200話
「あー、楽しかったのじゃー!」
喜色満面の朔夜が歩いて来る。
段蔵はいつも通り彼女の後ろで静かに控え、共に歩みを進める美羽と雫も心做しかツヤツヤしている。
「朔夜、魔物相手にジャイアントスイングするとか結構、いや大分ノリノリだったね…途中、勢いが強過ぎて何回か相手の腕や足がもげてたみたいだけど。」
凛が告げるジャイアントスイングとは、朔夜及び彼女が喚び出した3体の分身による動作の事。
文字通り魔物の━━━厳密にはデスドラゴンやデミリッチ、それとアーマーズアヴェンジャーと言った。
比較的大型に分類されるものの足や手等体の一部を掴み、それぞれご機嫌な様子で振り回した為に起きた災害的なものだ。
朔夜(+分身)が結構な勢いで振り回したせいで時折魔物達が巻き上げられ、その周辺一帯が酷い有様に。
また何度か勢いに負け、武器代わりにされた魔物の手足が取れるなんて事故も発生。
その都度新たに配置した分身体により飛んで行った個体は処理され、また新たな得物をとの流れに。
「うむ。凛の知識を覗いた時から、1度やってみたいと思っておったのじゃ。それと、斯様に心配せずとも魔物以外には行わぬぞ?そんな事で其方に怒られたり、愛想を尽かされて困るのは妾じゃからのぉ。」
「分かってる…それじゃ、先に進もっか。」
「じゃの。」
話し合いを終えた凛達は次の階層へ向け、移動を開始。
しかし少し進んだ辺りでアーウィンとレイラが来ていない事に気付いた凛が、後ろを振り返る。
「? アーウィンさん、レイラさん。お2人共、前へ進みますよ?」
「あ、ああ…すまない、どうやら呆けてしまっていた様だ…レイラ。」
「は、はい。分かりました、すぐに向かいます。」
立ち竦んだままだったアーウィンとレイラは凛の声掛けにより我へ返り、早足で凛達の元へと向かう。
その後、2、3時間近くを費やし、ドネグ湿原の攻略を邁進していく1行。
通路だったり大広間にいる魔物を駆逐し、(量産型属性武器の1つで、光属性に特化した)燦煌の剣を凛から渡されたアーウィンとレイラが、おっかなびっくりだったり涙を浮かべながら対峙→呆気なく勝てた事に白目を向く…なんて場面も。
また道中、聖都の大聖堂にある地下墓所と繋がる亀裂を発見。
先日向こう側から行ったのと同じ、(ギガントタートルから得たスキル)地形操作で隙間を埋め、魔素が流れなくなったのを確認してから再度足を動かす。
やがて凛達は本日1番の大広間へと出る。
物音1つ存在せず、厳かな雰囲気を携えた部屋の中心。
グレーターヴァンパイアが進化し、神輝金級となったヴァンパイアロードとヴァンパイアクイーンが1体ずつ。
同じくグレーターヴァンパイアからの進化で、赤い髪と目が特徴のヴァンパイア。
黒鉄級上位で成人男性の見た目をしたストリゴイと、成人女性の見た目をしたストリゴイカが3体ずつ。
それらの前に控えるとの構図で、ダークネスナイト6体にダークネスマスターアーチャー2体、ダークネスワイズマン1体にダークネスビショップ1体の計10体が立っていた。
160〜180センチ前後のダークネスナイト達の体を形成する骨、及び武具はアダマンタイト製。
また闇属性を帯びているからか、見方によっては少し紺色掛かった黒色をしている。
ヴァンパイアロードやヴァンパイアクイーンは、それまでの銀髪から金髪へと。
ストリゴイとストリゴイカは先程述べた通り、真っ赤な髪色へとそれぞれ変化。
ストリゴイとストリゴイカは、白や黒のタキシードや侍女っぽいものを身に纏った20歳前後の見た目。
それに対し、ワインレッド色をベースとしたスーツタキシードやドレスを着用したヴァンパイアロードとクイーンは、背丈が凛と同じ位かそれ以下と言った感じ。
如何にも良い生まれの少年少女とその従者みたいな風貌となっている。
その彼らの奥で寝そべるは、イクリプスドラゴン。
デスドラゴンが進化したユニーク個体で、骨だけの状態でも漂わせる強者の覇気。
イクリプスドラゴンは全長30メートル以上の巨体を誇り、体を形成する骨はギラギラとした光沢を放つ黒鳶色。
1つ1つが鋭く尖り、指なら指。
掌なら掌…的な感じで、触れた箇所がそのまま切断されてしまうのではと思う位、危ういビジュアル。
そんな彼は一見すると、完全に寛いでいるだけに感じられる。
だが暦とした神輝金級上位の強さを持ち、1団の代表を務める油断のなさが窺える。
約2名程巨大過ぎる魔物を息を呑む者はいたものの、観察を終えたが理由で前方に向かう1行。
「…何の用だ。」
ある程度近付いたところ、相手方の中で最も手前に位置するダークネスナイト━━━ではなく、最奥に鎮座するイクリプスドラゴン。
顔を上げ、こちらを値踏みする視線を伴っての問い掛けに、アーウィンとレイラの体がこれ以上ない位に体を強張らせる。
「お、人の言葉を話せる…と。つまり、貴方も相当長い年月を生きてらっしゃる、そう言う訳ですね。」
ただ、極度の緊張状態にあるのはその2人のみ。
答えた凛を始め、他の面々は意外そうな顔でイクリプスドラゴンに焦点を定める。
「貴様ら!我々の王へ対し、無礼だぞ!頭を垂れろ!」
「ん、断る。」
「其方らの事情なぞ、妾達は与り知らぬからのぅ。従う理由がないのじゃ。」
「おのれぇ…。」
アーウィンとレイラの、『え、無視ですか?見るからにヤバそうな魔物が喋ってますけど無視なんですか?』と言いたげな顔はさて置き。
金髪ミディアムの少年ことヴァンパイアロードが歯を剥き出しにして憤慨するも、おちょくった(?)雫と朔夜はどこ吹く風。
これにより両者が緊迫した空気になる…かと思いきや、当のイクリプスドラゴンが全く意に介しておらず「良い、大丈夫だ」と告げる。
「貴方もってこたぁ、お前さんの知り合いに俺みたく喋る奴がいるんだな?」
「それは妾じゃな。そこな凛より、『朔夜』と言う名前を貰うておる。」
「へぇ、お前さんが…。(強そうだとは思っていたが…まさか名前付きたぁな。凛が誰かまでは分からねぇが、恐らくこの中の誰か。しかも朔夜とやらより確実に上、だろう…こいつぁ参ったね。」
イクリプスドラゴンは圧倒的強者だが、ここドネグ湿原に於いてでの話。
かつて死滅の森最深部にて、最強の内の1体の座を恣にした邪神龍ティアマット━━━朔夜には遠く及ばず、名付けによって更に差が開いている。
そんな彼女を含め、自分より強い気配が6つ。(凛達+ライム)
この時点で既に厄介なのに、それ以上に困らせるは味方であるはずのヴァンパイアロード達。
「王よ!今すぐ我らに戦えとのご指示を!」
「すぐに血祭りに上げてご覧に入れてみせますわ。」
ヴァンパイアロードである金髪の少年が促す様に叫び、同じく金髪を腰まで伸ばした少女ことヴァンパイアクイーン。
幼さを残した容姿とは裏腹に妖艶な笑みを浮かべた彼女が、ファサッと手で髪を靡かせる。
残りのストリゴイ達やダークネスナイト達も指示待ち状態。
彼我の力量差も分からないのに早く戦闘がしたくて仕方がないと見上げる彼らへ、イクリプスドラゴンは頭痛を覚えそうになる。
「馬鹿か、血祭りに上げられるのは反対にお前らの方だ。それでも勝てるとしたら…そうだな、せいぜい後ろにいる2人位だろうよ。」
「ならば私達が!」
「そいつらを倒してみせましょう!」
「あ、ちょ!お前ら!話はまだ終わってねぇだろうが!…くそ、やるしかないのか…?」
イクリプスドラゴンが余計な事を言ってしまったと気付くも、既に遅し。
対象の人物達を倒せ、そう遠回しに命令されたと感じたヴァンパイアクイーンとロードが狂気を孕ませた笑顔で飛び出す。
蝙蝠の羽を生やし、地上スレスレを進む彼らのすぐ後をストリゴイ達が続く。
「「あははははははっ!!」」
右手と左手。
肘から先を赤い剣に変えた少年少女が、それぞれ最も手前にいた人物達へと振り下ろす。
「「おっと。」」
だがその人物達。
凛の玄冬、及び美羽のライトブリンガーにより簡単に弾かれた挙げ句、仕掛けた側であるはずのヴァンパイアロード達の赤い刃にヒビが。
程なくしてパリィィンと割れ、霧散された事で若干青白いながらも綺麗な素肌が露に。
2体は「くっ!?」「やるわね!」等と口にし、一旦距離を取る。
「お前達、行きなさい!」
ヴァンパイアロードはまさか(血液を固めて出来た)自身の刃が砕かれるとは思っていなかったらしく、苦々しい表情へ。
ヴァンパイアクイーンはニヤリと口角を上げ、部下達を使嗾。
彼女の後ろにおり、指示を受けたストリゴイ達が無言で凛達の方へと駆け出す。
そうして生まれた(と本人達は思っている)余裕で、2体はこれからどう動くか考えを巡らせる。
メインはやはりヴァンパイアの種族スキル、『血操術』を如何に上手く使うか。
文字通り血液を操るを特徴としており、最初はただ動かすだけだったソレは進化を重ねる毎に出来る内容が増え、今では凝固・分解・増殖が中心。(どの程度かは魔力の消費量による)
血液はスキル獲得に併せ、空間への出し入れが可能に。
彼らは歳若く、まだあまり貯まってはいないものの、それでも増殖の効果により数十リットルまで増大。
要所要所で小出しにするか、将又勢いに任せるか、或いは意表を突いて…と没頭していく。
「お、ならば妾が…。」
話は戻り、ストリゴイ達へ。
目標を先頭にいる凛と美羽から次点へ移し、美羽の斜め後ろにいた朔夜がウキウキしながら応えようとする。
「朔夜はさっき充分に暴れた。」
しかし同じラインにいた雫がインターセプト。
ぐぬ…と唸る朔夜を他所に、相変わらずの半目で「だから…」と言いながら前進。
数歩進んだ辺りで立ち止まる。
『小さいのを含め、私が纏めて相手をしてあげる。』
刹那、突如として姿を見せるは複数の雫。
実際は幻影魔法を用いた4体の分身で、ヴァンパイアロード達の右斜め後方、左前方と後方、後方上から聞こえる、5つの声。
これにストリゴイ達(+アーウィンとレイラも)は目を見張り、その場で急ブレーキ。
最寄りの雫、若しくは分身体を注視する。
「貴様!聞こえたぞ!小さいとは僕達の事か!」
「と言うか、あんたの方が小さいじゃない!」
『ふっ。』
「「コロス!!」」
しかしヴァンパイアロードとクイーンだけは例外。
完全に馬鹿にされたとして思案どころではなくなり、指を差す等して憤慨。
返って来た複数の雫による嘲笑で我慢の限界を超え、真っ直ぐ彼女の元へと突っ走る。
唐突に始まった雫達VSヴァンパイアロード&クイーンとの戦い。
ヴァンパイアロードとクイーンは両腕に施した赤い刃をメインに。
棒状だったり鎌、斧、太く長い槍に形を変え、固めた血液による複数同時。
対する雫は右手に持つカドゥケウスで迎撃。
複数同時に展開した水や氷魔法で2体の猛攻を凌ぎ、逸らし、相殺、逆に食い破ってダメージを与えるとの光景も。
分身はストリゴイ達を警戒してのもので、軽く撃ち合っても参加する気配は見られないのを一瞥。
「(分身が)消えただと?何だ、所詮そんなものか。」
「私達を相手にあんた1人で務まる訳がないものね。」
「ん。元々、分身は牽制に使うだけのつもりだった。と言うか、貴方達程度なら私1人でも全然余裕。」
充分だと判断した雫は全ての分身を解除。
本人だけとなった事でヴァンパイアロード達が余裕を取り戻すも、放たれた安い挑発に乗る始末。
「何ー!!」「何ですってー!!」と叫び、再度雫へ突撃して行った。
それを見たイクリプスドラゴンが嘆息(している風に見えた)。
肩を落とし、テクテクと歩く凛(+他のメンバー)に「気苦労が絶えないみたいですね」と声を掛けられる。
「分かってくれるか…それと、うちのやつがすまねぇな。」
「いえいえ。こちらこそ雫がすみません。貴方に敵意がないと分かったからわざとああしたのでしょうが…。」
「見る奴が見れば、実戦経験がないのはバレバレだしな。あいつらは俺の気まぐれで拾い、今の強さにまで育てたんだが…生まれてまだそう経たない内にあの姿になっちまってな。
元々才能はあったんたんだろう…だがその弊害っつーか、それなりに古いこいつらよりも立ち位置が上になったせいで、変な自信を持っちまったみたいでよ。一応俺の為とか言っちゃあいるが、要は自分の力を相手に見せたいだけなのがな…。」
「…なんだか、昔の妾を見てるみたいで恥ずかしいのじゃ。」
イクリプスドラゴンの説明に、何か思うところがあったのだろう。
「なぁ、…!」
急にモジモジしだした朔夜に、イクリプスドラゴンがそう言えばと口を開こうとした瞬間。
宙に浮く雫にとんでもない量の魔力が集まるのを察知。
彼が雫に視線を移し、凛達もそちらへ集中する。
「面倒だし、テストしてあげる…ハルシネイション」
その直後、雫はオリジナルスペル『ハルシネイション』を行使。
オーロラを思わせる空間が、ヴァンパイアロード達の周りへ即時展開。
ただ、その幻想的な世界は本来存在し得ず、半ば無理矢理創り出したもの━━━つまり時限付き。
「どうなっている!?」「何が起こったの!?」と困惑する彼らへ押し迫り、最後は空間ごと閉じてしまうのだった。
祝200話!
今話に併せ、約10ヶ月ぶりにステラの日常の方もアップしてますw
https://ncode.syosetu.com/n4688ip/




