204話
その頃、カルネージヴァンパイアクイーンの相手を務める雫はと言うと…。
「油断した。まさかあんな隠し玉があったとは…おのれ朔夜め。」
自らの行動を呼び水に(触発されたとも)、黒螺衝を用いられたとは露知らず。
美味しいところを持っていかれたとの先入観から、1人悔しがっていた。
「グァガァァァァ!!」
ただ、その様な状況下でも我を忘れるには至らない訳で。
カルネージヴァンパイアクイーンによる刃渡り60センチの斬り掛かり攻撃を「…遅い」と半歩ズレて躱せば、すぐ傍でグォ?と間の抜けた声が。
着地後、カルネージヴァンパイアクイーンはそれまで左手首を掴んでいた右手を解除。
雫の方を向き直し、その場でバックステップ。
「ガァァアアアッ!」
右腕を前方へ振り払い、刃状に固めた血液を幾つも飛ばした。
雫は常に眠そうな顔をしているが、美羽に次ぐオールラウンダー。
淡々としながらも術者とは思えない動きでそれらを全て「ん、ん」とカドゥケウスで弾き、反撃へと転身。
「…お返し。アイシクルショット・ハンドレッド。」
「ギャァァァアアアアアア!!」
文字通り、100倍の魔力を込めたアイシクルショットは強力無慈悲。
彼女の前方に現れた全長2メートル程の魔方陣が放つ、直径3センチ。
長さ15センチの氷柱は非常に鋭利で、元が中級程度の魔法だとは誰も思わないだろう。
カルネージヴァンパイアクイーンはあっという間に全身穴だらけとなり、それでも急所となる頭と胸部分を避ける当たり、流石実力者と言えよう。
10秒弱で、すっかり元通りとなったカルネージヴァンパイアクイーン。
「グルルルルル…。」
魔力をそれなりに消費はしたが、すぐ近くに供給元はある為、長期戦も辞さない覚悟でいる。
「ん。やる気があるのは良い事…けど、周りをしっかり見ないと…。」
雫は満足そうに頷きながらも、しっかりと次の手を講じていた様だ。
対するカルネージヴァンパイアクイーンは体勢を低くし、すぐにでも飛び掛かれる構えでいる。
その彼女の死角に強化された氷柱が複数本現れ、その全てが背中にヒット。
「ガ…ァ……?」
「…こうなる。」
済まし顔で告げる雫の言葉より、事態の把握が先だと考えたのだろう。
カルネージヴァンパイアクイーンが前のめりのまま何…?と言いたげに後ろを向き、事態を把握。
正面へ向き直し、雫の事を不意を突く卑怯者だと激怒。
「グァァ!」
カルネージヴァンパイアクイーンは視線をそのままに、背中に刺さった氷柱の内の1本を抜く。
振りかぶり、お返しとばかりに雫へ投擲。
これまでと同様、難なく避けるかと思いきや。
何故か動く素振りを見せない雫。
「うっ。」
腹部へと当たり、その弾みで仰け反るだけに留まる。
「グァァ!グァァ!グアアアアア!!」
「…!…!…!」
調子付いたカルネージヴァンパイアクイーンは立て続けに氷柱を投げ付け、一切が着弾。
「グゥ…グ?」
背中へやった手が空を切り、氷柱がなくなったと分かるや即座に杭を生成。
紅く大きいそれは易々と雫を貫き、彼女の胸部へ埋めた事で勝利を確信。
ダラリと腕が落ち、物言わぬオブジェと化した雫へニヤリとした笑みを向ける。
だが彼女が余裕でいられたのはここまで。
雫の形がでろっと崩れ、何事かと思ったのも束の間。
バシャッと音を立て、その場に水溜まりを残す形で消え失せたからだ。
「グァ…?」
「…それは私の分身。」
不思議がるカルネージヴァンパイアクイーンのすぐ後ろの位置に、スッと雫が出現。
猫みたく体をビクゥゥ…と強張らせ、慌てて距離を取るとの光景から察するに、驚愕も一入だったのだろう。
そんな彼女が倒したと信じて疑わなかった者の正体。
それは水神化と物質変換・水を併用し、創られた雫の分身体だった。
分身体は、カルネージヴァンパイアクイーンが背中を見ているほんの1、2秒の隙に用意。
本人は(幻影魔法で)景色の中へと溶け込み、カルネージヴァンパイアクイーンが油断したところへ背後から現れたとの流れだ。
「グ…グァァアア━━━」
カルネージヴァンパイアクイーンが何かしようと振り返るも、既にそこは雫の間合い。
「おやすみ。」
通り抜け様に、カルネージヴァンパイアクイーンを氷漬けに。
氷の中に封じ込められ、時が止まったかの如く動かなくなったカルネージヴァンパイアクイーン。
その顔は驚きに満ちており、ひとまず終着したと思われた矢先。
彼女の全身にある、黒い模様がウネウネと動き始めた。
それらはカルネージヴァンパイアクイーンから剥がれ、氷の中を進み、やがて完全に外へ。
集約し、テニスボール位の大きさになったところで真っ直ぐ雫に向かう、黒いナニカ。
朔夜と同様。
支配権を得る目的で取り付くつもりなのだろう。
しかし雫は冷静そのもの。
大分近付いた辺りでカドゥケウスをスッと掲げ、無限収納を展開。
丁度、標的を包み込むべく広がり始めたタイミングだった為か黒い球は回避が間に合わず、閉じた空間ごといなくなってしまう。
「…ナビ、解析宜しく。」
《畏まりました。》
凛サイド以外の面々が呆気に取られるのを尻目に、雫は瞑目。
彼女に言われるがまま、ナビは平坦な声(実際は未知の存在が調べられるとしてウキウキ)で早速隔離したばかりの黒い球の解析を開始する。
「さて…。」
1仕事終え、氷漬けしたカルネージヴァンパイアクイーンに歩み寄る雫。
カドゥケウスを仕舞った右手でパチンと指を鳴らせば、パリィィンと音と共に氷が粉々に破砕。
そこからカルネージヴァンパイアの姿が露になるも、どうやら気を失っているらしい。
目を閉じ、そのまま下に落ちようとする彼女を、雫が抱き抱える形で阻止した。
「…手の掛かる子。」
等と言いながらも、雫がカルネージヴァンパイアクイーンを見る目つきは優しげなもの。
慈愛すら感じる程で、ある種の神々しさすらあった。
「雫、朔夜お疲れ様。戦闘が終わったばかりで悪いんだけど…2人をこの上に休ませて貰って良い?」
戦闘後、凛は向かって来る2人を労うのと並行し、無限収納から出したマットレスを地面へ。
その上にルインヴァンパイアロード達を寝かせるよう促せば「ん」「…よっと、分かったのじゃ」と雫達が応えてくれる。
「今の戦闘で思い出したんだがよぉ、凛は日本人だろ?俺も昔そうだったわ。」
すると、イクリプスドラゴンがその様な事を宣う。
ハッハッハと笑う彼に、残った配下達が浮かべるは疑問符。
神聖国の2人が「日本人…?」と訝しむ中、凛サイドは軽く仰天。
曰く、前世でのイクリプスドラゴンの名前は一 一。
そんな馬鹿なと思わなくもないが、ただでさえ珍しい名字に加え、最早嫌がらせとしか考えられない名前まで付けられてしまった彼。
ただ幸か不幸か。
一が生まれたのは、団塊と呼ばれる世代よりも少し先。
前世では「にの」とか「いっちゃん」、「はじめちゃん」「いちいち」と散々弄れられ、誂われはするも、今で言うイジメにまでは発展しなかったのだとか。
ただ、亡くなる十数年前。
病院通いが当たり前となった頃。
1番初めに看護師から「いちさーん、いちはじめさーーん」と間違われ、待合室にいた人達はキョトン顔。
本人が苦い表情で指摘すれば「え!?いちなのににのまえって読むんですか!?」と大声で叫ばれる始末。
それが尾を引いたらしく、呼ばれる度に小さな笑いが起き、恥ずかしい想いをするのが嫌で嫌で堪らなかったとの事。
そんな一こと、イクリプスドラゴン。
家族に看取られ、こちらの世界へ転生。
当時は今みたいに記憶がなく、思い出そうにも状況がそれを許してはくれなかった。
生き残る為ひたすら戦いに明け暮れ、繰り返す内に気付けば大所帯。
これはこれで悪くないが、ふとした時に自分は何をやっているのだろうかと考え、配下達の声掛けで中断を重ねて来たのだとか。
なんて話をしながらも、凛達はしっかりと核を警戒。
一応それなりに距離を取ってはいるが、抜け目のない核の事だ。
ヴァンパイアロードやクイーンと言う前例がある以上、何らかの手段で襲い掛かるかもとの懸念から来ている。
10分後
ルインヴァンパイアロードとカルネージヴァンパイアクイーンが目を覚ました。
「ん、んん…?」
「あれ…?私…。」
しかしながら乗っ取られた余波…なのだろうか。
会話中に一応回復は済ませたにも関わらず、上体を起こした2体は心ここにあらずと言った感じ。
或いは、模様が抜けても尚残る黒髪と黒目。
その2点が少しばかり影響しているのかも知れない。
「大丈夫?何か体に不具合でもあった?」
「お前ら…凛達に感謝しろよ?そのおかげで今もこうやって無事でいられるんだからな。」
最初の凛はまだしも、主たるイクリプスドラゴンに声を掛けられては夢心地でいられるはずもなく。
「…!皆様、申し訳ございませんでした!」
「私…あの黒いのに(意識を)乗っ取られ、正直ここで終わるものとばかり思ってました…。」
彼らに続く美羽達を少し遠目に、ハッとなったルインヴァンパイアロードが平伏。
同じく土下座状態のカルネージヴァンパイアクイーンが悲しげに呟く。
事情を伺ったところ、まず彼らは敬愛する主が凛達に下るのが納得出来なかったらしい。
故に逆転を狙い、利用する目的で核へ接触。
逆に利用される立場となってしまった。
2体は視界を通じ、何が起こっているか分かってはいた。
尤も、囚われた際に体を乗っ取られ、こちらから手出しは不可能。
意識までもが少しずつ奪われそうになったのだとか。
完全に支配権を強奪される。
又は朔夜達に倒されるかのどちらかだと思った2体。
まさか今もこうして体を自由に動かせる様になるとは思わず、感傷にふけっていたのだそう。
話を終えた2体からは、それまであったギラギラとした野心がすっかり大人しくなり、意気消沈。
下手すると、このまま消え入ってしまうのでは?と思わせる位に凹んだ様子を見せた。
この場に凛達がいたから良かったものを、ルインヴァンパイアロード達が取ったのは非常に危険な行為。
あまりにも浅慮で短絡的、しかも守られっぱなしだった主を傷付けまでした。
それでも、彼らは被害者。
見た目だけでなく思考も幼い部分があり、イクリプスドラゴンが若干不器用な性格のせいで上手く伝わらなかったのは否めない。
「…今、(ナビ越しに)調べてたんだけど。」
突然語り出した凛に、周りからの。
そして沈んでいたルインヴァンパイアロード達の目が向けられ、1人と2体の視線が交差する。
「僕らはあの黒い球…核を何回か相手した事がある。勿論別な場所で、だけど。まぁその切っ掛けと言うか、目の前の核が少し特殊なのが理由にはなるかな。」
厳密には聖都の大聖堂地下墓地。
そこでパーシヴァルが良いように操られていたのを発端、動機とし、経験を積む結果となった。
「「特殊…?」」
「うん。僕と一さん…こことは違う世界に、『蠱毒』って言葉がある。これは同じ環境…今回の場合だと、この洞窟内にいる魔物同士を戦わせ、最後に残った強い者を手駒として乗っ取るつもりでね。」
「…恥ずかしくて今までお前らに言った事がなかったんだが、俺ぁ昔、あの核に襲われかけた事があったんだよ。それでこの部屋は危険だと判断し、隣の部屋でずっと過ごしてたってぇ訳だ。あっちだと、俺に魔物を差し向ける程度しか出来ないみたいだからな。」
凛とイクリプスドラゴンが核を見上げ、釣られる様にして他もそれに倣う。
2体も例に漏れず、真剣な顔付きでそちらを見やり、凛達の話を黙って聞いていた。
自らの失態を暴露するイクリプスドラゴンについてだが、彼はデスドラゴンとして2回目の生を受けてからしばらく。
居心地が良く、落ち着けるからとして核のすぐ近くに腰を据えた。
朧げながらも何となく使えたユニークスキル。
『需要・供給』の内、強くなりたい、生きていたいとの欲望や渇望を元に、相手や周辺から力の源である魔素を吸収する需要。(いずれ加わる配下達には、対の供給で分け与えていた)
及び瀕死状態になると底力を発揮する『生存本能』の効果により生き永らえ、現状にまで上り詰める事が出来た。
しかしある日、充分に育ったと捉えでもしたのだろう。
それまで沈黙を貫いていた核が突如動き、彼を征服せんと毒牙にかけた。
丁度真下の位置でのんびり中だったイクリプスドラゴンからすれば、正に寝耳に水。
完全にオフの状況での襲撃となり、彼なりの全力。
それと(年長者であるストリゴイ達の先輩に当たる)配下数体が自ら犠牲となり、命辛々脱出するに至った。
以後、核への警戒の意味も込め、隣の部屋に居座る様になったイクリプスドラゴン。
そこでだと黒い包帯もどきは射程外らしく、失った魔素や戦力の回復に努めたとの運びに。
「だがよぉ、今になって思うんだ。お前らはあいつが用意した尖兵なんじゃないかってな。」
「僕も同意見です。自分がいるところへ戻って来させるのも、御しやすいよう敢えてプライドが高くしたのもその為なんじゃないかって。」
「「………。」」
「悔しいよね。でも大丈夫。」
「「あ…。」」
凛は辛い顔をし、項垂れる2体の頭頂部にそっと手を置く。
その優しい手付きに左右から声が漏れ、安堵の表情へと変わる。
「経緯はどうあれ、こうして君達を迎え入れる事が出来た。それは僕にとって何よりも嬉しい。」
「だな。」
凛が頭を撫で、イクリプスドラゴンが彼の意見を肯定。
2体はこんな自分でも認めてくれる懐の深さに感銘を受け、小さく体を震わせる。
「怖かったよね…後は僕に任せて。」
凛は2体を抱き寄せ、軽く背中をポンポン。
「一さんのところへ行っておいで」と手を離し、核の少し手前へと向かう。
「元々消す予定ではあったんだけど…こんなに危険な存在だと知った今、みすみす残す訳にはいかなくなった。」
先程までの優しい雰囲気から一転。
少し怒った様子で見上げ、視点の先にいた核が呼応するかの如く黒い光を放出。
数秒後。
光が収まるのに合わせ、核付近にドラゴンタイプのアンデッド3体が出現。
いずれも20メートルを優に超える体躯を誇り、1体が地面に降り立つ。
残る2体は空中で翼をはためかせ、揃って凛を一睨。
4本足で立つ個体が雄叫びを上げれば、他の2体も咆哮。
やる気を漲らせ、一斉に凛へと向かうのだった。
100倍はハンドレッドフォールド等が正解だと思いますが、分かりやすいよう敢えてハンドレッドに縮めてます。




