163話
「…それでは、次の段階へと進ませて頂きます。」
開目した紅葉が静かに告げる。
兵達は近く同士で話し合い、「次の段階?」「段階ってどんな意味だ?」「俺に言われても知るかよ」等の反応を示す。
「貴方方の中に、悪魔憑きの方がいらっしゃいますね?」
その1言でざわめきは増し、「あ、悪魔憑きぃ!?」「禁忌のやつじゃねぇか!!」「誰だ!悪魔になんて手ぇ出してる奴は!お前か!?」「俺じゃねぇよ!」と、一気に遽しくなる。
「クソッ!どいつが…いや待て、これは自分以外が怪しいと思わせる為の罠なんじゃあ…?」
そんな中で漏れた1人の兵の呟き。
これにより仲間同士を疑心暗鬼に陥らせる為の虚言ではないかとの考えに至る様になり、皆の視線が一斉に紅葉の方へと向く。
「そうですね。確かに、悪魔憑きの方はそちらにはいらっしゃいません。」
「そちらには、って…!まさか!?」
「何を今更…」とばかりに抑揚のない話し方をする彼女とは裏腹に、ここでやっと誰が悪魔憑きであるかが分かったらしい。
先程疑いを掛けた兵が凄い勢いでコレオを見やり、他の兵達もそれに倣う。
「残念ですが、コレオ様ではありません…そうですね?」
再び目を閉じながらの紅葉の言葉に、コレオはチッと舌打ち。
「…どうして分かった。」
「私の後ろにいらっしゃる方々をもうお忘れですか?」
「死霊魔術、か?」
「ええ。私の能力の1つに、その方に宿っている魂を視る事が出来ます。お二方の無念も。」
紅葉は『お二方』の所で、コレオの取り巻き。
かつ彼の近くにいるソカニとモテルーノ、その頭上にいる魂をちらりと見る。
「死霊魔術師と言うのはそこまで分かるのか、忌々しい…ならば、今更隠す必要はないな。」
そう言い終えると同時に、ソカニとモテルーノの体に異変が。
バキバキ…メキメキ…と音を立てながら少しずつ大きくなり、やがて破裂した。
「ふぅ…本来の体に戻るのは久し振りだな。」
「そうだな。兄者よ。」
ソカニやモテルーノだった者の中から出て来たのは、体長が軽く3メートルは超えているであろうかと言う巨躯。
肌は黒く、2本の角に大きな羽を生やした2人組の男性━━━悪魔だった。
姿形はあまり…いや全然似ておらず、その辺は変化前とそう大差ない。
そして痩せた方が肥えた方を兄者と呼ぶ事から、2体はかなり近い関係ではないかと推測される。
ついでに、同じ悪魔でも可愛らしい見た目のイルマとは異なり、如何にも邪悪さを形容する様なフォルムでもある。
「しかしお前達の勝利はこれでなくなった。」
「僕達をそこらの悪魔と同じだと思わない事だ。」
2体はソカニやモテルーノに乗り移った当時、下級悪魔だった。
しかしコレオと過ごして得た、幾千幾万の負のエネルギーを元に大きく大きく育ち、今ではデーモンロードの中でもギリギリ上位に入るかどうかの実力にまで成長。
先程紅葉が屠った、トロールキングの数段上を行く強さとなった。
「あれが悪魔…。」
「ソカニ様とモテルーノ様、両方に憑いていたとは…。」
「俺、(悪魔を)初めて見た…。」
「如何にも強そうって感じの見た目だよな。」
小声で話す兵達の言葉が聞こえたのか、2体の悪魔は心做しか得意げだ。
尚、凛達の所にもイルマや玄、遥と言った悪魔(若しくは夢魔)はいるが、いずれも可愛らしかったり、普通の人間の姿。
ここまで禍々しい見た目をした者は紅葉達も初めてではあるが、心底どうでも良かったので触れなかったりする。
「デーモンロード…それも高位と来ましたか。」
「ほう、我らの強さを一目で見抜くか。」
「ならば尚の事分かるはずだ、僕等と君達との力の差を。」
「そうですね…。」
「だからこそ━━━」
「いつまで話しておる!さっさと片付けぬか!」
憂う紅葉に、兄と呼ばれた悪魔が問い掛けようとするも、コレオによる邪魔が入った。
「チッ、せっかちな主殿だ。」
「兄者よ、もう良いのではないか?そろそろ━━━」
「まぁ待て弟よ。その話は決闘とやらが終わってからだ。」
弟はコレオに対して既に見切りを付け、処分したがっていた。
反対に兄の方はまだ利用価値があると踏み、今後に備えて力を蓄えるつもりでいる。
「…分かった。」
弟は不承不承ながらも説得に応じ、兄と共に改めて紅葉達の方を向く。
「さて、初めて会ったばかりで悪いが、我らの糧となって貰おう。我が名はガルヴァだ。」
「僕はニルヴァ。全員の肉片、血の1滴、感情の一欠片まで余す事なく使ってやるから安心すると良い。」
2体の悪魔はアピールでもするかと如く羽を大きく広げ、ゆっくりと飛翔。
「まずは小手調べと━━━」
そして痩せた方の悪魔…ニルヴァがニィと笑い、狂気を剥き出しにする。
直後、左側の羽、その中心部分がゴッソリと抉られた。
「っ!?」
「…ほう。どうやら、考えを改める必要がありそうだな。」
バランスを崩したニルヴァが空中でよろけ、ガルヴァが弟を見てから攻撃の主。
小夜に険しい顔を向ける。
「あまりにも隙だらけだったからつい…貴方達、本当に強いの?」
小夜は練習用の短槍━━━ではなく、彼女の専用武器である『夜叉』。
投擲後自動で手元に戻る機能で再び夜叉を掴み、前方へと突き付ける。
彼女の煽りにガルヴァ兄弟が見事に引っ掛かり、「小娘が…」「たまたま上手くいっただけだ。調子にのるなよ」と青筋を立てる。
そこへ、遥か後方より攻撃が。
ゴウッと音を立てながら飛んで来るそれの正体は、真っ赤な炎のブレス。
目標は紅葉を含めた4人…から少しだけ離れた地点で、(ガルヴァ達も含め)牽制のつもりで狙ったのだろうが…紅葉はそれを黙って見送るつもりはない。
頭上を通り過ぎた辺りで魔法障壁を展開し、ブレスを明後日の方向へ。
その為彼女達に被害はなく、代わりに斜め上方向から爆発音が。
「ぐわぁぁぁ…!」からの「あ、兄者ーーー!!」と言う声が届けられた様な気もするが、恐らくただの勘違いだろう。
「いつまで経っても終わりの合図がないから来てみれば…こりゃあ雑魚共の手に余るのも納得だな。」
そう不満を漏らしながらやって来るのは、高校生位の見た目の男子。
それも日本人だった。
「おお、タケルか!」
コレオからタケルと呼ばれた日本人男子は赤いドラゴン…炎神龍ファフニールの背に乗り、10メートル程の高さからコレオや紅葉達を見下ろしていた。
それと彼のお供なのか、周囲には風神龍ヴァーユに地神龍クエレブレ。
トレント系の最高位の1つドレッドノートに、巨人系の最高位の1つアンタイオスの姿もあった。
コレオはタケルを見て安堵している様だが、それはタケル本人かファフニールを含めたお供に対してなのかは不明だ。
尚、赤、緑、茶色のドラゴンがいるが、これを凛の配下に例えた場合。
つまり茜、風華、垰はいても、雷華はいない状態。
なのでもしここに彼女達がいた場合、雷華が「私は?」とでも言いそうではある。
閑話休題
「トロールキングの魔石が壊れたからな。俺の手札の中で最弱とは言え、あんなでも『6魔天』の内の1体だし一応見に来てやったんだよ。」
タケルこと倉持武は、12年前にこちらへ飛ばされた転移者。
転移時にユニークスキル『魔石使い』を獲得。
魔石を媒体に、元となった魔物が召喚出来る様になった。
それとは別に、経験値代わりとして吸わせる事も可能に。
取捨選択を行い、不要な魔石は強いものへ向かわせて強くするを幾度となく繰り返した。
6魔天の内、半数がドラゴンで占めているのは強者=ドラゴンは外せないとの個人的理由から。
来たばかりの時は中学生で、異世界に来たとの溢れ出るパッション等が重なった結果、この形に落ち着いたのではと考えられる。
それとどうでも良い話ではあるが、武はファフニール、ヴァーユ、クエレブレ、ドレッドノート、アンタイオス、そして紅葉に斃されたトロールキングの計6体を差す言葉に、少々イタい名称を付けてしまったらしい。
凛サイドから「くく…」「ぷっ」「6魔天って…」「ちょっと、笑い過ぎだよ」から、「あー…」「厨二病か、久しぶりに見たな」『チュウニビョウ?』まで色んなコメントを頂いていた。
(紅葉ねぇ、何故か日本風の名前と顔立ちなのは今は置いておくとして。話に聞いた通りかなりの美しさだ。ならば少しでも印象を良くしておかないとな)
ただ、当の本人こと武は全く気付いていない模様。
クールを気取り、内心で今の登場の仕方は格好良いと思い込んでいた。
また紅葉の気を引く事ばかりに意識が傾き、嘲笑やツッコミは聞こえていなかったのもある。
「タケル、前置きは良い!さっさと倒してしまえ!」
「あ〜、煩い。ホンット煩い侯爵様だ。」
コレオは食事と寝床を。
武は戦力する間柄で、言わばギブアンドテイクの関係。
割合的には武の方がお世話になっているのだが、見ての通りコレオがギャンギャン吠えるので、こうして鬱陶しがる事も多い。
今も片耳を塞ぐ形でウザがり、しかし紅葉から声を掛けられた途端シャキッとする。
「貴方様もタケルと仰るのですか…。」
「もと言う事は、俺以外にもタケルがいる訳か。ふっ、さぞ俺みたく素敵な━━━」
「いや、不意を突いて、それも遠距離から攻撃を仕掛ける奴のどこが素敵だよ。冗談は顔だけにしろ。」
「辛辣が過ぎる!?」
武は紅葉に褒められたと勘違いして気を良くし、ふぁさっと前髪を掻き上げる。
しかし暁からバッサリと一刀両断され、その容赦なさに思いっきり目を剥いた。
因みに、武の顔自体は悪くはないが良くもない。
「ついでに、こいつらを雑魚呼ばわりしているみたいだが…俺達からすればお前も大して変わんねーよ。それはウチの猛も同じ思いだろうよ。」
「ふ、ふん…強がりを言ったところでそんな━━━」
武は腕組みし、目を閉じて強がりを言おうとするも否応なく中断させられる。
「なっ、俺のペット達が!?」
ほんの少し目を離した隙に風神龍ヴァーユ、地神龍クエレブレ、ドレッドノート、アンタイオスの4体が弾け飛んだからだ。
武はバババッと周囲を見渡し、目を白黒させたまま暁の方を向く。
「強がり?それはお前の方だろ…煌穿牙!」
風神龍ヴァーユ4体は旭達が遠距離攻撃で倒し、仕上げとばかりに暁も光と炎属性を帯びた攻撃━━━煌穿牙を放つ。
始めこそ三日月状の斬撃だったそれは少しずつ形を変え、やがてドラゴンの頭部に。
最後はゴァァァァ…と咆哮を(ついでに武が悲鳴も)上げながら肉薄。
そのまま炎神龍ファフニールを飲み込み、他の個体同様ダメージのキャパシティを超え、消滅していった。
頼みの綱であったファフニールが消え、同時に足場まで失った武。
踏ん張ったり空中を泳ぐ仕草を見せるも、結局は普通に墜落する流れとなった。
「さて、邪魔者は排除しましたし、そろそろ決闘も終わり━━━」
「ま、待て!」
「我らの存在を忘れるな!」
顔の近くで両手を合わせ、満面の笑みで告げようとする紅葉。
しかしガルヴァ兄弟がこれを遮り、慌てた様子で飛び出す。
2人は名乗りを上げて以降、全く活躍出来ないまま悪い部分だけを曝け出してしまった。
挽回しようと躍起になっているのだろうが、それはあくまでもガルヴァ達側の都合。
紅葉からすれば全然関係ない事で、むしろセリフを中断させられて若干落ち込むまである。
そんなどうでも良さを裏付けるかの如く、素早く動いた影が。
「紅葉様の御前だ━━━控えろ下郎。」
「もうお前らの出る幕はねぇんだよ。引っ込んでろクズ共が。」
暁と旭だった。
2人はガルヴァ達の真横を通り抜け、数メートル後方で停止。
そしていつの間にか持っていた不動と紫電をチンッと鞘に収めればガルヴァは左右に分断。
ニルヴァは細切れになり、2体共発火。
ガルヴァ達は白く激しく燃える炎により浄化され、瞬く間に焼失。
短い断末魔の後には何も残らず、呆気ない最期となって終わった。
これにアレックスを中心に歓声が上がり、反対に兵達からは阿鼻叫喚の声が。
「こほん。そろそろ決闘も終わりに…。」
少々わざとらしい咳払いの後に仕切り直そうとするも、向こうはそれどころではない。
知らなかったとは言え、神輝金級クラスの味方があっさりと敗れたからとの心理が働いたのだろう。
彼女らがいた地点を中心に『う、うわぁーーー!?』と悲鳴が轟き、蜘蛛の子を散らすみたく逃げ惑う。
「無理だ、勝てっこねぇ!」
「あんなの相手出来るかー!!」
「どけっ、どけーーー!」
「お前こそどけ!邪魔なんだよ!」
「何だと!?」
「止めろ!仲間内で争っている場合じゃないだろうが!」
「「ああ!?」」
決闘場は大パニックに陥り、(普段の行いが常識的かどうかは別として)正常な判断が出来なくなり、他の兵に突っ掛かる者もちらほら。
別な兵が宥めるも今度はそちらに矛先が向かう等し、完全に混沌の坩堝と化していた。
「うぅ…誰も話を聞いて下さいません。私、悲しいです。」
「紅葉様…いや、何も言いますまい。」
紅葉はよよよ…と泣き真似をし、何か言おうとする暁ににっこりと微笑み掛ける。
「暁、何か仰りたい事がある様ですね?」
「いえ、本当に大丈夫なので気になさらないで下さい。」
「そうですか。この件は後程じっくりお話すると致しましょう。」
「う…。」
紅葉はこの面子だと茶目っ気を含ませる場合がしばしば。
しかしそれは割と最近になって分かった事。
元彼女の護衛だった暁は立場を考えて欲しいと諌めると見せ掛け、実は似合わないと言おうとしたが正解。
ただ紅葉がじっくりをの部分を強調した事で確実にバレたと踏み、自ずと気まずげな顔になるだけでなく冷や汗まで流す。
そんな暁に送られるのは、馬鹿ねぇと言いたげな月夜に、ニヤニヤとした旭の視線。
暁は「旭は後で絶対〆る」と心に誓いつつ、その前にもまずは目の前の窮地を脱しなければと必死に頭を働かせる。
「はぁ。分かってはいましたが、このままだと収拾が付きそうにありません…クロエ。」
「はーい!わっかりましたーーー!」
現時点まで概ね計画通りとは言え、いつまでも兵達の見苦しい姿を見たい訳ではない。
それは全員が同じ思いで、紅葉から水を向けられたクロエにとっても然り。
彼女は自分の本来の出番を今か今かと心待ちにしており、ようやく出された指示に元気良く挙手してみせるのだった。
もしタケルの部分を引っ張った場合のお話↓
紅葉「貴方様もタケルと仰るのですか…。」
武「もと言う事は、俺以外にもタケルが━━━」
猛「呼 ん だ か ?」(料理講師の仕事中)
武「ぎゃああああああああ!?」(刈上げ金髪で強面ムキムキ男性のエプロン姿を見て驚いた構図)




