180話
「成程…貴方方も苦労なさってるのですね。あ、どうぞ。」
ややあって、即席でテーブルと椅子を用意。
神聖国側の話を一通り伺った凛がタッドにお茶を勧める。
「あ、ありがとうございます…それにしてもまさか凛様が神の御使い様だとは…己の無知を恥じ入るばかりです。誠に━━━」
「分かりました、分かりましたから!普通に座って下さい!良いですか、今みたいな感じで普通にですよ!」
タッドはかなり緊張した面持ちで紅茶を1口飲んだ後、鎧が汚れるのも厭わず椅子から地面へと座り直す。
そしてそのまま土下座しそうな勢いだった為凛が慌てて止め、一気に捲し立てる様にしてお願い。
最早命令や指示に近いそれはタッドを慮っての事であり、彼がわたわたとさせる━━━ではなくする方に回る姿は珍しいとも取れる。
天使は神に次ぐ尊き存在。
神の代弁者。
或いは神の代行者として神聖国で畏れられ、崇め奉られている。
「天使様、少々お話を伺っても宜しいでしょうか!」
「ふぇぇぇぇ…!」
時間は少しだけ戻り、その天使の1人ことエルマへ騎士達が挙って詰め寄り、彼女を質問攻めにしようとする。
天使族は神聖国内、それも聖都に数える位にしかいない=レアな人物なのが関係しているのかも知れない。(困るのもお構いなしなのは少々頂けないが)
「あ、あの水色の髪の子も天使です!」
エルマは苦し紛れに同行メンバーの1人、元妖精で現天使のミラを指名。
文字通り右手の人差し指で指し示した先、え…?と固まる少女に注目が集まった。(ついでに、隣でぼへーっとする妹エラにも)
「おぉ…あちらの可憐な方も。ですが髪の色が…。」
「それは天使に進化する前が妖精だったからです!」
「おい聞いたか!」
「聞いた聞いた。ただでさえ珍しいとされる妖精が天使様に…これは是非とも話を聞かねばなるまい。」
エルマからの答えに、ミラへの期待値が一気に増大。
関心もそちらへと移り、一斉に押し寄せるものだからミラが驚きを露にする。
「ちょっ、エルマさーん!?」
「ミラちゃんごめーん!」
なんてやり取りをしつつ、エルマもミラのフォローへ。
いくら騎士達の圧が凄かろうが、巻き込むべきではなかったと遅ればせながら判断したが故の行動なのだろう。
「…全く、酷い目に遭ったのん。」
そう不満を漏らすのはミラの妹エラ。
妖精女王でもある彼女は姉が天使(加えるなら面白そうとの理由も)と言う事で同行し、その姉に騎士達が詰め掛けた影響によりぽいーんと弾かれる始末。
今も姉とエルマは立て続けに質問を浴びせられ、あっぷあっぷな状態の中。
すっくと起き上がった彼女は手で土埃をパッパと払い、てふてふと歩いて凛と合流を果たす。
「凛様、そちらの方は?」
「彼女はエラ。妖精女王で、妖精達を統べる立場にいます。」
そんな幼女の登場にエリオットが黙っていられる訳もなく。
目を光らせての質問に、凛が肩に手を乗せながらエラを紹介。
因みに、元は同じ背丈だったミラ&エラ姉妹。
生まれも数日違いがあるだけで然程違いはなかった。
だがミラが天使方面へ進化し、数日が経った頃。
ちょっとずつ変化が起き始め、現在では少なくとも2〜3歳。
見方によっては4〜5歳位にまで見た目に差が出来、地球で言う中学生と小学生と思われるまでに。
「えっへんなの。」
それに伴い、ミラは美羽に近いところまで成長したのに対し、エラはぺったんこなまま。
そんな彼女が胸を張り、ドヤ顔を浮かべる様子にエリオットの顔が綻ぶ。
その彼女が最後の同行者であり、凛、美羽、シエル、ステラ、召喚組、雫、朔夜、エルマ、イルマ、ジークフリートの12人+1体。
以上が今回聖都に向かうメンバーとなる。(美羽とステラは護衛、シエルと雫と朔夜は好奇心、エルマ達とミラ姉妹は天使関連との形だ)
「しかし、天使様がお2人に妖精女王様ですか。そちらの…エルマ様とそっくりであらせられる方も実は天使様、等とは…。」
「ふふふ。」
「いやはや、少し冗談が過ぎましたな。そちらの方は凛様と同じ黒髪ですし、まさかその様な事は…今のは忘れて頂けると幸いです。」
「忘れる必要はありませんよ…イルマ。」
「う、うん…。」
凛に促され、イルマが若干落ち着かない様子で頷いた直後。
彼女の髪色は黒から白へと変貌。
続けて背中から天使の象徴、かつエルマと同じ4対8枚の翼まで出現。
(い、良いのかなぁ。完全に騙す形になっちゃってるけど…)
おぉぉぉぉ…!とより期待の籠もった表情を浮かべるエリオット達を他所に、イルマはそんな事を思う。
彼女は本来、天使とは真逆の立ち位置である悪魔。
それも最高位の天使王の対となる悪魔王だ。
エルマに良く似た風貌=彼女ももしかしたら…?との思惑から、やはり天使だったとの構図が成り立ったのが目に見えて分かり、内心で困惑。
厳密には目を爛々と輝かせるエリオット達に対し、嘘だと分かっていながら天使として振る舞う事への居た堪れなさ。
それと自分と言う(良い意味で)例外がある以上、悪魔だからと厳しい目を向けられる謂れはない。
そう凛に言われれば嬉しいとの感情が生まれ、それらがせめぎ合っての複雑な心境へと至る。
思い遣りに溢れ、気配り上手な彼女なので当然。
先程のメンバー選出の際に周りが同意し、当の本人だけがわたわたと慌てる様にちょっとした笑いが生じ、プンスコするとの1幕も。
そこから白髪の男性ことジークフリートに興味が移り、(見た目や瞳は完全に人間だが)凛が彼を龍人。
しかも白竜系統の最高位、かつ最上位である聖神龍バハムートだと告げ、本来の姿を見せた事で熱狂の渦に包まれる。
となれば、もう1人の龍人━━━朔夜にも期待してしまうのが道理と言うもの。
だが彼女は真っ向から違うと箴言。
「妾は其方らが思う、良いドラゴンではない。」
柔らかい口調で断るも、エリオット達の好奇心は留まるところを知らず、拝み倒す勢いで頼み続けた。
これに根負けした朔夜が了承し、黒い霧や風、雷と共に正体を現せて起こるは阿鼻叫喚の嵐。
唯一エリオットだけが「おやまぁ」と物怖じしていない様だったが、騎士達は揃って気絶。
中には泡を吹く者もおり、隊長のタッドですら腰が抜け、ここまで死に直面したのは初めてだと言わしめる程。
「だから言うたであろうに。」
「そんな事より、まずは人の姿になるのが先決では?」
「妙案じゃの。」
なんてドラゴン姿でのやり取りの後、朔夜とジークフリート。
双方が人へと変化。
これにより場は落ち着きを取り戻し、タッドが慌てて感謝の言葉と共に膝を突いた。
「礼を述べる必要はない。」
「全く以て然りじゃ。」
「茶化すな…だが不要なのは本当だ。俺は(凛サイドで)下から数えた方が早く、何を言ってるのかと逆に不興を買いそうだからな。」
「ジーク坊が弱い事には同意じゃが、そも今の面子で斯様な物言いをする者は…おったわ。」
「だから茶化すなと…あぁ、確かに。」
朔夜とジークフリートは揃って突っ込みそうな人物━━━雫を見やる。
面白センサーなる謎の第6感を持ち、興味に関してとことん突っ走り、結構な毒も吐く彼女。
本人は「ん?」と不思議そうにしていたが、2人は同じタイミングで嘆息。
凛達も苦笑いを浮かべ、誰も否定しないところを見るに雫ならやりそうだと判断されたのかも知れない。
以降、朔夜を執り成したジークフリートが1団のトップでないのなら誰がとなり、皆口を揃えて凛だと回答。
「因みに、創造神様は僕の姉だったりします。」
「その姉の姉だよー♪」
「その姉の姉の姉よ。ウチの3女が世話になったみたいね。」
その話の流れで凛、莉緒、理彩がそう宣い、神聖国の面々が一様に跪いたのは言うまでもない。
そこでようやく落ち着いたとして話し合いの場を設け、タッドが青い顔で座り直し、凛に止められたとの流れに。
「成程。モーリッツ…と言うか聖国に入っても慌ただしさは続くと。」
「は、はい。3日以内に聖都まで来るよう通達が来ておりまして…。」
「3日?急過ぎますね。」
「で、ですね。申し訳ございません…。」
「? どうしてタッドさんが謝るんです?」
「いえ、何でもありません…。」
「???」
現在地から聖都まで普通だと7日、急いでも5日は掛かる。
馬は街や都市毎に一応用意されているものの、タッド達に関してはそのまま。
つまり引き継ぎ等なしで聖都まで直行コースらしく、食事や睡眠を除けばほぼ働きっぱなしと言って良い。
クリアフォレストや道中の聞き取りを名目にしているとの事だが…どう考えても納得のいく理由には繋がらないし、見て回るだけの時間もないのに何をどう調べろと?
タッドを含めた騎士達がカリカリしていたのはそれが大部分を占め、凛達の説得(?)により冷静さを取り戻した。
そんな今となって残るは、エリオットにキツく当たってしまったとの反省や後悔。
それを呼び水に、至高なる御方をこちらに赴かせる事態へと発展。
更にあろう事か戦闘を吹っ掛け、多大なる御慈悲で赦して頂けたとのある種悟りの様なものまで抱く始末。
ついでに、最後に見た禍々しく、漆黒の体をした超巨大なドラゴン。
全ての負の部分を集約したかのようなアレに挑む気は微塵も湧かず、仮令国中の騎士が総出で掛かろうが恐らく敵わない。
総騎士団長含む、騎士達の頂点に君臨する者達でも結果は同じだろう。
そのドラゴンと戦闘をする切っ掛けになったのが自分との責任を負いたくないし、何なら極力関わりたくないとすら思う程。
それらが複雑に入り混じり、自分達も良く分からない状況へと陥っている。
ただ実際に口にするのは何となく憚られ、その後もタッドはひたすら謝るばかり。
イマイチ要領を得ない凛達は不思議がるばかりで、いくら問い質しても一向に変わらない。
テーブルの上で丸くなり、美羽に撫でられて気持ち良さそうにするシエルの姿が実に印象的だ。
5分後
「メ"ェーーーー!!」
凛達が寛いでいるところへ、山羊の魔物━━━ヒドゥンゴートが出現。
タッド達が草原伝いに移動し、(視認出来る位置との意味で)死滅の森から姿を見せたその魔物は成人男性より大きく、くすんだ灰色の体毛を所持。
何かから逃げている様にも見えるその魔物は、どけどけーと言わんばかりに立派な角を前方に傾け、真っ直ぐ突進して来る。
直後、上空から黒い影が飛来。
ドォォンと音と共に、ヒドゥンゴートを踏み潰した。
タッド達は何事!?とばかりに驚いて武器に手を掛ける等し、被害を受けたヒドゥンゴートは「メ"、メ"ェ…」との言葉を最期に力尽きる。
「悪い悪い、1体取り逃がしちまった。」
影の正体は翔。
元フレースヴェルグで、今みたく状況に応じて極彩色の羽を背中で出し入れする様から、物凄く強い鳥人族だと思われている彼。
その大らかな性格から、鳥人の者達から兄貴分として慕われてもいる。
「翔、ありがとう…あ、紫水達も来たみたいだね。」
凛がそう述べるや否や、森の方からザザザッと3つの影が飛び出し、10メートル手前位のところで着地。
3つの影こと紫水、琥珀、瑪瑙は片や白い網の様なもので複数、片や両手でスケープゴートを所持。
無表情ながらどこか嬉しそうな雰囲気を携え、トコトコと歩みを進める。
「4人共お疲れ様。緑茶で良ければ飲む?」
「そうだな、それじゃ一杯だけ頂こうか。」
「「「…頂きます。」」」
そうやって、普通に混ざる翔達4人。
いつの間にか用意された椅子に座り、これまた先程までなかったテーブルや上に置かれたお茶に手を伸ばし、飲み始める。
エリオット紫水(中性的な顔立ちから、彼も女の子だと思われている模様)達に夢中だし、タッド達は流れる様な。
それでいて怒涛とも取れる展開の早さに目を丸くし、自分達なら間違いなく苦労するであろう魔物達をあんな子供が…?と絶句。
やがて、翔は「ごっそさん」と言って羽ばたき、紫水達は凛に頭を撫でられた後、「今夜はジンギスカン…」「分かった分かった、後で伝えておくね」なんてやり取りを行い、森へと向かって行った。
倒したスケープゴート達をそのままに。
「仲間がすみませんでした。」
「いえ…それより、凛様が増えている様に見えるのですが…。」
アハハ、と笑う凛の後ろで、同じく凛が。
それも3人掛かりで紫水達が持って来たスケープゴートを回収。
「え、気のせいじゃないですか?」
凛が振り向くと同時に彼だった者達は消え失せ、タッド達があれ?と瞬きし、視線を行き来。
中には目を擦る者もおり、揃って困惑するしかなかった。
実際は九尾スキルで増やしただけの虚像。
スケープゴート襲来は翔達が近くにいると分かった為に静観していたが、もしもの時は分身体で対応するつもりでいたり。
「さて、丁度作業も終わった事ですし、聖都へ向かうと致しましょうか。」
そう言って、凛は無限収納から1台の馬車を取り出す。
その馬車は先程までエリオットを乗せていたのと同じものではあるが、内装は大きく様変わりしている。
元々4人用だったのが、20人は優に寛げる広さにまで空間を拡張。
ソファー等も完備し、ほとんど揺れを感じないとの加工まで施されている。
「あの、本当に向かわれるのですか…?」
そんな魔改造された馬車内部をおー、広ーーい!と覗くステラ達を尻目に、タッドが問う。
「勿論です。女神教は姉を信仰する為に生まれた宗教。ならばその家族である僕が過ちを正すのは必然かと。」
「そーそー。」
「まぁ、色々言いたい事はあるでしょうけど、割り切った方が貴方達の身の為よ?」
尚もタッドは「ですが…」と何か言いたげだったが、それをぶち壊す者が。
「ん、世直しの旅。楽しみ。」
「水戸◯門か、はてさてどうなるかのぅ。」
雫と朔夜だ。
見れば馬車内でちょこんと正座待機し、もう片方は広げた鉄扇を口元に当て、ホホホ…と笑う。
何故是正しに行くのが世直しの旅に繋がるかは分からない。
ただ確かなのはどちらも好奇心が抑えられないとの雰囲気を醸し出しており、外にいる凛、美羽、莉緒を除く召喚組が同じタイミングでズッコケそうになった事。
莉緒、それとステラは水◯黄門とか懐かしーなんて言いながら指差して笑い、エルマ達やタッドを含めた他の面々は凛達の反応にキョトンとするのだった。
最後の部分だけ見るとどこか月が導◯異世界◯中っぽいw