179話
「助さんや、少し懲らしめておやりなさい。」
「なのじゃ。」
凛が歩き始めてすぐ、今回同行した内の2人。
雫と朔夜がノリノリでそんな事を口にする。
凛は前方につんのめり、同じく同行者である美羽、それと護衛役であるステラ。
ついでに理彩までもが「ぶふっ!」と吹き出し、凛は一応持ち直すも「助さんって…水◯黄門じゃないんだから…」とテンションが駄々下がりに。
「はぁっ!」
「このっ!」
「くそっ!」
「せいっ!…ええい、ちょこまかと!ならば当てるまでよ!」
しかしその様な状況下でも先方が手を緩めるはずもなく。
むしろ馬鹿にされたと捉え、やる気に火が点いた位だ。
最も手前にいた者が凛の衣服を掴もうとして空振り。
2人目3人目は左右に動き、4人目5人目はしゃがんだり跳躍する形で避ける。
ならばと弱らせる目的で武器攻撃を仕掛けてみるも、やはり躱される結果に。
その間も凛は軽いステップで避け続け、前後から挟撃しようとして失敗へと繋がった2人が正面から激突。
「くそっ、こっちは5人掛かりなんだぞ!なのにどうしてこうも…うぉっ!?」
ならばと次に斬り込んだ兵が喚きながら剣を振るい、足元が疎かになったせいで石ころに気付かず、思いっきり踏み付けてバランスを崩し転倒。
地面へ熱いキスを交わす結果となった。
「ええい!たった1人を相手に何たる様!ならば魔法だ、魔法を放て!」
その様子を見たタッドが憤り、後方にいた魔法兵3人に発破を掛ける。
「は、はっ…フレイムスピア!」
「「…フレイムスピア!」」
兵士の1人が戸惑いながらも返事をし、詠唱の後に発動させた炎系中級魔法フレイムスピアは真っ直ぐ凛の元へ。
残る2名も同様にフレイムスピアを放ち、やや遅れる形で着弾。
「…やったか?」
「…今の言葉、フラグになるのであまり言わない方が良いと思いますよ?」
「馬鹿な!?あれだけの魔法を受けて無傷…だと!?」
黒煙を風で吹き飛ばした凛は火傷どころかかすり傷1つ負っておらず、着衣に煤や汚れすら付いていない。
その事にタッドが驚愕し、他の兵士達からもどよめきが上がる。
一方で凛サイドからは「まぁ、あの程度じゃなあ」と脱力。
加えて、彼らの動きの悪さや魔法制御等の練度の低さに呆れてもいた。
「取り敢えず、貴方方の強さは把握しました…がっかりとの意味合いですが。」
それは凛も同じ。
いやむしろ極々々々々わずかでも里香が関わっている分、より落胆が大きい。
目を伏せ、嘆息しながらでの言葉がその証左なのだろう。
騎士達は逆で、全員頭に血が上っていた。
言外に『弱い』とのレッテルを貼られたのだから、当然と言えば当然なのかも知れない。
ともあれ、凛がこのまま攻撃を…と告げたタイミングで再びフレイムスピアが飛来。
今のフレイムスピアは魔法兵の1人が怒りに任せて放ったもので、今度は到達する前に消失。
意味の分からない展開に、騎士達は揃って唖然とするしかなかった。
「どうやら今のは独断の様ですね。再び攻撃指示を出されても困りますし、何より話が拗れそうなので隊長さんには少し黙ってて貰いましょうか。」
「な、なんだこれは…むーっ!むむーっ!」
更に凛の無情な追撃。
地面から伸びた影により口が、腕を含めた胴が、足元が覆われ、タッドは強制的に転がされる羽目に。
「むーっ、むーーー!!」
「貴方方もああなりたくなかったら、そこで大人しくしていて下さい。宜しいですね?」
凛が浮かべるのは笑顔だが、有無を言わせぬだけの迫力がそこにあった。
騎士達は怖じ気付く事しか出来ず、彼らの様子を確認した凛が「さて…」と言いながら馬車の中へ。
「エリオットさーん、って普通に寝てる…肝が太いと言うかなんと言うか…。」
当の本人であるエリオットは外の喧騒に一切動じず、「くかー」と寝息を立てていた。
無事である事は喜ばしいが、緊張感のなさにどう感情を表現して良いか分からず、凛は複雑な笑みへ。
「あれ?私は確か…。」
凛に体を揺さぶられ、程なくして目を覚ますエリオット。
「おはようございます。」
「はい、おはようございます…それで、ここはどこでしょう?」
まさかの1言に、一拍置いた後にずっこける凛。
特に寝惚けている様子もないし、完全に素から出た反応なのだろう。(それでも酷い事に変わりはないが)
「え、えーっとですね。エリオットさんは捕まったみたいなんですよ。なので助けに来ました。」
「捕まった…?」
「はい。外にいる兵士さん達に薬を嗅がされて。」
凛が説明しても尚、理解が追い付かないエリオット。
「外にいる兵士…ですか?」と首を傾げ、「実際に見れば分かるかもです」と手を引かれ、外に出てみる。
「あっ!どこの兵かと思えば聖堂騎士団の方々ではありませんか。」
馬車を出てすぐ、エリオットは騎士達の胸元に焦点を合わせ、十字架と3対の翼が描かれた刻印があるのを確認。
彼らは神聖国各地に散らばり、大陸中で最も数の多い組織━━━聖堂騎士団の一員。
国内だけに留まらず教会がある他国へも派遣され、人数で言えば数万とも十数万とも。
タッドはその小隊長を務め、こんなんでも現状に満足しておらず、いつかは…と高い地位を望む。
と言いつつ、同期に聖堂騎士団の上位である女神騎士団に籍を置く者がおり、そいつはたまたま認められただけ。
努力は自分の方がしているのに、と軽く腐ってる感もある。
「何故聖堂騎士が私を?」
「…恐らく、僕と懇意にしているからではないでしょうか。でなければ1個人を、それも女神教関係者であるエリオットさんをわざわざ捕らえるなんて考えられないですし…まぁ、その為に用いた手段はあまり穏やかとは言えませんけど。」
そう話しながら、凛は視線をエリオットから騎士達へ。
タッドは文句があるのか目が合うとすぐにうーうー唸り、先程ので戦意が失われた他の面々は露骨に顔を逸らす。
「僕はこのまま聖都へ運ぶ予定なんじゃないかなぁと思うのですが…ご存知な方は━━━」
『わ、私達は何も聞かされておりません!』
「残念です…そう言えば、隊長さんは僕を見て黒髪がと仰ってましたね。貴方なら何か知ってるのではありませんか?」
凛はタッドの元へ歩み寄り、拘束した3箇所の内の口元部分だけを解除。
始めからなかったかの様にして消え失せた黒い影をタッドがベタベタと探り、「口にあった布の様な物が消えた?」と漏らす。
「…おかしな術を使う。流石、異端者と言われるだけの事はあるな!」
口さえ動かせればこちらのもの、とでも思ったのだろう。
倒れながらにしてタッドが虚勢を張り、兵達は「異端者…」と口々にしながら凛の方を向く。
「あ、黒じゃなくて白が良かったですかね?」
美羽達も一瞬だけ不安がるも、凛本人は全く気にしていない。
それどころか的外れな発言+お腹の前の位置で掌を上にしながら、うにょうにょと白い棒状のものを生やす始末。
「あの子…たまに天然と言うか想定外の事をやらかすのよね。」
思いもよらぬ展開にエリオット以外の全員が崩れ落ち、同じく倒れた後に上体を起こした理彩からポロリと零れたのがそれ。
不思議そうな顔をする凛に皆が軽くやられつつ、「ホントにな!」と心を1つにした瞬間でもある。
(異端者か…あれ?でもこの隊長さん、僕の髪を見ながら言っていたけど、里香お姉ちゃんも再会した時は黒髪だった。なら昔は?今と同じ色かも知れないし、わざと色を変えた事も考えられる。エリオットさんから黒髪は珍しく、不吉の象徴として忌み嫌われるとも聞いていたし、教会側にとって都合の良い様に解釈を変えたとの可能性も…。)
さこから少し経ち、理彩の指摘もあってようやく現状を把握するに至った凛。
「ど、どうした!?異端者認定された事がそんなに驚━━━」
事実を突き付けたつもりが斜め上方向に返され、(ただ吠えただけで終わったとの意味で)衆人環視の下に晒される羽目にもなったタッド。
そこから来る気恥ずかしさを悟られないよう、やや大袈裟に振る舞おうとする。
「すみませんが、エリオットさんとお話をするので少し黙ってて下さいねー。」
ただ言い切るよりも早く、再び凛により口を塞がれてしまう。
またかとばかりに「むがー!」と叫ぶも誰1人として取り合って貰えず、完全に空気と化していた。
「エリオットさん。1つ聞いてても宜しいですか?」
「はい、何でしょう?」
「以前お伺いしたと思うんですけど、聖国にとって僕みたいな黒髪はどの様に扱われてます?」
「…凛様には申し訳ありませんが…一言で言えば良くない象徴と申しますか、厄災である事を表しますね。ですので、神国では黒い髪色をしている、ただそれだけで周囲の方々から後ろ指を指され、厳しい目で見られるとの事例が多く見受けられます。」
「やはり…因みになんですけど、創造神様がどんな髪の色をしているかとか、聖国はどんな髪色が多いかとかは?」
「女神様の髪色…ですか?私は純白、真っ白い髪をしていると伺っておりますが…。」
「純白、ですか。」
「はい。それと2点目の質問についてですが、聖国も他の国々と同様、色彩豊かな髪をしております。ただ私が思うに、金色や銀色、それと白髪の方が女神教の上層部に多く占めている様に感じますね。」
(んー、これは女神教の教義に反するとかで昔の偉い人達が解釈を変えたとの考えが濃厚…かな?髪の色が金、銀、白で固めるとか如何にもって感じだしね。となると…)
|1500年前《異世界大戦が開かれる以前》は銀髪だったが、地球へ赴いて以降は黒髪に落ち着いた里香。
過去に本人から今の髪色が好きだと零された覚えもあり、いつしか自分達にとって都合の良いように改変したのだろう。
そう考えた凛は「分かりました、ありがとうございます」なんて答えつつ、その様な感想を抱いていた。
「いえ…凛様、難しい顔をされていらっしゃる様ですが、何か至らない点でも…?」
「あ、ごめんなさい。あそこにいる…エルマって子が白髪なので、女神様もその子みたいな感じなのかなぁと考えてました。」
「エルマ様…?」
凛は誤魔化す形で、エリオットはどこかで聞いた名だなとの意味でイルマに水を向ける。
「え、あたし?」
イルマは今回一緒に来て貰ったメンバーの1人。
彼女がここにいると言う事は、相方であるイルマ。
それと弟分であるジークフリートもセットでこの場にいたりする。
「彼女、実は天使なんですよ。エルマ、お願いして良い?」
「あ、うん。」
凛の指示に従い、背中に翼を生やすエルマ。
続けてバサァッと広げてみればおぉぉ…と神聖国側がざわめき、ちょっとだけ恥ずかしそうにする。
「何と!どこかでお見掛けしたかと思えば、食事を提供するお店に務める方ではありませんか!それに天使であらせられたとは…私はてっきり、髪の色こそ違いますが小さな翼の生えたお嬢様がとばかり…。」
「小さな翼の生えた?…あぁ、梓の事ですね。梓は主の僕から見てもとても可愛いらしい子だと思います。」
「はい…もし許されるのであれば、あの様な方と共に生活を送れれば、と。」
しみじみとしたエリオットの呟きに、凛が「えっ?エリオットさんって、もしかして…」と妙な危機感を抱く。
小さな子供が好きとの点は変わりないが、彼の場合は祖父の目線。
孫の笑顔に元気を貰うとの意味合いに近い。
「そうなんですね。それじゃエリオットさんは、梓が勤めている喫茶店に何度かいらした事が…?」
「はい、何度かございます。」
「(やっぱり。これは少し予想外だったよ…)梓達がいる喫茶店は人気ですもんね。彼女達目当てに来る方も多いんですよ。」
そうとは知らない凛は笑顔で話こそするものの、疑惑は深まる一方。
これからどうしたものかと考え始める。
「え…?」
「キュッ?キュッキュ?(美羽?どうかしたの?)」
「ううん、何でもない…けどシエルちゃん、しばらくの間人間になっちゃ駄目だよ?」
「キュウ…キュキュッ。(うーん…よく分からないけど分かった。)」
そしてそれは美羽にとっても然り。
エリオットの意外な一面に驚きを禁じ得ず、少しでも被害を抑えるべくシエルを説得。
ただ当のシエルは良く分かっておらず、不思議そうにするだけに留まる。
続けて、「そうだった!」と走り出し、この場から離れようとする雫をインターセプト。
「雫ちゃん、今瞳ちゃんを呼びに行こうとしたでしょ?」
「…どうして分かった。」
「雫ちゃんの事だもん、それ位分かるよ。」
「ぐぬぅ…。」
「ぐぬぅじゃないよぐぬぅじゃ。」
雫は目玉系魔物の最高位、バックベアードの瞳を招いた後、ゲ◯ゲの◯太郎よろしく『このロリコンどもめ!』をやるつもりでいた。
しかし未然に防がれた為にフラストレーションが溜まり、呆れる美羽(+急に動いた事で目を回したシエル)を他所に両頬を膨らませるとの運びに。
「へくちっ!」
その頃、クリアフォレスト内にある喫茶店にて。
ウエイトレス姿の梓が小さくくしゃみをする。
「梓ー、風邪か?」
「梓ちゃん、大丈夫?」
そんな彼女へ、竜の谷代表で天空神龍ヴァルハラの竜胆、竜胆の伴侶で嵐神龍プルリヤシュの葵が声を掛ける。
他にも、ドラゴンなのにくしゃみをする梓を珍しがった(竜胆の仲間である)聖炎神龍ドレイクの螢や闇炎神龍テスカポリトカの仄、セイバードラゴンの千剣も歩み寄って来る。
彼らは穴埋め係、ピンチヒッターだ。
社会勉強がてら喫茶店で何回か働いた経験があり、今回はエルマ達3人が抜ける代わりとしてシフトに入ってくれている。
「んー…風邪ではないと思うのですが、ちょっと分からないのです…。」
不思議がり、むー…と口にしながら少しだけ落ち込む梓に周りがほっこり。
程なくしてやはり気のせい、ただの勘違いでいつも通りだと分かり、普段通りテキパキと仕事を熟すのだった。
いつもありがとうございます。
女神騎士団の女神の部分は、旧ゆるじあと同じくゴッデスではなくヴィーナス。
それと今回下部組織を用意しようと思ってみたものの、テンプルナイツだとありきたり過ぎる。
他にカテドラルオーダーなんてのも考えましたが、ヴィーナスナイツよりも響きが良い(※個人的見解)上に兵装として既に出てると思い至り、結局聖堂騎士団に(苦笑)
後、ナナ程ではありませんが、梓もスーパー幼女なので誰よりも働きます。