166話 62日目
4日後の62日目 午前8時過ぎ
凛はレオンの元を行ったり来たりして互いに持て成し、それと並行して獣国の開発を推進。
同時に死滅の森を切り拓きつつ、クリアフォレスト・サルーン・スクルドに漁業都市アゼル。
それと新たに地下鉄で結んだ、商国首都エクバハを加えた5都市を発展させていった。
「僕が異端…ですか。エリオットさん、どうしてまたその様な話に?」
そんな中で齎された情報。
場所は凛の屋敷を入ってすぐ左にある客間で、相手は少し前よりサルーンからクリアフォレストへ異動したエリオット。
温和な性格な彼が屋敷を訪ね、中へ通してみれば女神教が凛を異端者認定したとの報告が。
凛はいきなりの事に少なからずショックを受け、しかしそれ以上に経緯を知りたいと考えからでた反応でもある。
「(女神教)教会には結構な額をお布施として納めてたので、正直ちょっと予想外です。」
凛は週に1~2回程、サルーン並びにクリアフォレストの女神教教会へ自ら赴き、寄付を行っている。
だがつい先日訪れた際、いつも対応するシスターがお金を受け取らず、むしろ突き返す様な塩対応を受ける。
これを不思議に思ったが、詮索するのは野暮だしまた来た時にでも改めて話をと判断し、「分かりました、また出直しますね」とだけ告げてその場を後にした。
「私も同感です。凛様程の(光属性)の使い手が一向にこちらへ靡かない事に上が焦れたのか、それとも単純に欲を掻いたのかは分かりません…が、何かしらの陰謀が働いているのは確かでしょう。」
「靡く…ああ、自称神子と聖女の方達ですか。」
説得して引き入れるのとは別に、神子や聖女と名乗る若い男女が(凛の元に)来る事がこれまでに何度かあった。
彼らは敬虔な女神教信者を謳ってはいたが、凛を陥落させようと聖国が送り込んだ色仕掛け要員。
即ちスパイだ。
だが性別上は男でありながら、世界最高の美の化身と言っても過言ではない凛に敵う訳がない。
結局は逆に驚かせるか惚れられるで終わり、それどころか思った以上にサルーンやクリアフォレストには容姿の整った者が多く、「真実の愛に目覚めた」と寝返るパターンも。
他にも、娯楽や美味しいものに目移りし、それに当てられたとの弊害から来ている部分もあるのだろうが。
ともあれ、凛の配下もとい仲間になって以降。
接客業だったり講師、冒険者、屋敷の管理等。
様々な分野に籍を置き、職務を全うしていく様になる。
閑話休題
「私なりに調べたところ、何やら良からぬ動きがありそう…とまでは掴めたのですが、それ以上は。」
「エリオットさん、わざわざご報告の為に来て下さり、ありがとうございます。ですがいくら僕の為とは言え、ご自身の立場が危なくなる様な発言や行動は出来れば控えて頂けると…。」
「ははは、ありがとうございます。凛様には援助だけでなく、他にも色々お世話になっておりますからね。せめてこれ位の事はさせて下さい。それに凛様、私が先程言っていたのはただの独り言です。仮に、聖国が私の事を何らかの罪で罰したとしましても、流石に命を取るまではしないでしょう。なのでどうか気になさらないで下さい。」
凛の心配もエリオットはどこ吹く風。
朗らかに笑い、また後日改めて来ますと言って部屋からいなくなった。
(そう言えば前に、マクスウェル様が女神教は権力を振りかざす人の集まり…みたいな事を話してたっけ。その人達が僕のを疎ましく思う可能性は0じゃないだろうな。)
ミイラ取りがミイラになっちゃってる状態だし…なんて考えながら凛は口を開く。
「ナビ、聖都の動きについて調べる事は出来る?」
《申し訳ありません。いずれのポータルも圏外となっております。》
「あ、本当だ。距離がちょっと足りないどころか倍位離れてる。」
神聖国首都は国の南東部に位置し、近いと思われるであろう死滅の森東南東〜南南東。
及び漁業都市アゼルやエルフの里で以てしても大きく離れた先にあり、詳細が分からずにいた。
《はい。代替案としまして、月の目でしたらある程度の情報は得る事が可能です。如何なさいますか?》
「ううん、そこまでしなくても大丈夫かな。ここにいるエリオットさんにまで情報が届いてる位だし、既に聖国は僕を異端認定した後だろうなって思っただけだから。それに、ナビも皆のサポートで忙しいでしょ?何か動きがあった時にお願いするよ。」
《畏まりました。私の方で手が空いた時にでも聖都…特に女神教をチェックしておきます。》
「分かった、十分だよ。ありがとう…あ、ついでにグラディウス隊を死滅の森南東方面に向かわせて貰って良い?あの辺簡単にしか手を入れてないし、丁度良い機会かもって。範囲は任せるよ。」
《承知致しました。》
聖国は女神教のお膝元。
また創造神たる姉のプライバシーを見ているみたいで嫌を理由に、これまでノータッチを決め込んでいた。
たまに来るハニトラ要員を見ては方針を変えようかと考え、しかし思い留まって止めたを繰り返す。
しかしそうも言ってられなくなり、そろそろ思い直す必要が…でもなぁと逡巡し始める。
『(凛、人間って面倒臭い生き物なんだね。)』
『(…!シエル?どうしたの急に。)』
頭上にいるシエルからの突然の念話に、凛は少しだけビックリしつつ応える。
『(だって、凛は皆の為にって沢山沢山頑張ってるのに、まるで凛が悪いみたいな扱い…そんなの悲しいよ。)』
『(驚いた。さっきの話、理解してたんだね。)』
『(もう、はぐらかさないで!人間が皆、凛みたい(な考え)なら良いのに…。)』
『(誰しも、美味しい物が食べたいとか、沢山のお金が欲しいみたいな感情は持ち合わせてるものなんだ。大半の人はそれに向けて頑張ろうとするんだけど、残念な事に自分の欲望の為なら他の人を犠牲にしても構わないって考えの持ち主も少なからずいる。特に人間は、その傾向が他の種族より強いと言えるかもね。)』
『(うん、知ってる…。)』
先日のコレオ然り、ダニエルと戦ったアルビオン公爵然り。
他にも悪意に満ちた貴族や(商国以外の)商人然りと。
シエルは凛の頭の上で視認、又は話や報告を聞き、彼女なりに把握はしていた。
『(今回は悪い方の欲望を持った人が僕に目を付けた訳だけど、女神教は世界で一番有名な宗教だし、こちらから何もしなければ向こうも何もして来ないんじゃないかなぁ…とは思ってる。)」
「(それはいくらなんでも楽観視し過ぎじゃない…?)」
最後はシエルが首を傾げ、「まぁ、大丈夫でしょ」との返し「良いのかなぁ…」と告げ、これ以上の追及は止めた。
それから凛、シエル、美羽の3人は、レオン1家が住まう王城へと向かう。
「やっ、やっ、たあっ!」
「っ、っ、…負けない!」
そこでは、訓練に精を出し、汗だくとなったサラとシーラが。
少し離れた場所には、レオネルの姿もある。
丁度2本の木刀を持ったシーラが攻め、サラは右手が木刀、左手はやや短い木製の小太刀で彼女の攻撃を防ぐ。
防御後、お返しとばかりにサラが反撃に転じているところだった。
2人は憧れのステラに倣い、左右にそれぞれ武器を持つスタイル。
つまり二刀流で戦う事を決めたらしい。
今は始めたばかりとあってまだ拙いが、いずれは(今も講師として2人を観察中の)ステラが行った先日の手合わせみたく、高度な戦い方をしたいと思っている。
そんな2人の様子を、四阿にてレオンが滂沱の涙を流しながら眺めていた。
2人の愛娘が真面目な表情で手合わせを行っている姿に感極まった結果によるものなのだが、今度はそのレオンを周りの人達や獣剛熾爪隊の面々。
タリア、レオパルド、ウェンディは引いた目で見ている。
因みに、サラとシーラはタリアが教えていた事もあり、風属性の初級魔法なら一応扱える。
ただ、運動に関してはレオンの強い反対から、昨日まで完全なド素人だった。
その為、手合わせを始めてしばらくの間は、動きが完全に初心者のそれ。
今はステラからのアドバイスにより、ギリギリ駆け出しと呼べる位には成長したと言える。
「………。」
「ネル君。集中力が乱れてます、よ?」
「大方、父親の意識が妹達に向いているのが面白くないから来たのであろ。」
レオネルは獣人にとっては数少ない術者。
それも更に珍しい闇属性の持ち主で、同じ闇属性の使い手だある朔夜と、メンヘラエルフのユカサッリナオネが指導する役に。
彼女らから諌められ、少しだけ凹みはしたが朔夜の「悔しければ、見せ付ける位に成長してみせい」との言葉に、若干渋々ながらも再びやる気を見せるレオネル。
「朔夜。レオネル殿下は学び始めたばかりなんだよ?理詰めしちゃ可哀想だって。」
「凛か…ステラを前にした篝のおかげで皆が躍起になっておるのじゃ。これを利用しない手はあるまい?」
「昨日の件か。確かに、少しはっちゃけ過ぎたのは否めないよね。」
肩を竦める朔夜に釣られる様にして、凛から苦笑いが零れた。
凛の言う昨日の件。
それを語るには、当日の午後にまで話を戻す必要がある。
場所は同じく獣国王都イングラム王城の庭。
ここに、今日と同じメンバーや篝、それとココを加えた形で訪れたのが切っ掛け。
篝はレオン1家とは既知の仲ではあるものの、実はあまり会話をした事がない。
機会があればと日々思いつつ、中々巡り合えずに今日まで過ごして来た。
そんな彼女が午前中で仕事を終え、屋敷に帰宅。
ダイニングで食事を摂っていると、凛に美羽、それから少し遅れる形でステラが顔を見せる。
聞けば昼食後は王城へ向かうらしく、これは千載一遇のチャンス。
篝は同じ狐人の久遠と親しく、久遠はレオンと旧知の間柄。
距離を縮められるのは今しかないと意気込み、一緒に行くと名乗り出る。
出発する直前になり、何かを察したと言って現れたココも同行するとなった。
「話には聞いていたが、本当に姉の様に慕われているんだな。」
とは、篝の談。
王城で改めて自己紹介を済ませ、サラとシーラに挟まれるステラを見て出た言葉なのだが、ステラはそうでしょー!と得意気。
「で、ですが篝お姉様も負けてません!今日も凄かったんですから!」
するとココが謎の負けず嫌いを発揮し、ここぞとばかりに篝をヨイショする。
篝の男前な性格にやられる女性は多く、最近はサルーンとクリアフォレスト内であれば、至る所で見掛ける度にお姉様コールが。
ココもその1人で、午前中も何十。
下手すると3桁を超す勢いで黄色い声が篝に届けられ、それを知っているが故に出た発言なのだろう。
つまり、いくらステラや王女2人が相手でも1歩も引く気はない。
本当に優れているのはウチのお姉様だと言外に告げたいのだと思われる。
そこまで焚き付けられてはステラも黙っている訳にはいかず、「へぇ、ちょっと気になるかも」と怪しい笑みで近寄り、あれよあれよと手合わせする方向へに。
強者同士の戦いはウエルカムなレオンが止めなかったのもあり、この場にて実践する運びとなった。(ココ1人だけ「わ、私が余計な事を言ったばかりにー!」と狼狽えていたが)
「それではステラ…行くぞ!」
「おっ、おおおお…っと!最初からスキルを使うとか、篝ちゃんかなりやる気だね!」
始まってすぐ、篝が自身を中心に分身を展開。
あらゆる角度からステラへ斬り掛かった。
これに、ステラは影分身で対応。
篝の攻撃を一頻り避けた後、同じ数だけ等身大の黒い影を生み出し、それぞれ向かわせる。
「ふふ、あたしの攻撃を軽く防いでおいて良く言う。」
「まぁねー、これ位なら。」
あっと言う間に1対1から多対多へと状況が切り替わり、戦いの場は1箇所から庭全体へ。
地上、空中問わず激しい戦闘が繰り広げられ、その中心にいる本体同士が斬り結びながら笑い合う。
「ならばこれはどうだ…紅蓮剣!」
「ちょーっ!!」
かと思えば篝が一旦距離を取り、木刀の周りに炎を集めた斬撃━━━紅蓮剣を放つ。
大きく振りかぶられたそれは、動きに見合うだけの放物線を描き、篝本人と共にステラの元へ。
驚いた彼女はやや大仰気味にぴょいーんと横っ跳びし、直後ドバァァァァァンと破砕音が。
「………。」
恐る恐るステラが後ろを振り向けば、着弾地点に直径5メートル程のクレーターが。
凛達は呆れ、獣国の面々は挙って驚愕の顔を浮かべていた。
「ちょっと篝ちゃん!間違ってもこんな所で使う技じゃないでしょ!?おかげで騒ぎになっちゃったじゃない!!」
城の内部で起きた騒ぎを聞き付けた兵達が詰め掛け、レオンが諭す様子をステラが指差す。
「ははっ、悪い悪い。ステラなら避けると分かっていたからこそ(紅蓮剣を)放ったんだ。実際、その通りだっただろう?」
「…ふーん、そんな態度取っちゃうんだ。良いよ、なら僕も応えてあげる、よ!」
実戦の雰囲気を見せるつもりが、想定外の状況に持っていった挙げ句、全く悪びれない態度にイラッとしたのだろう。
ステラが半目で篝を睨み、分身を全て消失。
お返しとばかりに紅蓮剣をお見舞いするも、華麗に躱されてしまう。
「やる気になったみたいだな。それじゃ、なるべく周りに被害を与えない方向で(手合わせを)楽しむとするか!」
「既に2箇所空けちゃってるし、今更だけどね!」
「悲しい、事件じゃった。」
朔夜が遠い目で呟く。
篝とステラは時間が経つ毎にヒートアップしていき、最初は紅蓮剣だけだったのが雷を纏わせた迅雷剣が追加。
更に、炎と雷の合わせ技紅蓮爆雷陣に、風と雷の合わせ技風雷迅剣、炎に特化した煉獄剣や雷に特化した轟雷剣等。
破壊力の高い技の応酬を受け、手入れの行き届いた庭がそれはそれはもう酷い有り様に。
幸い(?)射程距離と効果範囲は調整してくれたらしく、建物に関して被害はなかった。
ただそれでも手練れの2人が放つ技の影響は凄まじく、見るも無残な光景へと成り果てた事に変わりはない。
「い、いやあああぁぁぁぁぁぁ!!」
この場所をこよなく愛していたタリアが悲鳴を上げると共に白目を剥いて倒れ、ビックリしたステラと篝が戦闘を中断。
最早手合わせどころではなくなり、有耶無耶な状態のままで終わると言う。
何とも後味の悪い終わり方となった。
「いや、君も意外と楽しんでいたよね?」
そんな中、(周りの空気を読んで)声には出さなかったものの、密かに高揚していたのを凛は見逃さなかったらしい。
彼の指摘に、朔夜はそっと視線を逸らした。
タリアが気絶した後、凛と美羽が庭を復元し、手合わせが行われる前の綺麗な状態に。
ただそれでもタリアの溜飲は下がらず、主犯である篝とステラ。
ついでに許可を出したレオンが彼女から説教を受ける羽目に。
凛と朔夜のやり取りは彼女らを眺めながらのもので、ココは「ごめんなさいごめんなさい悪気はなかったんですでも無邪気なお姉様を見れて嬉しかったって言うかいえそんな話じゃありませんよね本当にごめんなさい」と、燃え尽きた様な顔でぶつぶつ呟いていた。
それから、手合わせに関する取り決めがいくつか成され、当然ながら熟練者同士での組み合わせは禁止となった。
説教が終わるのを合図に、王女、王子の訓練を再開。
正午前まで続けられ、凛1行はレオン達に別れを告げて屋敷に戻る。
「あ、凛様や。お~い、凛様~。」
すると、キッチン近くまで進んだ辺りでアイルがダイニングに顔を出し、「えへへー、やっぱここは落ち着くなー♪」なんて言いながら小走りで駆け寄って来た。
「あれ?アイル?それに皆さんも。大所帯でどうしたの?」
アイルとは別でサーシャとココ。
彼女ら以外に、3人の少年少女と成人男性の姿もあった。
「あんなあ、軽くやけどどうにか落ち着いてん。せやからそろそろ皆の紹介したいなー思て、屋敷に連れて来たんよ。」
「そうだったんだ。」
凛の返しに、アイルはニコニコしながら「せやねん」と相槌を打つのだった。




