バレンタイン特別番外編3rd 213.5話
これはドネグ湿原の攻略を終え、新たに凛の配下となった骸達の歓迎会中に起きた出来事のお話。
互いの自己紹介から始まり、昼のバーベキューよりも豪華な食事に骸が「おおっ!すげーご馳走じゃねぇか!」と感嘆の声を上げ、シャルルとシャルロットの2人が目を輝かせる。
感情の乏しいクリムゾンらも心做しか喜んでいる風に見え、歓迎会前に人化スキルで黒髪の男女姿となったダークネスナイト達も似たような感じ。
宴好きの火燐と朔夜は宴会開始早々飲み比べをおっぱじめるし、「おうおう、面白そーな事やってんじゃん」と骸も参戦。
それに藍火やキャシーが巻き込まれ、即潰されたり…なんて場面も。
「姉さん、コーキンのとこに行かなくて良いの〜?」
そんな彼女らを尻目に、八月朔日家次女莉緒が長女理彩に1言。(※因みにコーキンとは光輝の事で、勉はツトムンと莉緒は呼びます)
これに理彩は目を瞬かせ、「どうして光輝君の元に行かなきゃならないのよ」と返す。
「え〜、だってライバルの登場だよ?ラ・イ・バ・ル。」
「ライバルって…まさかサラ王女とシーラ王女?」
「そーそー。」
「いやいや、こう言ってはなんだけど、相手は中学生位の女の子よ?まだ早━━━」
「ちっちっちー、分かってないなー姉さんは。」
「…今、何だか無性にイラッとしたわ。これは突っ込んで良い案件よね?そうよ、そうに違いないわ。」
「ちょちょちょ、ストップストップ!おーけー、おーけーぐっどがーる。」
「私は犬猫か。」
ジト目でグーの構えを取る理彩に莉緒が身の危険を感じ、少々オーバー気味に制止。
姉の視線が更に険しくなり、「で?早く言いなさいよ」と急かされる。
「ん…コホン。いくら幼い見た目でも、女である事に変わりはないの。むしろ、あの2人なら逆に武器として利用する。ヒントも得ちゃってる訳だしね。」
「ヒント?」
「コーキンゆってたじゃない。自分には(サラやシーラと)同じ年頃の妹がいるって。」
「ああ…確かに、言ってたわね。」
「なら折角得た手札、利用しない選択肢はない…でしょ?それと姉さん気付いてなかったみたいだけど、サラちゃんシーラちゃん。2人共嫉妬の目を向けてた。」
「そうなの…?と言うか、ちゃんを付けない。せめて様で呼びなさい。不敬よ。」
「いーのいーの、レオンさん達から許可は貰ってるし。」
「だからレオン様…え?いつの間に。」
莉緒の説明は、昼過ぎに行われた模擬戦で光輝がレオンに勝ち、皆に話し掛けた時の事。
ホロウソードでの勝負とは言え、軍配が上がったのは光輝。
(レオン1家は凛の屋敷にお邪魔するので別枠として)獣王=獣国で最強だと信じて疑わなかった関係者にとって、レオンを下した光輝は無視し得ない存在…新たに生まれた英雄だと絶賛。
故に獣王子や獣剛熾爪隊だけでなく、門番や兵達も挙って群がり、ひたすら彼を褒め称える。
これに光輝は浮かれず、むしろ反対にプレッシャーとして取られ、苦笑いを浮かべながら困惑。
そんな彼へ助け舟を出したのが理彩。
彼女はパンパンと手を鳴らし、周りの意識を自分へ集中。
今は仕事中である事。
何より当の光輝本人が困っている旨を伝え、強制解散させた。
光輝が安堵の表情でお礼を述べ、軽い笑みを交えながら理彩が「良いのよ」と返答。
まるで夫婦のやり取りを見ているかの様な光景にマクガイル家の末っ子姉妹がジェラシーを覚え、むーと頬を膨らませて2人を見やったとの流れになる。
それと敬称なしでの呼び方について。
莉緒の気安さ、レオンのノリの良さが良くも悪くも相乗効果を発揮し、初めて会うなりすぐに意気投合。
肩を組む等してタメ語で騒ぎ、注意しても分かってくれなかった…と後日タリアから相談され、受けた凛が複雑な顔付きになったとか。
「ん〜、でもねぇ。クリスマスっぽいのはこの間したし…。」
「ならバレンタインでしょー。」
「バレンタインでしょーって…貴方、まだあれからたった数日しか経ってないじゃない。」
「姉さん、そんな話がしたいんじゃないの。察しの良い姉さんなら分かるよね?」
「み、妙に圧を掛けるわね…。」
先程のにこやかな雰囲気から一転。
抜け落ちた表情で距離を詰める莉緒に理彩がたじろぎ、頬を引き攣らせながら「お、おぅ…」と漏らす。
「ほら、美羽ちゃんもオッケーサイン出してるし、これはもうやるしかないっしょ!」
「えぇ…?」
莉緒に促されるまま美羽を見てみれば、彼女は満面の笑みを浮かべ、親指と人差し指で輪っかを作成。
隣に座る凛、そして理彩が何とも言えない顔に。
本来であれば、この手のイベントが開かれるのは3ヶ月に1回の頻度。(バレンタイン編2ndの最後に記載)
なので次のタイミングに合わせ、約3ヶ月後にはなるのだが…それだとつい最近だったり本日新たに加わったメンバーが不利。
ならばと美羽が許可を出し、凛も半ば致し方ないとの考えに行き着いたのだろう。
これにキュピーンと目を光らせたのは主に女性。
男性側も多少テンションは上がったものの、それだけだった。
と言うのも、能力や実力云々よりも性格が重視されるのが配下の条件。
男性ならば好青年、女性ならば淑女的な構図だ。(※ただしキャシーは加わった直後は猫を被ってて大人しく、慣れて来るに連れ素を曝け出していったので例外とする)
そしてリルアースは男尊女卑の世界。
勿論優れた女性も多くいるのだが、男性でないとの理由だけで蔑まれ、一定以上は上へ行けないよう抑圧されるのがほとんど。
しかし凛の配下は別。
種族身分関係なく…それこそ奴隷だろうが、農民だろうが、亜人獣人だろうが関係なく、やる気さえあれば出世を重ねる事が出来る。
これに配下達が燃えないはずがなく、ぼちぼちを是とする『可』を除く全員が意欲的に。
実際の例として。
最初に購入した奴隷の1人であるトーマスは現在、クリアフォレスト隣にある都市オリーブの領主の座に就任。
同じ村の仲間であり同期のニーナ、かつて紅葉らが救った少女キュレア、元王国王都の裏組織『奈落の牙』隊長ミゲルを妻に迎え、朝食と夕食時以外は主にそちらで過ごしている。
他にも支店長に本部役員、領主やその補佐等にまで上り詰めた者もおり、各々が充実した生活を送っているのだとか。
30分後
「…と言う訳で、チョコレートを用意しましたー♪」
話は戻り、ダイニングにある1つのテーブル。
その後ろに立つ莉緒が両手を広げてみせる。
テーブルの上にはチョコレートが山積みで置かれ、おぉーーー!との歓声が。
「何自分の手柄みたいに言ってるのよ。ほとんど美羽ちゃん達が…って、動きがまるでベテランを感じさせるのおかしくない?本当に、生まれてまだ半年経ってないの?」
莉緒に突っ込むつもりが、ふと我に返る理彩。
「ホントですよー」と本人から返され、「それはそれで凄いんだけど…え?凛に鍛えられた?なら仕方ないわね」と諦める。
日本にいた時も凛が凝り性なのは変わらず、たまに目を疑う光景(5段重ねのケーキや煮詰め過ぎて具が全て溶けてなくなったカレー等)を見た、体感したとの経験がここで生きた様だ。
ただ、その切り替えの早さが元でずっこける者が多数。
しかし見なかった扱いにされ、理彩は何事もなかったかの如くチョコレートを1つ手にする。
「…はい、光輝君。一緒に(異世界召喚に)巻き込まれた者同士、仲良くいきましょ。その、今まで以上に…ね。」
そのまま光輝のところへ歩み寄り、軽くそっぽを向きながら話す横顔は赤みを帯びていた。
「理彩さん…俺なんかじゃ勿体ないですよ。何がしたいか決まらず、まずは強くなってからなんて考えるガキ━━━」
自嘲とも取れる光輝の独白を、理彩が右人差し指を当てて止める。
後、さり気なく勉にも流れ弾が行き、少なくないダメージを受けていた。
「もう、そんな事言わないの。私が好きになったのは真っ直ぐなキミ。屈託のない笑みで笑うキミ。何より、一生懸命に取り組もうとするキミなんだから。だから私も頑張ろうって思えたの。」
「え、理彩さん。今俺の事好きって…やっぱり勘違いじゃな…イタタ。理彩さん、痛いですって。」
説得するつもりが余計な事を口走ってしまい、思いっ切り赤面する理彩。
そこを光輝が追求するものだからムキになり、彼の肩をポカポカと叩く。
これには勉も落ち込む間もなく復活。
「てぇてぇ」と拝み、涙を流させた。
「もう!私にここまでさせたのだからキチンと付き合いなさい!断るなんて選択肢は与えてあげない、分かったわね!」
「は、はいぃ!」
最後は理彩のゴリ押し。
敬礼で返事をする光輝を見て「や…やってしまったー」と内心激しく後悔するも、両想いだと分かった互いの頬は緩みっぱなし。
2人して体を縮こませ、小声で「あの…宜しくお願いします」「あ、いえ…こちらこそ。その、色々ごめんなさいね」なんてやり取りに周りがほっこり。
「あー、やっっっとくっ付いてくれたかー。見ててイライラしたー。でもよーやくあたしゃ肩の荷が下りた気分だよ。」
これに莉緒が安堵。
近くで「ちょっと、イライラってどう言う意味よ」との声が届けられたが、華麗にスルー。
「てなわけでツ・ト・ム・ンー。」
「な、何でござるか…?後、目が怖いでござる。」
「ウチらも付き合っちゃお?」
「いや、しかしでござる。莉緒殿も知ってござろう?某は既にいっぱいいっぱい━━━」
「ダメでござる。それに姉さんも言ってたでござる、八月朔日家からは逃げられない、と。」
「真似されたでござる。と言うか、選択肢以前に弁明すらさせて貰えぬでござるか…。」
「因みに、あたしと付き合うと漏れなくエルフ2人も付いてきまーす♪」
「はは…ワロス。」
莉緒が魔王みたいな事を言っているのはさて置き。
何やら落ち込む勉を尻目に、莉緒が1人ヒートアップ。
話に出たエルフ2人から良くやったとの視線に加え、実際に称賛の言葉も受ける。
その時に勉は3人からチョコレートを渡され、完全に詰んだ事を悟る。
「ほらよ、火燐。」
「おっ、なんだなんだユー。まさかとは思うが、オレへのバレンタイン(プレゼント)かぁ?」
「見りゃ分かんだろ。」
「んだよ相変わらず素っ気ねぇな〜。そこがオレ的には良いんだけど…っと。」
光輝や勉達を眺めていた火燐へスッと差し出された、縦横15センチの小さな包み。
差し出し人はユーで、ツンデレな態度で渡されたソレを火燐が受け取り、ニシシと笑いながら開封。
「これぁ…ケーキか?」
中に入っていたのは小さなホールケーキ。
赤く、艷やかな光沢を放ち、持ち上げた彼女の右腕に好奇の目が集まる。
「厳密にはグラサージュショコラな…結構苦労したんだぜ?」
「スッゲーなお前!すぐにでも嫁になれるレベルだわ!」
「ばっ!お前、嫁とか言うんじゃねぇ。俺が恥ずかしいだろうが。」
「あー、やっぱ良いわぁ…むしろ良過ぎる位だぜユーは!」
「嬉しいのは伝わったから抱き着くなぁぁぁぁあああ!」
因みにこのグラサージュショコラ、表面はラズベリーソースでコーティング。
内側は赤と黒が交互に重なった層となっており、赤はラズベリー、黒はチョコレートが練り込まれている。
2人が織り成すスキンシップ中、離れた場所にいたはずの朔夜がグラサージュショコラにそーっと手を伸ばし、それを火燐が死守。
後にユーを部屋へ招き、仲良く食べたらしい。(ユーは終始緊張しっぱなしだったそうだが)
そんなこんなで、今回のバレンタイン企画も中々の盛り上がりを見せる。
光輝ら、勉ら、火燐らの雰囲気に当てられたのもあるが、女性陣がやる気になったのは紛れもない事実。
次々にチョコを握っては気になる人の元へ駆け寄り、言葉や想いを紡いでいく。
晴れてカップルになるケースもあれば、ダメだったケースも。
男性1人に対して複数の女性が許可されている(逆もまた然りだがほとんど需要が)と言うのもあり、ハーレムを築いているパターンもチラホラ。
その1つである勉は、莉緒が彼の口にチョコを押し込んだのを機に、アケミとユカサッリナオネが真似。
対抗したキャシーとアメリも無理矢理捩じ込んだ結果、勉がモガモガ言いながら後ろへダウン。
その彼を影から突如出現した静が支え、膝枕へ移行。
姉みたく1番でなければ…との使命に燃える莉緒と舌戦を繰り広げた。
「美羽…これどう収拾付けるの?」
軽くカオスと化したダイニングを眺めた凛が美羽に問う。
順調に愛を育む者達もいれば、シャルルとシャルロットが骸へ渡すみたく微笑ましい組み合わせの場合も。
反対に、気絶した勉の頭を自分の膝へ運ぶと同時に意見を述べる、莉緒と静みたい…は言い過ぎにしても、男性を取り合う者達。
1人の男性を巡り、とても人には見せられない顔で威嚇し、いがみ合う者達。
皆で分かち合うと決め、神輿みたく男性を抱えて運ぶ集団まで出る始末。
「え、えーっと…てへっ?」
「てへっ、じゃないでしょ。どうするかなぁ…。」
美羽は舌を出しながら明後日の方へ視線をやり、半目からの凛が難しい表情へ。
この時、2人はダイニングの状況━━━つまり周りの人達を気に掛けていたが、自分にももっと意識を傾けるべきだった。
「ん?」
瞬間、多方面からキュピンと光るナニカ。
気付いたのは凛で、ソレが目であると判明。
「う、うぉぉあっ!?何々!?」
「うひぁぁぁ!?」
しかし少し遅かったらしい。
凛と美羽を慕う軍勢が一気に押し寄せ、あっという間に2人を飲み込み、揉みくちゃにする。
数百か、将又数千か。
刹那の様にも、数時間にも感じられた怒涛の波。
後に残されたのは、軽くボロボロになりながら立ち尽くす2人に、大量のチョコレートやクッキーと言ったお菓子類。
それと2人にそっくりの、或いはデフォルメ化した玩具やぬいぐるみが収められた大量のプレゼントだった。
何も聞かされていなかった凛と美羽は、揃ってぽかんと口を開け、目をパチパチ。
は◯ゅねさん顔のまま、うず高く積まれたプレゼントを見上げる。
ちょっとした山と化した包み達は、ひたすら乗せに乗せたせいか安定感がない。
たまにポロッポロッと転がり落ち、凛達の近くに来る事も何回か。
しかし2人は心に全く余裕がないのか一瞥もくれず、変わらぬ体勢で固まり続けるのだった。
この間からちょこちょこ出て来るユーちゃん、この後の帝国編でも出ます(フルネームで)




