195話
その頃、サルーンはと言うと
「父さん、今の動きどうでしたか!?」
「助言をお願いします、父上!」
数体のゴブリンを前に、ガイウスが自身の息子。
ウォードとダレルから期待の籠もった目を向けられていた。
場所は低級者向けのダンジョン。
冒険者の装いをした2人、それと冒険者ギルドマスターであるゴーガンを伴って向かったのがつい先程の話。
妻スザンナは数日前から息子達そっちのけで地下鉄を用い、クリアフォレスト〜商国首都エクバハ間を行き来。
ガイウスからせび…頂いた資金を元に遊び回っている。
その資金は子供達の養育費が名目ではあったのだが、渡すや否やその場で盛大に高笑い。
ウォードとダレルを押し付け、颯爽と走り去ってしまう。
後にはガイウスの「養育費とは…?」との呟きだけが残され、息子2人はかなり居た堪れなさそうにしていた。
しかしながら、悪い事ばかりではない。
不意とは言え、ガイウスはこうして息子達と接する機会を得られたのだから。
冒険者だった頃はスザンナが教育を一手に担い、顔を会わせるのは朝晩の食事の時位。
離婚してからは余裕がないのも重なり、気付けば結構な年月が過ぎてしまった。
ウォード兄弟は空白だった時間を埋める様にして父ガイウスと寝食を共にし、朝食の際もそれは然り。
アンジェ姉様とリズ姉様(本人達からそう呼ぶよう指示)とは別の豪華な顔触れに圧倒され、極度の緊張から折角の美味しいはずの食事も全然味を感じなかったのは記憶に新しい。
尤も、解散した後にあのグループとタメ張れる父スゲーと尊敬され、褒められた本人は少しだけはにかんだりもしたが。
屋敷の執務室でガイウスが仕事する傍ら、凛の計らいで教育係を講師に招き、勉強を見て貰う。
自らサルーンを案内しつつ、王都からダンジョンを研究させろとやって来た学者達が無理矢理追い出される場面を。
同様に、病院や治療所でも薬師ギルド員と思われる者達が、捨てゼリフを吐いてその場を後にする…なんて光景を目の当たりにした事も。
ウォード兄弟はそれらに少しだけビックリはしたものの、普段自分達が暮らす王都より1つ1つの質が高く、洗練され、使い勝手が良い。
それでいて物価が安く、活気に溢れるサルーンに移り住みたいと思った。
思ってしまった。
だがそれは叶わぬ夢。
かつて父親と決別した際。
いくら幼く、唐突過ぎる出来事だったとは言え、もっと深く考えるべきとの考えが頭を過ったからだ。
父は仕事で数日家を空けるとのケースがたまにあり、当時もその位の感覚で捉えてしまった。
母親に促されるまま「父様、さようなら」と告げ、視界に映るは父の非常に悲しそうな顔に後ろ姿。
それは今も尚、脳裏に強く焼き付いている。
母の堪え性のない性格。
加えて実家の商会が傾きそうとの理由で再び相見える事となったが、今生の別れだった可能性も十二分にあった。
聞けば祖父と叔父に当たる人物が悪漢に殺され、街も結構な被害を受けたのだとか。
サルーンは死滅の森に程近い場所にあり、魔物による危険性及び復興の妨げがないとも言い切れない。
様子を窺おうにも王都からはかなりの距離があり、また商会を継ぐべくずっと勉強を強いられ、動けずにいた。
父親へ会いに行きたいと何回か申し出たりもしたが、全て却下。
いずれも一顧だにせず、切り捨てて終わるだけ。
その度に落ち込み、悔しい想いを抱いたのだそう。
それがサルーンに訪れてからは一変。
母親と言うワンクッションを挟みはするものの、初めて体験する贅沢の数々。
父は勿論、彼の未来の妻(の予定)の2人も優しくしてくれる。
対面する毎に綺麗、と言うか少しずつ若返っている気もするが…恐らく勘違いだろう。(※最近は毎日1個のアンブロシアをシェアしているので、本当は合っています)
なので母親には悪いが、王都にいた時より充実した日々を過ごせるまでに。
毎日が楽しくて仕方がないらしく、その後も頻りに父親へ甘え、ガイウスも笑顔で応える。
そんな父子水入らずの時間を過ごしていく。
同刻、神聖国の大聖堂にて
「もう我慢ならん、やってられるか!」
バルサー枢機卿が羽ペンをへし折り、机の上にあった(ホズミ商会によって齎された)紙の書類を撒き散らす。
「はぁ…はぁ…。」
「気は済んだか?バルサー卿。」
「怒るのは勝手だが、我々を巻き込まないで欲しいのだ。」
息を荒げる彼に突き付けられるは、冷たい言葉。
それも視線すらくれず、書類作業をしながら放つ同僚2人のものだった。
「貴様ら…こうも良いように使われて悔しくないのか!?」
「無論悔しいとも。」
「あともう少し、と言うところで引っ繰り返された訳だからな。」
「ならば何故━━━」
「死にたくないからに決まっておろう。」
何を今更?とばかりにルスコーが顔を上げる。
「一時囚われの身となった執行人達が戻って来た時の事は?」
「忘れるものか。であればこそ、反撃に打って出るべきだ。」
「弑されてでもか?」
「何?」
「貴殿は『すっかり牙を抜かれおってからに』と言ってさっさと席を外したが…アレには続きがあったのだよ。」
残るエリックも会話に参加。
しかし何か躊躇っているらしく、ルスコーと目配せするのみ。
勿体振る彼をバルサーが「早く話せ」とせっつく。
「…『終わりのない地獄』を見たらしい。」
「終わりのない地獄、何だそれは?」
「分からぬ。いくら問い質そうが、返って来るのは彼奴らの不興は買いたくない。2度と同じ目に遭うのは御免との返答のみ。それ以上は話してくれなんだ。」
「………。」
「仲間内にも広めているらしくてな。『全力で抵抗させて頂きます』とまで宣告された程だ。」
「儂らとて命は惜しい。どうしてもと言うのであれば1人でやれ。ただ、重ねて言うが決して巻き込むでないぞ。」
「拷問に慣れた執行人が拒否する、終わりのない地獄。そこまで言わしめた内容に多少興味はある…が、下手に突いたせいで身を滅ぼした、なんて結果になってみろ。やるやらない云々以前に、考える気すら起きんよ。」
話は終わりとばかりに、2人は作業を再開。
後に全員がとんでもない災難に見舞われるとも知らず、バルサーだけがやるせなさそうにしていた。
正午前、屋敷のリビングでは
「あれ?」
美羽達を連れて戻った凛が、謎の人だかりに目を奪われる。
彼を含めた1行の中には、見慣れぬ顔が2つ。
金色の短髪の青年に、同じく金髪を背中まで伸ばした女性。
言わずもがな、先刻仲間にしたばかりのパーシヴァル&ルイズ兄妹だ。
凛達の協力により、(血色等を含め)生前の姿を取り戻した2人。
詳らかにすれば、ルイズの面自体はタマモが以前いた寝所で割れてはいる。
しかしその頃の彼女は血色が悪く、覇気は皆無。
今みたく「何々〜?」と覗き込む様子から察するに、別人と述べて差し支えないかと思われる。
「あ、凛にゃ!」
人だかりの中心付近にいた人物━━━猫人のキャシーが凛の存在に気付く。
それを発端に周りの視線も一斉にそちらへ動き、内何割かが顔を赤くして逸らすのだが、本人は理由がさっぱり。
目をパチクリし、「ん?」と首を傾げるしかなかった。
「見て見てにゃ〜、コレあちしなのにゃ!」
そう言って駆け寄り、見せたのは1枚の白い紙。
鉛筆(若しくはシャープペンシル)で描かれた、ネコミミと尻尾の生えた女の子のラフ画だった。
「そっくりにゃ!」
と自信満々に宣う彼女が持つ紙に描写される少女は、確かに身長的には同等位だろう。
明るそうな雰囲気も似ているものの、胸に関しては絵の方が大きい。
また、膝丈位の長さで表されたメイドは10代後半か、下手すると10代半ばと思しき少女。
故に、同じと言い張るには若干…いや大分無理が生じる。
「流石に10近くはサバ読み過ぎ」と言わんばかりの白い目がキャシーの背中にグサグサ突き刺さる。
しかし当人は凛に意識を全振り。
全く気付く素振りを見せないどころか、思いっ切り談笑しながら凛の肩をバシバシと叩く強メンタルっぷりを披露していた。
「可愛い絵だね。これはキャシーが?」
「あちしに書ける訳ないにゃー。勉にゃ、勉が書いてくれたんだにゃ!」
「勉さんが?そう言えば絵を描く仕事に就いているんだっけ。」
「にゃ!頼んだら皆の分を書いてくれたにゃ。勿論凛のもあるのにゃ!」
「何が勿論なのか分からないんだけど…。」
凛は微苦笑を浮かべるも、キャシーは鼻息荒くして顔を近付けるだけ。
聞き入れる気は皆無で、自身と凛を含めた5枚のラフ画をババンと広げてみせた。
「あっ、これボクかな?」
「妾に近いのもあるのぅ。」
「こちらは私…でしょうか?」
残る3枚は長いツインテール少女に、和服の装いをした女性が2人。
後者は片方の両瞳が盾に長い…つまり爬虫類を模したもの。
それらの情報を元に、美羽、朔夜、紅葉がそれぞれ反応を示す。
「…私のがない。ちょっと文句言って来る。」
眉を顰め、不満を露にした雫が人混みを掻き分けて行く。
「ん?文句にゃ?」
キャシーが持つ紙は5枚の為、彼女だけでなくシエルにクロエ。
それとタマモ達のもと言う事になるのだが、雫的には関係ないらしい。
すぐに「い、いきなり何でござる!?ぎゃー!!」との悲鳴が届けられ、凛達は顔を見合わせる。
「勉さんが可哀想だし、僕らも行こっか。」
苦笑いを浮かべる凛に皆が仕方ないなぁと頷き、揃って足を進めるのだった。




