190話
「ぎゃあああああああああああああああああ!!」
先程とは打って変わり、盛大に絶叫するタマモ。
以後、彼女は結界内でのたうち回り、余裕がまるで感じられない。
誰の目からも、明らかに弱まっていくであろう様子が見て取れた。
「おのれ、賊共が!」
「御館様をお救いしろ!」
任務の為に建物の外におり、無事だった狐宵裏隊メンバー。
黒装束+白い狐面を着用した者達が、次々とタマモの寝所へ押し寄せて来る。
「タマモ様!」
「「「今お傍に!」」」
タマモの危機を察知し、無理矢理脱出。
及び壁を破壊しての登場のアメリに、復活した4コマ…もとい四狐魔も合流。
「やらせるかよ。」
「ん。相手する。」
「はいです!」
「はいなのー。」
火燐や雫、それにミラ&エラ姉妹が彼ら彼女らと相対。
他の面々は残り、凛と共にゆっくりとした足取りでタマモの元へ向かう。
「エルマ殿にイルマ殿、だったか。貴殿らは一切戦闘に参加していない様だが…良かったのか?」
女神騎士団本部、バルサーの反乱、そして今回と。
アーウィンが見る限り2人は1度も戦いに参加していない為、不思議に思ったのだろう。
凛達は戦闘好きの集まりだと認識している意味も重ね、尋ねてみるも、エルマから返って来たのは「あー」と若干気まずげな反応だった。
「何言ってるんだと思うかもですけど。あたし、戦闘行為そのものがあんまり好きじゃないんですよ。」
「私も…。」
「天使族であらせられるから、が理由なのだろうか。ともあれ神国としても、私個人としても大いに安堵したと伝えておこう。」
「ど、どうも?」
「ありがとうございます…。」
彼らの後ろでジークフリートが「僕は別に戦いが嫌いと言う訳ではないぞ?」と宣っていたが、まるっと無視。
むしろ美羽から「しっ、ジー君余計な事言わないの。エルマちゃん達の評価が落ちても良いの?」と窘められ、「す、すまない…」と謝ってすらいた。
因みにもう1人の天使ことミラは魔法で相手を吹き飛ばし、エラは「うつべし、うつべしなのん」とか言いながら高速ラッシュをお見舞い。
2人に注目が集まった事で同じ天使(エラは妖精女王の為違うが)でこうも違うのかとの顔をされ、再度彼女らは元妖精だった旨を説明。
微妙な反応を示しつつ、そんなものかと一応納得はして貰えた。
「む、無念…朕の悲願が…民の希望が…口惜しや…。」
やがて、マカハドマ発動終了と同時に結界も失効。
併せてタマモが倒れ込み、片息ながら不満を漏らす。
彼女の優雅で煌びやかな黄金色の長い体毛は見るも無惨に焼け爛れ、四肢の内の3つ。
加えて顔を含めた体のあちこちが凍結、又は焼失する形で損失しているのが見受けられた。
「民の希望?」
「この国の…惨状は知っておろう…?近々刷新を図るつもりでおった…。」
気に入らない、自分達にとって障害となり得る者に対しては容赦がないが、相手が自国の民草だと話は別。
何かしらで理由を付けては施しを与え、それが元で高い支持率を誇り、枢機卿の中ではダントツの人気だったりする。
名を変え、見た目を変え、独自のシステムとの名目で代々枢機卿を引き継ぎ、女神教内でも一目置かれる。
若しくはアンタッチャブルな存在としてこれまでやって来た。
ついでに、何回目かの上層部入れ換えも行う予定でもあったらしい。
「そうでしたか。ですが貴方方はやり方を間違えた。地位も権力もあるのですから、教え導く━━━」
「無論、やったとも…やらぬ訳がなかろう…やった結果がこの様じゃ…全く以て、嘆かわしい…。」
「貴方は…。」
「タマモ。」
「え?」
「タマモと呼んでおくれ…其方は、異世界人なのであろ…。」
「と言う事は…。」
「朕の恩師が異世界人じゃった…しかし…教会の陰謀に巻き込まれての…。」
「成程、それで…。」
「間違いであるとは分かっとった…しかし、今更変える事なぞ出来ぬでの…。」
タマモが力なく笑う。
「もう十分じゃ。後は其方に託す…。」
「…不器用ですね。」
「恩師が不器用な性格での…どうやら移ってしまったらしい…。」
フフッと自嘲する彼女を、凛が何とも言えない顔で眺める。
「…!タマモ様!おのれ、いい加減そこを…ふべっ!」
「えぐり込む様にしてうつべし、なのん。」
いよいよ不味い状況だと理解したアメリが掻い潜ろうとするも、失敗。
仕掛けたであろう人物━━━エラはアメリをノックダウンさせた後、空中にいながらにして実にキレの良いシャドーボクシングを披露してみせた。
「うつべしです!」
それに感化された姉ことミラ。
彼女はバックラーによるシールドバッシュで2、3人を同時に吹き飛ばし、
「拳も存外悪くないものじゃの。」
少し離れた場所にいる朔夜が、コークスクリューで同じく3人まとめて殴り飛ばす。
目を光らせた火燐や雫も彼女らに倣って相手方を殴り始め、悲鳴と破砕音を室内に轟かせる。
「何とも賑やかよのぉ…じゃが、悪くない…これも一興か…。」
片や(火燐達の)笑い声、片や(狐宵裏隊の)泣き喚く声と。
ベクトルこそ違うものの、楽しそうだとタマモは判断。
狐宵裏隊は良く言えば上意下達。
悪く言えばタマモや四狐魔の指示や命令に粛々と従うばかり、そこに個人の意志はない。
言われた事を淡々と熟す機械と化し、身内であるはずの四狐魔ですらも自らを崇め、諂うばかり。
近くにいるのに心の距離が遠い、そんな日が長きに渡って続いた。
しかし今は違う。
必死に自分を求め、「ぎゃー!」なんて涙目になりながらも立ち向かってくれる。
なんだ、自分はしっかりと慕われ、愛されているではないか
そう思った彼女は嬉しくなり、再び優しい笑みに。
「そろそろ時間の様じゃ…結果としては最悪じゃが…最期にしては最良であったのではないかのぅ…。」
続けて、彼女は目をトロンとさせ、
「其方に感謝を…タダヒコよ…今、主、の、も…と……に………………。」
凛、それとこちらへ必死に手を伸ばそうとするアメリ達に1度焦点を当て、静かに目を閉じた。
「…どうしてこうなったかのぅ…。」
タマモが独り言ちる。
『現在』の彼女は、50センチ位にデフォルメされた九尾の狐の状態。
空中にいながらにして立ち上がり、考える素振りを見せる。
「それだけ貴方が慕われてるって表れですよ。諦めて下さい。」
あれから数刻が経ち、凛の屋敷のダイニングへと場所を移していた。
故に当然と言うか、あっちにふら〜。
こっちにふら〜の後、ふよふよと漂う彼女に話し掛けるのは彼。
「しかしじゃのぅ…」と尚も言い募るタマモへ対し、凛はニコニコとするだけ。
その後熟々と不満を述べられるも、彼の鉄壁の笑顔の前では無意味に終わった。
タマモはあの時確かに『死亡した』。
それに伴い、アメリ達の戦意は喪失。
次々に武器を手放し、中には崩れ落ちる者まで出る始末。
そこからの行動は早く、自分達の身はどうなっても良い。
タマモの遺体を引き取らせては貰えないかと懇願されるも…これを凛は拒否。
一部が号泣し、残りの大半は「酷い」「血も涙もないのか」「御館様、力及ばず申し訳ありません…」的な感じで非難の数々を凛にぶつける。
「タマモさんを蘇らせる手段がある…としたらどうします?」
だが返って来た返答によりピタリと止み、先程よりも期待の籠もった言葉を彼に投げ掛ける。
「リ・バース。」
やがて凛が行使したのは、創造魔法リ・バース。
発動と共にタマモの体が持ち上がったかと思えば徐々に小さくなり、マスコットサイズにまでなったところで停止。
パチリと目を開け、不思議がる彼女にまずアメリが抱き着く。
これにタマモが混乱するも、関係ないとばかりに狐宵裏隊が殺到。
奮闘虚しくもみくちゃにされ、全員から感謝の意を伝えられて今に至る。
「難しく考えずとも良い。主は凛と出会い、救われた。それが全てじゃ。」
そこへ、1人の人物が。
「其方は?」
「儂は久遠。獣国北西にある霧の里と言う場所に住む者じゃ。」
人物の正体は、ロリ狐人こと久遠。
「霧の里…聞かぬ名じゃな」と首を傾げるタマモへ、したり顔で頷いてみせる。
「普段は侵入防止の霧で部外者は入れぬ様にしておるからのぅ…して、タマモ殿とやら。主が『そう』じゃったのか。」
話しながら、久遠は凛へ視線を移し、首肯で返された。
「『そう』?この姿の事かの?」
「合ってはいるが違う。いや、合っていたと言うべきなのやも知れぬな。」
「???…すまぬが、分かる様に話しては貰えぬだろうか。」
「あいや失礼、儂とした事が浮かれておったわ。」
困惑するタマモに、久遠が後頭部に手をやりながら軽く頭を下げる。
ここにいるのは久遠だけではない。
ロリエルフの永遠に、酒呑童子の千代女、霧神龍朧の雨霧、大獄丸の一鉄、彼らの親代わりである徳臣の姿も。
千代女に一鉄。
つまり酒呑童子、大獄丸に並ぶとされる大妖怪━━━白面金毛九尾の狐。
久遠は長きに渡って(密かに)探し、見付からずに半ば断念していた存在だ。
しかし凛と会った事で再び再燃。
実は裏側で「情報を得たらお知らせしますよ」「絶対じゃ!絶対じゃからな!!」なんてやり取りが行われ、こうして相見える形に。
そう、久遠が求めて止まなかった白面金毛九尾の狐。
それがタマモの正体だった。
彼女は久遠達より少し歳上で、御年888歳。
進化の際、炎と光の適性が大きく上がる『灼耀』スキルを獲得。
先程のブレスに含まれた光属性はこれのせい。
9つと言わず、魔力の許す限り分身体(ただし人を象った白い炎)が生み出せたりもする強力なスキルだ。
話は久遠が告げた、合っていたとの件へ。
彼女が言う通り、今のタマモは白面金毛九尾の狐ではない。
これは凛がリ・バースを使用時に施した、彼女への罰。
即ち半分以下にまで身体能力を落とし、その事が影響して順位が繰り上がり、別な者。
タマモに次ぐ実力を持つ久遠━━━
「あたしが1番上か…何だか落ち着かないな。」
ではなく、凛を守護する女性の集まりであるワルキューレ隊。
兼、狐人を取りまとめる立場にいる篝が白面金毛九尾の狐に進化していた。
凛がリ・バース使用と同時期に倒れ、ディレイルームで目を覚ますや否や、ナビから報告を受ける。
寝耳に水とばかりに驚き、その場で慌てふためくのだが…すぐに停止。
腰位まで伸びた髪に気付いてハッとなり、心做しか艶が増し、スタイルが良くなった感じがしたからだ。
急いで(部屋に設置してある)鏡へと向かい、様々な角度で体の変化を確認。
「うん…これも成長?と言うよりは進化の影響…なのだろうな。実際、胸がキツく…うん?」
篝は成長し、20歳位の見た目に。
それに伴ってバストも大きくなり、下から両手で持ち上げたタイミングで人の気配が。
「成長…進化の影響じゃと?儂には一切成長の兆しは訪れぬと言うに…何故…どうして…。」
気配は久遠だった。
徳臣を通じて篝が倒れたと聞き、赴いてみれば、目の前にはやたら色っぽくなった篝の姿が。
衝撃の事実に思考が追い付かず、後ろにコテンと倒れてる事態にまで発展。
篝は急いで彼女を抱き抱え、つい先程まで自分が休んでいたベッドへと運ぶ。
数十分後に久遠が起きてからは根掘り葉掘り事情を尋ねられ、大層羨ましがられたとか何とか。
そんな彼女に狐人代表2人が向かい、割とすぐ打ち解ける仲に。
アメリやサムを含めた他の狐人も混ざり、次に火燐や藍火を始めとする炎を得意とする者。
最後は関係なく皆が輪の中へ入り、談笑に包まれながらこの日を終えるのだった。




