178話
「エリオットさんが?もしかして…事情を尋ねる為とかそんな感じ?」
《名目上は、ではありますが。こちらで言う、映像水晶に似た道具でやり取りする様子が確認出来ました。》
そう言って、ナビは1つのイメージ映像を凛へ送り込む。
そのイメージ映像は教会と思しき場所の一角が映し出され、司祭らしき人物が水晶と思われるもの越しにやり取りを行う光景が。
そこから司祭は1人の騎士を呼び出し、身振り手振りを交えながら会話。
指示を受けた騎士は部下と共に馬車を率い、帝国を経てクリアフォレストへ。
入口をパスした1行はその足で女神教教会クリアフォレスト支部へと向かい、奥にいるエリオットを訪問。
しかし挨拶が終わるよりも先に薬で彼を眠らせ、数人掛かりで馬車に押し込む。
入った時と違い足早に。
それも短時間で外へ出ようとした彼らを門番(に扮したエクスマキナ)が訝しみ、追及した途端逃走。
情報は即座にナビへと送られ、そこから騎士達の行動を逆算。
ルートや目的を洗い出し、凛に報せる運びとなった。
「成程ね。こちらとしてはありがとうと言うべき…なのかな?墓穴以外の何物でもないし、動く理由も出来たしね。まぁ、個人的には今日明日位はゆっくりさせて欲しかったのが本音だけど。」
ナビによると、どうやら先方と言うか聖国中枢部は寝ないまま夜を明かしたらしい。
あの後彼らは忙しなく通信用遺物(聖遺物と違って汎用の為、凛のものより性能が劣る)を使い、国中の教会へ連絡を入れ、最後に最も北西に位置するモーリッツへ。
モーリッツ支部の司祭にエリオットを召集…を表向きとし、実際は攫ってでも連れて来るよう下命。
それは日が昇るよりも早い時間に言い渡され、実際に行動を起こす騎士達に於いても同様。
身内から出た罪人により、巻き添えを食らったとの認識でしかない。
当然納得しておらず、出会うや否や無理矢理エリオットを眠らせた挙げ句、やや乱暴気味に馬車へ放り込む。
普段と違う時間に起こされ、苛立つ気持ちも分からなくはないが、他人にぶつけて良いものではない。
そして騎士達は今も聖国方面へ向け、死滅の森をひた走る。
自らの行った振る舞いが、凛の言う『理由』に繋がるとも知らずに…。
エリオットの救出。
また管理者との立場から、聖国に灸を据える事も並行して進めると決めた凛。
本来であれば予定にすらなかったそれは、理彩達を呼び寄せたが為に組まれ、枢機卿達が先走ったせいで急遽前倒しする段取りともなってしまった。
「勿論行く。」
「私もよ。1言ガツンと言ってやらないと気が済まないわ。」
巻き込まれた当事者である光輝と理彩に対し、凛が軽い話を交えながら尋ねた結果がそれ。
事情を訊く目的の為とは言え、同じ女神教関係者にして良い行為ではない。
他国なら許される訳でもないが、同じ国の者に捕らわれた分よりショックを受けたとの思いが強い。
なので神聖国の(悪い意味での)切り替えの早さ、あっさりと見切ろうとする姿勢に不満を抱いたのではと思われる。
「セルシウスはどうする?」
続けて、凛は氷の大精霊セルシウスに水を向ける。
直接は関係ないが、同じ日に仲間に加わったとの繋がりでの声掛けだ。
「私は遠慮しておくわ。やってみたい事もあるし…ね。」
軽く考える素振りを見せたセルシウスがやんわりと断るも、その顔はややぎこちない笑顔。
と言うのも、彼女の戦闘スタイルは徒手空拳。
氷属性を始めとした魔法も使うが、蹴りを主体とした超近接攻撃を最も得意とする。
それは凛、それと彼程ではないが美羽にも当て嵌まる。
そして先程の訓練の際、凛は個別にセルシウスを呼び出し、異なる空間部屋で注意事項を伝達。
「おぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「…こんな感じで、美羽は素手で手合わせを行うと暴走しちゃう癖があるんだ。セルシウスも美羽と手合わせする機会があると思うから、その時は充分に気を付けてね?」
「え、ええ…分かったわ…。(美羽様のあれ程の攻撃を見ずに、しかも私と話しながら全て捌くなんて…恐れ入るわね。)」
当時の美羽は魔力と気の両方を用いての強化を行い、普通だとほぼ見えない速さ。
それも無数に近い拳を凛へ繰り出していた。
ボボボボボッ…と音がするだけで美羽の肩から先が消えた様な錯覚すら覚え、知っている人なら「あ、◯ムゴ◯のジェッ◯ガトリ◯グだ」と思うだろう。
しかしいざ受けるとなると、即座にボロ雑巾となる危険極まりない攻撃でもある。
それらを凛は両手首から先にだけ気を纏わせた状態。
それも片手(+空間認識能力と並列思考を駆使)のみでパパパパパシッ…と彼女の攻撃を全て捌く。
片や闘争心丸出し、片や笑顔と。
あまりのギャップの違いにセルシウスは驚かされ、この2人には絶対に逆らわないと心に誓ったのは記憶に新しい。
その思い出も重なり、さも残念風を装いながら難色の意を示していた。
「何と言うか…同じ姉弟でも性格は全然違うものなんですね。」
とは光輝の言。
莉緒と勉にも聞いて来ると言って離れる、凛と美羽の背中を眺めながら出た言葉でもある。
「あら、どう違うのか聞かせて貰いたいわね。」
これに興味を示す理彩。
如何にもテストしてやると言わんばかりにウキウキとする彼女に、光輝が意外だと軽く目を瞬かせる。
「…理彩さんは一見クールに見えますが、凄く真面目。それに情熱と言うか、熱い心を内に秘めているなと。」
「あら、意外と見ているのね。」
「流石、若くして部長を務めるだけの事はあるなと。で、莉緒さんですが。気まぐれで自由…って、ストレート過ぎますかね?」
「まぁ、分かりやす過ぎると言うか、典型的な2番目のパターンだもの。他に捻りようがないわね。」
「凛さんは優しいながらも責任感に溢れ、皆の頼れるリーダーと言うところでしょうか?末っ子なのに引っ張る立場なのが妙に引っ掛かる感じはしますが。」
「あー、もしかしたらアレが関係してるかも。」
「アレ?」
「あの子…凛が生まれたばかりの時、『王』を付ける付けないで揉めた事があるのよ。家族内で。」
「…すみません、まるで話が見えないです。」
困惑気味の光輝に、理彩が困り顔で肩を竦めてみせた。
「当然よね。掻い摘んで説明すると━━━」
曰く、凛が生まれた翌日に会わせて貰い、当時神童と呼ばれていた里香が一目見て「きゃああああああ可愛いいいいい、この子絶対将来超絶美人になる間違いないわああああ!!」なんて奇声を上げ、かと思えば『王』の資質まで兼ね揃えていると宣う始末。
それに感化された父が、前々から男の子が生まれたら付けるつもりでいた『凛』の後ろに付けようと乗り気に。(因みに女の子の場合、凛々か凛乃になる予定だったらしい)
そうなると表記は『凛王』。
呼び方を『りおん』だとか『りおう』、『りんおう』が良いみたいな感じで盛り上がり、それまで凛を見ているだけだった次女莉緒が「(自分の名前に近いを理由に)りおんが良いー」とまさかの参戦。
理彩と母はそれに真っ向から反対。
そこから行われた家族会議の結果、どうにか退ける事が出来たらしい。(決め手は名前のせいで将来イジメられたりしたらどうするのの1言)
「里香さん、中々に思い切った行動をされる方なんですね…清楚だと伺ってたのでてっきり━━━」
「なーにが清楚なものですか。落ち着きがないのは昔っからだし、先に浴室へ入ったはずの凛と当たり前の様に一緒に出て来るのよ?凛が可愛いのは分かるけど、小学校中学校ならまだしも。大人になってからも弟と風呂とか普通に有り得ないし、何よりキモいわ。」
「お、おぉ…そうなんですね。」
「あら、ごめんなさい。私とした事が少し言い過ぎたわ。それと、今の凛には内緒でお願いね?」
口元に手を当てた理彩が「オホホ」なんて誤魔化しているが、実妹に対するあまりの辛辣っぷりに光輝がドン引き。
周りも大凡が同じである反面、そうでない者。
厳密には一部の変た…紳士達が、凛と里香の入浴シーンを想像。
他にも嫌悪感丸出しで悪口を言う美人に興奮を覚え、自分も罵って欲しいなんて猛者もいた。
「ただいまー…って、アレ?何かあった?」
そんな渾沌とする現場へ戻って来る凛。
事情がさっぱり飲み込めず、後ろにいる美羽達共々浮かべるのは不思議そうな顔。
すると理彩がさも当然の様に「何でもないわ」と返し、元々ここにいた者達は彼女の強かさに「えーーー!?」と瞠目。
合流する側は目をパチクリし、場が更なる混乱に包まれたのは言うまでもない。
場所は変わり、何の変哲もない平原。
神聖国側に死滅の森を出てすぐの位置に、エリオットを攫った1団がいた。
「急げ急げ。神聖国までもう間もなくだ。」
先頭を走る騎士の告げた通り、現在いるのはただの原っぱでありながらどの国にも属さない場所。
(彼から見て)前方数百メートル、厳密には死滅の森入口から1キロまでの範囲が不可侵領域とされ、街どころか建造物すらも建てる事を世界中で禁止としている。
故に、ここにいる間は一切関知せず、何か問題が起きても『死滅の森にいる魔物による被害』で処理。
当然今回の拉致もそれは然りで、かと言ってあまり大規模に動くと国からの指示として他国に疑われ、隙となって突かれる可能性も。
なので出来るだけ早く神聖国に戻る必要があり、動きだけでなく気分までもが急ぎ足に。
残り100メートルを切り、ここまで来ればと(エリオット以外の)誰もが考えた瞬間、前方に魔方陣が出現。
そこから、凛を筆頭に10人前後の男女が姿を見せる。
「…!小柄で黒髪、と言う事はもしや…あいつを捕まえろ!」
最前を走り、他の騎士よりも少しだけ豪華な鎧を首から下に着用した隊長…タッドは、突然の集団の登場に自身も驚きつつ、暴れる馬を宥めながら指令を下す。
間髪入れず『はっ。』との返事が返り、それに伴って一斉に動く部下達。
「いきなりだなぁ…まぁ、事情も聞かず一方的に(エリオットを)捕まえる人達だもんね、仕方ないか。美羽、シエルをお願い。」
「うん、分かった。」
凛は軽い嘆息の後、頭の上が定位置のシエルを両手で抱え、美羽に託す。
その美羽はこちらの話をまるで聞こうともしない聖国側の姿勢が残念で仕方ないとの顔をしており、凛も彼女の気持ちが分かるのか微苦笑で応える。
「キュッ、キュイー!(凛、やっちゃえー!)」
そんな中、美羽のお腹に抱かれつつ、シュッシュッとシャドーボクシングの真似事をするシエル。
彼女を微笑ましく思い、可笑しくなった2人はクスリと笑う。
「それじゃ、ちゃちゃっと片付けて来るよ。」
今ので幾分かリラックスした凛はそう告げ、片手を挙げながら兵達の方へと向かうのだった。