182話
「数日どころか、わずか数時間で聖都に着いてしまった。これが神の御業か…。」
話は戻り、高台に聳え立つ白亜の大聖堂こと女神教総本山。
かの巨大建造物を中心とした聖都ルーセントを遠目に、タッドが思わずと言った感じで漏らす。
彼と同じか、将又別な理由でなのだろうか。
タッド以外の聖堂騎士団全員もその場から動かず、ただただ呆然と立ち尽くしていた。
「では、聖国へ向かいましょうか。」
「あの…凛様。本当に行かれるのですか?いえ、私如きが心配など烏滸がましいにも程がある事は重々承知ですが、御身にもしもの事があれば…。」
その少し前、各自が思い思いに馬車内で寛ぐのを確認した凛が、出発するよう促す。
それを出入り口付近にいるタッドが諌め━━━
「ダメです。これは決定事項なので。」
笑顔の凛によりバッサリと切り捨てられた。
「…それに、他も動き出してしまいましたし。」
「何か?」
続けて出た呟きを聞き取れなかったタッドが尋ね、「いえ、何でもありません」と返される。
「はぁ…せめて大人しくして頂けると。御身は私共が命を掛けてお守り致しますので!」
「ですが、僕は守られる程弱くありませんよ?」
「それは先刻の(戦闘行為)で十二分に把握しております。」
「だったら…。」
「私達にも矜持、と言うものがございます。」
矜持の部分を強調する形でずももも…と近寄られれば、流石に凛としても無下には出来ない。
結局、タッド達が馬車の周囲を固め、凛1行を守りつつひたすら聖都まで突っ走るとの流れに。
ただ、凛がそれをすんなり受け入れるはずもなく。
馬車から身を乗り出し、手を翳す形で前方にポータルを顕現。
やる気を滾らせる聖堂騎士達の前にいきなり門が現れ、抜剣する等して警戒態勢に入ると同時に扉が開いた。
「あれは…オバノンか?」
門から見える景色。
つまり移動先の向こう側にあるのは、神国最西端のモーリッツ━━━ではなく、その隣街オバノンだった。
「はい。その門…『ポータル』って言うんですけど、を通り抜けて下さい。そうすれば、ご覧の通りオバノンの近くに出ます。」
「はい、分かりま━━━」
「あ、後。表向き僕らは連行された事にしたいので、敬語ではなく命令口調でお願いします。」
「分かり…ごほん。わ、分かった。」
「ありがとうございます。では、早速移動しましょう。先方はなるべく早くをご希望みたいですし、ショートカットで応えるしかないですよね。」
「ああ、そうだな…。(いやいや違うでしょ!それに先方って!明らかに向こうよりも凛様方の方が立場が上だろ!分かってます、分かってますから雫様、朔夜様。こっち見ないで下さいお願いします。その笑ってない目が怖い…つかなんで俺ばかりがこんな目に)」
凛に美羽、それと近くに座る雫と朔夜による笑顔(ただし後者の目は笑っていない)の圧力に、理不尽だと感じたタッド。
段々と怒りが込み上げ、これまで横に向けていた顔を前方へ向ければサッと逸らされ、後方へ見ればササッと躱される始末。
ぐぬぬぬ…と悔しがり、しかし凛から「タッドさん?行きましょう?」と言われれば従わざるを得ず、溜め息の後に出発。
「ぬわーっ!!また負けたのじゃー!?」
ややあって、ババ抜きでビリとなった朔夜が盛大に悔しがる。
「朔夜は顔に出るから(ジョーカーを持ってるとか色々)分かりやすいんだよ。」
「なん、じゃと…の、のう雫よ。段蔵もババ抜きに加えてはダメかの?」
凛から指摘を受け、朔夜は今しがた合流したばかりの人物…段蔵を怖ず怖ずと押し出す。
元々彼はお留守番。
だが凛で言う美羽の立ち位置で、彼女以上に強い執着心。
即ちすぐ傍に朔夜がいないと落ち着かない性格をしており、実は馬車に乗る前位から朔夜の影に潜んでいたり。(勿論凛達は把握済み)
出発してからは馬車内だと人目を気にしなくても良いとの事で姿を見せ、最初こそ理彩達に驚かれたものの既に馴染んだ様子。
「ん、ダメ。段蔵がいると朔夜に勝ちを譲るから(ババ抜きが)楽しくなくなる。と言うか、朔夜も私や段蔵みたいにポーカーフェイスを目指すべき。」
「ぐぬぬぬ…!」
朔夜は3回連続ビリ。
正しく説明すれば3回プレイして3回全部がビリとも。
つい先程も後頭部に両手をやり、叫んだばかり。
彼女なりに、これ以上負けたくないとの思いから出た苦肉の策のつもりだったのだろう。
朔夜は感情を隠す事が苦手で、相手からジョーカーを取ってしまった時は露骨に嫌そうな表情になる。
そして自分を含めて残り2人になった際、相手がジョーカーを取ろうとすると満面の笑みに。
反対にジョーカーでない方を取ろうとすると、この世の終わりを表現した顔になってしまう。
それが外野にとっては面白く、美羽やステラ、ミラは笑いを堪えるのに必死。
ジークフリートは呆れ、エルマ、イルマ、理彩はくすくすと笑い、勉と莉緒は爆笑。
光輝も「最◯王決定戦を観てるみたいだ」と笑いを零し、エラとエリオットは興味ありげに見ていた。
件の段蔵だが、長年朔夜や部下の世話をしていた経験から、こう見えて他人の感情に機敏なところがある。
また、朔夜至上主義の彼の事だ。
これまでも散々彼女を立て、自らは後ろにとか下にとの行いを元に、朔夜がビリにならないよう上手く立ち回るのが目に見えている。
「凛様。もう間もなく聖都へ到着致します。」
それからしばらく経ち、凛達は聖都ルーセントまで一直線…ではなく、(魔物や通行人を避ける目的で)ある時は北方面。
ある時は南東、ある時は西方面へ向かいながらポータル移動を繰り返す事10回近く。
恐らく最後になるであろう、ポータルから見える巨大都市の景色を前にタッドが伝達。
ムキになってリベンジを重ねるも全負けし、すっかり枯れ切った朔夜は放置され、ポータル全てを用意したのは凛なので概要は分かってはいた。
それでも彼への気遣いから「ありがとうございます」と返し、再び顔を覗かせた。
「へー、外壁や門を含めた全体が白いんですね。あれが…。」
「ええ。あちらが聖都ルーセントになります。」
「聖都…ルーセント。」
2人のやり取りに感化されたのか、美羽達も凛みたく身を乗り出し、或いは窓越しに見る等して前方を観察。
聖都ルーセントは外壁や建物全てが白で統一。
その中でも奥に構える巨大な教会らしき建物の眩さは群を抜いており、維持するのに相当な費用が掛かっているであろう事が窺える。
(ルーセントは光るとか輝くって意味だって、前にお姉ちゃん達が話してたっけ)
ポータルを抜け、タッド達の足が止まる。
その傍ら、凛は姉3人から化粧品に纏わる話を聞いた時の事を思い出す。
(確かに聖都が光り輝いてはいるけど、当時は多分違う意味で付けられたんじゃないかな?願掛けとかそう言う…それが曲解され、外観を維持する目的も兼ねて今に至るってところか)
凛が想像する通り、先の大戦後。
生き残り、ここを新たな安住の地と定めた者達が、創造神みたく光り輝ける存在。
…にはなれなくとも、人々を導き、心の拠り所になればとの願いからこの名前に。
そんな先人達の想いは、代を重ねる毎に欲望が膨れ上がった子孫達によって砕かれる。
治療行為そのものを独占し、少しでも光魔法に適性があると分かれば迎えに行き、治療するのにお金を要求する様になったからだ。
或いは、それらに対抗すべく炎・水・風・土の回復魔法と言う存在が生まれたのかも知れない。
ともあれ、自身の配下や伝を通じて得た情報によると、まず皆口を揃えて言うのが治療代が高い事。
中級魔法のヒールが銀貨1枚。
上級魔法のハイヒールは金貨5枚。
そして(各国の王都等でしか受けられないとされる)超級魔法のエクストラヒールに至っては、白金板5枚とふざけた設定。
如何なる身体障害は勿論。
病気や全状態異常をも全快させる、最上級回復魔法パーフェクションヒールならまだ分からなくもない(?)が、いくらなんでも暴利が過ぎると言うもの。
なので軽傷なら魔法使いに頼むかポーションを。
それなりに深い傷や骨折は我慢するか、上級魔法使い又は上級ポーション。
しかし大怪我や(手足等の)欠損レベルだととても金額的に手が出せず、今までは諦めるしかなかった。
だが、サルーンでルルを完治した凛。
次々に冒険者達の怪我を治した(コスプレをした)美羽達、各種医療施設の普及により、どんな怪我や病気でも治せるとの噂が広まっていった。
その中で最も利用されているのが運動場横にある治療所。
訓練を行った為に出来た外傷とは別に、開始前から既に大きな傷だったり骨折。
酷い場合は体の一部が壊死だったり、失くしている者もいたり。
当然ながら満足に体を動かせず、生活に支障を来すレベル。
凛的には無償で回復しても良い 位なのだが、それだと女神教に突っ込まれる可能性もあると判断。
申し訳ないが、相手に練習用の武器を持たせ、数合打った後にわざと転ばせて回復するとの手段を取らせて貰った。
ただ名目はどうあれ、女神教からすれば無償で治療等まず有り得ない。
喜ぶ当人達を他所に、(エリオットを除く)女神教関係者は表面上説教を。
裏では怨嗟の声だったり、ある事ない事をホズミ商会にぶつけていた。
他にも、各都市や街に孤児院があり、寄付金募集を理由に定期的に商業ギルドや冒険者ギルドからお金を徴収。
そこから教会側が何かしら理由を付けてピンハネしまくり、実際に孤児院へ届けられるお金はほんのわずか。
清貧を謳い文句に、生活は一向に良くならない事がほとんど。
ならばと直接孤児院へ届けようにも、女神教を介さずに行う事は(女神教の都合で)ご法度。
それは孤児院上がりの者も然りで、やきもきとした感情を抱くしか出来ず、目に付かない程度の少ない量で我慢するしかない。
求めるのは施しばかりで与える事を厭う。
それが女神教。
自国の民達は幾分マシな生活を送っているみたいだが、金に目がない守銭奴だとか。
貧しい子供達を食い物にする、悪魔の集まりだと揶揄する者も多い。
エリオットは長年の経験や見聞きから、その事を分かっていた。
なので、教会に毎回多額の寄付をしている凛にこっそり内情を教え、寄付を止める様にとも。
しかしそれを凛はやんわりと断り、オリーブ以降の自都市に世界中の貧民街、及び孤児院から引き取った子供達を集める。
親がいれば(性格的に問題ない場合に限り)一緒に暮らし、彼らの大部分は丞達から教育を受け、そう遠くない内に働きに出るとの手筈に。
まだ来て日が浅い者は、まずは慣れるのも兼ね、各領地の屋敷。
又は草が生い茂る亜空間で遊ばせる等して過ごさせている。
10歳以上。
かつ将来冒険者になりたいと言う子供達には、参考がてら朝食後以外の訓練風景を見せるなんてのも。
その訓練風景について。
ジークフリートを例に挙げると、普段は遠目でしか見れない龍の姿。
それも掌に乗り、胸元まで運んで貰うとの大迫力に子供達が喜ばないはずがない。
終始キラッキラとした目をジークフリートに向け、人間に戻ってからも彼の周りにしばらくいたのは言うまでもない。
これが朔夜だと反対に泣き叫び、彼女を落ち込ませたのもお約束と言えよう。
上記の、女神教全体がお金にがめついとは別に。
聖都へ近付くに連れ、女神騎士団がヤ○ザみたく横柄な態度を取る傾向にある事。
更に教会等で回復をして貰う際、女神様に関するありがた〜い話を説かれ、しばらくしてようやく治療を開始。
挙げ句、回復してあげます的なスタンスで上から言われるのも釈然としないのだとか。
閑話休題
「…凛様、どうかされましたか?」
馬車から上体を覗かせ、何やら考え込む凛にタッドが心配そうに声を掛ける。
「いえ、何でもありません。このまま進んで貰って大丈夫です。あ、多分ですけど、臨検の際に馬車の中を見せろと言われると思うんですよ。タッドさんは疑問に思うでしょうが、そのまま中を見せて貰って大丈夫です。」
「…?分かりました。」
不思議がるタッドを尻目に、「お願いします」と凛は馬車内部へ。
「マスター、(馬車内の様子を)そのまま見せちゃって大丈夫?」
「大丈夫大丈夫。むしろそれどころじゃなくなるから。」
ふふふ…と若干黒く笑う凛に、美羽も「あー、マスターってば悪い顔してるー」とどこか嬉しそう。
「何々悪巧みー?私も混ぜて混ぜて!」
そこへひょこっと莉緒が交ざり、ステラが、理彩が、光輝が…と言った感じで次々と話に参加。
そうこうしている内に聖都の正門…ではなく、少し歩いたところにある関係者用入口に到着。
程なくして、聖堂騎士よりも上質な鎧を纏ったの騎士2人がタッドを伴った状態で馬車の前へ。
「…!?な、何だこれ━━━」
「お疲れ様です。」
入口を開け、見た目とは全く異なる内部の広さや豪華さに驚く2人へ告げられる、凛の無慈悲な1言。
厳密には微笑みを向けられると同時に行使された、『支配』スキル。
凛が右手を翳し、そこから発せられるは妖しい光。
光を浴びた騎士2人の顔は驚きに満ち、次に目から生気が失われ、最後は無表情どころか脱力したものへと変化。
これにはタッド達も戦くしかなかった。
支配スキルはゴースト系最高位の1つ、エルダーリッチから得た能力で、かつてガイウスにいちゃもんを付け、サルーンを乗っ取ろうとしたアダム。
彼に用いた幻影超級魔法ブレインウォッシュよりも効果が上…と言うか、思考そのものを書き換えるのだから凶悪極まりない。
その後軽くやり取りが行なわれ、完全にイエスマンと化した受付2人にタッド達はドン引き。
それでも色々な手間をすっ飛ばせるメリットは大きく、1行は何事もなかったかの様にして。
加えるならば、2人に見送られる形で聖都の中へ入るのだった。
改訂版になってから通算200話目。
なのに最後が洗脳の類なのはどうかなーとの気もします(苦笑)