240話
火燐がサラマンダー…の名前を与えられる前の高位精霊と戦い始めてしばらく。
「も、もう許して…。」
「チッ、だらしねぇなあ。アイツの方が全然骨があったぞ。」
力尽きた高位精霊を前に、火燐が舌打ち。
「まぁ、時間潰しにはなったか。凛、そっちはどうだ?」
「概ね完了したよ。」
戦闘中、凛は魔素点の中心部分である核を無力化。
魔素喰いでひたすら魔素を吸い、ほぼ絞りカス状態にまで弱らせていた。
ほら、と直径50センチ位の球状の核を片手で掲げる彼に、「…そこまで来ると、逆に哀れだな」と哀愁の念を覚えた程だ。
「なら、ココでの用事は終わりだな…てな訳で起きろ。」
火燐は気付け薬代わりに炎を模した魔力を高位精霊にぶつけ、強制的に覚醒。
「何々!?」と飛び起きる高位精霊に拳骨を喰らわせ、これまた強制的に黙らせる光景に一同は同情を禁じ得なかった。
「いったいなぁ、もう…。」
なんて言いながら、『ナニカ』をパクンと口にする高位精霊。
「お、おい。お前、自分が今何を飲み込んだか分かってんのか?」
「へ?」
慌てた火燐に言われ、そこでようやく高位精霊が我に返るも、時既に遅し。
キョトン顔から見る見る内に血の気が引いたみたいな表情となり、痛みが元で悲鳴や呻き声が。
「オ、オイラは一体何を…?」
「核を丸飲みした事を覚えてない、だと?いや、良く見たら口に入る瞬間、形を変えてたな。最後の抵抗とばかりに意識誘導を図り、避難目的で(高位精霊の中へ)逃げ込んだ後に乗っ取ろうってハラかぁ…?」
「そんなぁ…。」
それから数分もの間、高位精霊は内側から蝕まんとする核と根比べさせられる羽目に。
襲い来る痛みにひたすら耐え、やがて核の吸収量よりも自前の回復量が勝ったのか少しずつ安定していく。
「とは言え、ジリ貧には違いねぇんだよな。」
今は高位精霊が優位でも、火燐と戦う前の天井状態に達してしまえば崩れてしまうかも知れない。
或いは、もっと前に訪れる可能性だってある。
「希望込みで名付けでもするか?しかしまさかこんな展開になるなんてな。」
「力試しなんてするんじゃなかったぜ…」なんて零す火燐に、全員が頷いたのは語るまでもない。
仮令予想外だったとは言え、彼女のやらかしがなければ高位精霊がここまで苦しまずに済んだとも。
ついでに、「流石火燐、私達が出来ない事を平然とやってのける。そこに痺れる、憧れる」と雫が宣い、華麗にスルーされていた。
それから数時間を挟み、高位精霊は大精霊サラマンダーに進化。
ディレイルームへと運び、失った意識を取り戻してから名付けを施した結果でもある。
再び昏睡状態に入り、目を覚ますまでの間。
流し続けた火燐の魔力が、サラマンダーの回復を促進。
苦痛から解放された喜び。
有り余る体力に物を言わせて室内を飛び回り、火燐の蹴り(+壁へのめり込み)により無理矢理沈黙させられたが…。
ともあれ、新たな大精霊の誕生。
並びに2つ目となる事例に、凛達は大いに湧いた。
内側から侵食するつもりでいた核はサラマンダーの成長に伴い、逆に食い潰され、消失。
彼が(前話の最後で)気持ち申し訳なさげだったのはその為で、魔素喰いと並行して得られた情報。
そしてドネグ湿原で完全に吸い尽くした核━━━抜け殻みたいなものに成り果てた━━━を参考に、白鳥から得た置換スキルを組み合わせた凛が人工的な核…『模造核』を生成。
遠隔操作で出力を調整し、鉱物等の産出量を加減するとの役目を担っている。
その模造核を、待ち時間の間に元の場所へ配置。
中枢であり、根幹部分だった前の核を飲み込んだサラマンダーへの精神的追加ダメージは回避された。
又、サラマンダーには慈愛を。
ゾンドルキア父娘へ凍てつく視線を向けた赤髪美人さんは、元火の鳥。
厳密には、炎系統最上位であるフレアドラゴンが人化した姿だ。
サラマンダーを休ませている間に、『焔』の名を賜った彼女。
名付けと同時に気を失い、足場としたベッドへポテッと横になり、やがて開目。
今の姿の焔がパッと上半身を起こしたと思ったら、いの一番にサラマンダーを注視。
すやすやと寝息を立てる様子を目の当たりにし、安堵の息を漏らした。
少し経ち、サラマンダーの方も意識を取り戻すや早速声を掛ける焔。
彼の横に張り付いた焔の相当不安そうな言葉選び、サラマンダーの飄々としながらもしっかり礼を伝え、突如始まったノロケとも取れる受け答えに、凛達は少々困惑気味に。
このやり取りはソルヴェー火山でも行われた流れではあるのだが…ラブコメどころか夫婦。
しかも熟年を思わせる位には自然。
相手を想い遣る気持ちがやたら前面に表れ、人目も憚らずイチャイチャ(?)する2人。
凛達は軽く引き、雫だけがドヤ顔。
ラブコメではないが、当たらずとも遠からず。
何より中てられた美羽と翡翠とアンジェリーナが盛り上がり、楓とニアが顔を赤くし、凛とステラは苦笑い。
火燐は胸焼けしそうな顔付きになり、雫の面白センサー云々は合格で良いとの結果で終わった。
閑話休題。
サラマンダーの爆弾発言により、場は大混乱。
ゾンドルキア父娘は詳細を確かめんと彼に詰め寄り、その鬼気迫る勢いはサラマンダーをして「お、おぅ…」と怯ませた程。
彼の家が発端ではあるものの、核とは何か。
控えめになるとはどの様な意味なのか、等の話題で貴族達は騒然。
そんな、混沌と化した彼らを冷ややかな目で見る皇帝。
並びに皇后と第3皇子。
「まず優先すべきは元に戻す事だ!でなければ国の、延いては皇帝陛下のお役に立てぬ!」
鼻息荒くし、そーよそーよ!と娘の応援付きでサラマンダーを説き伏せようとするゾンダに対してもそれは同じだった。
「なーーーにがお役に立てぬ!だよ。単に自分にとって都合が悪いだけだろうが。」
「平然と嘘を付けるって、ある種才能だよね。」
「だねぇ。」
「如何にも悪徳貴族!って感じだよねー。」
「ですね…真似したくありません…。」
「だな。オレもパスだ。」
「僕も。」
「ボクもー。」
「あたしもー。」
「ワイトもそう思います。」
妙に静かだと判断された雫の呟き。
待ってましたとばかりに出た彼女の言葉に凛、美羽、火燐。
少し離れた場所にいる光輝と勉、アレックスが吹き出す。
「━━━いやいや、ワイトはないでしょワイトは。」
直後、広間に響き渡る女性らしき声。
程なくして、プチ混沌を齎した本人の影が伸び、1人の少女。
ステラが出現。
彼女の登場に、ワイト…?と不思議がっていた貴族達に喝が入る。
「何奴!?」
「曲者だ!!」
「であえ!であえ!」
訂正、少々迸り過ぎた様だ。
貴族男性3名が大仰気味に声を上げ、これにアレックスが「であえであえじゃねぇ。どこの時代劇だよ…皆も落ち着け」と執り成し、場を鎮める。
「はい、頼まれてたものだよ。」
そのアレックスの元へ瞬時に移動したステラより渡された、A4サイズの紙の束。
「…成程ねぇ。親父。」
クリップらしきもので挟まれたソレをパラパラと流し読みし、要点を掴んだアレックスがパスしたのは皇帝ゼノン。
「何だ?その紙には何が書かれている?」
「さてなぁ。」
どことなく嫌な予感を覚えたゾンダが問い質すも、返って来たのは一切興味のなさそうな答え。
室内はすっかり静まり返り、ゼノンの紙を捲る音だけが続く。
「…ふむ。ステラよ、ここに書かれている事は真か?」
「はい。諜報部統括の名に於いて。私自ら集め、精査致しました。」
「ならば是非もなし、か…余の元へ来ぬか?」
「大変ありがたい申し出ですが、私は卑賤なる身。その様な怪しい者を引き入れたとあらば、皇帝陛下の名誉に傷が付きましょう。なので、辞退させて頂きたく存じます。」
「残念だ。」
「諜報部統括!?あの若さで!?」「皇帝陛下自ら勧誘しておいでだと!?」「一体何者だ!?」「アレにはどんな内容が書かれているのだ!?」「と言うか、まずは頭を垂れるべきだろう!」と喧々諤々する傍ら。
ゼノンが閲覧するは、長年欲しながらも得られなかった情報。
膨大ではあるものの、要点だけをまとめ、且つ分かりやすく噛み砕かれたものだ。
事前にステラは何が得意なのか、手慣れた感じのニュアンスで伝えられたとしても。
別れてからたった2時間弱(実際は凛達と行動を別にして以降なので数十分)で用意されたとはとても思えない、非常に有用性の高い結果のソレ。
こうも簡単に集められれば、ゼノンが彼女を求めるのは必然。
表面にこそ出さなかったものの、内心では完成度の高さに舌を巻いていたのだから。
「陛下!その紙に何が書かれているのですかな!?いい加減教えて下さっても宜しいのではないでしょうか!!」
「…コレには売買記録、何を行い、どの様な施策を住まう民へ講じた等が記載されておる…ゾンドルキア公爵領地に関する、な。」
「なっ!?それは些か無粋が過ぎるのでは!?」
「とは申すが、以前より疑問の声が多かったのも事実。」
「ぐぬっ。」
「故に、調査をさせて貰った。許せとは言わぬ、むしろ乞うべきは貴様の方なのだからな。理由は言わずとも分かっておろう?」
「ですが━━━」
有無を言わさぬ態度のゼノンに、納得のいかないゾンダが尚も反論。
だがその前にステラから「そもそもさ」と横槍が入り、苦虫を噛み潰したような表情で彼女を見やる。
「いつまで人間のフリをしているの?ねぇ悪魔憑きさん。」
ただ、彼程度の者がいくら睨もうが、ステラの心には全く響かない訳で。
むしろニコリと笑う彼女の1言に、本人含め室内全体がえ…?とどよめくのだった。
フレアドラゴンの焔さんですが、名前的にメルローズの方がぽい感じです。(とあるブレイド)
それと、本文には載せてませんがソルヴェー火山に残った魔物達も一掃を理由に、一覧の部分を追記。
そこに載っているコンフラグレーションドラゴンのコンフラグレーションは大火災を指します。




