女に新しい衣装の新調していただきたいと思ってきたのですが・・・。」

「なるほどね。ことりちゃん、私のドレスのことどれだけ詳しい?」

「先月の『月刊セレブファッション』の特集に載っていた記事を読んだことがあります。」

「じゃ、その記事に載っていた写真のデザインは覚えているかな?」

 ことりさんは一瞬考えました。

「確か青いバラをモチーフにしたドレスでしたよね。黒いスカートに青いバラの絵柄が印象的でした。しかも足元が青いハイヒールだったのを覚えています。」

「もう一つ質問していいかしら。」

「なんですか?」

「下はそれで正解なんだけど、上はどんなデザインか覚えています?」 

 またしても考え込みました。

「上は・・・。」

「上は?」

「思い出しました。全体的にフリルのついた白のトップスに左胸に青いバラが付いていました。」

「正解。」

「では、最後にこの質問に答えてくれたら、これからあなたの体を測って衣装づくりにかかってあげます。」

「どんな質問ですか?」

「今、あなたが当てた衣装のコーデの名前を答えてほしいの。これも特集の記事に載ってましたわよ。ちゃんと読んでいたら、すぐに答えられるはずよ。フフフ。」

 文子先生はいじわるそうに笑って、ことりさんを困らせていました。

 ことりさんは少し困った表情で考え続けていましたが、しばらく考えた結果、思い出したという顔で答えました。

「先生、分かりました。」

「言ってごらんなさい。」

「ロイヤルブルーローズコーデですよね?」

「正解。よく思い出しましたね。では、約束通り新調して差し上げますので、隣の部屋に来てくださる?」

 先生はことりさんを連れてメジャーで体のサイズを測っていきました。そして最後に電話番号と名前を入力し終えて、帰ることになりました。

「ことりさんの衣装は1週間前後に仕上がると思ますので、それまでお待ちください。」

「ありがとうございます。」

 私の時といい、よしこさんの時といい、ことりさんの時といい、デザイナーさんは私たちを試しているかのように、いじわるな質問を投げてきました。

 1週間後には事務所に私たちの衣装が届き、早速試着してテンションはうなぎ上りでした。

 あとはステージに向けて猛特訓するだけとなりました。



3、 初ステージは市民ホール

 

 私たちはステージに向けて近所をランニングしたり、レッスンスタジオでダンスの自主トレに励んできました。

 今日はトレーナーの指導のもとでダンスの稽古を受けていました。

「よしこさん、リズムに乗っていない!ことりさん、テンポが遅れてる!みゆきさん、全体に力が入りすぎ!」

 ダンストレーナーの舞岡ひとみ先生は鬼のような形相で私たちを厳しく指導していきました。手を叩きながら「1、2、3、4」と言って私たちの欠点を見つけては大声で怒鳴っていきました。

「はい、今日のレッスンはここまで。残った時間は自主トレに励むこと!」

 先生はそう言い残していなくなっていきました。

「みゆき、今日のひとみちゃん、強烈な鬼モードになっていたと思わなかった?」

 ことりさんが疲れ切った表情で私に話しかけてきました。

「今日のひとみ先生、かなりスパルタ入っていたわよ。」

 よしこさんも壁にもたれて、ぐったりしながら言いました。

 私は二人の愚痴に返事が出来ないほど、体力を無くしていました。

 ペットボトルのスポーツドリンクも底をつき始め、私たちは全部飲みほしたあと、残った体力で自主トレに励んでいきました。

 自主トレが終わったころはすでに夕方になっていたので、そのまま寮に帰って寝ることにしました。

翌日には舞岡先生は追加の注文を出してきました。

「3人に言っておく。疲れても、『疲れた』という顔はしないでほしいの。お客さんが求めているのは『疲れた顔』ではなく、『笑顔』なの。それだけは忘れないでくれる?今日の課題は長時間踊っても疲れた顔を見せないこと。」

 明らかに無理難題でした。でも、お客さんの前で疲れた顔を見せると明らかにNGなのはわかっています。踊りながら笑顔見せるのは私たちにとっては至難の業でした。しかし、それをクリアしないとあの衣装を着てお客さんの前に立つことは許されないと思っています。

 翌日からは笑顔見せながらダンスをする猛特訓が始まりました。

「はい、ことりさん、ここで可愛くスマイル!」

 しかし、先生からはまたしても厳しいコメントが来ました。

「まだ笑顔が出来ていない!」

 その後、私もよしこさんも同じように注意されてばかりでまったく進歩がありませんでした。

 そこで私たちはお互いの動きをチェックするために、スマホの動画撮影に入りました。

 翌日、先生がお休みでしたので、スマホのスタンドを用意して動画で撮影に入りました。

 チェックしてみたら、反省が山積みになっていて直すところがたくさんありました。

「これ、相当時間がかかりそうだね。」

「うん。ダンスが出来ても笑顔見せないと意味ないよね。」

 私はため息交じりに言いました。しかもそのうえ歌もあるので、本番まで過酷なスケジュールで動いていきました。


 日曜日、事務所でプロデューサから初ステージの発表がありました。

 来月の第二日曜日に八王子市民ホールと聞いて少しテンションが上がったのですが、お客さんがどれくらい来るのか少し心配になってきました。

 ステージに出るのは私とよしこさん、そしてことりさんでした。

 今日は久々にレッスンがお休みでしたので、3人でキャリーバッグを持っていつものトレーニングルームの2階奥にある撮影スタジオに向かいました。その日は初ステージ用のポスターやチラシ用の写真を撮るために、衣装を着て撮影に臨みました。

 撮影の前に私たちは楽屋に入り、衣装に着替えてカラコンを付けた後、スタッフに衣装に合ったメイクをしてもらいました。

 私の場合、デビルゴシックの衣装でしたので、赤のカラコンに青いルージュ、つけまつげ、黒のロングのウィッグで仕上げました。そして最後につける手袋ですが、私の場合トップスが半袖でしたので、黒のロンググローブを付けて、魔女を象徴させるスタイルになりました。

「どう?」

 メイクの人が確認とるかのように私の横にやってきて聞いてみました。

「なんていうか、私じゃない感じがします。怖そうな魔女って感じです。」

「そんなことないわよ。人形のようにすごく可愛いわよ。」

「ありがとうございます。」

「あの、一つお願いがあるのですが・・・。」

「何?」

「よかったら、スマホで写真を撮ってもらえませんか?」

「うーん、後でならいいよ。今スタジオでカメラマンさんが待っているから。」

「あ、そうでした。」

 その時、ドアをノックする音が聞こえました。

 ドアを開けたら、よしこさんとことりさんが着替えとメイクを終えて待っていました。

「みゆき、すごく可愛いよ。なんていうか、一言で可愛い魔女って感じに見えるよ。」

 少し興奮しながら言ってきたことりさんは、金の縦ロールウィッグに黄色のカラコンで水色のワンピース、白のロンググローブでお嬢様風に仕上がっていました。よしこさんも金髪のツインテールのウィッグにピンクのドレス、白のレースのショートクローブで人形みたいでした。

「二人とも私より、すごく可愛いよ。」

 二人は私の前で少し照れた顔を見せました。

 スタジオの中へ入るとすでにカメラマンと助手がスタンバイしていました。

「カメラマンさん、こんにちは。今日はよろしく願いします。」

 私はカメラマンに軽く挨拶をしました。

「みんな今日はよろしくな。今日はこれで撮影なのかい?」

「はい、コンサートの宣伝で使うポスターとチラシ用の撮影に来ました。」

「なるほど。今日のは当日着るステージ衣装なのかな。」

「はい、この日のためにデザイナーさんにお願いをして作っていただきました。」

「そうなんだね。了解した。では順番に1人ずつ撮って、最後に全員で写る感じで行こうか。」

「よろしく願いします。」

「では、最初に誰から行くかじゃんけんで決めて。」

 私たちはじゃんけんで順番を決めていきました。

 最初に私、次にことりさん、最後によしこさんの順番になりました。

 撮影の順番が最初に来たので少し緊張していました。

「はい、いいよ。今度は横から行くね。最後に座ったポーズで。」

 カメラマンはライト当てながら私たちにシャッターを押していきました。

 そして最後は3人全員での撮影になって終わりました。

 出来上がった写真を確認するためにパソコンで写真を1枚ずつ見て行きました。

「私、この日傘を持った写真にする。」

「私はこの座ったポーズかな。」

「私は後ろから振り向いたポーズがいい。」

 私たちが選んだ写真は街中で貼るチラシや会場内で貼るポスター用の写真でした。

 私が日傘、よしこさんが座ったポーズ、ことりさんが後ろから振り向いたポーズが決まりました。

 最後に3人で写った写真は可愛い笑顔で決めたものにしました。

「じゃあ、出来上がりましたら事務所へ送らせていただきます。」

「ありがとうございます。」

 メイクオフをする前、私たちがスタジオに持ち込んだスマホで写真を撮っていたら、カメラマンがやってきて「よかったら、みんなの写真を撮りましょうか。」と言ってきました。

「お願いします!」

 私たちはカメラマンにスマホを預けて、それぞれ写真を撮ってもらいました。

「この写真、SNSに載せるの?」

「そうです。」

 私はうれしそうに返事をしました。

「今日はありがとうございました。それでは失礼します。」

 メイクを落としてもらう前、スタッフが「写真はどうされますか?」と聞いてきたので、私は「スマホの撮影でしたら、申し訳ありませんがカメラマンさんに撮っていただきました。」と返事をしました。

 そのあとは何も言わずにメイクを落としてもらいました。

 帰る前に私は当日のメイクをお願いしようとしたら、当日は「自分たちが担当しますので。」と返事をしてくれましたので、少し安心をしました。なぜならメイクには自信がなかったので、プロにお願いをしたかったのです。

 着替えを済ませて、楽屋を出る前にメイク担当の人に一言挨拶をして事務所へ向かいました。


 迎えた当日です。

 私たちはカートに詰めた衣装一式持ってプロデューサの用意した車に乗って、会場まで向かいました。

 楽屋にはすでにメイクの人が控えていて私たちの着替えが終わるのを待っていました。

 着替えとメイクが終わって、本番開始まで時間があったので、スマホをいじりながら待っていたらドアをノックする音が聞こえてきました。

「はーい、どうぞ。」

 ドアからは黒川先生と甘宮先生、そして成田先生が入ってきました。

「先生方、こんにちは。」

「やあ、みんな。この衣装とても似合っているわよ。」

「ありがとうございます。」

「みんな緊張していない?」

「大丈夫です。」

「それならよかった。これ私たちの差し入れ。」

「ありがとうございます。」

 袋の中を見たらペットボトルのジュースでした。

「では私たちは客席から見ているから、練習の成果を見せてね。」

 先生たちはそのまま楽屋をあとにしていなくなりました。

 それと入れ違うかのようにコブラこと春子さんが楽屋に入ってきました。

「ヤッホー!みんな緊張している?」

「春子さん、こんにちは。応援に来てくれたのですか?」

「もちろん!」

「春子さん、今日私たちの初ステージなんです。よかったら、あとで記事にしてもらえませんか?」

「記事にしてほしかったら、ちゃんと頑張ること!わかった?」

「はい。」

「ちゃんとやらなかったら、みんなのスクープ写真を撮るからね。」

 春子さんは冗談ぽく私たちに言いました。

「あと、これは私からの差し入れ。」

「ありがとうございます。」

 袋の中を見たら、ミカンのゼリーが入っていました。

「春子さん、ステージが終わったらガッツリ頂きますね。」

 ことりさんは遠慮なしに返事をしました。

「じゃあ、私そろそろ客席に行くから、お前たちちゃんと頑張れよ。」

 私は春子さんを見送ったあと、ステージに向かいました。

 ステージの裏側から客席を覗いてみたら、お客さんがたくさんいました。

 こんなにたくさんのお客さんの前で歌うのは初めてですので、少し緊張していました。

「どうしたの?緊張しているの?」

「大勢のたくさんのお客さんの前で歌うの初めてだから、少し緊張している。」

「大丈夫だよ。いつも通りにやっていけばいいんだよ。」

 ことりさんは余裕の表情で私に自信をつけさせました。

「みゆき、お客さんの前で緊張した顔を見せたらダメだよ。」

「うん。」

「みゆきちゃん、笑顔だよ。」

 よしこさんも軽く微笑んで私に自信をつけさせました。

 そして派手なBGMとともに女性の司会者がやってきて、会場を盛り上げていました。

「みんなお待たせ!、この日を楽しみにしてた?」

 客席から盛大な声が広がっていました。

「今日は新人アイドルたちの初ステージ、最後まで応援してくれるかな?」

「はーい!」

 客席からまたしても大きな返事が来ました。

 司会が会場を盛り上げている中、私は少しずつ緊張していきました。

 それに気が付いたことりさんが「みゆき、分かっていると思うけど、お客さんの前で緊張した顔はNGだよ。」と言ってきました。

「それでは、ステージが始まる前に元気で可愛い新人アイドル達に自己紹介してもらうので、皆さんは拍手で迎えてくださいね。」と司会が言った瞬間、私の足は急に重たくなってきました。

この緊張は何とも言えませんでした。

 


4、 初ステージとファンレター


 客席からは私たちを迎えるかのように鳴りやまない盛大な拍手が広がっていました。

 その中で私は笑顔を見せながらステージの中央に向かって歩き出しました。

「では、一人ずつ自己紹介をしてもらおうかしら。」

 私たちはイベントスタッフからマイクを一つずつ渡されて、自己紹介を始めました。

「みんな、初めまして。私は悪魔の申し子、魔界からやってきた星川みゆきよ。今日は皆に呪いの歌を聴いてもらうから、覚悟してちょうだい。」

「わたしぃ、メルヘンの国からやってきた神河よしこなの。元々人形だったんだけどぉ、神様に頼んで人間にしてもらったの。今日はみんなの前でたくさん歌うから、ヨロシクね。」

「私はセレブの女王、入江ことりよ。庶民のみんな、今日は最後まで私の歌を聴くがよい。」

 客席からはまたしても拍手が広がりました。

「みんな、それぞれ個性的な自己紹介でしたね。」

 司会は少し驚いた表情でいました。

「皆さんは、普段からこのキャラなんですか?」

「キャラも何も私はこういう存在なのよ。」

 私はいつの間にか緊張がほぐれ、普通にしゃべれていました。

「わたしぃ、みんなと会いたいから、この日のためにメルヘンの世界から来たんだよ。」

「私も庶民のみんなに会うために都内の一等地から来たのよ。」

 客席からは笑いと拍手が来ました。

「そうなんですね。」

 司会は苦笑いをしながら答えました。

「それでは皆さんには早速歌っていただきましょう。一番最初は星川みゆきさん、『薔薇人形のキス』です。」

 ステージのスポットライトが青と白だけになり、寒々しい印象になりました。

 さらにバックのスクリーンには夜の古い洋館とコウモリの映像が映し出されました。

「みんな私についてこないと、呪うわよ。」と言って、私は軽くステップを踏みながら歌いだしました。

 みんなも立ち上がり、掛け声を出しました。

 パイプオルガンの前奏のあと、イントロが流れ出し私は歌いだしました。

 客席からは大きな掛け声が聞こえてきました。

 それに合わせるるかのように私もマイクで大きな声を出しながら歌い続けました。

「呪いの木の実を食べた悪魔たちよ~、われに忠誠を誓え~♪」

 曲も終わりに近づいた瞬間、思わず左足のステップを踏み間違えてしまいました。

 かなり痛恨のミス。でも、間違えたという顔を見せたら今までの努力が台無しになるので、踊り続けました。見ているお客さんは特に気が付いた様子もありませんでした。

 曲が終わって、私はステージ裏に行くとよしこさんとことりに迎えられました。

「お疲れ。」

「ありがとう。」

「次、ことりさんの出番だよね。頑張ってきてね。」

「ありがとう。疲れているところ申し訳ないけど、私ら、あと一曲ずつ残っているから、気を抜いたらだめだよ。」

 ことりさんは疲れている私に気を引き締めるような言い方をしてきました。

「そういえば、一番最後に3人で歌う曲とは別にアンコールの曲もあったよね。」

 よしこさんが、何かを思い出したように口に出しました。

「そういえば、そうだった。」

 私の解放感はしばらく先になりそうでした。司会が「さ、続きましてはセレブの女王様の出番です。入江ことりさん、『最後の楽園』です。」と言ったとたん、スポットライトが黄色とライトブルーに変わり、バックの映像が南の島の映像になりました。

 ことりさんが歌っている間、水を一口飲んで休んでいました。

 私の顔はスポットライトと飲んだ水でメイクが崩れかかっていました。

「よしこ、悪いんだけど、楽屋に戻ってメイクを直してもらってくるよ。」

「わかった。私が歌ったあと、休憩に入るから。あと後半はここにメイク担当が来るから、楽屋に戻る必要はないよ。」

「そうなんだね。」

 ことりさんが歌い終わり、最後によしこさんが「メルヘンのお茶会」を歌ったあと、前半が終わり、1時間の休憩に入りました。

 その間、私たちは楽屋に戻ってメイクを直してもらいました。

 後半に入り、舞台裏にはメイクの人が控え、私たちは歌って踊り通しました。

 そして最後の曲になり、私たち3人が歌った曲は事務所の名前にちなんだ「すみれたちの恋」でした。すみれの花の妖精が1人の男性に恋をする内容の歌を歌いました。

「みんなー!今日は最後まで聞いてくれて、本当にありがとう!」

 私たちは客席に向かって大きく手を振りました。

 舞台裏に行ったら、案の定アンコールが聞こえてきました。曲はフィンガーファイブの「学園天国」を歌いました。

 メイクも衣装もソロの時のままでしたので多少の違和感がありましたが、みんなが盛り上がってくれたので、私の中ではOKにしました。

 「みんなー、声が小さいわよ!もっと大きい声出さないと呪うわよ!」と思わず叫んでしまいました。みんなで歌って踊って、コンサートは無事終わりました。

 

 楽屋に戻って、メイクオフする前にスマホで記念撮影をしました。楽屋の中にはデザイナーさんたちや春子さんがいました。

「みんな、お疲れ。なかなかいいステージだったわよ。約束通り、あんたたちの活躍を記事に書かせてもらうからね。完成を楽しみにしていろよ。」

「ありがとうございます。」

「春子ちゃん、物は相談なんだけど・・・。」

「こら、ことり。仮にも私は年上なんだから、『ちゃん』じゃなくて『さん』でしょ?」

「いいじゃん、ケチ。」

「ああ、ケチで結構ですよー。それで相談ってなんだ?」

「私らとデザイナーさんを一緒にスマホでとってほしいんだけど。」

「人にものをお願いするときはなんて言うんだ?」

「お願いします。」

「先生方、お忙しい中すみません。これからスマホで撮影しますので、少しの間ご協力ください。」

 春子さんは私たちのスマホで先生と一緒の写真を撮っていただきました。

「おまえら、スマホの画面を見てみろ。よかったら先生方にきちんとお礼を言え。」

 画面を見たら問題なかったので、みんなでお礼を言いました。

「先生方、すみません。この子たちがおそらくSNSに載せるかもしれませんが、この件に関しては問題ありませんか?」

「私は大丈夫です。」

「私もです。」

「私もです。」

 みんながSNSに載せるのを許可してくれたので、改めて先生にお礼を言いました。

「私は編集の作業があるから戻るけど、お前たちはどうするんだ?」

「はい、一度衣装を事務所に戻してから帰ろうと思っています。」

「気を付けて帰れよ。家に戻るまでがコンサートだからな。」

 春子さんは遠足を終えた子供たちに言うように私たちに言って、姿を消しました。

 メイクを落としてもらい、衣装から普段着に着替えてもとの姿になりました。

 事務所へ戻ると社長とは別になぜか春子さんとデザイナーの先生方までがいました。

「みんなお疲れさまでした。」

 テーブルの上にはケーキやオードブルなどがたくさん並んでいました。

「このジュースが黒川先生の差し入れで、ケーキが甘宮先生の差し入れ、そしてピザが成田先生、骨付きチキンは春子さんの差し入れだ。アイドル諸君、先生方と春子さんにきちんとお礼を言ってから食べるように。」

「先生方、春子さん、頂きます。」

「食べ過ぎてデブになるなよ。」

「ひどいです。」

「冗談だ。育ち盛りのお前らにはちょうどいい。ちゃんと食べてスタミナつけろよ。」

 春子さんは笑いながら冗談を言いました。

 打ち上げも中締めを迎えるころ、私たちは春子さんと先生たちを見送り、そのまま寮へ戻りました。


 コンサートから3日後、私たちは学校から直接事務所へ向かってホワイトボードに書いてあるスケジュールを確認していたら、プロデューサが私たちの前に少し大き目の段ボールを持ってきました。箱の中を見てみると手紙の入った封筒がたくさん入っていました。よく見ると、私たち宛ての手紙ばかりでした。

「プロデューサ、この手紙は?」

「ファンレターだ。先日のコンサートでお前たちのファンになった人ばかりだ。」

 しかも段ボールは一つだけではありませんでした。事務所の奥からもう一つ運ばれてきました。

 私たちは封筒を見ながら驚いていました。

 私宛、よしこさん宛、ことりさん宛、そして私たち3人宛ての封筒にそれぞれ分けて、開封していきました。

「星川みゆきさん、こんにちは。先日のコンサートを見せて頂きました。決め言葉の『今日は皆に呪いの歌を聴いてもらうから、覚悟してちょうだい。』には強く心を打たれました。歌も透き通った声で、とても感動しました。私もいつか、みゆきさんようにゴスロリの衣装を着てステージの上で歌ったり踊ったりできるようにしたいです。次のコンサートも楽しみにしています。」

 私はこの手紙を一生の宝物にしようと思いました。

 ことりさんもよしこさんも手紙を広げては感動していました。中には「呪われたい」とか「私も人形になりたい」、「セレブの女王になりたい」と言った言葉や私たち3人の似顔絵も寄せられてきました。

 さすがにこの手紙全部を返すのは大変だから、何か別の形で返せたらと私の頭の中でひらめきました。

「ねえ、二人とも私に一つ提案があるんだけど・・・。」

「何?」

「実は手紙を出してくれた人たちと直接触れ合う交流会ってどう?」

「お、いいじゃん。」

「私は賛成よ。」

「チラシと招待状を同封して送るって感じで。あと、私たちに衣装を作ってくれた先生方も招待しようかなって思っているの。」

「いいじゃん。じゃあ、あと春子ちゃんも呼ぼうよ。」

「それいいと思う。」

「交流会の最後には私たちのステージをやるってどう?」

「完璧だよ。」

「あとは日程なんだけど、平日だと基本的にお仕事や学校が多いから、土日祝日にしようと思っているの。」

「その方がいいよね。」

 私は3人でまとめた意見を紙にまとめて、プロデューサのところへ行きました。

「失礼します。プロデューサに一つ提案があって用意しました。」

「どうした、みゆき。急に改まって。」

「実は先日たくさんのファンレターを頂いて、そのお返しと言う形でファンとの交流会を開きたいと思っているのです。直接ファンとふれあったり、最後に私たちのステージを披露しようかなと思っているのです。」

「それ、いいんじゃない。」

「ただ、場所と日程が定まらなくて・・・。私的には皆が都合取れるように休日にしようかなと思っているのです。」

「なるほどね。」

「あと、欲を言えば都合が悪くて参加できなかった人のためにYouTubeで配信ってどうかなって思っているのです。」

「わかった。あとは私の方で何とかしてみるよ。」

「ちなみにファンとのふれあいって具体的に何をするんだ?」

「単純にお話をしたり、記念撮影をするって感じで。あとお楽しみ抽選会もやりたいのです。」

「了解!日程と場所が定まったら、お前たちに報告するから待っていろよ。」

「ありがとうございます。」

 こうして交流会への第一歩を踏み出しました。



5、 交流会と新ユニットの誕生


 私がプロデューサに意見出してから一週間が経って、私たちはレッスンをしながらプロデューサからの連絡を待っていました。

「もう一週間が経つけど、いまだに連絡が来ないね。」

 応接室のソファでアイスを食べながらことりさんが、ぼやいていました。

 確かに遅いと思ったので、私がスマホでプロデューサに連絡をしようとした瞬間、出先から戻ってきたプロデューサが春子さんと一緒にレジ袋に入った差し入れを持ってやってきました。

「おっす、お前ら頑張っているか?」

「春子さん、こんにちは。」

「お前らに差し入れを用意してきたぞ。」

 その瞬間、春子さんはアイスを食べていることりさんを見て「あ、ことりはアイスを食べているから、いらないか。だから、その分私がもらおうっと。」といじわるを言いました。

「いりますよ。いじわるを言わないで。」

「冗談だよ。一応冷蔵庫に入れてくおから、食べたくなったら自分でとって食べてくれよな。」

「ごちそうさまです。」

 プロデューサは大き目の封筒を持って私たちの場所へとやってきました。

「遅くなってすまない。場所と日程が決まったよ。」

「どこになったのですか?」

「場所は多摩アリーナだ。聖蹟桜ヶ丘駅からから徒歩15分、ステージもホールもあって、のびのびとできるぞ。費用は事務所持ちだ。」

「ありがとうございます。それで日付と時間は?」

「8月の第二日曜日で時間は10時から18時にしておいたよ。お盆休みだし、次の日学校や仕事などの心配もないと思って。」

「そうですよね。」

「あと、今回協賛企業も加わることになったよ。」

「本当ですか!?」

「この用紙を見てくれる?」

 プロデューサは私に一枚の紙を渡しました。そこには「協賛企業一覧」と書かれていました。

 その中には春子さんが勤めている「週刊真実」、先生方のブランド、そして私たちが移動の時に使っている自動車や鉄道会社、その他として飲料水メーカーや食品会社などが記載されていました。

「こんなにたくさんの会社さんが応援してくださるのですね。」

「その分、こっちはお金もたくさんもらっているから。」

「そうなんですね。」

「急で申し訳ないんだけど、明日3人でチラシ用の撮影がある。衣装持参してスタジオに行ってくれないか?」

「明日って急ですよね。」

「本当にすまない。カメラマンが明日しか都合が撮れないと言っているんだよ。」

「例えば春子さんにお願いするわけにはいかないのですか?」

「春子さんだって、そんなに暇ではない。とにかく明日の午後、衣装持ってスタジオまでよろしく。私は他に仕事があるから。」

 プロデューサはそう言い残して私たちからいなくなりました。

 翌日の午後、私たちは衣装持って撮影スタジオに向かいました。

 楽屋にはすでにメイクの方が控えていて着替え終えるなり、メイクを済ませてスタジオに向かいました。

「みんなすまない。今日しか都合がとれなくて・・・・・。」

「他の日では無理だったのですか?」

「実は、他に撮影の依頼があって、君たちの撮影が出来るのは今日しかできなかったんだよ。」

「そうなんですね。」

「本当すまない。」

 カメラマンは申し訳なさそうな顔して私たちにポーズの指示を出して何枚か写真を撮っていきました。

「よしこさん、できればもう少しだけみゆきさんに寄ってくれる?」

「はい。」

 撮影が終わってデータは後日事務所に届くようになり、コンピュータでチラシの作成に入りました。

 出来上がったチラシは招待状と一緒にファンに送りました。

 当日までは準備に追われる日々で、寮に帰る時間が夜10時近くなんて当たり前でした。

 帰りはプロデューサが用意した車で寮まで送っていただいていますが、寮母さんから「帰宅時間を早めるように」と言われる始末でした。

 また東京都の条例で夜10時以降の未成年だけの外出が禁止になっているので、なるべく早く帰宅するように心がけてきました。


 交流会本番の日を迎えました。

 私たちは着替えとメイクを済ませてお客さんを迎える体制に入っていました。

 オープニングの音楽とともにお客さんがいっせいに入ってきました。

 スタッフが「押さないで前の方に続いてゆっくり歩いて入ってきてください。」と拡声器でアナウンスをしていますが、お客さんの耳には届いていませんでした。さらに別のスタッフが「走ったり、前の方を押したりしますと、思わぬけがをしますので、決して走らないでください」と繰り返し注意していました。

 エスカレータでも駆け上がりや歩行での移動が当たり前でした。中には左右両方で立っている人の間を払いのけて「お前ら邪魔なんだよ。どっちか開けろよバカ。」と言って駆け上がった瞬間、イベントスタッフと警備員に捕まり、詰所まで連れていかれた人もいました。

 物販コーナーでは私たちのグッズを用意してあったり、貸衣装コーナーではイベント中、私たちになりきれるサービスもやっていました。ただし今回は女性客が嫌がることを考慮して男性客への貸し出しを禁止にして、サイズも女性用のみとしています。中には衣装を持参される方もいました。着替えはすべて更衣室を利用していただく形にしてあります。

 衣装の貸出料金とプロによるメイクは、すべてサービスという形にしました。


 会場ではすでに何人かのお客さんが入っていて、まさにイベントが始まろうとしていました。

 BGMとともに私たちがステージに出てきました。

「待たせたな、みんな。今日は最後まで私たちに付き合ってもらわないと呪うわよ。」

「今日のために人形の国からやってきたの。途中で帰ったら、よしこ泣いちゃうかも。」

「セレブの世界を最後まで楽しんでもらいますわ。ホホホ。」

 このセリフ、かなり恥ずかしいのは分かっていますが、なぜが板についてしまって衣装を着た途端、キャラになりきってしまいました。

「では、改めてこんにちは。今日は私たちの交流会に来ていただいて本当にありがとうございます。実は今日一つだけ残念なお知らせがあります。このイベントが始まる前、会場内のエスカレータで立っている人を払いのけて、駆け上がった人がいますけど、危ないので絶対にやめてほしいのです。エスカレータは立って乗る物なので絶対に歩いたり駆け上がり、駆け下りはしないでくださいね。あと、もう一つ私たちからお願いがあるのですが、皆さん、今日私たちになりきっている方がいるかと思いますが、衣装着ての参加は女性のみとさせていただいています。男性の貸し出し、男性の更衣室は用意していませんので、ご了承ください。それを分かっていただいた方だけ今日は最後までお付き合い願います。」

 私が挨拶を終えた瞬間、一人の男性客が納得がいかないような顔して私の近くにやってきて、ステージに上がろうとしたので、警備員が慌てて抑えて、その直後スタッフがマイクを用意してきました。

「お話があるなら、ここでマイクでおっしゃってください。ステージは立ち入り禁止となっています。」とスタッフに言われ、会場内がざわつく中、男性客はマイクで私に抗議してきました。

 「みゆきさん、初めまして。僕は日野市からやってきました花川啓介と申します。僕は女装歴が長く、物心がついた時から姉の着せ替え人形にされて育ってきました。今でもイベントで女装をやっていますので、女装に関しては誰よりも自信があります。」

「えーっと、花川さん。それで何を言いたいのですか?」

「会場に入ってスタッフから男性の衣装の貸し出しを断られたのは非常にがっかりでした。このイベントは男性客を差別されるのですか?」

「申し訳ございません。本日は女性客が嫌がることを考慮して、男性への衣装の貸し出しをお断りさせていただいています。」

「なになに?いい年して女装趣味?マジでキモイんだけど。」

 会場にいた女性客がひそひとと言い出しました。

「女装したかったら、他ですればいいのにね。」

「せっかくのイベントが台無しよ。」

 近くの女性客が近くで小さなヤジを飛ばしていました。

「花川さん、そういうわけなので、ご理解頂きたいのですが・・・。」

 私はこれ以上ことを大きくしたくなかったので、控えめに理解を求めました。

「正直、僕は納得がいきません。これって明らかに男性客を差別しているだけじゃないですか!」

「ねえ、花川さんって言うんだよね。あんたさあ、マジでウザイ。そんなに女装したかったら、女装のイベントに行ってきたら?あんたのせいでイベントが台無しになっているのわかんない?」

 女性客が花川さんにチャチャを入れてきました。

 そのとたん、花川さんは再びマイクを持って「今からステージに向かいます。」と言って私のところへ近寄ってきました。しかし、数人の警備員に取り押さえられ、そのまま会場の外へと出されました。

 私は警備員に一言お礼を言って、イベントを進めました。

「先ほど一部のお客さんのためにお見苦しいところを見せてしまって済みませんでした。皆さんから向かって右側に料理が並んであります。バイキング形式となっていますので、ご自由にとって召し上がってください。またイベントの最後の方にはお楽しみ抽選会もあります。素敵な賞品をたくさん用意してありますので、最後までごゆっくりとご堪能ください。」

 私のステージの挨拶が終わった途端、お客さんたちは料理を食べながら、各々と楽しんでいました。

 私たちはそれぞれお客さんのところへ行って挨拶をしたり、一緒に記念撮影をしたり、世間話に付き合ったりと、交流を楽しんでいました。

 ランダムに回っていたら母さんに遭遇しました。

「お母さん!」

「みゆき、随分と立派になったじゃないの。ステージの挨拶、上手だったわよ。」

「ありがとう。お父さんは?」

「お父さんも来ているんだけど、『事務所の人と挨拶をしてくる』と言っていなくなったよ。それより、さっきの決め台詞、自分で考えたの?」

「まあね。正直恥ずかしい。」

「恥ずかしがることなんてないよ。すごくかっこよかったわよ。お母さんも真似しようかな。」

「もしやるなら、私のいない場所で・・・。」

「じゃあ、来週の婦人会の集まりでやろうかな。」

「ぜひやってみてください。」

「それより、このローストビーフ、美味しいわよ。あんた好きなんでしょ?よかったら食べて。」

 母さんはフォークを渡して皿に残っているローストビーフを私に勧めました。

「ありがとう。」

「お仕事頑張りなよ。」

「うん、またね。」

 私は母さんに軽く手を振って別れました。

 さらに会場を歩いていたら、今度は父さんがプロデューサとお話をしていました。

「お父さん!?」

「お、誰かと思ったらみゆきじゃないか。ちょうどお前のプロデューサと挨拶をしていたところだったんだよ。お前のことだから、どうせ事務所で迷惑をかけているんじゃないかと思ってな。」

「大丈夫だってば!」

「みゆき、頼むから事務所の人たちに恥をかかせるような真似はすんなよ。」

「お父さん、ご心配なさらなくても大丈夫です。娘さんは見た目よりもしっかりしていますので。」

「そうか。これからも娘を頼むよ。さっきのあんちゃんみたく、人さまに迷惑をかけるような真似をしたら、遠慮なしに事務所から追い出していいからよ。」

「娘さんのことは私どもが責任もってお世話いたしますので。」

「ところで、昔からこういうのが好きだったみたいだけど、今着ている服は何というブランドなんだ?」

「デビルゴシックだよ。ステージに出るためにデザイナーさんに作ってもらったの。」

「じゃあ、そのデビルゴシックのデザイナーさんに会わせろ。父さんが直々に挨拶をするから。プロデューサさん、それでは失礼します。」

 私は父さんを黒川先生のところまで連れて行きました。

「黒川先生、こんにちは。今日は会わせたい方がいます。私の父です。」

「あなたがデビルゴシックのデザイナーさんですか?」

「ええ、そうよ。」

「このたびは娘のためにこんな素晴らしい衣装を作っていただき、本当にありがとうございます。」

「いいえ、こちらこそ、私の衣装を着ていただいて本当に光栄です。これからも娘さんの衣装を作らせていただこうかと思っていますので。」

「もったいないお言葉です。近いうちにご挨拶に伺いたいと思いますので、その時にはよろしくお願いします。」

「ぜひ、お待ちしています。そういえばお名前を聞いていませんでしたが・・・・。」

「私は星川哲夫。職業は東京地検で検事を務めています。」

「公務員なのですね。」

「ちなみ妻が弁護士なので、法廷で争うこともあります。」

 さらに父さんは黒川先生に名刺まで差し出しました。

「みゆきさんのお父さん、これ私の名刺です。」

「ありがとうございます。」

「おい、みゆき。先生が作った衣装、大事に着ろよ。」

「わかった。」

「じゃあ、父さんは母さんのところへ戻るから、適当に楽しめよ。」

 父さんと別れた後、今度はゴスロリの服を着た女の子に会いました。

 年齢は見たところ、私とそれほど変わりありませんでした。手元を見ると一枚のサイン色紙がありました。

「こんにちは、良かったらサインを書きましょうか。」

「お願いします。あと一緒に写真に写ってもらえますか?」

「いいわよ。」

「お名前は?」

「星野小百合。百草園から来ました。」

「何歳?」

「13歳。」

「へえ、私も13歳。だから敬語抜きにして普通にはなそ。」

 私はサインを書き終えた色紙を渡して、スマホで一緒に写真に写って、女の子と別れました。

 時計を見たら、抽選会の時間になっていたのでステージに上がりました。

「お待たせしました!いよいよお楽しみ抽選会の時間が参りました。招待状の半券の裏側に4ケタの数字が書かれています。私が読み上げた数字と同じ数字の方はステージまで来てください。」

 ステージには0~9まで書かれた10個のボールが入った箱が4つ運ばれてきました。 

 そのボールを取り出して読み上げる仕組みとなっています。

「では、最初の賞品をご用意いたします。スタッフの方、よろしくお願いいたします。」

 スタッフが台車に載せた箱を用意してきました。

「最初の賞品は何でしょう?」

 私とことりさんが、台車に近寄って箱を見ました。

「お!これは何と、下田園さんからでウーロン茶1年分です。」

「では、今から私たちが番号を読み上げます。」

「最初の千の位が4、百の位が7、十の位が2、一の位が1。4721の番号方はステージに上がってください。来なかったら呪うわよ。」

 客席の奥から若い男性が走ってやってきました。

「おめでとうございます。こちらの賞品は欲しかったですか?」

「はい。ありがとうございます。」

「では、こちらの賞品は後ほどご自宅へ送らせていただきますので、個人情報のご提供をお願いいたします。」

 男性は送り先を記入して、席に戻りました。

 その後もいろんな賞品を出していき、ついに最後の賞品の紹介となってしまいました。

「では、いよいよ。最後の賞品となってしまいました。」

 しかし、賞品がやってきません。

「あれ、もうおしまいですか?」

「よしこ、何か聞いてる?」

「私は何も・・・。」

「ことりは?」

 ことりさんは無言で首を横に振りました。

「困りましたね。」

 私は再度スタッフの方に確認をしたところ、スタッフは両手でバツのサインを出しました。

「では、終わりでしょうか・・・・。」

 その瞬間、別のスタッフが駆け足で私のところにやってきて、一枚の封筒を渡してきました。

 最後の賞品にしては何だか盛り上がりに欠ける物がやってきました。

「ちょっと中身が気になるので、見てみましょう。お!これは何と東武鉄道さんより鬼怒川温泉で、しかもペア無料招待。宿代、食事代、温泉がすべてタダです。さらに売店のお土産もすべて無料になっているそうです!」

「お土産は有料でしょうが!」

 横にいたことりさんが突っ込みを入れてきました。

 そのとたん会場が笑いの渦になってしまいました。

「すみません、一部補足があります。温泉とは別に東武鉄道さんが運営する周辺の観光施設の割引券も付属しています。」

 客席のテンションは一段と上がっていました。

「では、最後の番号を読み上げます。千の位が1、百の位が2、十の位が3、一の位が4。1234の方、ステージに来てください。来なかったら本当に呪うわよ。」

 客席から女性の方が見えてきました。よく見ると母さんでした。

「娘に呪われるなら、本望よ。」

「お母さん!?」 

 私の目は一瞬点になってしまいました。チケットの番号を見ましたら明らかに読み上げた番号になっていました。

「みゆきさんのお母さん、今の気持ちをお聞かせください。」

「とても最高です。」

 ことりさんは母さんにマイクを向けてインタビューをしていきました。

「ご一緒に行かれる相手は、やはりお父さんですか?」

「そうですね。」

 会場からは大きな歓声と拍手が広がりました。

「そうですか。それでは夫婦でゆっくり楽しんできてください。」

「ありがとうございます。」

 会場からは再び大きな拍手が広がりました。

 母さんはうれしそうな顔をしてチケット持って客席に戻りました。

 お楽しみ抽選会が終わり、残ったプログラムは私たちによるステージのみとなりました。

 私たちは一度楽屋に戻ってメイクを直してもらって、歌の準備にかかりました。

 前半はソロで歌い、後半は3人で歌いました。

 

 ステージが終わり、私たちは来てくれたお客さんの前で新ユニットの発表をしました。

「皆さん、少しだけお時間をください。今日は私たちの交流会に来ていただき、ありがとうございました。皆さんと間近で一緒に楽しめたことに本当に感謝しています。実はこのたび新ユニットを結成しました。その名前は3人の衣装ブランドからとって『デビルドールクイーン』とつけさせていただきました。衣装も本日お越しいただいています、デザイナーの先生方にお願いしてあります。衣装が出来上がりましたら、皆さんの前で発表したいと思っていますので、是非見て頂きたいと思っています。つきましてはデザイナーの先生方より一言ずつご挨拶をお願いいたします。」

 先生方はステージに上がって一言ずつ挨拶をしていきました。

「皆さん、こんにちは。デビルゴシックの黒川マリアです。今回初めて3ブランド共同での衣装づくりとなりますので、どんな風に完成するのか分かりませんが、最後まで一生懸命作らせていただきます。」

「皆さん、こんにちは。スイートドールの甘宮操と申します。普段は神河よしこさんの衣装担当をさせて頂いていますが、今回3ブランド共同で『デビルドールクイーン』の衣装を作ることになります。完成しましたら是非見て頂きたいので、楽しみにしてください。」

「皆さん、こんにちは。リトルクイーンの成田文子です。今回黒川先生と甘宮先生とご一緒に衣装づくりに入らせていただきます。いつもの趣旨と異なりますので、正直どんな風に完成するか分かりません。完成しましたら、是非ご覧になっていただきたいと思います。」

 先生たちの挨拶が終わって、ステージから下りていきました。

「これをもちまして交流会を終わりにしたいと思います。会場の皆さま、そして各ブランドの先生方、週刊真実の蛇野春子さん、今日はお忙しい中最後まで参加していただきまして本当にありがとうございました。また機会がありましたら2回目以降も企画したいと思っています。お帰りの際にはお忘れ物、落とし物が内ないよう、お確かめの上、お帰りになってください。」

「財布やスマホ、タブレットの忘れ物を見つけましたら、私が遠慮なしに頂きます。それ以外のものを落とされた場合は事務所の備品となりますので気を付けてください。」

「ちょっと、ことり。泥棒してどうするの!」

 私が突っ込みを入れた途端会場は笑いの渦で広がりました。

「すみません、今のは全部嘘です。ちなみに忘れ物をされた場合は、すみれ芸能プロダクションの方で一時預かりとさせて頂きます。事務所の連絡先はホームページに載っていますので、万が一忘れ物をされた場合は、事務所へご一報ください。またお財布などの貴重品を落とされた場合は、そのまま警察署へお届けいたしますので、その場合は警視庁多摩警察署までご一報願います。」

「お帰りの際は係の誘導に従って動いてください。」

 よしこさんが言い終わった途端に、お客さんたちはいっせいに動き出しました。

 私たちは楽屋へ戻って、メイクオフと着替えを済ませてスタッフと一緒に撤去作業にかかりました。

 すべて終えたころには8時近くになっていて、私たちは事務所へ寄らずそのまま寮へ戻っていきました。



6、 ユニットでの活動とこれからのこと・・・・。


 交流会が終わって1週間が経ったことでした。

 私たちはデビルドールクイーンの新作衣装お披露目会に向けて日々ダンスレッスンやボイストレーニングに励んでいました。

 今日もトレーナーの舞岡ひとみ先生の雷を落とされながらレッスンを受けていました。

「ことりさん、何度言ったらわかるの!ここは右ステップでしょ!?」

「すみません。」

「よしこさん、テンポがずれている!みんなに合わせなさい!」

「はい。」

「みゆきさん、ことりさんにぶつかりそうになっている。もう少し周りを気にしながら動いてちょうだい!」

「すみません。」

 相変わらず鬼のような形相で手を叩きながら指導に入っていきました。

 室内シューズの音がキュッキュと鳴らしながらステップを踏んで踊っていきましたが、案の定3人でぶつかり、再び雷が飛んできました。

「今日は疲れているみたいだから、帰ってゆっくり休んでちょうだい。それと今日のステップは次回までの宿題にしておくから、きちんと克服しておくように。」

 ひとみ先生はそう言い残していなくなっていきました。

 お披露目会まで日数がそう多くありませんでしたので、残った時間を利用して自主トレに励みました。

次の日にはデザイナーの先生方と一緒に衣装の打ち合わせをしたり、ラジオ番組に出て、お披露目会の告知をするなど、過酷なスケジュールの中で動いていきました。

 夕方ボイストレーニングを終えて、3人で近所をジョギングをしていたらカメラを持った、春子さんに会いました。

「春子さん、こんばんは。」

「よお、お前ら頑張っているじゃないか。」

「春子ちゃん、今日は差し入れはないのですか?」

「そう毎回用意できるわけないだろうが!それに今日は残業なんだよ!言っておくが、大事なイベントを前にデブになっても責任とれないからね。さ、早く行った行った。」

 私たちは春子さんに見送られながら走りました。

 公園で一休みしていたら、スマホのショートメールにデザイナーさんたちから衣装が完成したという連絡が来ましたので、次の日に事務所で試着をしてみました。

 3人のデザイナーさんが一緒に作ったので、多少の違和感がありましたが、とても着心地がよかったので気に入りました。

 そしてお披露目会当日を迎えました。楽屋で本番を待っていたら、デザイナーさんたちがやってきて私たちに挨拶をしてくれました。

「先生方、今日は私たちのために衣装を作っていただき、ありがとうございます。」

「いいえ、こちらこそ。君たちの活躍を客席から見せて頂きますから。」

 デザイナーさんたちはそう言い残していなくなりました。

 時間になり、私たちはステージに上がって客席へ挨拶をしました。

「皆さん、こんにちは。デビルドールクイーンでーす!」

「今日は最後まで付き合ってもらいますわよ。」

「途中で帰ったら、よしこ泣いちゃうかも。」

「では最初の1曲目、『恋の稲妻』を歌うから、聴いてくれないと、この赤い目で呪うわよ。」

 1曲目が終わって、客席にメンバー紹介をし、軽くトークに入りました。

 その後も2曲、3曲、歌い終えて前半が終了し、後半はソロで歌いました。

 そして最後はお約束のアンコールが来ましたので、3人で「すみれたちの恋」を歌いました。

 すべての曲が歌い終わり、お客さんに挨拶を済ませた後、楽屋で着替えを済ませて事務所へ戻り、ドアを開けたらデザイナーの先生方や春子さん、そして両親たちがクラッカーを鳴らして出迎えてくれました。

「3人ともお疲れ。」

「ありがとうございます。」

 テーブルの上にはたくさんの料理が並べられていました。

「今日は忙しい中にも関わらず私たちのステージに見に来ていただいてありがとうございます。」

「他のアイドル達と比べるとまだまだ未熟ですが、これからたくさん修行して上を目指して頑張っていこうと思っています。」

「目標はトップアイドル!みんなどうか応援よろしく!」

「ことり、お前どうやら元気が有り余っているじゃないか。ここで、1曲歌ってもらおうか。そうだな、『最後の楽園』なんか、いいんじゃない?」

 春子さんが少しにやついた表情で意地悪を言ったとたん、ことりさんはあわてて止めに入りました。

「春子ちゃん、勘弁してよ。」

「冗談だ。」

 それを聞いてみんなは笑い出しました。

「それでは気を取り直して、今日はお疲れさまでした。乾杯!」

 プロデューサが乾杯の音頭をとった瞬間、みんなで飲んで食べて騒ぎました。

 打ち上げが終わって片づけを済ませたころには9時近くになっていましたので、私たちは寮に戻り、そのまま眠ってしまいました。


 9月も半ばを過ぎたころ、私たちは新たな目標を立てようと思っていました。

 事務所の応接室に集まってそれぞれの目標を聞いたところ、よしこさんはドラマやCMに出演、ことりさんはバラエティに出演することを考えていました。

 私はと言いますと、正直先のことなど考えていませんでした。

「二人はもうちゃんとした目標があるんだね。私はまだ何も考えていない・・・。」

「ソロとして頑張ってみたら?たまにはそれもありでいいと思うよ。」

「ソロになったからと言って私たちがバラバラになったわけじゃないから。今まで通りデビルドールクイーンとして頑張ろ。」

「そうだね。」

「正月にまた3人で歌う予定になっているし、他にもCDのレコーディングもあるんだから、そう落ち込むな。あと、私たちがソロで歌った曲を3人で歌う企画もあるし・・・。」

「私、やりたいことが見つかるまではソロで活動することにしたよ。10月にソロライブやってみる!」

「それでいいんじゃない?」

 今はこれで決まったけど、これもそう長く続かないような気がしたので、きちんとした目標を立てようと思いました。

 寮に戻って、ベッドで考え事をしていたら急に何かを思いついたように、机に向かって紙と鉛筆を取り出して言葉を並べ始めていきました。

「そうだ!私決めたよ。10月に歌うソロライブの曲を自分で作詞してみるよ。」

「みゆき、作詞の経験あるの?」

「ない。でも書いてみるよ。」

 私は何かにとりつかれたように紙にいろんな言葉を並べていきました。

「出来たよ。」

「どれ見せて。」

 よしこさんは私から紙を取り上げて、書いてある詩を読み上げていきました。

「どれどれ・・・・。ねえ、これ本当に歌うの?」

「そうだよ。」

 よしこさんは顔を赤くして私の詩を声出して読みました。

「あなたと私は赤いバラに囲まれて、そっとキスをする・・・・。」

「これ、ライブの時に歌うの?」

 さすがに声を出されて読まれると恥ずかしいものを感じました。

「誰もいない夜の部屋で、二人だけの禁断の恋をしよう。赤いバラは禁断の恋のしるし・・・・。」

「もうやめて!やっぱ恥ずかしい!」

「もう少し、みんなが親しめる優しいフレーズにしたほうがいいよ。」

「そうする。」

 さすがにこのフレーズはやばかったので、やめにしました。

 正直恥ずかしたったです。

 こうして10月のライブに向けて、レッスンをしながら作詞に励んでいきましたが、正直難航していて思ったようにいきませんでした。できたらみんなが思わず口ずさみたくなるような歌詞がいいのですが、頭を散々ひねってみた結果、正直作詞でここまでに苦しむとは思ってもいませんでした。

 放課後、その日は事務所には立ち寄らず図書館へ行って作詞に専念していました。

何とかそれっぽくなってきたので、次の日、私は出来上がった歌詞をみんなで見てもらうことにしました。

 みんなの真剣なまなざしに少し緊張していました。

「これならライブでも行けそうだね。これを作曲の先生に見てもらおう。」

 プロデューサは私が書いた歌詞を作曲の先生にファックスで送りました。

 あとは当日に向けて歌や踊りのレッスンに集中して励んでいきました。

 いよいよ、単独ライブ当日になりました。

 1時間だけの単独ミニライブなのに、会場には多くの客が集まっていました。今日はよしこさんとことりさんに司会進行を勤めて頂くことにしました。

 楽屋で衣装に着替えて、カラコンとメイク、ウィッグを被ってステージに向かいました。

 よしこさんとことりさんが会場を盛り上げている中、私は緊張していました。

「皆さん今日はお忙しい中、星川みゆきさんの単独ライブにお越しいただき、誠にありがとうございます。ちなみに私とよしこのステージが目当てでお越しになったお客様は申し訳ありませんが、後ろにいらっしゃるスタッフの指示に従って退場なさってください。」

「そういうお客様はいないって。」

「あ、そうだった。それでは、最後まで楽しんでいってください。」

 よしことことりの挨拶が終わった途端、すぐに私のステージが始まりました。

 最初の1曲目は「薔薇人形のキス」からスタートしました。その後もいろんな曲を歌って前半が終わりました。

 後半の3曲目に入った途端、いよいよ私が作詞した歌を歌うときがやってきました。

「さて、次の曲は星川みゆきさんが自ら作詞した歌なんですよね。」

「そうなんですよ。ここ何日か事務所に顔出さなかったら、みんな心配したんですよ。しかも社長から原稿用紙20枚分の反省文を書かされたのです。」

「いや、書かされていないって。っていうか、全部嘘だから。」

「それでは、歌っていただきます。星川みゆきさん、『君が代』です。客席の皆さん、全員ご起立願います。そのまま国旗に注目してください。」

「何で国歌を歌うの!それに国旗なんて、ないし。」

「すみません、全部嘘なので、ご着席願います。」

 客席は大爆笑でした。でも、これもことりさんなりの緊張ほぐしだと分かりました。

「それでは改めて歌っていただきます『天使の落とし物』です。」

 イントロが流れて私はリズムに合わせて踊りながら歌いました。サビに入って「あなた~の忘れ物は何ですか~♪わたし~には分かりま~せん♪」と歌ったら、客席のペンライトが優しく揺れていました。

 最後まで歌い終わり、客席からアンコールが流れたので、「すみれたちの恋」のソロバージョンを歌いました。

 

 コンサートが終わって、あれから2週間が経った時でした。私たちは念願のCDデビューを果たして八王子駅前のCDショップで、「デビルドールクイーン」のCDを買っていただいたお客さんを対象に握手とサインをするサービスをしていました。

 ファンから「頑張ってください。」、「いつも応援しています。」という言葉を頂くのが何よりの幸せだと私は思っていました。

 週末、私たちはお仕事のオフを頂いたので、久々に実家へ帰ろうと思っていました。私とよしこさんは稲城駅、ことりさんは京王よみうりランド駅まで向かいました。

「じゃあ、休み明けにまたよろしくね。」

「うん!」

 私とよしこさんは稲城駅で降りて、住宅街の外れの方にある小さな公団住宅に向かいました。

「じゃあ、ここで。」

「うん!」

 よしこさんと別れた後、私は玄関のドアを開けました。

「ただいまー!」

「お帰り。」

「月曜日までオフだから来ちゃった。寮には外泊の許可をもらってあるから。」

「そう。じゃあ、玄関ではなんだし、中に入ってくれる?」

「お父さんは?」

「今お風呂だから、上がったらお食事にして、その時にゆっくり聞かせてもらおうかな。」

「わかった。」

 夕食、私は両親に交流会以降の出来事をすべて話していきました。

 グループ結成のこと、ソロライブに向けて作詞にチャレンジしたこと、よしこさんとことりさんが新しい目標を立てたことなど、すべて話しました。

「周りが次々と新しい目標立てて頑張っているのに、自分だけが取り残された感じで嫌なの。」

「焦ることなかないよ。みゆきは、自分のペースでやりたいことを探せばいいんだよ。」

「そうよ。焦ってもいいことなんてないんだから。お父さんとお母さんはいつでも応援しているよ。」

「ありがとう。」

「そうそう、今日はみゆきの大好きな苺のショートケーキを買ってきたから、みんなで食べましょ。」

 ケーキと紅茶で一休みをし終えて、テレビを見ながらくつろいでいました。


 そして次の日にはよしこさんと一緒に近所を散歩しながら、今後のことについて話をしました。

「私、中学を卒業したら一度アメリカへ行ってみようと思っているの。」

「もしかしてハリウッド?」

「違う。ライブハウスに行って、いろんな人の歌を研究してみようかなって思っているの。」

「それなら、日本だっていいじゃん。」

「それも考えたけど、やはりアメリカ人の歌い方を研究して自分の歌い方にしてみようかなって思っている。」

「英語話せるの?」

「在学中にきちんと習得しておくよ。アイドルと両立だから大変だけど、頑張ってみるよ。」

「みゆきの将来だから、私には止める権限はないけど、しんどくなったらいつでも言ってね。」

「ありがとう。」

 雲一つない秋の青空の児童公園で私は大きな夢を見つけることが出来ました。



おわり 


みなさん、こんにちは。

いつも最後まで読んでいただいて、本当にありがとうございます。

さて、今回は初めてアイドルの世界を書かせていただきました。

アイドルの世界でしたら、アニメの世界ですでにいくつか紹介されていますので、作成する以上、似たような内容になってしまいましたので、少し苦労しました。

雑誌の記者がアイドルを応援してみたり、アイドルがデザイナーさんにステージ衣装を作ってもらうなど、現実世界ではありえない内容を書かせていただきました。

実はこの作品を作成している時、アイドルマスターやアイカツを見ていました。

最後になりましたが、また次回の作品でお会いしましょう。

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