196話
「止めないで凛。勉裁けない。」
人だかりの中心地に到着した凛が見たのは、右手で「ひぃぃぃ」と喚く勉の胸倉を掴み、持ち上げる雫の姿。
彼女を宥めようとし、返って来た言葉がそれだった。
「裁くって物騒な…。」
「ん。」
見るからに不機嫌そうな雫の視線で促され、テーブルを見てみれば、沢山のイラストが。
その中の1つ、最も手前にある用紙に写っていたのは凛…っぽい外見の少女。
あざといポーズで横になり、唯一着用しているシャツの上半分が開け、肩口から胸元までを露出させているとの但し書き付きで。
「え…コレ、もしかして僕?」
手に取った紙をマジマジと見る凛。
彼が確認すると同時に配下達が顔を赤くしたり、キャーキャーと騒ぎ立てる様子から察するに、どうやらこのイラストが先程注視された原因らしい。
後ろから「あー、あーやっちゃってるねぇ…」「ふむ、悪くないの」「こ、これは…凛様、いけません」との声が届けられた気もするが、聞かなかった事にした。
「さぁ吐く。私の凛をあんな裏山けしか…巫山戯た内容で描くよう指示したのは━━━」
「キャシー殿!キャシー殿でござる!!」
しれっと凛を自分の所有物だと宣う雫はさて置き。
勉の叫びの通り、これらのイラスト画はキャシーの指示によるもの。
しかも嫌がる彼に強要して、との形で。
犯人が分かるや否や、当人はダッシュで逃走。
それもマジ顔で。
しかし(失礼な言い方だが)キャシー程度が、雫から逃げ果せるはずもなく…
「残念。神からは逃げられない。」
速攻で捕まり、そのままどこかへと連れ去られて行った。
ついでに「ふふふ…」と笑う美羽も便乗して。
5分後
「毎回完売する程でしたか。それは凄いですね。」
「恥ずかしながら…。」
凛の口から出た称賛の言葉に、勉が照れ顔を浮かべる。
因みに美羽と雫も戻って来ており、近くにボロ雑巾と化したキャシーも転がっていたが普通にスルー。
あれから勉を落ち着かせ、事情を尋ねたところ、彼のメインの職業は漫画家。
それも普通に生活が成り立つだけの技量を持つ位には有名との事。
コンビニのバイトを熟しつつ、空いた時間で制作。
その中身は所謂薄い本…つまり大人向けの作品で、ちまちまと作ってはコミケ等で販売。
ありがたい事でファンがそれなりにおり、完売しているのだとか。
「まさか勉さんがまっ☆つん先生だったなんて…。」
恐らくファンの1人なのだろう。
昼食の為に訓練から戻った光輝がそう漏らした。
まっ☆つんとは勉のペンネームで、光輝曰く売れっ子作家の1人なのだそう。
それを何故光輝が知っているのかとの話に移り━━━
「まさかとは思うけど…光輝君?」
「あ〜、やらしいんだ〜?」
「いやいや違いますよ!?友人!友人情報です!!」
「でも光輝君って19歳だったわよね。」
「歳上の友人ですから!?」
「「ホントに〜?」」
「ちょ、ホント!ホントですって!!」
「「怪しいなぁ〜。」」
理彩&莉緒姉妹に詰め寄られ、タジタジになっていた。
友人の兄経由で得た知識の為、強ち嘘とも言えないのが実情。
しかしそれを告げたところで藪蛇になると本人も分かっており、ジリジリと壁方面へと追いやられながらも、どうにか誤魔化せる策はないかと頭を働かせる。
「それで、どうしてイラストを描くとの流れに?」
「あ、そうでござったな。」
そんな彼らを眺めていた勉が視線を切り、正面に座る凛の方へと顔を向ける。
発端と言うか、話は朝食後の訓練を終えた時にまで戻る。
同じ召喚組である光輝は自分も頑張らねばと再び鍛錬へ。
次に八月朔日家姉妹。
特に姉の方が、ホズミ商会なのに立ち上げた凛が名誉職で間接的にしか携わっていないと知り、憤慨。
その場で凛を正座させ、説教するとの流れに。
それが済んでからは姉理彩はホズミ商会本部へ。
(ホズミ商会に関する説明中、説教中問わず「にゃははー」と笑い続けた)妹莉緒は化粧品部門へそれぞれ向かって行った。
当然、強制正座させた凛は放置との形で。
そして勉は━━━宛てがわれた自室に戻り、ひたすらイラストを描いていた。
彼とて男の子。
魔法に対し、強い憧れがある。
なので昨日は光輝と共に教育係へ教えを乞い、魔法の習熟に努めた。
召喚された当日、自分に高い魔法適性があると分かった瞬間、密かに心躍らせた勉。
実践する機会がようやく訪れて嬉しく思い、成長していく様が実感出来るのは楽しく、本来であれば今日も…となるはずが、静に襲われ、精神がズタボロに。
幸い、服用させられたのが後遺症等が残らない強壮剤だったおかげで体力的には元気。
ただとても体を動かす気になれず、またストレス発散も兼ねて趣味の描画に勤しんだ。
「勉ーーー…って何にゃこにゃーーーーー!?」
そこへノックもなしに入るキャシー。
真っ直ぐ勉の元へ向かい、手当たり次第に立ち絵姿のイラスト画を掴んでは見比べていく。
「あ、あちしにゃ!」
そして件のネコミミ少女が描かれたイラストで動きが止まる。
勉は人外、それも猫の獣人が好み。
更に加えれば自分が陰キャ寄りであるとの自覚から、お日様みたいに温かく、天真爛漫な性格だと尚良い。
そんな彼の前にピンポイントの子が現れた、ステラだ。
まんま日本人の顔立ちなので黒髪が映え、向日葵の様な眩しい笑顔に、僕っ子な事も勉にとって◎。
それでいて凛の配下の中で最強のネコミミ━━━否、最強の獣人。
転生者故にスペックが高く、同じく転生者だからか馬も合う。
元男性であるのを差し引いても十二分に魅力的だ。
ただ、ステラはアレックスの大事な大事な幼馴染み。
それを知ってヒュンッとなったのは悲しい思い出。
ともあれ、件のイラストは彼女をベースにした作品なのだが、何をどう解釈したのかキャシーが勘違い。
訂正しようにも彼女は感情の起伏が激しい=ヘソを曲げた時が面倒との理由から、敢えてそのままに。
そこからはキャシーの希望により、次々とキャラクターを描かせられるとの貧乏くじを引かされた勉。
ドアが開けっ放しだった事で入口付近に野次馬が集まり、やがて収まり切らなくなったのでリビングへ。
降りてからは凛の扇情的なイラストだったり、彼に関してだけ複数のパターンを書かされたりもした。
ストレス発散のつもりが、却ってストレスを溜める結果となった勉。
こんな事になるのなら、最初から描かなければ良かった…なんて思った頃に登場した凛。
彼の存在、並びにイラストの要望(と言う名の強制に近い行動)の禁止は、正に渡りに船。
涙を流し、自身の両手で彼の右手を握り、ブンブンと腕を上下に振って感謝を述べられた。
午後3時
「お前らぁーーー、なんったるっザマだ!!そんなんでよくもまぁ騎士なんてものを名乗れたなぁ!恥ずかしいとは思わんのか!!」
鎧を纏い、盛大に眉を顰めたパーシヴァルが地面に剣を突き立てる。
場所は女神騎士団本部、中庭にある修練場。
死屍累々とばかりに騎士達の山がいくつも積まれ、或いは地面に倒れ伏している。
女神騎士団長のアーウィンと副団長のレイラは満身創痍な様子で座り込んでおり、2本足で立っているのはパーシヴァルのみ━━━
「「「ひぃーーーー!」」」
「ほらほらー、キチンと走らないと危ないですよーーー♪」
ではなく、老人達。
もといバルサー、エリック、ルスコーの枢機卿3名がひた走り、彼らを追い立てる様にすぐ後ろを光る球が着弾していく。
光る球の数々を撃ち出すのは、満面の笑みを浮かべるパーシヴァルの妹ルイズ。
当たると弱いスタンガン並の痛みと痺れが襲う仕様となっており、それを喰らいたくないが為にバルサー達は必死に逃げるとの構図だ。
先程述べた災厄とはこの事。
神聖国のこれからを憂いた凛が、導くのに適した人材がいないかをタマモに尋ね、パーシヴァルらを確保した結果とも。(彼らを尋ねたのはこれが理由)
午後1時から修練を開始し、騎士達は真剣。
対するパーシヴァルは模擬戦用の剣で悉くを薙ぎ倒し、今に至る。
バルサー達が無理矢理参加させられたのはつい30分程前で、名目上は監督不行き届き。
つまりは上司責任で罰せられたとの形だ。
「はぁはぁ…な、何故儂がこんな目に…あっ。」
高齢なのに加え、碌に運動もしていなかったバルサーの足が縺れ、転倒。
彼の背中に光の球が着弾し、思いっ切り悲鳴を上げる。
それを皮切りに残る2人も体力が尽き、同様に絶叫した。
「お前らもああなりたくなかったらさっさと立て!それとも無理矢理立たせてやろうか!!ああ!?」
パーシヴァルの凄まじい剣幕に騎士達が一斉に飛び起き、破れかぶれで突っ込んで行く。
「そうだ、それで良い。何をするにもまず必要なのは体力。それを俺手ずから、それも徹底的に鍛えてやろう!実に楽しみだ…ハッ、ハハッ、ハーーーハッハッハッハァー!!」
良く言えば豪快。
それ以外の表現だと悪役そのものな笑い方をパーシヴァルがした後、彼を中心に巻き起こるは旋風。
近くにいた騎士達は吹き飛ばされ、空中・地上問わず高速移動により繰り出された1撃で再び轟沈。
頼みの綱である騎士団長始め、栄光騎士も1分持たずに蹴散らされた。
「ば…化け物…。」
常軌を逸した光景に、バルサーの口からその言葉が漏れ出た。
「ああん?」とパーシヴァルが声のした方を見やれば「ひっ」と体を強張らせ、彼だけでなくエリックやルスコーも青褪めた顔をしている。
「化け物とは俺の事か?俺程度が?はっ、知らない間に随分とヌルい時代になったもんだ。今日は初日だからと優しくしたが…失敗だったみたいだな。」
やれやれと肩を竦めるパーシヴァルに、「これで?」と言わんばかりの視線が向けられる。
「…まぁ良いか。お前ら、そこに突っ立ってるってこたぁ、体力が有り余ってんだろ?なら、こいつらが回復するまで付き合え。」
「あ…いや…違…。」
バルサーが否定しようとするも既に遅し。
パーシヴァルが伸ばした腕から逃げない訳にはいかず、すぐに彼らの悲鳴が場内へ木霊するのだった。




