234話
「どうもこうも、アリスは我に勝ったのだ。それもお前と違い、1人で…な。」
「は?そんなのいつ━━━」
「ほんの2時間程前の話だ。」
「そんな素振りなんてどこに…!…ああ成程、俺が(気絶から)目覚めるより先にって事か。」
「左様。」
「でもよ、アリスは戦いそのものが嫌いって感じだったぜ?だからおとなしい性格だとばかり…。」
「それ込みの振る舞いだったのであろう。全く、我もしてやられたわ。」
「この子、アンタを近くで支えたいからってお父様に挑んだのよ?健気よねー。」
「マジかー。行動力もだが、親父に勝つだけの強さを持っているのにビックリだわ。」
「全く以て然り。」
「ホントよねー。多分、私より上なんじゃないかしら?つくづく迷い人ってズルいと思う。」
「何もさせて貰えず、気付けば詰みの状態だ。同じ迷い人である我ですら、当時はよもや…との考えでいっぱいになったものだ。」
「いやいや、それにしたって強過ぎだろ。」
「頑張った。」
「だろうな。恐らく(表向きとの意味で)帝国最強はアリス、お前だ。」
皇帝陛下が迷い人…?
あそこの2人にアレックス皇子殿下だけでなく、アリス皇女殿下まで?
ここまで集まるものなのか?と、俄に騒がしくなる一方。
(少し寂しげな)胸を張り、ぴすと言いながらピースサインするアリスにアレックスはほっこり。
頬が自然と緩くなっていく。
アリスの固有スキルは『魂血の叫び』。
騒いではいけない何かが騒ぎそうなネーミングだが、要はアンデッドと吸血鬼と獣(又は獣人)。
それぞれ高ランクの因子を携えた、複合スキルになる。
朝食が開始される午前6時より少し前。
アリスはゼノンへ挑み、彼を完封。
最後は獣型のスケルトンを複数召喚し、超高密度の血で出来た剣を左右の手に持ち、吶喊。
同じく血だったり炎の槍数十本を飛ばしながら肉薄、苦し紛れの無効化波動を喰らう。
その余波で獣型スケルトン。
血や炎の槍に加え、本人までもが消し飛ぶ━━━のだが、それはフェイク。
獣並の身体能力で背後へ移動し、気付いたゼノンが咄嗟に剣戟を見舞うも、アンデッド。
中でもスペクター系特有の透過効果によってすり抜けてしまい、驚く間もなく眼前に血剣を突き付けられる。
しばし呆けた後、ゼノンは静かに降参の意を示した。
勝者となったアリスが思い出すは前世の、とある空き地での記憶。
当時捨て犬。
そこそこの年齢、且つ小型犬でもあった彼女は、小学生の智也(後のアレックス)に可愛がられ、会うのを楽しみにしていた。
しかしある日。
見知らぬ少女によって抱き抱えられ、保護者と思われる男女に確認を取り、近くに停めていた車で移動。
唐突な別れ方を迎えた。
少女含めた親子は甲斐甲斐しく面倒を見てくれたものの、時折思い出すはポチ(メスなのにポチ)と名付けたあの少年の事。
やがて老衰で亡くなるも、未練が残ったのが幸いしてか異世界転生。
物心付く頃に前世の記憶を取り戻し、笑い方や仕草で兄があの少年だと本能で理解。
今世こそは可能な限り彼の傍にいたいと強く願い、固有スキルが発露。
密かに特訓を重ね、苦労はしたがそこそこ使い熟せるまでに。
それから幾許かの年月が過ぎ、サルーンを経てクリアフォレストへ訪問。
彼の地は猛者だらけであるのを利用し、空いた時間の多くを訓練に充てた。
勿論兄アレックスや姉リーゼロッテには内緒で。
おかげで大きく力を伸ばし、聖人どころか聖王にまで至る。
したがって、やろうと思えば自室からの脱出との目的で帝城を破壊。
並びに誰よりも早く父ゼノンを、延いては白鳥ですら倒す事が可能。
そんな彼女を指南したのは火燐。
奇しくも、兄妹揃って同じ人物に教えを乞うた形だ。
故にアリスも(彼女なりに)火燐の性格、及び為人を把握。
なので、何故かまでは分からないが、ストレス発散に兄が付き合わされた事も理解。
平静を装う彼女を睨んだのはそれが理由だったりする。
因みにその理由と言うのが、かなりしょうもないもので。
メタルディーラーと置換を得て上がりまくったテンションでオールした凛を強制的に寝かせ、見張りと称して美羽が彼に添い寝。
納得いかない心境のままアレックスを迎え、丁度良いからとモヤモヤ気分を彼にぶつけた…が事の真相。
話は戻り、例の陰険貴族…ゾルダ・ヴァン・ゾンドルキア公爵がここぞとばかりに声を張り上げる。
「お待ち下さい!息子の!息子との婚約はどうなったのです!」
傍らに立つ息子フェルナンドの背を押し、彼の存在をアピール。
アリスより2つ歳上のフェルナンドは、見てくれで言えばかなりのイケメン。
ただターゲットに向ける目付きは冷たく、不機嫌な態度を隠そうともしない。
それは近くにいる姉。
更に、どこかで見た覚えのある人物にそっくりな母も似たような感じ。
尤も、その母はどこかの女候爵を睨んでいるみたいだが。
「なら示せよ。アリスが自分のだって証拠をさ。」
「何を…?」
「決まってるだろ。アイツに勝てるだけの力…強さだ。」
「…馬鹿馬鹿しい。そもそも、暴力で全てを解決させようと言うのがナンセンス━━━」
「怖いんだろ?」
「は?」
「そうやって言い繕う時点で、自信のなさを吐露してるのは明白。むしろ俺からすりゃ、皇帝に勝利したって看板がそんなに欲しいもんかね?って疑問が浮かぶだけ。人の上に立たなきゃ気が済まない、お前らしいっちゃあお前らしいと言えばそれまでだが。」
「知った風な口を…!」
「知ったも何も、既に噂になってるぜ?お前らが治めるタリスト、特に領都タリステラでな。」
「…は?」
「あそこは立地的に儲けられるはずなのに、全然楽にならない。生活が豊かなのは一部だけだと。」
「………。」
「税が重過ぎるからっつって、こっちに逃げる奴は割といるぜ?当然、他の方角。下手すれば他国だったりとかな。
まぁ、ここ十年前後の話たぁ言え、元々人の入れ替わりが激しい土地だ。住んでる奴の事なんて一々気にしてられないし、しようとも思わないだろ?向こうから勝手に来るからな。だからこれまで上手く回せた。だったらする必要はない、必要性も感じない…ってのがお前らの心境だ。違うか?」
理詰めで攻めるアレックスに、フェルナンドはタジタジ。
否、求めてもいないのに余計な事をベラベラベラベラと…と。
眉間に深い皺を寄せてアレックスを鋭く睨み、不敵な笑みで返される。
その後もフェルナンドが何か口に出す度、アレックスが論破。
1回2回ならまだしも、延々と続けば流石に飽きが訪れ、貴族達は辟易。
終いには「女は黙って男に従えば良いんだ!」との発言に場が白け、小さいながらもあちこちから非難の声が。
空気を変えるのも兼ね、ゼノンが「アレックスよ、神聖国が召喚した勇者を紹介してはどうだ?折角主要な者達が揃っているのだ。使わない手はあるまい」と提案。
「あー、確かに。顔が見たいからと逐一呼ばれんのも(あいつらにとっちゃ)面倒だろうしな」とアレックスが同意し、マナホ越しに光輝へ連絡。
フェルナンドとの会話は強制的に切り上げられ、そのタイミングでどこからか「やっぱりどう見てもスマホ。それに勇者?光輝?」と聞こえた気もしたが、誰も応えなかった。
そうしてやって来た光輝、勉、理彩、莉緒に耀を加えた5人。
代表、と言うかリーダー役は光輝。
ポータルを設置し、先頭で顔を見せたのは彼が最初だった。
貴族達は大いに湧き、歓声を上げる…なんて事はなく、困惑だったり期待外れがほとんど。
光輝はイケメンではあるが、どちらかと言えば普通寄り。
ルックスだけならばフェルナンドに軍配が上がる。
勉は格好良いとは程遠い部類。
理彩はクールを通り越して生真面目そう、反対に愛想を振り撒く莉緒に本当に姉妹かとの声も。
「様々な思惑はあるだろうが、強さだけで言えば全員我より上。更に女性陣…理彩と莉緒はホズミ商会幹部。光輝と勉はその2人を娶る予定の人物だ。光輝の方はまだ円卓の騎士との間で決め兼ねておる様だが、勉に関しては先程述べた通り、次女と3女との婚約が内定している。」
ゼノンの言葉に、色んなリアクションを貴族達が見せる中。
間接的に名前を呼ばれた、フェリスとクーネリアがビクッと体を強張らせる。
彼女らが何故皇族の身分でありながら勉に、それも揃って嫁ぐのか。
理由を述べるには、昨日の夕食時にまで遡る必要がある。
例によって円卓の騎士の女性3名が、極上の料理の数々に目を輝かせ、これ以上ない位に幸せそうな顔を浮かべる傍ら。
何とかして彼女達を押し付けようとあの手この手で説得する光輝へ、勉は余裕の表情で応える。
「いやいや、お3方は光輝殿にご執心の様子でござる故…拙者の事は気にせず、そのまま引き取ってもろて。」
肩を竦めての1言に全てが詰め込められ、「くうぅぅぅぅぅ…!」と悔しがる光輝。
やり切ったとばかりに勉は掻いてもない汗を拭い━━━
「ところで、ウチの妹にくっ殺姫騎士とポンコツ魔法使いなんてのがいるのだけど…お嫌い?」
安堵の息を漏らしたところへ齎される、リーゼロッテの甘い囁き。
「まさか、大好物でござる。」
「話がわかるじゃない。」
勉とリーゼロッテ。
双方がニヤリと笑い、近くにいたアンジェリーナが「あっ、ズルい」と漏らす。
「こちらは…そうですね、寂しがり屋の腹黒王女と言うのは如何でしょう?」
「お姉様とお呼びしても?」
「ふふ、聞き分けの良い方は好みですよ。」
的な感じで、置いてけぼりを食らった光輝を他所に。
あれよあれよと決められる、勉側の新たな嫁候補達。
話が終わるや否や、行動力の塊であるリーゼロッテは早速妹達の元へ襲撃。
驚く間も与えず、しかも朗報だったり善行みたいなテンションで2人を説得。
難色を示されるも、笑顔でお話した事でしっかりと誠意が伝わり、快諾。
或いは、そうせざるを得ない状況に追い込んだとも。
ならば直接本人に断るまでと臨むも、「ほ、本物でござる…!」と息をハァハァ荒げるだけ。
まるで会話にならず、キレたフェリスが抜刀。
10秒経たずして返り討ちに遭い、羞恥と悔しさの入り混じった「くっ、殺せ…!」との言葉を賜る。
「くっころキターーーーー」と、テンションが最高潮に達した勉が次にターゲットとしたのは、3女クーネリア。
だらしない笑みを浮かべ、ゆっくりと歩み寄る様に恐怖を感じた彼女から、悲鳴と共に放たれる魔法。
1発、2発、数発、数十発と。
どれだけ魔法を行使しようが、規模を大きくしようが全て『マジックキャンセラー』で無効化。
最後は「ひぅ!?」とへたり込み、満足げな勉を前に戦意喪失したとか何とか。
2人が複雑だったりテンパるのはそれが原因で、フェリスは今まで積み上げて来たのは何だったのかとの諦念。
勉に嫁げば、彼や義姉みたく強くなれるのか?との楽しみが含まれた予想。
未だ経験がなく、戦いにしか能がない自分でも大丈夫だろうかとの不安も少なからずある。
クーネリアは魔法が通じないどころか、消去されるとの驚きと衝撃。
後はこんな自分なんかが、しかも大好きなちぃ姉様と一緒に、でも良いのかな、む…向こうから言ってきたのだから良いよね…?ね?等の想いが交錯から来ている。
光輝達が帝城へ赴いてから、十数分が経過。
彼らの話に併せ、骸とラニの紹介もされた。
骸は竜の谷代表を務める、竜胆の代わり。
それと、昨日今日との打ち合わせで仲良くなったゼノンの友人として。
ラニはアレックスの後見人みたいなポジション。
又、彼を公私問わず支えると言い張り、貴族達へ少なくない動揺を与えてもいた。
ややあって、急遽始まった貴族達との交流。
恐らく最初で最後になる発言を機に、抑えられなかった結果とも。
愛嬌豊かな莉緒がダントツ人気で、多少素っ気ないながらもキチンと受け答えする理彩がその次。
容姿や皇女2人の件でポツン佇む勉には目もくれず、年頃の娘を持つ者の多くが光輝に集中。
白鳥と言う、得体の知れない人物(少なからず接触した者もいたみたいだが)との関わりがある耀は別として、4人は神聖国の枢機卿らが招いた存在。
異世界人が転生・転移した経緯は数あれど、喚び出された=希少価値が高いとして目を付けたいが本音なのだろう。(それでも全く注目されない勉が不憫な気もしなくもないが)
「久谷ってあの久谷だったんだ。髪型と色が前と違うから分からなかったよ。耀ちゃんだっけ?久しぶり。」
耀を右腕で支える光輝を含めた人集りへ、1人の貴族令嬢が参加。
その貴族令嬢はいつぞやの陰険公爵当主の娘、と同時に俺様次期当主の姉━━━ルイーズ・ヴァン・ゾンドルキア。
挨拶もそこそこに、不躾な視線を光輝と耀へ向け、2人を困惑させる。
「ええと、どちら様でしょう?」
「え?あー、分かんないか。えるだよ。」
「える?える…草葉さん?」
「そ。」
どうやら、ルイーズ・ヴァン・ゾンドルキア公爵令嬢は転生者だった模様。
光輝と知り合いである元日本人、草葉 えるは彼の問いに淡々と答え、周囲をざわつかせるのだった。




