176話 63日目
「分かってはいたでござるが、これは…これはあんまりでござるよぉ。」
ややあって、尚も涙を流す勉の口から出たのがそれ。
これまで仮想だと思っていたキャラクターが美羽と言う形で実現。
髪色は異なり、細部にも若干違いは見受けられるものの、概ね想像通りの容貌や性格。
また、すぐ触れ合える距離にいるのも2人にとって◎。
ある種の憧れとも取れる存在とのオフ会、若しくはイベントにでも参加したみたいで非常に心が踊る。
ただ彼女は凛の半身。
彼の魔力を元に生まれた眷属だ。
ならば生み親である凛に重きを置き、主を慕うのは至極当然の事。
その当の本人こと凛は人柄だけでなく、器量も才能も良し。
加えて家族にも仲間にも恵まれ、二物どころか三物も四物も持つ。
完璧超人とは彼の事を指すのかと羨ましく思い、それ以上に格の違いから来る絶望に押し潰される。
「止めて凛、彼のライフはもう0よ。」
なので、雫の告げた通り凛の気遣いは却って逆効果。
(勝手ながら)ボッコボコにされた勉の心は圧し折れ、完全にノックアウト状態。
隣に座る光輝の口からも魂の様なものが出ており、如何にショックだったのかが窺える。
ベクトルは違えど、同じオタクでマニア。
その彼らの前に姿を見せた美羽には意中の相手がおり、自分達ではどう引っ繰り返っても勝てないのが更なるマイナス要因として表れたのだろう。
以上を機に、とても楽しむ雰囲気ではなくなったとしてブライアンの歓迎会はお開きに。
光輝と勉を隣の仮眠室へと運び、新しくクリアフォレスト領主に赴任したブライアンとその妻ジェイミーを玄関で見送る。
そのままレオン1家は近くの客間へ向かい、理彩と莉緒は空いている部屋にとなった。
63日目 午前7時半過ぎ
「す、凄い…異世界ファンタジーだと思ったら実はSFだったとは…。」
光輝がそう漏らすのも無理はない。
彼の視界の先、ポータルで移動した闘技場の空中にて、ドラゴンと戦乙女によるの戦いが繰り広げられていたからだ。
昨日に引き続き今日も凛の肩の上でふよふよと浮き、紹介時には等身大の美女に変身したアンドロイド━━━エクスマキナのアルファ。
彼女が凛の指示で再び人の姿に戻り、かと思えば今度は朔夜を招き寄せ、元の姿になるよう伝達。
直後、和風美女だと思った朔夜が超巨大で禍々しいフォルムの黒い龍へと変貌。
すると何故かアルファも(朔夜の半分近くではあるが)巨大化し、1人と1体の間で視線を行ったり来たりしている内に凛と美羽が搭乗。
唐突に、しかも何の前触れもなく開始された巨人VS怪獣の戦い。
朔夜が喚き、凛が問答無用と切って捨てた気もしなくもない。
ブレスや魔法はまだしも、ビームや遠隔操作兵器が放たれる様子に「アレ?世界感違くない?」と思ったとか何とか。
それでも手に汗握り、声援を送りたくなる位には楽しめた。
最後は途中参加のステラ(+アニマロイドのにゃん丸)とで披露した合体技『百花繚乱』で朔夜を撃破。
人馬ならぬ人猫一体の動きで会場を大いに沸かせ、熱狂の内に幕を閉じ、流れで悪も滅びた。
「って何でじゃあ!?何故に妾が倒されればならぬ!!あまりにも唐突過ぎやしないかえ!?」
なんて事はなく、ガバっと起き上がった朔夜によるクレームが。
「え、何となく?それに、分かりやすい敵役は必要でしょ?」
それをバッサリと両断してのける凛に、朔夜が「えぇぇ…」とげんなり。
「いやいや…どうしてそうなる。妾程心優しき者はおるまい?」
ボロボロながら、ドヤ顔の朔夜。
実に誇らしげな彼女に、段蔵含む部下達はうんうんと頷くが…彼ら以外。
特に竜の谷代表の竜胆が微妙な反応を示し、自称ライバルである藍火は「どの口が言ってるんだか」と胡乱な目を向ける。
「…ならばリベンジじゃ。(美羽込みとは言え)2対1では正直、いやかなり割に合わぬのでな。」
(その空気を感じ取った)朔夜はバサァッと翼を広げ、ドラゴン型アニマロイド━━━黒丸を召喚。
左肩より少し上の位置の空間を歪ませて出現した彼は、ギュアァァと1鳴き。
朔夜の半分より少し位にまで大きくなり、隣に並び立つ。
「仕切り直しじゃ。妾とて成長しておる、いつまでもやられっぱなしじゃと思うなよ?」
「良いね。その挑戦受け取った。」
「ボクもー!」
「僕だって負けないよー!」
こうして、黒丸を加えた2対2で再戦。
光輝はポカーンとし、理彩はこめかみを押さえていたが会場全体は大盛況だった。
「どうでしたー?」
10分後、ステラににゃん丸、朔夜と黒丸を連れた凛が光輝に問う。
「月並みな言葉で申し訳ないけど…凄かった。」
一瞬、ホントにファンタジーの世界?かと疑ってしまったが…とも漏らす光輝に、凛がクスリと笑いながらありがとうございますと返す。
美羽達はいずれも自信ありげで、光輝の返答で更にご機嫌な様子。
「しかしそれ以上に気になったのが、あの卓越した操縦技術。凛さんは(日本では)普通の介護士だった…んですよね?」
言葉を重ねる内に自信がなくなっていったのだろう。
視線が凛から理彩へ移り、その顔には平和な現代日本に必要ないものでは?と表現している様でもあった。
ついでに、言葉遣い自体は普通だが、歳上を理由にさん付けで落ち着いた模様。
それと先程の朝食…厳密には洋風だけでなく和風のメニューも出たビュッフェ形式だった為に目玉を飛び出させ、ここホントに異世界とインパクトを与える事に成功。(勉も口をあんぐりとさせ、莉緒は高級ホテルみたーいと目をキラキラ。理彩はまぁ一応神だものね、これ位は普通…と言うべきなのかしら?と軽く呆れていたが)
そんな光輝は召喚の際、『煌天』なるスキルを獲得。
真実の瞳によると、炎の適性値上昇(中)、風の適性値上昇(中)、光の適性値上昇(大)。
更には空間属性にも適性があり、視認出来る範囲でなら転移が可能に。
「…そうね。信じられないかも知れないけど、真面目で普通…普通?の職員よ。」
理彩が得たのは『導き手』。
無以外の全属性に中程度の適性、それと何かを教授する際に成長補正が掛かるスキルだ。
八月朔日家長女、並びに部長との立場に相応しいとも言える。
他の2人、勉と莉緒は…
「ねーねーオタク君的にはどれが好みだった?やぱ女の人?」
「いや…拙者はその…。」
なんか仲良く(?)なっていた。
彼の右腕にぐいぐい迫る莉緒が入手したのは『猫の気まぐれ』。
次女との立場からマイペース、自由人な彼女にピッタリと言えばピッタリのスキル。
内訳は全属性に適性(小)が付き、ランダムで1つだけ(中)に上がる。(0時リセット)
他に運動能力上昇、気配察知、認識阻害、消音、夜目、それとオマケで体が柔らかくなる効果が。
ただ、体云々に関しては元々風呂上がりに柔軟体操はしていたのであまり意味をなさなかったが…。
最後に勉。
彼は炎・水・風・土のみではあるが、取得時に超級までの魔法が放てるだけの適性。
及び魔力量を入手。
更に複数同時詠唱や詠唱破棄。
魔力消費削減、魔法を始めとした魔力を帯びた攻撃を無効化する『マジックキャンセラー』。
それらの効果が1つになった『魔導王』なるスキルをゲット。
「なになに、オタク君ああ言うのが好きなん?さっきからウチらの胸ばっか見てるもんねー。」
「ほれほれ、コレが良いんだろ?にゃ。」
勉の左側にはユカサッリナオネ、後ろからは胸を押し当てる形でキャシーが密着。
ユカサッリナオネは学生が着そうなシャツとネクタイ、ミニスカートを着崩した様な格好で、開いた胸元を何度も覗き見られたのをしっかり気付いていたらしい。
突然のモテ期到来(?)に戸惑うのも分からなくもないが、仮にも王たる者がする振る舞いではないのは確か。
後ろめたさや気恥ずかしさ、背後からの圧が重なり、この場から逃げようとする。
しかしすぐに両腕や体を掴まれて引き戻された挙げ句、よりガッチリとホールド。
悲鳴を上げ、周りから「普通逆では?」と思われたのは御愛嬌。
莉緒は世間で言うギャル、ユカサッリナオネもまたギャル。
出会うなり秒で仲良くなり、あれ?親友?と周囲が疑問を抱く位には話題に事欠かなかった。
キャシーのアプローチはステラへの当て付け。
当時自分が少し離れた位置にいたから仕方ない部分があるとは言え、それでもステラに反応したのが面白くないらしい。
「ネコミミを持ったのは彼女だけじゃないんだぞ」との意味を込めて朝食前から勉に絡み、そこに莉緒&ユカが参戦。
莉緒は体調万全じゃないんでしょ?的な感じで勉の世話をし、ユカもそれに便乗。
キャシーだけは「ステラはコブ付きにゃ。悪い事は言わにゃいにゃ、選ぶにゃらあちしにしとくにゃ」と仄めかし、当の本人は「コブ付きて…まるで僕が面倒な人みたいな言い方」と微苦笑。
しかし凛が「でも強ち間違いでもないんだよなぁ」と告げ、周りが同意した事でステラは「えぇ!?」と驚愕。
彼女は知らない様だが、コブの正体ことアレックスから念入りに。
それはもう念入りにステラを頼むと言われており、もし彼女を害そうものなら(物理的に)血の雨が降るかも…と凛達は考えたのかも知れない。
「何故に疑問形…。」
話は戻り、理彩のリアクションを見た光輝がえぇ…?と言いたげな顔に。
「貴方も昨日見たでしょ?勉君が抱えられるところ。その、私達もよく介抱して貰ってるから当たり前だと思ったのよ。」
「介抱、ですか?」
「ええ。自慢になるみたいで申し訳ないのだけど、私達この見た目でしょ?だからイヤらしい目で見られるのはしょっちゅうだし、女の癖にと馬鹿にされるからストレスは溜まる一方。なので良く自宅で飲み会をね…。」
アンダーリムメガネを装着し、如何にもクールで仕事も出来ます!的な見た目の理彩が、若干恥ずかしそうにする様はいじらしい。
そのギャップから光輝は良くも悪くも返答に困り、「あ、あー、成程?」とだけ告げる。
理彩は決して酒に弱い訳ではなく、どちらかと言えば強い方。
ただ自らの容姿に自覚があるのか外では飲まず、(トラブルを避ける意味を含め)専ら自宅。
仕事の日は缶ビール1〜2本ではあるが晩酌が日課。
里香がいなくなるまでは姉妹で飲み会を月1位で行い、飲み比べ&凛の世話になるまでがデフォルトでもあった。
「でも理彩さんもそんな顔をするんですね。ここに来てからずっと緊張してたみたいでしたし、少し安心しました。」
そう苦笑いで返せば理彩は数回瞬きし、
「え、私もしかして今口説かれてる?」
等とキョトン顔で宣う。
「違います違います!」
これに光輝がわたわたと否定。
彼の慌てっぷりが可笑しく思えた理彩は「冗談よ」なんて言いながらクスッと笑う。
「気を悪くしたらごめんなさい。昔いた後輩で、貴方みたいに気を遣ってくれる子がいたからつい懐かしく思えてね。」
「…その後輩さんは?」
「辞めちゃったわ。私と仲良くしてるのが面白くなかったのでしょうね、かつての上司を含め、他の男性社員から受けた執拗な嫌がらせのせいでノイローゼに…。」
窺う様にして尋ねる光輝に、理彩が悲痛を滲ませた顔を浮かべるのだった。
莉緒とユカサッリナオネはいわゆるオタクに優しいギャル的な立ち位置でして、勉の反応を見て楽しんでる部分もありますw