1話
遡る事1ヶ月前
「ん…んん?」
軽い身動ぎの後、黒髪ショートの少女こと。
八月朔日 凛が目を覚ます。
「あれ…?ここは一体…。」
上体を起こした凛の瞳に映るは、ただただ真っ白い空間だけ。
文字通り白1色。
テーブルやソファー等の家具は疎か、家屋や建築物の類いも何もない。
それは何度瞬きをしようが。
ギュッと目を閉じようが、正面、左、右の順で見回そうが一向に変わらなかった。
「確か、僕は部屋で寝て…つまり夢?でも妙にリアルな…うん?」
難しい顔で首を傾げる凛。
呟きの途中で何となく視線を感じたのだろう、ゆっくり後ろを向いてみる。
すると、自身から少しだけ離れた位置に、1人の女性が立っていた。
その女性は歳の頃が20代前半位。
身長は女性にしては少し高く、瞳は銀色、肌は透き通る様に白い。
腰まで伸ばしたウェーブ状の髪に、身を包むワンピースドレスに至るまで、全てが白で統一。
神々しさも感じられ、正に神秘的と表現してもおかしくない美女がそこにはいた。
その女性だが、今は両手を膝に乗せ、若干前屈みの体勢。
凛へ興味を示すが如く、じーーーっと観察している様だった。
(綺麗な人だなー。)
女性を見据えた凛が抱いたのはそんな印象。
(…寝ている時だけでなく、起きても尚ここまで整った顔立ちとは。流石は━━━)
反対に、女性は表情にこそ出さなかったものの、内心では驚きに満ちていた。
彼女の正面にいる凛は、身長が150センチと小柄。
(女性にしては)短めな黒髪を少し立たせた髪型で、ぱっちりとした二重に、澄んだ黒い瞳。
すっと通った鼻筋に、ぷるんと弾む唇は瑞々しい。
それらのパーツが完璧な位置に配置。
1つの『完成された美』と表現してもおかしくない程の存在がそこにはあった。
(これで本当に男…?声も高いし、とても成人したとは…しかし、本当に美しい。)
ただ、美は美でも美女ではなく美少女。
女性は凛が22歳の男性だと聞いていたのだが、とてもそんな風に見えない。
これには、自らの容姿に自信がある女性も凹むしかなかった。
凛はこう見えて介護士の仕事に就いており、立派な社会人。
しかも容姿からは全く想像出来ないが、実は男だったりする。
華奢な体格に反して結構力があり、成人男性位の重さであれば然程苦労せずに持ち上げる事が可能。
その度に周りを驚かせ、拍手や歓声を浴びては恥ずかしそうにするまでがデフォルト。
ただ、先程も述べた通り凛は美少女。
それも絶世の美少女と間違われる位、非常に可愛らしい顔立ちをしている。
気さくで物怖じしない性格の持ち主故に、性別問わず大人気。
その人気たるや、非公式ながらもファンクラブが結成される程。
それでも何故かメディアに騒がれる等の大事には至っておらず、平和を満喫したまま今日へ至る。
凛的に、少しでも男っぽく見せたい。
けどやり過ぎると家族から心配されるのではとの懸念から、今の髪型にしている。
だが相手側からすれば、(学生だった時を含め)ボーイッシュな女の子だと判断されるだけ。
しかし本人は今の状態がベストだと思い込んでおり、その事に全く気付いていなかったりする。
彼が街を歩けば、例え1人だろうが、複数人でいようが必ず声を掛けられる。
相手に男だと伝え、驚かれるまでがお決まりのパターン。
大抵の場合はそこで終わるのだが、中には幾ら言っても全く信じようとしなかったり、嘘だと勝手に決め付けて無理矢理連れ去ろうとする者も。
下手するとそれでも構わないと業の深い者や、むしろそれが良いとか訳の分からない事を喚きながら飛び掛かる者が一定数いた。
そこへ、誰かしら(大抵はヤが付きそうな屈強な男性の場合が多い)で必ず助けが入る。
相手の肩を組む等して絡んだり、物理を以て強制的に黙らせ、そのままどこかへと連れ去って行く…と言うのも、ある意味でお約束となりつつある。
話は戻り、凛と女性が互いに見詰め合う事しばし。
女性の方が先に我に返ったらしく、姿勢を真っ直ぐな状態に。
表情も、難しいものから優しい笑みへと変貌を遂げる。
「おはようございます♪」
「お、おはようございます?」
「はい♪」
急変と言っても差し支えない女性の態度の変わりように、凛は本格的にここが夢の世界なのかと困惑。
どう反応して良いか分からず、その場で固まってしまう。
女性も女性で、笑顔を浮かべはするものの、自分の側から話を進ませる気はないらしい。
それから1分もの間、話は全く進展せずに奇妙な膠着状態だけが続く。
痺れを切らしたのか、或いは現状に飽きたからのかは分からない。が、口を開いたのは女性の方だった。
「意識ははっきりされている様にお見受けしますが…お体の調子は如何でしょう?」
「あ、はい。意識は問題ないと思いますが、体の調子…?」
と答えてはみたものの、凛は女性から受けた質問の意図がいまいち掴めずにいた。
「はい♪」と笑みを浮かべる彼女の存在を一旦忘れ、現状の把握から始める事に。
現在、凛は両親に2人の姉を加えた5人暮らし。
その日も朝から仕事へ向かい、夕方に終えてから真っ直ぐ帰宅。
時刻は18時を超え、しかし家に誰もいなかった為1人で夕食等を済ませた。
そこから外出し、日付が変わる頃に再び自宅へ。
玄関に家族全員分の履物があるのを確認後、自室で就寝した事を思い出す。
(…うん。今日起きた出来事ははっきりと覚えてる。となると、やはりここは夢の世界なんだろうな。)
「あの~。」
(でなきゃ、こんな非現実的な世界なんて有り得ない。)
「もしも~し。」
(あー、ダメだ。考えがまとまらない。)
「聞こえてますか〜?」
(最近は寝るのが遅かったし、疲れが溜まって━━━)
「…凛様?」
「うわっ!」
凛は物思いに耽るあまり、女性の声が届いていなかった模様。
少しずつ距離を詰めてもそれは変わらず、すぐ目の前の位置で。
それも不思議そうな顔で覗き込まれた辺りでようやく気が付き、驚いた弾みで後ろへ飛び退いてしまう。
「あ、あれ…?」
その距離10メートル程。
少しだけ離れるつもりが、思った以上に跳躍してしまった。
この様な経験をしたのは勿論初めて。
「僕、こんなに身体能力高かったっけ?」とばかりに目を瞬かせ、尚も混乱は続く。
(…いくらビックリしたとは言え、ここまで跳ぶなんて…これも夢の影響、なのかな?)
「まぁ!お体の調子も良さそうで何よりですわ♪」
疑心暗鬼に陥る凛とは裏腹に、今の一連の動きが女性の琴線に触れたらしい。
彼女の予想外とも取れる発言に凛はその場で思いっきりずっこけ、キョトンとした表情を向けられる。
凛は体をぷるぷる震わせながら立ち上がり、改めて尋ねる事に。
「…と、ところでお姉さん。ここから出るか、先へ進む方法とかあれば教えて頂きたいのですが。明日も朝から仕事ですし、いつまでもここにいる訳にはいかないので…。」
やたら意識がはっきりとしているとの点から、凛は女性が夢の世界の案内人。
何らかの条件をクリアするまでは目覚めない風に考えをシフト。
この言葉に女性は「はい?」と不思議がり、考える素振りへ。
やがて「あー!」と右拳を左掌の上に置き、納得の表情に。
「…成程。ふふ…凛様はその様に考えてらっしゃった訳ですね。ですが敢えて言わせて頂きましょう。それは勘違いである、と。」
そんな事を宣う女性。
しかも若干キメ顔なのが妙に腹立たしい。
「え?勘違い、ですか?」
これに凛は「な、何だってーーー!?」と言いそうになるも、我慢。
努めて平静に返す。
「はい。凛様は不思議に思うかも知れませんが…ここは神界。私達神が住まう世界であり、紛れもなく現実として存在する場所でもあります。」
(あれ?ここが神界?とかよく分からない場所なのは…ひとまず置いといて。お姉さんとは初対面だし、自己紹介もまだだ。
でも、向こうは僕を知っている風な口振り…つまり、どこかで1度は会った事がある…?)
女性が遠回しに自分は神だと発言し、それを凛がスルーしたのはさて置き。
繰り返しになるが、女性はかなりの美人でスタイルも良い。
しかも少し眩しいと言うか、ぺかーと光る謎のオーラまで発している。
にも関わらず、凛は彼女を直接見た事がなければ家族や友人。
知り合いから聞いた覚えも一切ない。
反対に、女性は凛を。
それも笑顔を向ける位には好感を抱いている風に見受けられた。
(うーん、分からないな。けどもしかしたら…。)
謎は深まるばかり。
やがて、凛は別な可能性を見出す。
「…すみません、1つ宜しいですか?」
「はい、何でしょう。」
「どうして僕の名前を?」
状況如何によっては動いたり逃げる必要性があると凛は判断。
体勢を少しだけ低くし、警戒の構えを取る。
「それは勿論…。」
「勿論?」
謎の緊迫感が生まれ、凛は生唾をゴクリ。
「貴方様をずっと見ていたからです♪」
「え………。」
先程のシリアスな空気は何だったのか。
そう突っ込みたくなる様な、ぶっ飛んだ答えが返って来た。
しかもビックリする位、ニッコニコとした笑顔で。
当然、これに凛が冷静でいられるはずもなく。
凍えそうになる程の寒気を覚え、不審者を見るような目付きで女性から距離を取る。
「いや、そこまで引かなくても…冗談ですよ?」
正確には凛の事をずっと見ていた存在から知り得た情報なのだが…とても答えを言い出せる雰囲気ではなくなった。
女性は困った笑みで右手を前にやり、凛を引き留めようとするも、こちらへ向けられるのはジト目。 すっかり警戒され、いつでも脱走する構えを取ると言う結果に。
思いっ切りファーストコンタクトを失敗した女性。
落ち込んだ様子で右手を下ろし、仕切り直しとばかりに「んんっ」と咳払い。
続けて、徐にスカートの両端を左右の手で持ち上げ、頭を深く下げる。
「…失礼、お戯れが過ぎました。改めまして、私の名は白神。最高神の1柱であり、貴方様の案内役を仰せ付かった者でございます。八月朔日 凛様。貴方様の事は、我が主よりお伺いしております。」
(えっ、名前だけじゃなく名字まで!?うちの名字は珍しい…って言うか、僕の個人情報漏れ過ぎじゃない…?)
凛は更に戦慄。
だが女性こと白神は、お構いなしとばかりに話を続ける。
「私に敬語は不要です。名前も白神では長いので、ハクかシロ…とでもお呼びして頂ければ。次に、凛様のこれからの事についてご説明しても宜しいでしょうか?」
「これからの事…?」
白神の話に食い付いたのだろう。
また真面目なトーンの口調で信憑性が増したのか、すすす…と彼女に近寄って行く凛。
「はい。凛様には、この世界…リルアースを救い、人々を管理する『管理者』と言う役目に就いて頂きたく。」
「え?」
一拍後
(いやいやいや!!僕が世界を救う!?しかも人々を管理!?管理者!?無理無理無理無理!!)
思いっきり目を見開き、内心で全力のツッコミ。
続けて、このままだと返事するのに支障を来すと思った凛は、何度も深呼吸を行い、自らを落ち着かせる。
その様子を、白神は軽く引きながら見ていた。
「…えっと。全身白いからシロ、って呼ばせて貰うね?」
「あ、はい。」
「シロ。悪いけどその管理者?って言うの、辞退させて貰って良い?」
「それは何故でしょう?」
「え…だって僕、普通の人間だよ?」
「普通…?」
「普通なの!そんな僕が世界を救う?しかも人を纏めた事もないのに管理とか。足りないものが色々と多過ぎ━━━」
「ああ。それでしたら問題はございません。」
白神…シロは不安がる凛に対し、ふふんと言いたげな表情となる。
「まず凛様のお体についてですが、既に普通の人間と呼べないものになっておりますので。」
なっておりますので━━━
おりますので━━━
ますので━━━
そんなエコーが幻聴として聞こえてしまう位、凛は信じたくない気持ちでいっぱいになった。
しかしすぐに頭をフル回転し、事態の収拾を図ろうとする。
(…え?もしかしてさっき後ろに跳んだ時のと何か関係が…?)
そして先程までの行動を思い返し、それがヒントとなって正解に近い所まで辿り着いた。
「ちょ、ちょっと待ってシロ!!僕が人間じゃなくなったってどう言う事!?」
凛は納得出来ないとばかりにシロへ詰め寄り、より詳細な説明を要求する。
「私が今申した通りの意味です。凛様のお体は、一般の方とは比較にならない…それこそ神か、最低でも亜神と名乗ってもおかしくない程に強化された状態となっております。」
シロは困った顔でそう述べるだけで、特に助け船を出すつもりはないらしい。
心も体も普通の人間のつもりでいる凛は、悲しみのあまりその場で崩れ落ちてしまう。
(僕、普通に寝てただけなのにー。ああ、神界ってそう言う…。)
凛はシロの言葉により、本当の意味でここが神達が住まう場所なのだと理解。
否、強制的に理解させられた。
それでも納得出来るかと問われれば、難しいと返すのが人情な訳で。
凛は四つん這いのまま「はは、はははは…」と乾いた笑みを漏らし、白神を困らせる。
「失礼、説明が足りておりませんでしたね。私はここで、貴方様を相応しいお体へと作り替えさせて頂いたのです。」
「えっ、体を作り替えた!?って事はやっぱり…!」
凛は落ち込むのから一転。
今までの経験から、シロも姉達と同類だと断定。
再度距離を取り、まるで変態でも見るかの様な目付きでシロを見やり、両手で胸元と股関部分を隠す。
「やっぱりって何ですかやっぱりって!」
これにシロは甚だ遺憾とばかりに憤慨。
「ご安心下さい。作り替えたと申しましても、貴方様のお体に直接触る等はしておりません。それに…。」
しかし即座に鎮火し、コホンと咳払いを交えた言葉の最後に回れ右。
(許可なく触ろうものなら、妾が母様に殺されてしまうわ!)
目を閉じ、何故か自分自身を抱き締めながら身震いをしていた。
「シロ…どうかした?」
凛はそんなシロを見て、彼女に何か触れてはいけない事情でもと判断。
恐る恐る声を掛け、これにハッとなった白神が再び咳払いする。
「…何でもございませんわ。ええ、決して何もありませんとも。はい。」
「?」
それは凛ではなく、まるで自分に言い聞かせている様だった。
「それで、これからの事について…でしたね。更に詳しい話をする為、場所を移し、説明役を部下に引き継いで貰おうと思います。凛様、それで宜しいでしょうか?」
「え…その説明って、今ここでシロがしちゃダメなの?」
凛の発言は至極真っ当なものだが、シロにとっては違うらしい。
疑問符を浮かべる凛を前にピシッと笑顔が固まり、ギギギ…と顔だけを後ろへ向ける。
「面倒なのじゃー、なんで妾がその様な事を…。」
「? シロ、大丈夫?体調でも悪い?」
ブツブツと不機嫌さを露にし、掛けられた声で何度目かの我に返る。
「(おっと!いかんいかん。妾とした事がうっかりしておったわ。)…凛様、申し訳ありません。私よりも部下の方が適任と言うのもございます。それとこう見えて、私は忙しい身でして…。」
「そっか…そうだよね。シロにもシロの都合があるんだもんね。ごめん、自分の事しか考えてなかった。僕はどうすれば良い?」
「(やったのじゃ!)…いえ、お気になさらず。私が転移魔法で部下の元へ送ります。凛様はそのままお待ち頂くだけで結構です。」
「あ、うん。分かった。(え、今転移魔法って言った?言ったよね?…つまりここは、魔法が存在する異世界なんだ!)」
シロと凛は双方共に表面上は寂しさを装い、内心ではガッツポーズ。
それから1言2言言葉を交わし、白神が展開した魔方陣の上に凛は乗る。
白神曰く、この魔方陣は『魔力』で構成されており、目的地へ送り出せるとの事。
これに凛が心躍らないはずがなく、後で説明役の人に絶対聞こうと決めた瞬間だった。
「…それでは凛様。準備は宜しいでしょうか?」
「うん。でも正直、これでお別れなのはちょっと残念かな。またその内会えたら、なんて思ってるんだけど…。」
先程はファンタジー要素が出た影響により、テンションが爆上がりした。
したものの…それでもやはり折角知り合ったばかりで別れるのは悲しいものがあるらしく、凛が照れ臭そうにする。
シロはそんな彼に驚き、しかしすぐにふわりとした笑みを浮かべる。
「…! 勿論です。すぐ…とは参りませんが、いつかきっと会える日が来ると私は思います。」
「良かった…。それじゃさよならは言わないでおくね。」
「はい、その時はまた。」
「うん、またね。」
互いに笑顔で別れを告げ、転移魔法陣が発動。
その効果により、凛はその場から消えていなくなるのだった。




