157話 54日目
3日明けた54日目 午前6時半過ぎ
「ねーねー、凛ー。今日は何するのー?」
屋敷のダイニングにて、凛の膝の上に座る少女が見上げながら尋ねる。
「そうだねー。シエルは何がしたい?」
「私?うーん…。」
少女はカーバンクルのシエルだった。
人間となった今の姿は年の頃が10位で、身長が130センチ弱。
背中まで伸ばした髪はふわふわで、魔物の時と同じく青みがかった水色。
そんな少女シエルは、今の見た目となっても額に赤い宝石が付いたまま。
皆が彼女の正体を知っているので誰も何も言わないが、外に出る時は額を隠す目的を兼ね、白いニット帽を被って貰っている。
「んー、どうしよっかなぁ。」
「♪」
凛が軽く考えながら彼女の頭を撫で、シエルが気持ち良さそうにする。
シエルは凛の頭の上にいるのを良く見掛けるが、最近はこうして甘える事も多い。
それは地球で言うところの小学生の妹が中学生の兄(姉?)へべったりな風にも見え、周りを和ませる。
「ねぇねぇマスター、これ使って良い?」
そこへ、美羽が話し掛けて来た。
彼女は白地にネギの絵が記載された、小さめの缶飲料らしきものを手にしている。
「ん?ああ、そっか。そう言えば、昨日の晩から冷蔵庫で冷やしてたんだっけ。」
凛が視点を定めたもの。
それはかつて、ミゲルがジェフと戦った際に用いたブーストエナジーだった。
エナ◯ードリンクの愛飲者である、アレックスの意見を元に作られたものでもある。
ブーストエナジーはレモンやアップルと言った果物から始まり、今では数多くのフレーバーが存在。
「そだよー♪ボクのはネギ味♪」
美羽が持つネギ味もその1つ。
ただ、美羽が喜びを表現する一方。
予想はしていたがまさか本当に…との意味で、彼女と凛、シエルを除いた周りから一斉に吹かれた。
「火燐ちゃん達は━━━」
「いつの間にネギ味なんて用意したんだよ…どれどれ。」
そして美羽が尋ねるよりも前に火燐、雫、翡翠、楓が魔導冷蔵庫を漁っており、「聞くまでもなかったか」と肩を竦める。
「お、コーラがあるじゃねぇか!オレはこれだな!」
「む、プリン味?…けしからん、是非実証せねば。」
「あ、マスカットなんてあるんだー!あたしはこれーー!」
「私は定番の林檎味です…♪」
「へー、チョコレート。ノンアルコールビール…ウイスキーなんてのまであるのかよ。」
「チーズケーキ、だと?むむむ…。」
それからもきゃいきゃい言いながら冷蔵庫内を漁り、それぞれが希望した味を取り出す。
「なら俺も…。」
ややあって、選び終えた火燐達が冷蔵庫から離れるのを見たアレックスが立ち上がろうとし、ステラがそれを阻止。
(ダメに決まってるでしょ!美羽ちゃん達はこの後で死滅の森へ行くから許されたの!戦闘の予定のないトモが飲んだところで何の意味があるの!)
(え〜?まぁそうケチケチせずにさ、1本位良いだろ?な?)
(ダーメッ!って言うか、それっぽいのならアイテム袋に沢山入ってるでしょ!)
(それはそれ、これはこれだ。それにブーストエナジーを知っちまった今、普通のエ◯ジードリンクじゃ物足りねぇんだよ)
(言い方が完全に中毒者みたいになってる…)
小声ながら、アレックスのジャンキー以外の何物でもない発言に、ステラは呆れ返るしかなかった。
午前8時過ぎ
所変わって死滅の森中層深部。
そこは生えている木が更に太く立派になっており、これから日が高くなっていくと言うのにあまり差し込まない位には薄暗かった。
「それじゃ皆ー、ブーストエナジーの用意は良いー?」
美羽が掛け声を上げる。
今回は初めての中層深部。
普段よりも強力な魔物が多く見受けられるであろうとの見通しが立てられ、念には念を入れてブーストエナジーの使用が許可された形となる。
「おう!」
「ん。」
「良いよー!」
「大丈夫です…。」
美羽の声に火燐、雫、翡翠、楓が応え、
「あの、私達もやらなければいけないのでしょうか…?」
「勿論!」
抹茶風味のブーストエナジーを右手に持つ紅葉がおずおずと手を挙げ、しかし美羽の当然とばかりの言葉に「そうですか…」と諦念めいた顔に。
それはそれぞれの好みを宛てがわれた暁と月夜、クロエも同じで、暁と月夜は恥ずかしそうにし、クロエだけが妙にやる気になっていた。
「…っかーーウメーーー!風味なんて書いてるけど、本物と遜色ねぇレベルだぞこれ!」
「ん。驚いた。毎日でも飲みたい味かも。」
「こっちも程よい甘さなのにスッキリしてるー!」
「美味しいです…♪」
「この深みはどの様にして再現しているのでしょう…。」
驚く一同に、「そりゃ、試行錯誤をたっくさん重ねたからねー」と何故か誇らしげの美羽。
多少ではあるが、凛の何かやっているオーラを察し、さり気なさを装いながら開発に加わった美羽。
何度も試飲と協議を繰り返し、より精度を高めた事も相まって、完成に至るまでそれなりに時間が掛かった。
その結果、ミゲルのレモンや美羽のネギ等とは別に。
サイダー、エナジー、葡萄、苺、桃、梅、メロン、オレンジ、バナナ、ミックスフルーツ。
コーヒー、カフェオレ、チョコレート、キャラメル、はちみつレモン、ストレートティー、レモンティー、ミルクティー。
最後にお酒好きの為にノンアルコールビール、ワイン、カクテル数種、ウイスキー風味を用意。(因みに、暁はチョコレート、月夜ははちみつレモン、クロエはキャラメル味を選択)
ドヤるだけの苦労や自負はあり、喜んで貰えたとの感動も一入なのだろう。
やがて満足したのか、美羽も自分のブーストエナジーに手を掛け、「それじゃボクもー」なんて言いながら一気に飲み干す。
「ぷはー、美味しー!本音を言えばちょっとだけ物足りない感はあるんだけど…。」
『おぇ…。』
「ちょっとー!絶対疑ってるでしょー!!ホントに美味しいんだからねーーー!?」
「わ、悪かったって…だからそれを近付けないでくれ。」
「ん。私もパス。」
「あ、あは、あはははは…。」
「誰しも、得意不得意はあるとおもいますので…。」
「その、ごめんなさいね?」
「むーーーーー!」
ドン引きし、距離を取る火燐、雫、翡翠、暁、月夜の5人に、美羽は両頬を膨らませながら抗議。
その後、楓と紅葉に宥められ、若干の不満を残しつつ散策が開始された。
午前11時頃、エルフの里にて
「あ、美羽。いらっしゃい。今日の(死滅の森での)散策は終わったんだね。どうだった?」
「うん、バッチリ♪」
美羽は左手の親指と人差し指で丸を作る。
その後何かに気付いたのか目を閉じ、鼻をスンスンと動かす。
「あ、カレーの匂い!何だか久しぶりだねっ!」
美羽(他もそうだが)は真っ直ぐ凛の方向へ来た為に意識が向いておらず、周辺の彼方此方にてお玉で大鍋を回す姿が散見され、ようやく気が付いた。
いずれも調理しているのはカレーで、食欲をそそる香りが空腹を刺激。
各鍋に少なくとも1人は涎を垂らすエルフがいるように感じられた。
「リアムさん、カレー好きでしょ?それが里中に広がったみたいでさ。まだ知らない方向けに食べて貰おうってなったんだ。」
「そうなんだー!」
「うん。火燐が食べたそうにしているし、一緒にどう?」
「勿論食べる♪あ、そうそう。聞いてよマスター。火燐ちゃん達ってば酷いんだよ?さっきブーストエナジーを飲んだ時にさー━━━」
「違うぞ美羽。あれは単に驚いただけで深い意味はないんだよ、うん。」
「ん、そう。ネギ味のドリンクなんて初めて聞いたからビックリした。」
「そうです。否定するつもりは全くありませんでしたとも。ええ、決して。」
美羽が愚痴りそうになったのを、火燐、雫、暁の3人が慌てて止め、言い訳までする始末。
「うわー…。」
「この程度で(凛の)心証が悪くなるなんて絶対ないのに、3人共必死過ぎでしょ…。」
美羽の機嫌が直ってからも火燐達のヨイショやフォローは続けられ、翡翠と月夜が微妙な反応に。
楓と紅葉も苦笑いを浮かべており、如何に火燐達が凛(ついでに美羽も)から嫌われたくないのかが窺えた。
「…ははは。あ、カレーなんだけど、美羽は焼いたネギ入れるでしょ?それなら七輪も出さないとだね。」
「さっすがマスター♪分かってるぅ♪」
凛から出された提案に美羽が満面の笑みでグッと親指を突き出し、火燐達が「凛(君、様)、流石(だなー、ですね)…。」とシンクロしつつ安堵の息を漏らす。
凛も美羽も怒らせると怖い部分があるのは事実だが、それ以上に笑顔でいて欲しいとの願望が込められているのだろう。
ややあって、100を超す大人数で一斉にカレーを食す。
「♪」
その中には、七輪で軽く焦げ目が付く位に焼いたネギを入れた美羽も含まれる。
焼く事で香ばしくなり、深みや甘みが増すを理由にカレーの具材として入れ、すっかりご満悦な彼女。
すぐ傍では、今回の催しの発案者であるリアムが物凄い勢いでカレーを掻き込む。
その速度たるや、あの火燐と張り合い、周りを驚かせた程だ。
先程凛はリアムをカレー好きとだけ告げたが、良く言えば愛好家。
ぶっちゃけるとマニアとか狂信者に近く、最低でも1日1食はカレーでないと気が済まない位には染まっている。
美羽がネギを七輪で焼いた際は「成程こんな楽しみ方も…」と漏らし、彼女に肖って鶏肉らしきものを直火で炙り、自らのカレー皿へと投入。
香ばしさが増し、より美味しく感じる気がすると喜んでいた。
今でこそご機嫌なリアムだが、カレー作成中は頻りに鍋の中を覗き込んでおり、孫娘のリーリアからお叱りを受けていた。
そのリーリアも凛と初めて会った時にカレーをご馳走になっており、その旨を伝えるとリアムがクワッと目を見開く。
リーリアへの追及が始まり、最後はやっぱり家族なんだなぁで締め括られた。
そしてここにはもう1組…と言うか、ちょっとした集団の姿が。
「寝ちゃったね。ジークは相変わらず甘えん坊さんだ。」
「ねー。妙に大人振るけど、こうして見るとやっぱり歳下なんだって思わされるよ。」
「ジーク子供みたーい!」
「真にの。しかしこの寝顔、何やらくすぐられるものがあるの。これが母性とやらか?」
エルマの膝に頭を置き、すやすやと寝るジークフリート。
エルマは彼の頭を優しく撫で、イルマがコロコロと笑い、少女姿のシエルが目を丸くする。
その近くでは朔夜と段蔵の姿もあり、朔夜1人だけ難しい顔に。
エルマとイルマはギリギリ高校生位で、ジークフリートは大学生の見た目。
しかし実際はジークフリートの方が10以上も歳下で、普段の真面目腐った態度から彼の方が上だと考えられている。
「…! お姉ーちゃーん!!」
これは初めてジークフリートを屋敷に招いた時の様子。
ジークフリートはエルマとイルマ、特にエルマを見るや否や駆け出し、人目も憚らず彼女に甘えてみせた。
「もー、ジークフリートは相変わらず甘えん坊さんだねー。」
「本当だよ。見た目は私達よりも歳上なのにね。」
『ぶはっ!!』
エルマは涙ぐみ、イルマも貰い泣きをしながらの発言だったが、まさかの光景に凛達が耐え切れず、大半が思いっきり吹き出してしまった構図でもある。
始め、ジークフリートはエルマの腰に抱き着き、それから彼女が自身の太ももを軽くぽんぽんと叩くのを合図に少し離れ、今みたく膝枕をする様な体勢に。
年齢や関係的に問題はない(?)のだろうが、絵面が酷い。
良い大人が年端もいかない少女にバブみを求めてオギャる風にしか見えず、後に素面に戻ったジークフリートが「忘れてくれ…」と顔を真っ赤にしながら懇願する程だった。
「やっぱよー、オレが(凛に)甘えるなんてのは似合わねぇって…。」
「そんな事ないよー?火燐ちゃん可愛いし、何より普段見る事が無い恥じらいを見れるのがこう…グッと来るよね!」
「ちょ!美羽!そのおっさんみたいな笑い方でオレをからかうな!そんでお前らも変な動きでにじり寄るんじゃねぇ!」
的な感じで、火燐と美羽達が変なやり取りをしていた。
どうやらジークフリートの甘えっぷりに感化され、こっそり相談したらこうなったらしい。
「久しぶりに火燐がデレた。」
「デレたねー♪」
「久しぶりにデレる所を見た気がするー!」
「火燐ちゃん、可愛いです…。」
「オレはデレてねぇーーー!!」
『…あ。』
その火燐の反応を面白がった雫、翡翠、楓。
それと美羽がからかい、ムキになったせいでカレー皿が火燐の手から離れてしまう。
カレー皿はそのまま地面へと落下し、あわや大惨事になるかと思われた矢先。
火燐の近くに現れた影から黒い手が伸び、事なきを得た。
「お、おお…お前か。悪いな。」
その黒い手は、少し前に倒したディストラクションドラグーンマスター。
…の、相棒たる飛龍(ただし全てが骨で構成)がないバージョンとも取れるドゥームドラグロードだった。
火燐は差し出されたカレー皿を受け取りつつ、お礼とばかりに彼の頭を軽くぽんぽんと撫でる。
ドゥームドラグロードは表情こそ変えなかったものの、どこか満足そうな様子で影の中へと沈んでいくのだった。
戦闘部分を端折ったので記載はされてませんが、
巨人系にフンババ
獣系にパズズと馬の魔物3種
同じく獣系に(書くのを忘れていた)カーバンクル
鳥系に2種(3種?)
最後に話に出たドゥームドラグロードを魔物一覧表に追加致しました。
それと前の話(番外編てはありません)にジークフリートとエルマ達の関係書いてなかったと慌てて修正し、それからすぐに今話で書いてるのを思い出して元に戻しました。
勘違いされた方ごめんなさい(´・ω・`)




