181話
その頃、クリアフォレストでは
「壮観ですな。」
商国代表ポールがしみじみと呟く。
彼の視線の先…ホズミ商会本部前に終わりの見えない長蛇の列が出来、その誰しもが進行するのを待ち侘びている様子。
嬉しそうに紙袋を抱え、若しくは手に提げて建物から出る者を羨ましそうにする姿も多数見受けられる。
「そりゃ待ちに待ったモンが出たんだ。買わないなんて手はないわな。」
答えたのは火燐。
彼の隣で腕組みし、目を閉じながら分かるわーと言いたげな顔を浮かべる。
「つかポール、分かってんだろうな?オレらはお前達を信じ、(一部とは言え)アクティベーションやポータルを使える様にした。仮に前と同じ事を仕出かそうもんなら━━━」
「も、勿論でございます!私個人、並びに商国全体と貴方様方との関係は明白。それに何より、頂いた恩を全くと言って返し終えておりませぬ故…!」
「どうだか…お前らには『前科』があるからなー。」
「そ、そんなぁ…。」
火燐の呆れた物言いに、ポールががっくりと肩を落とす。
客達が挙って買い求めようとするのは、2種類のアイテム袋。
内1つは金色で、『時間停止』の効果を持つ。
これは霙が氷神龍ヨルムンガンドへ進化した際に得た『時間停止』のスキルを使用。
所謂、入れる前の状態を維持し、取り出した際に出来立てのままを楽しめると言うものだ。
もう1つは銀色で、既存品の10倍の量が収納可能。
状況に応じて普通のアイテム袋と使い分けが出来、そうでなくとも確保するだけの価値がある商品。
どちらも少し前から「近日発売予定」のお触れを出し、先程実現した形だ。
それと火燐の言う前科とは、嘗ての商国の在り方の事を指す。
プライドが高く、利益に繋がるなら最悪何をやっても構わないスタンスだった彼ら。
笑顔の裏で陰謀を巡らせ、時に相手を騙し、時に金や暴力で相手を屈伏させたりもした。
しかし今やホズミ商会の傘下。
1国が一介の商会に付かざるを得ないのは非常に業腹だが、ヒト・モノ・カネのどれを取っても敵わないのは事実。
ヒト…豊かで洗練された人材に、高い組織力。
モノ…切れるどころか際限のない在庫に、立派かつ頑強な設備。
カネ…魔力を材料にその場で商品が生み出せる、つまり(物流を含め)コストがほぼ0なので商品が売れる=丸々利益へと繋がる。
そんなホズミ商会が本気になりでもされたら、個人どころか商国そのものが即座に終わるとの判断を下したポール。
ジャンルを問わず魅力的な商品に溢れ、またダニエルやディシーバーズの説得(?)の甲斐もあり、やむなく商国全体がかの商会の。
厳密には凛に下り、昨日までは監視だったり送迎の名目で誰かしらが付いていた。
それが本日から緩和。
過去の商国の所業を考えれば甘過ぎる処置ではあるものの、やり方がどうであれ実績を残しているのは確か。
最近は表立って行動しておらず、ひたすら関係各所へ謝罪して回り、取り敢えずではあるが落ち着いたとも取れる。
ホズミ商会会長であるダニエル、彼の秘書シルヴィアからも(やや渋々ながら)許可が下り、試験的な意味合いも込めての運用が始まる。
火燐は見届け人兼立会人。
それとポールが最も懐いている人物として白羽の矢が立った。
「ともあれ、これからも励みますので是非ともご褒美を…。」
「ともあれじゃねえ。つかこっち来んなっての。」
期間中、罰と称して痛みを伴わせる係を火燐に就いて貰ったのだが…ポールにとってはご褒美だったらしい。
今も期待の込もった顔で彼女に歩み寄り、気持ち悪がられて距離を取られる。
良い歳したオッサンが尻尾を振りながら年頃の女性に近付く様は絵面的に、いやどう考えてもアウト。
程なくして火燐から拳骨を貰い、更に嫌悪感を示す彼女を他所に恍惚の表情で目を回して倒れるポール。
それを、彼の部下でサルーンのホズミ商会支部長オズワルドの兄でもあるオズボーン。
以下元商国関係者数名が、神妙な面持ちで見ていた。
「おいお前ら。今日新商品が色々と追加されたってのは聞いたか?」
火燐に折檻され、お仕置きされる事に悦びを感じる変態はさて置き。
今しがた冒険者風の男性が口にした通り、2種類のアイテム袋以外にも様々な商品が追加。
「聞いた聞いた。あちこちで出してるらしいな。」
「俺達もそろそろ覗きに行ってみようかと思ってた所なんだよ。」
「ばっか…確かに色んな店で出してはいるけどよ、お前ら…そんな調子じゃ、回り切るのに何日も掛かっちまうぞ?」
「…そんなにか?」
「ああ、アイテム袋だけでも種類が2つだろ。それに合わせてなのか、今までは酒場でしか飲めなかったビール等の酒類も販売開始になったらしいぞ。」
「そうなのか!?新しいアイテム袋も勿論気になるが、まずはビールだ。買えると分かったんなら早く買いに行かねぇと。酒場はいつも客で一杯だし、商品が売り切れるかも知れん!」
「あ、おい!」
「…まぁ待てお前ら。今まで何かしらの商品を切らした、なんて噂はどこもなかった。考える事は皆一緒。商店やホズミ商会に客が集中しているなら、先に他の所を見て回り、落ち着いた頃に買えば良い…そうだろ?」
「「お前…天才か!?」」
「止めろよ…照れるだろ?」
自称情報通の1人が恥ずかしそうに指で鼻の下を擦る。
仲間から向けられる羨望の眼差しに、鼻先が伸びている気もするが。
その後も3人の話し合いは続き、意気揚々としながらクリアフォレスト内を歩いて回った。
時間停止、及び容量増大のアイテム袋販売に伴い、商品のレパートリーを追加。
ビールやチューハイの類いは350mlと500ml、それ以外の酒類は小、中、大。
炭酸飲料や清涼飲料水も1Lと2L、ポテトチップスを始めとするスナック菓子に、和菓子や洋菓子も大容量サイズが。
商店内の一角にアイスや冷凍食品を入れる為の(コンビニ等にある、蓋が付いていない)アイスケースを設け、その中にソフトクリームやカップアイス、アイスバー、それらがファミリーサイズになったものを。
パウチ状になったハンバーグ等のお惣菜や、これまでなかった5食入りの袋麺やパスタ麺、各種パスタソース。
大・中・小の大きさのマヨネーズ等の調味料やカレー・シチューのルー、ついでに真空パックやカットされた野菜類も販売開始に。
ビールや炭酸飲料には、パッケージ横に大きく丸の中に『冷』。
アイスや惣菜等の冷凍品には『凍』と記載され、どちらも購入時に従業員から取り扱いについての説明を受ける事になっている。
それはカップに入ったプリンやヨーグルト、ケーキ等も同じで、これまで喫茶店やスイーツ店等でしか味わえなかったものがテイクアウト出来るとなり、自宅で楽しめる様に。
一応、商店やホズミ商会各支部でも冷蔵のショーケースが追加され、そちらにも人が押し寄せているのだとか。
銀色のアイテム袋は金板5枚(日本円で5000万円相当)、金色のアイテム袋に至ってはその倍と。
非常に高額にも関わらず、並んだ客全員が販売場所であるサービスカウンターへ向かう位には大人気。
どうやら領地で鍛えられて強くなり、その勢いのままダンジョンに潜って資金を得る。
つまりそれなりに懐が温かい状態の今、出来るだけ早くより良いアイテム袋を入手すれば、更に蓄えが増えると判断された模様。
見れば客は冒険者だったり戦闘に身を置く者が大部分で、非戦闘員は少ない風に感じられた。
「どこの飲食店でも行列が出来てる…なんて思ったら、アイテム袋に入れて持ち歩く用だったのか。」
しばらく経ち、先程の3人組の1人が独り言ちる。
既存のものの派生。
それとワンランク上の商品が追加され、見たり買ったりして取り敢えず落ち着こうと場所を変えた彼ら。
「ああ。しかも、食べ終わった後に出た空の容器があるだろ?アレが動力源になるらしく、入れたらそのまま勝手に処理してくれるらしい…詳しい内容までは説明して貰えなかったけどな。」
「何だそれ…良く分からんが、滅茶苦茶便利じゃねぇか…ん?何だあの行列?」
「あー、あそこの行列は…『かき氷』だったか?要は今日から開店した店だな。何でも、変わった格好の可愛い子達が営業してるらしいぞ。」
「へー。(可愛い子か、どんな子なんだろ。)…それなら、俺達も後で並んでみようぜ。」
現在地は運動場近く。
自称情報通の男性からの答えに、どこかワクワクしながらその場を後にする。
「はい、ご注文のピーチ味のかき氷よ。ありがとう。」
その行列の元と言うか、水色のチャイナドレスに身を包んだ渚が、赤いシロップの掛かったかき氷を客に提供。
笑顔を浮かべる彼女のすぐ近くでは、同じく水神龍リヴァイアサンの時雨と(時間停止のアイテム袋の立役者である)氷神龍ヨルムンガンドの霙も「お待たせしましたー」とかき氷を渡している。
「ここへは色んな人達が来るみたいだし、見ていて飽きそうにないわね。それに…もし暇になったとしても、私達も指南役へ移れば良いだけだし…はい、渚。」
昨日新たに凛の配下となった大精霊、セルシウスが客達を軽く眺め、渚に山盛り状態の容器を渡す。
「それもそうよね…はい。」
それを渚が希望に沿ったシロップを掛け、次に来る客の要望と代金を貰う流れだ。
セルシウス、渚、時雨、霙。
青、若しくは水色の髪色をした彼女達の美貌。
それと『かき氷』なる(リルアースでは)初めての食べ物に人々は吸い寄せられ、販売を開始してまだ30分も経たない内に噂が噂を呼んだ結果がこれ。
シロップの味はイチゴ、レモン、コーラ、メロン、モモ、マンゴー、パインの7種類を用意。
また青と水色、色違いのチャイナドレスを身に纏っている様子から、仲の良い姉妹にも見える。
そんな彼女らのスリット部分から覗く、スラリと伸びた魅惑的な足に男性達(それと一部女性)の視線が集まっている。
またスタイルの良さからごくりと生唾を飲む者がおり、中にはどう口説こうかとか話し合う輩も。
だがもし実際に渚達へ手を出そうものなら、待っているのは悲惨な結果だけとなるだろう…。
セルシウスが(建前上)凛の申し出を断ってまでやりたいと言ったのがこの屋台。
ただ実行するに当たり、彼女が持つ透明感のある青白い肌のままだと間違いなく騒ぎなる。
仲良くなった渚達からそう聞いたセルシウスは、ナビに相談。
変化スキルを用い、その場で肌の色を人間と同じものへと変えた。
彼女の試みはひとまず成功。
この後、喫茶店等の一部飲食店にて、メニューに追加される事が決定した瞬間でもある。
それと指南役について。
既にセルシウスは実力では(現時点で)凛達の中に於いてギリギリ上位。
徒手空拳との点に関してのみ、トップ10に君臨するかどうかと言う位には強い。
先程凛からも少しではあるが説明を受け、配下の誰かと一緒であれば指南しても良いとの許可も得ている。
「次の方どうぞー!」
列がズレ、1番前に来た客へ渚が話し掛ける。
彼女は昨晩仲良くなったセルシウスのお姉さん役を買って出た。
それだけでは不安との事で時雨と霙がフォローに回り、こうして4人で運用する形に。
2人はパン屋の経験から接客に慣れ、率先して動いてくれている。
となると面白くないのが自称お姉さん役の渚。
負けじと笑顔を振り撒き、客達のハートを掴んでいる。
「渚はわしが育てた…。」
その渚を含め、嘗てのシーサーペント達に指導していたある日の事。
どこからか調達した杖を支えに、付け髭姿の雫がそう宣った。(体を小刻みに震わせながら)
「雫、いきなり何を言い出すの…ってかその格好。マクスウェル様の真似?」
凛、それと彼の隣にいる火燐が「…オレは突っ込まねぇぞ」と呆れ、皆がキョトン顔。
近くには美羽とステラもおり、必死に笑いを我慢している。
「残念なのぢゃ…。」
程なくして、彼女が告げたのがそれ。
眉尻を下げ、さも残念そうな表情の雫に美羽達が「ぶふっ!!」と吹き出す。
「雫…それ妾の…。」
「ちょっ、雫ちゃん!それはズルい!」
「あーはっはっは!!」
少し離れた位置にいた朔夜が何か言いたそうにするも、美羽の突っ込み。
それとお腹を抱えて笑うステラにより掻き消され、複雑な心境を抱く羽目になるのだった。
旧ゆるじあにもいたモブ3人組が今回の主役(?)です。
彼らの装いはどこかの世紀末っぽい感じ(筆者イメージ)でして、なんとなーく気に入ってますw