154話
その頃、凛はと言うと…
「う〜ん、いつ来ても慣れないなぁ…。」
「視線が分かりやす過ぎだもんねぇ。」
隣を歩く美羽と共に、困った笑みを浮かべていた。
「全くです。」
2人の後ろにいるダニエルはどこか不満げ。
「ね、ねぇ。ホントに大丈夫なの?」
「気味が悪いですわ…。」
「これでまだマシって、ある意味やべぇな。」
その彼に続く形で、結構引いた様子のパトリシア、アイシャ、アレックス。
それと、言葉を発してはいないものの、ユリウス、ナル、アリスの姿もある。
「あ、あれ何ー?面白そーーー!」
「ちょ、ナル!?」
「勝手に行動しないで下さいまし!」
訂正、実に興味ありげに辺りをキョロキョロした後、1人だけ突っ走って行った。
「これ、あたし達いらなかったんじゃない?」
「だよね…。」
そんなナルとアイシャを見送るエンジェルロードのエルマと、デビルロードのイルマ。
「でもでも!お仲間が沢山いるのは嬉しいです!」
「精霊もだけど、同族がいっぱいなの〜ん。」
妖精から始まり、エルマと同じエンジェルロードに至ったミラに、ミラの妹で妖精女王のエラ。
「出来れば来て欲しいとの依頼だったからな。仕方あるまい。」
最後に、白い髪の男性が真面目腐った顔で締めた。
凛達が現在いるのは、獣国中央部の中で最も南にある妖精郷。
中央よりやや上の獣都イングラムから100キロ近く離れた場所でもある。
凛達が落ち着かないのは、3つあるエルフの1つである反対派の視線を浴びているから。
彼らは親人派、中立派と違い、人と関わる事を良しとしない。
加えて容姿、能力共にエルフが至高であると信じて疑わない選民思想の集まり。
故に、何だあいつら、人間如きが…と怒りや嫌悪感丸出しの視線がほとんど。
エルマ達は翼を引っ込めており、白髪の男性共々魔力を隠蔽。
故にエルフ達に天使や悪魔、妖精だと気付かれておらず、人だと認識されている。
次が意外にも感謝で、興味や関心が続く。
感謝は世界樹について。
妖精郷はかつて世界樹の出現に伴い、朔夜に滅ぼされたと言う歴史を持つ。
しかし1度ダメだったから諦めるとの選択肢は彼らにないらしく、いずれまた…を胸に発展を進め、幸か不幸かそれ以来世界樹は生まれないまま今日まで時間が流れた。
そしてエレンケレベルを通じ、新たに生まれたとされる世界樹の情報。
しかも育てれば分体となる世界樹の種子が生成出来ると知り、妖精郷全体が歓喜した。
ただ、その世界樹にまで至らせたのが人間だと分かり、上がっていたボルテージが急激に落胆。
木々や精霊の扱いは自分達の方が優れているとの自負から、たまたま偶然に偶然が重なっただけ。
つまり棚から牡丹餅に過ぎないと捉えられ、余計に苛立たせる要因となった。
また、凛と美羽はエルフから見ても明らかに容姿が上。
息を呑む程に美しく、得も知れぬ敗北感を覚えさせられた事に嫉妬しているのもある。
それでも、全員が全員敵愾心を抱いていると言う訳ではない。
全体の2割程が世界樹の種子を譲ってくれた事を快く思い、どんな人物なのか見てみたいから出た心情だと思われる。
「おお、ようこそおいで下さいました!」
1時間近く奇異の目に晒され、ようやく辿り着いた1軒の豪邸。
その前にて、壮年のエルフ━━━妖精郷の代表ダナックデリルがやや大仰気味な構えで凛達を迎えた。
集落の中でも奥まった所にあり、すぐ後ろには崖と言うか絶壁が。
その関係から、挨拶云々は良いからもう少し手前に建てろよと何人かが思ったり。
そんな彼の横には孫娘のエレンケレベルが立ち、言い終えると同時にダニエルの元へ小走りで向かう。
「どうです、妖精郷は素晴らしいでしょう。」
「はい。とても良い所だと思います。」
ダナックデリルの問いに、凛が笑顔で答える。
色とりどりの花が咲き乱れ、蝶や妖精、精霊達が舞う。
それは非常に幻想的であり、ナルが思わず駆け出したのも分かる。
惜しむらくはエルフ達の態度。
もしこれがプラスのストロークならば楽しめたのだろうが、残念ながら向けられるのはマイナスの方が圧倒的に多い。
とても楽しむどころではなく、妖精郷の景色を亜空間で再現し、皆に体験して貰おうかなと考えるに留まった。
「いや、確かに綺麗なのは認めるけどさ、いくら何でも凛殿達に対して失礼過ぎない?」
そこへ、水を差す形で声を掛ける人物が。
「貴方は…確か、『ヤヌ』の所の…。」
「リアムだよ。昔、曾祖父様と一緒に来た時以来ではあるけど…名前すら覚えてないとかどれだけ引き籠もりなの。その様子だと、僕が今の里長だって知らないみたいだね。」
妖精郷は集落内にのみ意識が向けられ、他はどうでも良い扱い。
世俗に全く興味がなく、他のエルフの集落ですらそれは同じ。
(見た目の通り)リアムよりダナックデリルの方が歳上で、こうして会うのは数百年振りではある。
それでもリアムはダナックデリルや妖精郷の事は把握していたし、(凛と仲良くなるまで)獣国の情勢もそれなりに詳しかった。
勿論、奴隷として扱われるエルフの大半が妖精郷出身である事も掴んでいる。
なので余計に代表としての仕事を放棄し、その結果自分の孫娘までもが攫われ、何の為の里長かと怒り、同時に残念に感じてもいた。
一応、エレンケレベルの下には妹と弟がおり、彼女が戻った時は無事を喜んではいるみたいだったが…。
因みに、リアムはダナックデリル含む妖精郷の者達が粗相をすると読み、同行を願い出てくれた。
ヤヌはヤヌントェラスの略で、里の創始者兼リアムの曽祖父の名前。
妖精郷はアムフィルアス、そこから東南東へ向かった所にある中立派の集落はドマラックーマラで、それぞれヤヌの所、アムの所、ドマの所がエルフ同士での呼び方となる。
ところが世界樹の件でアムの里に住まう者達が居丈高になり、自分達はエルフの中でも特に優れていると傲慢化。
集落名を妖精郷に変え、他の種族だけでなく同じエルフに対しても排他的に振る舞い、突き放す形で距離を取る。
その尊大さたるや、自分達こそがエルフ達を纏める王、並びに関係者だと勘違いする程だ。
こうして自ら壁を作り、周囲の状況に疎くなっていく。
そこを突いた利用商人に良いように丸め込まれ、騙され、拉致られる。
ふと気付けば奴隷に陥っており、自分は騙されないと勘違いした者の末路とも言えるだろう。
話は変わり、妖精郷はその排他的な考えから、純粋なエルフしか受け付けていない。
なので肌の色が違うダークエルフや他種族(主に人間)との混血であるハーフエルフは存在せず、場合によっては家族内での繁殖も辞さない構え。
この家族内での繁殖の部分にアレックス大好きアリスが感銘を受け、「これが天啓…」と人知れず戦慄いたとか何とか。
挨拶もそこそこに、里長の屋敷へと入る凛達一行。
「紹介しよう。うちの家族達だ。」
部屋の真ん中にそこそこ大きなテーブルがあり、ダナックデリルがそちらを指し示す。
座っているのは4人で、イアンルース、マイズロスシャリア、ララーウェン、ルーミルとの事。
彼らはエレンケレベルの父、母、妹、弟らしく、いずれも成人を過ぎたばかりの男女の風貌。
捉え方によっては、兄弟姉妹の様にも見える。
「………。」
4人はあまり歓迎していない様子で、その中でも特にエレンケレベルの妹ララーウェンが不快さを露に。
眉間に皺を寄せ、凛達を睨んでいた。
「ララ、よしなさい。私が招いた客人だぞ。」
ダナックデリルが目配せし、ララーウェンは一瞬だけ悔しそうな顔をしてから目を伏せる。
「申し訳ありません。気分が優れないのでこれで失礼致します。」
そして徐ろに立ち上がり、上品な礼をしてからその場を後にする。(尚、「待ちなさい」と声が上がるも無視された模様)
「…はぁ、孫娘が失礼した。亡くなったと思われた姉が戻って以降、あの様な感じでね。我々もどうしてああなったのか良く分からんのだ。」
溜め息をつくダナックデリルに美羽がえっと目を瞬かせ、凛の方を見やる。
『(マスター、これってもしかして…)』
『(決め付けるのは早いよ。まずは裏取りが済んでから)』
『(…成程、そう言う事ですか。ならば、そちらは私が承りましょう)』
2人のアイコンタクトに気付いたダニエルも念話に参加。
すぐに何かを調べ始める。
「ささ、どうぞこちらへ。大した饗しは出来ぬが、是非皆様の話をお聞かせ願いたい。」
(いつの間にかしれっと敬語ではなくなった)ダナックデリルに促され、ホスト側と向かい合う形でテーブルに座る凛達。
ただ、にこやかな雰囲気を装ってはいるものの、彼を含め、家族内で凛サイドの情報を持っている者は皆無。
里長であるはずのダナックデリルも微々たるもので、唯一例外なのがカストロ元公爵との決闘により保護されたエレンケレベルだ。
彼女は長の孫娘との立ち位置から、かつて傲岸不遜に振る舞って来た。
しかしカストロ達によって身も心も踏み躙られ、ダニエルや凛達の労りや優しさを受け、大分丸い性格になったとの経歴が。
それが元で如何に妖精郷がおかしいかが分かり、家族に無事を伝えるべきか真剣に悩んだ。
最後まで伝えた方が良いと後押しを受け、あれよあれよと流れて今に至るのだが、失敗だったかもと思わなくもない。
「…成程。天使族がエルマ様にミラ様、妖精女王がエラ様。それに、龍人様がジークフリート様と。」
つい今しがた受けた、妖精郷の住民からの失礼な視線は勿論の事。
凛達よりも先にエルマ、ミラ、エラ、白髪の青年ことジークフリートを紹介させ、ダナックデリルだけでなく彼の家族までもが満足そうにしていたからだ。
これには凛も何と言って良いか分からず、美羽はご立腹。
悪魔族だからとイルマが無視された件でエルマやジークフリートも同じ態度だし、孫娘のリーリア共々日頃からお世話になっているリアムも全く以て然り。
ミラ&エラ姉妹は良く分かっていない様だったが、エレンケレベルは身内への恥ずかしさから両手で顔を覆う。
天使族や妖精女王。
龍人族はエルフ族にとっても崇拝するに足る存在なのは分かるが、だからと言ってそれ以外。
しかもこの場に於いて最上位者たる凛やその補佐である美羽を差し置き、(エンシェントエルフではなく)ただのハイエルフでしかない自分が優位に立って話を進めようとする。
その考えが今となっては到底理解出来ず、厚顔無恥とはこの事かと居た堪れない気持ちでいっぱいになる。
それからもしばらく4名を持ち上げる会話が続けられ、ようやく凛達の番。
(だからと言って、いくらなんでもこれはねぇだろ)
ただ、話の内容が敬意を払う対象から人に変わったを転機に、一気に興味を失ったらしい。
ダナックデリルは若干微妙な顔をする位とまだマシだが、彼以外の家族は明らかにつまらなさそう。
凛達の怒りを買い、妖精郷そのものが壊滅させられるのではないかと気が気でないエレンケレベルを他所に、視線を上や横方向へずらし、中には欠伸を噛み殺す者までいる始末。
(どんだけ人に興味がないかが伺い知れるってもんだぜ)
凛達だけでなく、王国王女パトリシア。
帝国侯爵家令嬢アイシャに、帝国皇子であるアレックスが相手でも対応は変わらなかった。
(つか、少なくとも客人に対するマナーがなってないのは確かだな…はぁ〜あ。噂で聞いた妖精郷がどんなものかを見たさに来てはみたが…完全に失敗だったな。俺も霧の里にしとけば良かったぜ)
パトリシアとアイシャが半目で睨み、それをエルフ達は涼しい顔でやり過ごす。
その光景を眺めながら、アレックスはそんな事を思うのだった。
もしアレックスが、妖精郷ではなく霧の里へ赴いた場合
タンッ
くるくるくる…シュタッ
ステラ「とうちゃーーーく!」
アレックス「10点」
ユリウス「10点」
ナル「10点!」
アリス「2点」
ステラ「アリス様だけ辛辣ぅ!」
となっていたかも知れませんw




