155話
「…いい加減にして貰おうか。」
白髪の青年…ジークフリートが険しい表情で椅子から立ち上がる。
凛達の紹介が終わるや否や、ダナックデリル達の話が再開。
やれエルフがとか、やれ精霊がと言った内容がほとんどではあるが。
時折エルマ、ミラ、エラ、ジークフリートに振られる事はあったものの、他の面々には一切触れないのは頂けない。
「ジーク、私は大丈夫だから…。」
それは悪魔族のイルマも同様で、服の裾をそっと引っ張る形でジークフリートを止めようとする。
「イルマ…だが私は━━━」
「そうですよ。そんな事より、貴方様のお話をもっとお聞かせ下さい。」
ダナックデリルの歯に衣着せぬ言い方にジークフリートは無表情になり、
「断る。」
それだけを口にして歩き始めた。
ジークフリートは、カーバンクルのシエルと同時期に凛のお世話になった人物。
元はジラントと呼ばれる下位竜だったのが、今では聖神龍バハムートにまで成長。
ジークフリートはエルマが追放される前から仲が良く、幼少期からジークとの愛称で呼ばれていた。
イルマ共々会話だったり遊びに行く間柄で、再会を果たした後もそれは同じだった。
「ジークも悪くないんだけどさ、ジークフリートって名前の方がしっくり…あ。」
シエルと一緒に受け入れられた日の夜。
凛、美羽、シエル、エルマ、イルマ、人化スキルで人間の姿となったジークの6人(シエルは凛の頭に乗っている為、厳密には5人と1体)で談笑し、凛の口からポロッと出た言葉がそれ。
そのまま名付け扱いとなり、ジーク改めジークフリートは椅子ごと後ろへ倒れてしまった。
これにエルマとイルマが慌て、美羽がマスター…と呆れたのはお約束。
そんなジークフリートだが、百年以上同じ時を過ごし、最早家族と言っても過言ではないイルマを蔑ろにする等言語道断。
最早語る資格なしと切り捨て、足早に入口方面へと向かうのだが、その彼の前をダナックデリルが「お待ち下さい!」とインターセプト。
「な、何か不手際があったでしょうか…!?」
余裕が消え、切羽詰まった様子で尋ねた。
「不手際?不手際なのだろうな。家族をぞんざいに扱われたのだから。」
ジークフリートは凛と同じ白いオーラ━━━朔夜の覇王気と対をなす『聖王気』を仄かに揺らめかせ、それにダナックデリルが気圧される。
「家族…?」
「イルマ、黒髪の娘の事だ。」
「ですがあの方は悪魔族で━━━」
「確かに悪魔族である事は認めよう。だがイルマは生まれて来る種族を間違えたのではと思う程優しく、慈愛に満ち溢れている。それこそ、天使であるエルマよりもな。」
「ジーク…。」
「ちょっとジーク、それはあたしに対して失礼じゃない?」
「そうか?家事、料理、裁縫、どれを取ってもイルマの方が上。頼みの綱である回復に於いても、今となっては負けているではないか。」
「ぐっ、それを言われると…。」
エルマの明るく、分け隔てない姿は正に天使。
しかし思慮深さ、女子力や属性適性値の高さはいずれもイルマが上。
エルマがたじろぐのも無理はない。
それと、闇属性魔法に回復の名の付くものはないが、代わりにスキルが存在する。
1つは朔夜が愛用する物質変換・闇。
もう1つがヴァンパイアロード、及びトゥルーヴァンパイアであるミレイが持つスキル『夜の王』だ。
どちらも魔力を自分に有利な状態で持っていくとの点は同じだが、こと回復に関しては後者の方がスムーズ。
朔夜がおかしいだけで、闇属性が得意な者は全員、凛から夜の王を与えられている。
「身内を馬鹿にされ、黙る様では家族を名乗る資格なし。少なくとも私はそう思っている。」
この言葉が止めとなったのか、エルフ側が黙る。
「それと何か勘違いしている様だが…私は(今いる面々の)最上位者ではないぞ。」
『え?』
ジークフリートの指摘に、ダナックデリルだけでなくエルフ全員が目を丸くする。
高貴な佇まい、天使をあしらい、悪魔を慮る様子から。
彼が1団を纏めるポジションにいると思われていたらしい。
「むしろ逆だ。私は数日前に加わった新参者。そこのエルマとイルマの知り合いと言うだけに過ぎない。」
「で、でしたらどなたが…。」
「そりゃあ勿論マスターでしょーーー!」
美羽がいの一番でテーブルをバンッと叩いて身を乗り出し、
「凛様だね。」
「むしろ、凛様以外有り得ないよね。」
エルマとイルマは互いに頷き合う。
「凛様!」
「凛様なの〜ん。」
ミラは人差し指を立てた状態で右手を掲げ、エラは相変わらずのへ〜っと。
「まぁ、凛だろうな。一国の主みてーなもんだし。しかも進出先があの死滅の森と来た。」
「「うんうん。」」
アレックスは腕組み、パトリシアとアイシャが頷く。
「そう考えると、凛殿って器が計り知れないよね。あ、孫娘がお世話になると言う点では、うちのリーリアが先だからね?そこのところ履き違えないでくれ給えよ。」
リアムも頷いた後、ちっちっちっ…と挑発する様な物言いでダナックデリル1家を諭した。
「因みにだが、凛はお前達が崇拝する世界樹。その大元の契約主でもあ━━━」
淡々と話すジークフリートの後頭部を、エルマがスパァァンとツッコミ。
「…エルマ、いきなり何をする。」
しかしジークは全く動じず、キョトン顔でエルマの方を向く。
「いきなり何をする…じゃないよ!ジークこそ断りもせず勝手に暴露しちゃダメでしょ!その辺はデリケートな問題なんだから!」
「エルマちゃん、しーっ、しーっ。声が大きい…。」
「…あ。」
エルマがキレ、イルマが慌ててポーズを取るも、既に遅し。
エルフ達はポカーンとなり、揃って間抜け面に。
パトリシアとアイシャの2人組はいまいち意味が分かっておらず、「世界樹って、この家の横にあった大きな樹の事よね?その大元?と契約と言うのはどんな意味なのかしら?エルフに多い精霊術師とか?」「さぁ…私にはさっぱりですわ」とひそひそ。
彼女らの話が聞こえたのかはっと我に返り、一斉に凛の方を向いた。
「ん〜。エルマもジークも、出来ればバラさないで欲しかったかなぁ…翠。」
「呼んだ?凛ちゃん。」
凛の呼び掛けに、緑色の髪をした妙齢の女性…翠が姿を見せる。
彼女は出現と同時に横から凛に抱き着き、美羽からジト目で見られるもお構いなしに続ける。
「あ、貴方様が━━━」
「そう、私がユグドラシル。総ての植物を司る大精霊よ。」
「おお…何とお美しい…!」
翠の慈愛に満ちた容貌や仕草に心奪われたダナックデリルはその場で跪き、彼の家族もそれに倣う。
ついでに、パトリシアとアイシャは「あ、見た事がある人だ!」と言いたげな顔をしている。
「この度は拝謁を賜り、誠に恐悦至極にございます。大精霊ユグドラシル様に於かれましては━━━」
「あー、そう言うの良いから。で、何が用件なの?」
「は、はい。私共が住まう妖精郷をより発展させる為のご助力を頂ければと…。」
「え、嫌よ。」
ダナックデリルの要望を翠がバッサリと切って捨てた。
その事に理解が追い付かず、彼だけでなく家族全員が「え?」と固まってしまう。
「いやいや、どうして断るの?みたいな顔されても困るわよ。て言うか、最初からこれ以上何もするつもりはなかった訳だし。」
「そ、そんな…。」
ダナックデリルは落ち込んだ後、「お前が主だろ、だったらどうにかしろ」と言わんばかりの視線を凛に向ける。
「貴方…本当に私達を不快にさせるわね。私の凛ちゃんに薄汚い目を向けないでくれる?」
翠が眉を寄せ、そのまま流れる様にして凛の体勢を変え、突然の事に「え?」と戸惑う彼を他所にぎゅっと抱き締めた。
凛はまるでそこが定位置とばかりに彼女の豊満な胸にすっぽりと吸い込まれ、ついでにボソッと「マスターはボクのなんだけど」と聞こえた気もしたが、突っ込みを入れる者は誰もいない。
「うす、薄汚い…?」
ダナックデリルが翠の毒舌にわなわなと震え、他のエルフ達も馬鹿にされたと苛立ちを露に。
「くっくっくっ。」
「…!誰だ!?」
そんな空気をぶち壊す形で闖入者が。
「話は聞かせて貰…むぎゅっ。」
「はいはいー雫ちゃーーん。今大事な所だからー、ちょーーーっと引っ込んでてねーー。」
「美羽が酷い…。」
黒い穴が出現し、姿を現そうとした人物━━━雫を、頭上から両手で押さえ付ける形で美羽が阻止。
全員が呆気に取られ、仕切り直しとばかりに翠が咳払いする。
「…凛ちゃんなんて呼ばせて貰ってるけど、それは優しいから受け入れてくれただけ。本来なら私の方が契約をお願いする立場で、それ位遥か高みにいらっしゃる御方。ただの人間だと思っている時点で大、大、大間違いなの…お分かり?」
語気を強めた物言いに、鈍い彼らも流石に理解したらしい。(詳細を知っているアレックスはともかく、パトリシアとアイシャは分かっていないみたいだが)
今までの言動及び振る舞いが無礼どころの騒ぎではなく、打ち首と言われても仕方ない様な扱いをしてしまった。
顔色が真っ青を通り越して土気色になり、今すぐにでも倒れそうな程ふらふらとした足取りに。
「貴方達はこれまで通り、自分達のペースで進めなさいな。」
「そんな…そ、それではヤヌの所は…。」
「それは貴方達の知る所ではないわ。勿論、最後の(エルフの)里についてもね。」
「馬鹿な…!ドマの所もだと!あそこは薄汚れた者が代表を務めているのですぞ!」
「薄汚れたって…仮にも同じエルフなのに、その扱いはあんまりじゃない?」
獣国南東側に位置する中立派のエルフの里。
エルフ的に言えばドマの所を治める代表はダークエルフが務めている。
かの里は代々ダークエルフが代表役に就いており、それはダナックデリルが長になる前からある風習。
ただ妖精郷は情報に疎いを理由に、今代の代表は女性である…とまでは掴めていない様だが。
「ぐ…でしたら、エレンは返して頂きます。連れて行く事は認められません。」
「お爺様!?」
「ここまで往生際が悪いとはねぇ…ならこっちも返して貰おうかしら。」
「…何の話でしょうか?」
「世界樹(の因子)よ。分け与えているから分体なのよ。なら、元のドライアドに戻す事も可能だとは思わなくて?」
妖精郷にいる世界樹はドライアドが進化したもの。
翠みたくハマドライアドを挟んだ訳ではなく、足りない格を無理矢理底上げした状態。
一応、このまま時間を掛けて慣らせば落ち着き、最終的に一体化する仕様となっている。
しかし世界樹の種子を抜き取った場合。
今だとまだ馴染んでいない結び付こうとした部分まで失う…つまり以前よりも弱体化する可能性が高い。
翠は敢えてそこの部分を告げず要点だけ伝えたが、効果は覿面だったらしい。
「何なら精霊や妖精達も全て引き上げさせるわよ?今この場に私と妖精女王がいるのだし、不可能ではないわ。」
「…私から言う事は何もございません。申し訳ありませんでした。」
続けて放たれた1言に、ダナックデリルは全面降伏。
苦々しい表情を浮かべ、ゆっくりとした動作の後に皆の前で土下座してみせた。
「そ。それじゃ、用事も済んだし、帰りましょうか。」
翠は一瞥すらくれずに翻り、抜け出した凛と「ちょっと翠、放って置いて良いの?」「当然よ。むしろ良い薬だわ。」なんてやり取りしながら離れる。
彼女はこの様な態度を取ったが、全ては妖精郷にいるドライアド(現ユグドラシル)の為を想っての行動。
エルフ達の過渡な期待を一身に受け、ボロボロの状態にも関わらず進化を承諾。
正直とても見ていられず、親和性を高めると共に休ませる目的でぴしゃりと言い放ったのだろう。
「私も連れて行きなさい。」
凛と翠が部屋を出てすぐ、仁王立ちのララーウェンがそう宣った。
「…ちょっと貴方。お宅の教育は一体どうなっているの。」
「面目次第もございません。」
翠が後ろを振り向いて尋ねる。
ダナックデリルは顔を上げ、一瞬だけ言ってる意味が分からなさそうにする。
だが翠から放たれるプレッシャーに負け、何を言っても藪蛇だと捉えたのか謝罪に徹する事を決めた。(或いは、速攻で日和ったとも)
「全く…。」
「翠様、お手を煩わせてしまい申し訳ありません。ララ、ワガママを言ってはいけません。妖精郷の外へは私が赴きます。」
ダナックデリルの代わりに、ララーウェンを止めたのはエレンケレベル。
「あらお姉様。1人出ようが2人出ようがそう変わりはないのではなくて?」
「仮にそうだとしても、貴方には立場と言うものがあるでしょう。」
「お姉様がそれを言うのね。」
「私は愛に生きると決めましたので。」
「は…?」
突然のカミングアウトにララーウェンは目が点に。
「えっ?えっ?お相手もいらっしゃらないのに?」
「いるに決まっているではありませんか…婚約者のダニエル様です♪」
「人間…?」
エレンケレベルは話しながらダニエルの所へ向かい、嬉しそうに彼の右腕に抱き着いてみせる。
ララーウェンは目の前の光景が信じられず、目を点にしたまま固まり、やがてふっと悲しげな顔に。
「妖精郷からいなくなるまで処◯だったのに…変わるものですね。」
「未だに◯女の貴方にだけは言われたくありません。」
その言葉を機に姉妹の醜い言い争いが始まり、途中からは互いに不満をぶつける様にして罵詈雑言を浴びせ合う。
すると、再び黒い穴が出現し、そこから雫がにゅっと顔を出す。
「…やはり私の勘に間違いはなかった。」
「雫ちゃん、まだいたんだ…ホント、どこにでも現れるよね。」
「面白き所に我あり。」
「格言っぽく言ったつもりだろうけど、普通にダメだからね?特に用事もないのにここへ来てるし、もしマスターの世界だとしたら確実に(不法侵入等で)お巡りさん案件だよ。」
「…私、子供だから分かんない。」
「ちょ!普段は嫌がるのに、こんな時だけ子供のフリするとかズルい!」
そして美羽と漫才(?)を繰り広げ、凛とアレックスを密かに吹き出させるのだった。
もう1つがヴァンパイアロード、及びトゥルーヴァンパイアであるミレイが━━━
幼女ヴァンパイアことミレイ「ぴすぴす」←久しぶりの登場に浮かれている
それと、ジークについてですが、彼の進化経路は次の話の時に載せようかなと。




