167話
紅葉の死霊魔術により、不死者となって復活したアイル。
彼女とサーシャはスクルドに籍を置いており、甦った翌日には無事(?)である旨を伝えるのも兼ね、そちらへ顔を出す事が決まる。
アイルは元(と言って良いのかは分からないが)冒険者で、亡くなる前のランクは銅級。
スクルドにある冒険者パーティー『草原の風』の一員でもあった。
パーティーメンバーと再会した際、彼らはアイルの壮健そうな顔を見て安堵。
次いで急に連絡が取れなくなった為に心配していた事を伝え、アイルから顛末を聞かされて非常に驚いてもいた。
それはサーシャも同様で、現状を鑑みた結果こちらへ移り住むとなったらしい。
夫と思われる男性が複雑な表情で彼女の隣に立っており、手には簡単ながら2人分の荷物を所持。
草原の風の面々は貧しかったが故、ほぼ着の身着のままなのだとか。
因みに、ココはアンデッド化したその日から屋敷のお世話に。
元々単独で行動し、大人しい性格故に家族から疎まれていたのも重なって、戻る必要はないと判断してだそう。
草原の風のメンバーは剣士のイーノックに、リーダーで槍使いのベック。
同じく槍使いのセティと、魔法使いのアイルを加えた4人パーティー。
サーシャの夫はアルバートと言い、温和そうな外見。
彼女が行方不明になるまでは(ホズミ商会とは無関係の)商店のお手伝いをしていた。
今回は挨拶を目的にアイル達と合流し、屋敷へ赴いたと言う流れになる。
「貴方がイーノック?」
親睦を深める意味で開かれた昼食会。
火燐、翡翠、楓らと共に現れた雫は、出された料理に戸惑うイーノックの横に立った。
「え?あ、はい。そうですけど…。」
「そう…イーノック、そんな装備で大丈夫か?」
「「ぶふっ!!」」
「すみません!僕達まだ銅級なんです!見窄らしい見た目ですみません!」
「おま・えは・ルシ・フェル・かっ!」
「お"ぅ"っ…!」
これまで聞いた覚えがない位の低い声(しかも美声)に美羽とステラが吹き出し、イーノックがかなり申し訳なさげにペコペコと頭を下げる。
雫はやりきったとばかりにむふーと鼻息荒くし、しかし火燐からツッコミと言う名のチョップを喰らい、強制的に沈黙。
「(元ネタをこの世界の)一般人が知る訳ねぇのに、『大丈夫だ、問題ない』なんて言う訳ないだろ。」
「鼻塩━━━」
「だからお前はルシフェルかっての!」
「あうち…!」
懲りない雫に拳骨を追加。
これによりたんこぶが2個に増えるのだが、まるで興味ない様子でイーノックの方に顔を向ける。
「ったく、どんだけ(ネタを)引っ張るんだっての…ウチの馬鹿が悪かったな。」
「い、いえ…!装備に自身がないのは本当の事ですし!」
イーノックは割と安価で手に入る革の胸当てや盾、質の悪い鉄を使った剣を装備。
雫に貶されるのも当然だと思っており、火燐からの謝罪を全力で否定していた。
「雫…オメーのせいでイーノック達が凹んじまったじゃねーか。」
「ん。やり過ぎた、ごめんなさい。」
「い、いえ!それは良いのですが…どうして笑いを堪えてらっしゃるかの方が個人的には気になります。」
美羽とステラは未だ笑うのを我慢しているし、珍しく翡翠も「鼻塩塩…」と呟きながら肩を震わせている。(楓は翡翠の補助)
そんな彼女らにイーノックが困惑。
釣られて美羽達を見た火燐がボリボリと後頭部を掻く。
「あー、悪い。オレとしちゃあ伝えても構わないっちゃ構わないんだが…かなりどうでも良い事でな。だから伝えるのは止めとくわ。」
「はぁ…。」
「火燐にぶたれた…凛にもぶたれた事ないのに…。」
「うん、お前はいい加減ネタを止めような。つか誰が父親だコラ。」
尚も続けないと気が済まないのか、火燐は本気なトーンで雫を止めていた。
「ただいま…。」
程なくして、休憩に入った篝が帰宅。
ただその顔は疲れており、気に掛けた凛が彼女に水を向ける。
「おかえり…って篝。元気ないみたいだけど何かあった?」
「少し前に実力者だと名乗る女を叩きのめしたのだが…それから妙に懐かれてな。ここまで付いて来ようとしたから引き剥がすのに苦労した…。」
「あー、それはご愁傷様…。」
篝は女性達から『お姉様』と慕われ、一挙一動の度に黄色い声が。
また篝が流麗に炎と雷を扱う姿から『炎雷』(本当は炎帝とか炎雷帝との呼び名もあったのだが全力で止めた)の2つ名で呼ばれる事も最近は増え、そんな彼女の噂を聞き付けたのが魔銀級冒険者『烈火』のクレアと呼ばれる人物だった。
クレアは配下(全員女性)達を引き連れて篝に挑むも、まるで相手にならず敗北。
魔銀級で燻っているクレアと、神輝金級に至っても尚研鑽を積む篝。
どちらが勝つか等、分かり切った結果ではあるのだが。
ともあれ、これだけの実力差があるのに全然驕らず、むしろこちらの心配までしてくれる篝。
クレアは彼女の人柄に惚れ、歳下なのにも関わらず姉御と慕い、弟子入りを懇願。
(弟子を)取るつもりはないと答える篝を納得させるべく、以後毎日付いて回る様に。
ストーカー行為はエスカレートする一方で、しかも人前だろうが段々と遠慮がなくなり、鬱陶しがった弾みで昨日ははっちゃけてしまったのだそう。
夜に篝が「その節はすまなかった」、ステラも「いえいえこちらこそ」と言いながら頭を下げ合い、周りから軽く笑われる…なんて1幕もあったり。
「万一弟子を取りでもしたら、凛との時間が減ってしまうではないか…。」
「え?」
話は戻り、篝は多忙と言う雰囲気を醸し出してはいるが、凛を好いている者の1人。
顔を赤くしながらの呟きに凛が反応し、「何でもない」とだけ告げてそっぽを向く。
「あれ、翔もお昼休憩?お疲れ様。」
篝が座る方向、屋敷の入口側に視線をやると、今度は鮮やかな彩りの髪の美丈夫…翔の姿が。
凛は労いの言葉と共に、翔へ声を掛けてみる事に。
「ん?おお、凛様か。アーサー達から昼食を摂れと言われてな。一足先に帰って来たんだ。」
翔はフレースヴェルグ。
かつて眠鳥ヒュプノスに眠らされた所を美羽達に助けられ、それを機に仲間となった御仁だ。
彼の人懐っこさ、面倒見の良さに性別問わずファンが多く、魔物だろうが関係なく人気の1人。
同時に、グッズ化している人物でもある。
「そうなんだ。翔には指南役だけでなく、近隣の空の上の巡回もしてくれているからね。非常に助かるよ。」
「なに、空を飛ぶのもそうだが結構好きにやらせて貰ってるからな。巡回の合間での仕事だし、割と楽しかったりするぞ?」
「ありがとう。そう言って貰えると嬉しいよ。」
それからも凛と翔の会話は続き、(料理に夢中のイーノック達3人を除いて)ほとんどの者がそちらに注目する。
(か、かかかか篝さんが私の隣に…!あわわわどうしよう、食事どころじゃないよぅ…いや、凄く嬉しいけども!)
だが篝LOVEなココにとっては違うらしく、1人で百面相していた。
「…ん?ココ、何やら緊張しているみたいだが…どうかしたのか?」
「(篝さん、お顔が近いです!何より尊いですぅ!!)い、いいいいいいえええぃぃ!大丈夫でしゅ!」
『い』と『え』が多過ぎるあまり、盛り上がったり楽しんでいる風にも感じられるが、本人は目を白黒させる位には必死だ。
「そうか?それなら良かった。ココも楽しんでくれよ?」
「はい、分かりました!(篝お姉様ぁ、しゅきぃ…♡)」
ココは自分を気遣ってくれる篝の嬉しさに目をハートにし、尻尾をぶんぶん。
「イーノック達もだぜ。食べたい物があれば、遠慮なく頼んでくれて良いからな?」
『分かりました!』
イーノック達からの気の良い返事に、火燐も満足そうに頷いてみせる。
「はい、凛様。お待たせしました♪」
「ありがとうエイミー…ってあれ、お出掛けしてたんじゃなかったっけ?」
「凛様がいらっしゃったと伺い、飛んで帰って来ました♪」
「あらら…何だか気を遣わせたみたいでごめんね。」
「いえいえー、私がやりたいだけなのでー♪」
申し訳なさそうにする凛に対し、全然大丈夫とばかりに満面の笑みで応える、赤髪ポニーテールの少女ことエイミー。
彼女は本名エイミー・フォン・マッカネンと言い、元は男爵令嬢だった。
エイミーは幼少期に両親や弟、それと従者や兵と共に馬車で移動中魔物に襲われ、自分以外が全滅。
本人も右手を除いた両手足を失い、全身数箇所と顔面に傷を負う羽目に。
特に顔面は右側縦半分に大きく引っ掻かれた跡があり、見ているだけで痛々しい。
辛うじて生きていた所を保護され、しかしすぐに奴隷商へと売られてしまい、以後数年間を建物内で過ごして来た。
奇跡的に一命を取り留めたものの、当時受けた傷が原因で時折熱が出、また痛みに苛まれる事が多かった。
エイミーは唯一無事とも言える顔の左半分だけでも美少女だと分かり、店主の温情もあってどうにか生きて来たが、精神は擦り切れる一方。
当時発見してすぐに奴隷商へ運ばれた為、知り合いからも死んだと思われ、誰も尋ねて来なかったのも大きい。
そんなエイミーの元に現れる救世主━━━カリナ。
絶望し切った目に耳にカリナの確かな自信と言葉が届けられ、これでダメならもう諦めようとの想いで彼女の手を取る。
購入のやり取りが済み、人目の付かない場所にてポータルを使い、屋敷へ。
ずっと横になりっぱなしで随分と体力が落ちた彼女に与えられるは、活力と快癒。
あれだけ自分を苦しめていた怪我が瞬く間に良くなり、ビックリした勢いで跳び上がる。
続けて思った以上に体が軽かった事にも驚いて、最初こそ呆気に取られはしたがすぐに万感の思いが込み上げ、その場で泣き出してしまう。
後にカリナを遣わしたのが凛だと分かり、彼女と同じく全幅の信頼を寄せていく。
すっかり元の愛くるしい笑顔を取り戻したエイミー。
彼女は(パスタ等の)麺料理屋等のウェイトレスを挟んだ後、VIPホテルのスタッフに抜擢。
リハビリがてら色々な場所を経験させ、もう十分だと判断しての処置。
世界最高峰。
クリアフォレストでも1番だと名高いそこは、かつてアレックス達王族皇族も利用していた場所。
凛の配下憧れの場所でもあり、彼女の一生懸命な所や人気の高さから任されるまでに。
因みに、人気の高さと言うのは子供可愛がりや孫可愛がりだけでなく、異性としての部分も含まれる。
艶のある綺麗な赤髪、猫を思わせるパッチリとした目に距離を感じさせない優しい笑顔と。
彼女の魅力にハートを射抜かれた者は数知れず、交際や結婚の申し込みが多数。
しかし今の生活が楽しいを理由に、全てやんわりと断っているとの事。(実際は凛への恩返しだったり振り向かせたいが本題なのだが)
それと、VIP宿やVIPホテルに務める従業員は全員重役扱い。
16歳にしてそこへ配属されたエイミーも、当然ながら偉い立場となる。
10分後
「以上でご注文の品はお揃いでしょうか?」
「エイミー、口調が仕事みたいになってるよ。」
「あっ、私とした事が!」
そう言いつつ、実はわざと。
料理を並び終えたエイミーがペロッと舌を出してみせる。
「またすぐに呼ぶと思うけど、取り敢えずは以上かな。」
「分かりました、必要な時は呼んで下さいね?それじゃ、失礼しまーす♪」
「エイミー、ありがとなー。」
「ありがとー!」
「ありがとうございます…。」
「いえいえー♪」
凛、火燐、翡翠、楓には言葉で。
笑顔で手を振る美羽へは同じ仕草で応えつつ、後片付けをしにキッチンへと向かって行った。
「どうだ?美味ぇだろ。」
『はい!』
その頃には既にイーノック達は食べ始め、火燐の問いに全肯定の意味で返事。
凛は美羽、翔、ステラ、篝の4人と。
翡翠はアイルと、楓はサーシャに彼女の夫アルバートと談笑。
雫だけ、1人黙々と食べ進めている。
「そうかそうか、なら良かったぜ。んじゃ、オレも食べるとするかな。」
そう言って、満足げな様子で料理に手を伸ばす火燐。
しかし彼女の目の前には、どう見積もっても10人分以上はあろうかと言う料理の品々が。
イーノック達はそれに圧倒され、「あそこだけ凄く料理が並んでるが、全て食べ切るつもりなのだろうか?」とでも言いたげな顔で彼女を凝視するのだった。
エイミーの名字ですが、
髪の色が赤→真っ赤やねん→マッカネンから来ています(しょーもなw
それと、来週は火曜ではなく月曜、0時と正午に上げる予定です。




