55話 15日目
本日はクリスマスと言う事で、20時にもう1話追加しますね。(と言ってもリメイクですが…)
15日目
「凛様。」
「ん?紅葉、どうかした?」
「先程凛様方がお話されていた件ですが…私達が代わりに向かっても宜しいでしょうか?」
朝食を摂り始めて少しした頃、凛は手を挙げた紅葉にそう告げられた。
紅葉が話す件とは、朝食の前に行われた訓練、それも後半に差し掛かってすぐの所でガイウスとゴーガンが凛を呼び、揃って難しい顔をしながら話し合った事を指す。
先日、凛、美羽、ゴーガンの3人が冒険者ギルドの向かい側にある物件を購入しに商業ギルドを訪れ、その帰り際ゴーガンはオズワルドに絡まれた。
その絡まれた内容と言うのが、購入したフォレストドラゴンの素材を王都まで運ぶ護衛依頼についてだった。
サルーンが貧しい辺境に存在するとは言え、それでも商業ギルド。
いつか死滅の森で出た強力な魔物を購入する為にと、300年近く貯めに貯めに貯めたお金を充て、(古い文献を元に憶測を重ねて算出した金額で)フォレストドラゴンの素材を購入出来たまでは良かった。
ただ、購入後手元に残ったお金はほんの僅かだった。
良い意味で捉えれば積み立てた分だけで賄えたとも言えるが、どちらにせよ護衛で高位の冒険者を雇うだけの余裕がなくなってしまい、途方に暮れたそうだ。
それなら素材を幾つか諦めれば良いものを、何でもオズワルドにはライバルがいるらしく、しかも次はいつ買えるか分からないとの一点張りで一切妥協をしなかった。
しかも、どうにか上手く護衛を見付けたとしても、中途半端な実力だと盗賊から奪われ、物が物だけに欲に目が眩んで持ち逃げする場合がある。
また王都へ向かう道中、立ち寄った街や市で治める者から圧力を掛けられ、何かと理由を付けて素材を献上させられる場合もある。
その為、かなり大変ではあるが、王都に到着するまでひたすら野宿を繰り返すらしい。
そこで白羽の矢が立ったのがゴーガンだ。
彼は実力、責任感、忍耐力のいずれも高く、街を治める長やフォレストドラゴンを提供した販売主とも知り合いの観点から、素材が紛失する可能性は極めて低いと判断。
だが良くも悪くも冒険者ギルドマスターの役職に就いており、しかも王都まで馬車だと片道2週間位は掛かる。
流石に長期間空けるのは無理としてガイウスに相談し、そこから先程の話し合いへと繋がるのだが…どうやら紅葉はそれを聞いていたらしい。
すぐに暁、旭、月夜、小夜の所へ持っていき、軽く討論した結果、自分達が凛の代わりに行くとの話で纏まった。(玄と遥も一緒に聞いてはいたのだが、2人共良く分かっていなかった。)
まさか紅葉からその様な申し出があると思わず、ガイウス達は驚き、凛もまた軽く目を見開いた。
「そっか、さっきの話聞かれてたんだ。紅葉の方から提案をして来ると言う事は…。」
「はい、既に私達の意志は固まっております。それに、人間の方々と交流した経験は何度かございますし、今回の場合私達が適任ではないかと。」
「…分かった。折角やる気になってくれてるし、この件は紅葉達に任せるよ。」
凛の答えに、紅葉はぱぁっと目を輝かせ、暁達も安堵の表情となる。
「でも、今のままで王都へ向かわせるには少し不安が残る。だから…今日は森の中層に挑んでみようと思う。」
「凛様…私達の為にありがとうございます。」
「ううん、そろそろ行こうとは考えていたし、丁度良かったってだけだよ。」
凛の言葉に、紅葉は感激した様子で何度もお辞儀し、暁達も深く頭を下げる。
その光景に、始めは凛の心配性ぶりに『過保護…』と思っていた美羽達も、一緒に行けば自分も強くなれるのではとやる気を漲らせる。
また、立場や仕事の関係で一緒に行けないとして、ガイウスとゴーガンは羨ましそうな視線を凛達に向けた。
その後、凛は誰かしらで毎日(念話越しに)無事を知らせる事。
必要な場合以外は今渡した量産品の武器を腰に下げ、使う事。
ただし必要だと判断したら遠慮なく圷等を使用して良い旨を伝える。
朝食後、凛、美羽、ガイウス、ゴーガンの4人は屋敷の外にいた。
凛と美羽は死滅の森へ向かう為、ガイウス達はそれの見送りと言う形だ。
「気を付けてな。」
「凛君達なら大丈夫だとは思うけど、充分に注意するんだよ?」
「勿論そのつもりです。ただ…暁も強くなるので、明日からの訓練は覚悟しておいて下さいね?」
ガイウス達は下手するとこれが最後の別れとなるかも知れないと考えたらしく、心配そうな表情で見送ろうとする。
しかし、凛の茶目っ気を含ませた言い方にきょとんとなり、すぐに冗談だと気付いて盛大に笑い声を上げる。
「…くくっ、それは困るな。」
「僕達からはお手柔らかに頼むとしか言えないもんね。」
「確かに…では行って来ます。」
「「ああ、また後で。」」
今ので幾分か緊張が和らいだらしく、そのやり取りを最後に凛と美羽は宙に浮き、南南東方面へと向かって行った。
2人は徐々に速度を上げ、やがて音速を超える速度で森の上を飛行。
すると、2時間程が経った所で木の高さが5メートル位高くなっているのが分かった。
1本当たりの太さや葉の色の深みが増し、木同士の間隔も広がっている様だった。
それらは境界線みたく表層と中層とで綺麗に分かれており、2人は軽く感動した様子で左から右方向へ見渡す。
そしてここからが死滅の森中層だと判断し、互いに頷き、森の中へと降り立った。
2人は現在いる場所を中層のベースにするとの意見で一致。
協力して小さな倉庫の様な形をした建物を建て、中にポータルを設置する。
その後、凛は美羽へ皆を呼ぶよう伝え、5分程で火燐達やシンシア達、そして今回の主役である紅葉達を連れて戻って来た。
今回呼ばなかったメンバーは、また今度と言う事に。
到着早々、火燐達は森の雰囲気がいつもと異なると気付き、警戒心を露にする。
それぞれが武器を構え、すぐにでも戦闘が出来る体勢で周囲を見回す。
「みんな。真剣になるのはありがたいけど、いつまでもここに居続けてもなんだし先へ進もう。」
その言葉にはっとなり、火燐達は頷いて同意を示した。
凛達が現在いる死滅の森中層は金級や魔銀級の魔物は当たり前、結構な頻度で黒鉄級の魔物も出現する。
また、以前凛が討伐したフォレストドラゴンみたく、黒鉄級上位クラスの魔物も中層では度々姿を見せる様になる。
「…周りを調べてみたんだけど、ここから東の方向へ少し進んだ所に湖があるみたい。この世界に来て初めての水辺だし、参考も兼ねて見てみようと思うんだけど…どうする?」
凛はサーチを使い、半径5キロの範囲を調べた。
その結果、東へ3キロ程の場所に湖が、それから更に1キロ以上離れた地点でフォレストドラゴンより少し強い魔物を発見。
他にも湖やその周りは魔物だらけだった為、皆に意見を仰いだ。
「湖?ねぇねぇマスター、その湖って泳げる?」
「泳ごうと思えば泳げるかもだけど…僕は湖の中も外も魔物だらけで泳ぐのはちょっと嫌かな。それに、少し離れた所に結構強いのもいるし。」
「へぇ。凛が強いって言う位だ、どんな奴か見てみてぇな。」
「それ、絶対危ない魔物とかですよね?進むのはや、止めませんか…?」
「シンシア、何言ってやがる。オレ達は自分の意志でここへ来たんだぜ?なのに強い魔物がいるのが分かったから逃げます、じゃ話になんねぇよ。」
「で、ですが…。」
「特別強いのはその個体だけだよ。それにもし戦うとなったとしても僕が対処するから安心して。」
「分かりました…。」
「他に反対意見はないみたいだし、湖へ行く方向で。念の為、僕から離れ過ぎない様にね。」
目的地が決まった一行は、湖方面へと歩き出した。
凛達は移動を始めてすぐ、全長1メートルより少し大きい位の蜘蛛の魔物に襲われた。
その蜘蛛はポイズンスパイダーと言い、ビッグスパイダーから進化するもう片方であり、銀級上位の強さを持つ。
紫陽花の様な鮮やかな紫色の体で毒を持ち、群れで行動する。
そして群れの最後尾には、ポイズンスパイダーよりも2回り程体が大きくなった蜘蛛の魔物がいた。
その蜘蛛は少し黒みがかった紫色の体で、ポイズンスパイダー達を束ねるクイーンの様だった。
クイーンは魔銀級の強さになるのだが、あっさりとウインドアローで射抜く形で翡翠が倒し、他のポイズンスパイダー達も難なく討伐に成功。
美羽達が喜び合う中、凛は戦闘が始まってからずっとこちらを見ていた存在に視線を向ける。
その存在とは、凛達がいる場所から少しだけ離れた所で隠れる様にして窺っているポイズンスパイダーの事で、凛はゆっくりと距離を詰めていった。
しかしいくら近付いても逃げる素振りを見せなかった為、凛は念話でポイズンスパイダーに接触を試み、その後気に入られて付いて来る様になった。
美羽達へポイズンスパイダーの紹介を終えて先に進むと、今度は蜂の魔物が2種類現れた。
片方は地球の蜂と同じく黒と黄色の模様で構成され、1メートル50センチ程のパラライズビー。
もう片方は1メートル位の大きさで灰色の体のソードビーで、どちらも銀級上位の強さを持つ。
ソードビーは6本ある足の1番上部分の2本が長く、鋭い剣にも見える。
その蜂達は先程と同じく群れで現れ、それぞれの群れの中に一回り大きな女王がいた。
女王達は頭に小さな王冠の様を、首元にはマフラーの様な物を身に付けており、どちらも市場に出すと高値で取引されるものだったりする。
そんな事を知らない凛達は、向かって来た蜂達へ迎撃の構えを取る。
「くっ…!」
「シンシア、今の君だとその蜂は相性が悪い!僕が対処するから一旦下がって!」
「わ、分かりました!」
その途中、凛はソードビーに対して攻めあぐね、少しずつ傷を増やすシンシアを後ろへと下がらせる。
昨日今日戦える様になったばかり、しかも生身の手足だけしか使えない彼女では、勝つのが難しいと判断したからだ。
凛は追撃しようとしたソートビー達を抜刀からの高速斬撃で細切れにし、玄冬を鞘に納める。
「綺麗…。」
シンシアは凛の太刀捌きに見惚れ、後ろからパラライズビーが迫って来るのに全く気付けないでいた。
パラライズビーは彼女まで後5メートルと言う所で、腹部の先端にある麻痺針を発射。
撃ち出された針はシンシアの頚椎目掛け、真っ直ぐ飛んで行った。
「危ない!」
それを凛が玄冬で往なし、直後にビットを8基展開。
シンシアに攻撃を仕掛けたパラライズビーの額をビットの射出攻撃で撃ち抜き、近くにいる蜂達をまとめて一掃した。
「シンシア。戦い方を見せなかった僕も悪いんだけど、戦闘中に呆けるのだけは止めた方が良いと思うよ。」
今朝の訓練では、凛や美羽達はひたすら指導する役に回り、ほとんど動かなかった。
それは今も同じで、凛達は指示を出すだけで実際に動くのは紅葉達やシンシア達。
つまり、シンシアは凛の動きを初めて見たが為に感動を覚え、今回の醜態へと繋がった。
「す、すみません…。」
苦笑いで話す凛に、シンシアはかなり申し訳ない思いでいっぱいになってしまう。
程なくして蜂達の討伐は終わった。
凛はポイズンスパイダーの時みたく、少し離れた場所で戦闘を見ていたソードビー2体と接触。
ただ先程と違い、凛がソードビー達へ近付くと、今度は一定の距離を取られる様になった。
凛はそれにめげず、対話スキルを乗せた言葉でソードビー達に説得を行った結果、彼らも付いて来る事に。
それからも出て来る魔物を倒しては前に進み、やがて凛達は湖が見える位置へと到着するのだった。




