159話 55日目
次の日の55日目、正午頃。
獣国王都イングラムのとある食堂、その2階部分にて。
1つのテーブルに4人組━━━フードを被ったレオンに、同じくローブ姿で彼の末娘のサラ&シーラ姉妹。
最後にいつもの黒装束(ただし首から下のみ)のステラが座る。
2対2ではなく、レオンと3人が向かい合い、ステラの両側に双子がと言う構図だ。
「ここは昔から何度も通っている場所でな。今でも気分を変える目的でたまに利用してる。」
「へー、意外です。」
ステラ達が現在いるのは如何にも大衆食堂的な建物。
王族たるレオンが庶民に混じり、食事を摂る風景が想像出来ないのだろう。
小首を傾げ、それに釣られる様にして双子も傾げるものだからレオンがクスッと笑う。
「実家がこの近くにあるんだよ。親父は昔から戦闘はからっきしだったし、尚更目を光らせないとってな。」
「成程、理髪店を経営されてましたもんね。」
「…やっぱ知られてたか。ま、そう言う事だ。」
頷くステラにレオンも頷きで返し、改めてステラの今の状態を見やる。
自身の両腕をサラとシーラがガッチリ固め、碌に身動きが取れない状態。
流石にこれから行われる昼食では離すだろうが、終わり次第元に戻るであろう事が予想される。
「しかし、なんだな。まさかお前さんがここまで気に入られるとは思わなかったぜ…。」
「確かに…。」
複雑な表情のレオンに釣られ、ステラも苦笑いを浮かべた。
ステラはサラ達の3つ歳上で、分類的には同じ猫科。
遠からず仲間だと思い、また彼女の人柄に惹かれ、初対面からわずか2、3時間程で物凄く懐かれた。
その懐きっぷりたるや、ステラをライバル視する猫獣人のキャシーがちょっかいを出そうとし、邪なオーラを感じたとかで物理的に排除。
能力値上ではキャシーの方が上なはずなのだが、何故か太刀打ち出来なかったとか。
また、ステラと同郷であるアレックスが話し掛けようと近付いて来た際、取られるとでも判断されたのか全身の毛を逆立てて威嚇。
懐柔や説得を試みるも全く効果はなく、アレックス側が降参の意を示した程だ。
これらの結果から、彼女らは意外に独占欲が強い事が分かった。
凛達は疎か、家族の言葉ですら聞く時と聞かない時があり、それが元で周りを振り回す例がしばしば。
「よぉ…久しぶりだな。」
それから4人で話しながら昼食を摂り、ぬっと現れた熊の獣人によってそれは中断させられてしまう。
その熊の獣人は身長180センチ以上あるレオンより更に高く、焦げ茶色の毛並み。
そして見るからに粗野な性格っぽい出で立ちをしている。
「…ガルシアか。」
「おおよ、会いたかったぜぇ?」
「俺は会いたくなかったんだが…。」
「んなつれねぇ事言うなよ。俺とお前の仲だろ?」
「恋人みてーに言うな。気持ち悪ぃ。それに面と向かって会ったのも獣王戦と『その後』の2回こっきりじゃねぇか。」
「そうだな。そのおかげで俺は獣王でなくなった。それはそれはもう惨めだったぜぇ?」
「知るかよ。むしろお前のせいで獣王をやらされる俺になってみろってんだ。」
「なら代わってやろうか?」
「アホ言え。お前じゃ国が潰れると判断したから俺が動かざるを得なくなったんだろうが。」
「そりゃ残念。」
片方の口角を上げ、くつくつと笑うガルシアに、レオンが「本当に気持ち悪い奴…」と漏らした。
ガルシアは前獣王。
レオンとは獣王戦で戦い、そして敗れた因縁の相手となる。
彼は国のトップと言う立場を良い事に、獣王を務めていた4年もの間、実に好き放題。
贅沢三昧は勿論。
力が全てと言わんばかりに弱い者を虐げ、器量の良い女性がいると知るや無理矢理攫い、奉仕を強制させた。
当時家族と共に国内を転々としていたレオンは、苛立ちこそしたものの首を突っ込む気まではなかった。
しかしその魔の手が長女ウェンディに伸びようとした事で考えを一変。
これまでの修行で培った力を見せ付け、迫り来る敵の悉くを薙ぎ払い、蹴散らしてみせる。
最後は獣王戦でガルシアを打ち倒し、自らが獣王に。
レオンはこれで終わりのつもりだったが、ガルシアは違う。
挽回のチャンスをずっと窺い、とある協力者からの情報を元にここへとやって来た。
「んで、俺に何か用か?」
「ちょっと面貸せ。」
「嫌だ、と言ったら?」
「そん時は外にいる手下共を(店の中に)けしかけるだけだ。」
「はぁ〜、分かった分かった。仕方ねぇから付き合ってやるよ。」
「娘達もだ。」
「要望の多い奴だな…っと。すまねぇな皆、面倒事に巻き込んじまった。」
若干申し訳なさそうにするレオンに対し、ステラ達は大丈夫と首を振る。
それから、ガルシアの「さっさと行くぞ」との言葉を合図に移動を開始。
彼と共に店の裏手へと回った。
「来てやったぞ。」
渋面のレオンがそう言うとガルシアがにやりと笑い、どこからともなく猿人、鼠人、馬人、牛人等の獣人が姿を見せた。
すぐにレオン達は取り囲まれ、臨戦態勢を取る。
「…何の真似だ?」
「いやな、お前が獣王だと困る奴がいるんだよ。俺を含めてな。」
ガルシアが薄ら笑いを浮かべ、彼の取り巻き達もへっへっへっへっ…と追随。
有り体に言って気持ち悪く、女性陣が嫌悪を通り越し、引き攣った顔で鳥肌を立てていた。
「はぁ…下らねぇ。そして懲りねぇな。だからお前らは揃いも揃ってダメだっつー烙印を押されたんだよ。」
獣王戦での一戦後。
ガルシアは新たな獣王誕生を祝う式典が行われるよりも先に、レオンを亡き者にしようと画策。
大勢の獣人達を掻き集め、祝勝会会場を襲撃した。
しかし結果は見事なまでに失敗。
理由の1つとして、同じ熊人でありながらガルシアの考えに付いていけず、計画話を土産に離反した(獣剛熾爪隊メンバーの)ウーノ達数名の協力。
1つは、レオンだけでなく妻のタリア、それと長男のレオパルドに長女のウェンディもかなりの猛者であった事。
1つは、レオンの試合の様子を見に来た久遠達やリアム夫妻も戦闘に参加してくれた事だ。
最後の点に関して言えば、急遽獣国に於ける最強部隊。
或いはドリームチームが結成された瞬間でもある。
それによりガルシア達はただの烏合の衆へと成り果て、集まった300人以上がものの数十分で全滅。
特にガルシア本人は念入りにぼっこぼこにされ、再び悪巧みをしないよう、酷い顔のまま念書まで書かされた程だ。
また彼の計画に参加した多数の獣人。
特に猿人、鼠人、馬人、牛人については今回の1件が尾を引き、種族そのものの評価を下げる事態にまで発展。
他種族から厳しい目で見られ、当然ながら獣剛熾爪隊のメンバー入りは不可とされた。
だが彼らは全く懲りていない。
レオンが呆れるのも当然で、侮蔑を含ませた発言にガルシア側が『はぁ!?』憤り、「ふざけんな」「誰のせいでこうなったと思っている」等と無責任な言葉をぶつけて来る。
「もう我慢ならねぇ!お前ら、少し痛い目に遭わせてやれぁ!!」
そこから軽い睨み合いが行われ、ガルシアの叫び声と共に彼の取り巻き達が一斉に飛び掛かった。
━━━やる事が一々小物じゃの━━━
レオン達が応戦の為に動こうとする。
正にそのタイミングで、彼らの周りを覆う様にして黒いオーラが発生。
獣人達は衝撃により吹き飛ばされ、上空から1人の女性が音もなく降り立つ。
「…何だぁ?人間の女、いや龍人か!」
「左様。仮にも『王』だった者がコソコソと…恥を知れ。」
声の主は朔夜だった。
彼女は広げた宵闇で口元を覆い、悠然としながらも厳しい視線をガルシア達に向ける。
「朔夜か。お前も大概神出鬼没だよな。」
「雫みたいに言うでない…それに、来たのは妾だけではないぞ。」
そう言い終えると共に、段蔵を含めた十数人が影から出現。
その中には冥神龍ハデスの奈落や、冥神龍ヘルの黄泉等の姿もある。
「むー、朔夜ちゃんばっかりズルい。僕だって準備して来たのにー。」
負けじとステラが不満を漏らせば、今度は目元以外を黒装束で覆ったねこ忍隊も合流。
双方共に音もなくいきなり現れ、しかもあっさりと数の優位性を引っくり返された事に、ガルシアサイドが驚きを露にする。
「おじさん。これでどっちが不利な状況か分かったでしょ?だから暴れるのは止めない?」
「…なんだぁ?この猫の嬢ちゃんはよ。」
どうしたものかと策を弄するガルシアに齎されたステラからの提案。
気負わずにとことこと歩いて来る彼女に、ガルシアが訝しむ。
その様子をサラとシーラの2人が心配そうに見詰め、やれやれと言った感じでレオンがステラの前に出る。
「この子はステラ、客人だ。こう見えてお前どころか俺よりも強い。手を出すのは止めた方が━━━」
「レオン様、こう見えては余計です。」
「はははは…スマン!」
レオンは笑って誤魔化そうとしたが、ステラの。
そして娘達の刺すような視線に耐え切れなかったらしい。
即座に謝罪し、今度はガルシアから呆れた顔を向けられる。
「お前な…いつからそんなつまらん冗談を言う様になったんだ?俺を馬鹿にしてんのか!?ああん!?」
「んー、まぁそうなるよなぁ…。お前の言う事も分かる。普通ならな。」
ステラは年齢の割に少し幼い容貌をしており、ガルシアやレオンの言葉にキョトン顔。
とてもではないが、獣王や前獣王より強い様に感じられないのも頷ける。
「うむ、ステラは紛れもない強者。この程度の小童なぞ、余裕のよっちゃんなのじゃ。」
「朔夜ちゃん、それって…いや何でもない。」
ステラはドヤ顔の朔夜にツッコミを入れたい衝動に駆られるも、わざわざ地雷を踏む必要はない。
なので初めて聞く言葉ではあるが自重し、敢えて飲み込む事にした。
「お前等!揃いも揃ってこの俺を馬鹿にすんじゃねぇーーーっ!」
そこへ、痺れを切らしたガルシアが右腕を振り翳し、ステラへと殴り掛かる。
「っ!」
「…ねぇ。僕、さっき暴れるのは止めてって言ったよね?」
しかしガルシアの拳はあっさりと受け止められ、低い声を発する彼女に得も知れぬ恐怖を覚える。
(な、何だこいつは…?レオンの言う強者ってのも強ち間違いじゃないってか…だがな!)
ガルシアは力任せに腕を引き抜き、5メートル程バックステップ。
へへ…と不敵な笑みを浮かべ、反対にステラは半目のままガルシアを見据える。
「…あーあ。折角人が親切に忠告してやったってのによぉ…手ぇ、出しちまったなぁ!」
レオンは溜め息の後、瞬時に闘気を漲らせる。
「な…な……。」
「許せる範疇は超えたと言ったんだ。全員、覚悟は出来てんだろうな?」
レオンから放たれる強烈なプレッシャーに、取り巻き達は尻込み。
(あん時より強くなっている、だと?くそ、ふざんけんな)
ガルシアも勝ち筋がまるで見えず、どれだけシミュレートしても数十秒後にはボロ雑巾みたく無様に負けるビジョンしか浮かばない。
気分だけでなく姿勢までも後ろ向きになり、自らを叱咤する形で無理矢理気合いを入れ直す。
「くっ…なら!お前の娘を人質にでもして、この場をやり過ごさせて貰う!」
自棄になったガルシアはサラとシーラを標的に定め、(レオンより規模が小さいものの)身体強化を施し、全力でダッシュ。
右腕を2人に向けて伸ばすも、その試みは虚しく終わる。
「…!ぐっ…!何だ、う、動かねぇぇっ…!」
いつの間にか移動したステラにより、彼の手首が掴まれたからだ。
「ふんっ!ふんっ!ふんーーーっ!」といくら力を入れようがビクともせず、パントマイムでも見ているみたいに感じられた。
「だから、暴れないでって…何度言えば分かるのさーーー!!」
「あば、あばば、あばばばばばばばばば…!!」
怒ったステラが手首を掴んだまま纏雷スキルを発動。
彼女の周りを電気が覆い、その腕越しにガルシアは思いっきり感電してしまう。
これにレオンが「うぉっ!纏雷使うとか相当怒ってやがる!?」と驚き、サラとシーラは2人して口元に両手を当てて目を見開く。
「が…がががが…が…がはっ……。」
「…ふぅ。全く!これだから聞き分けのない大人は困るんだよ!」
やがて、軽く黒焦げになったガルシアが白目を剥いて倒れ、ステラはそんな彼を見下ろしながらぷんぷんと怒ってみせる。
「すげぇ…。腐っても元獣王のガルシアがまるで相手にならねぇとか…。」
負けはしなくても、ガルシアと戦えばそれなりに苦労するレオン。
しかしがステラは赤子の手を捻るが如く圧勝して見せた。
そんな彼女に戦慄を覚え、怒らせてはいけないリストの中にステラも追加しようと心に決めるのだった。
旧ゆるじあでは襲って来た獣人の内、ガルシア以外は猫人かつ少人数としておりましたが、他種族に変更。
猿人達が獣剛熾爪隊に入れなかったのは上記が理由となります。




