152話 50日目
50日目 午前7時前
凛の屋敷にあるダイニングにて
「ね、ねぇアレク。大丈夫なの、あれ。」
「ですわ。色々と問題だと思うのですが…。」
王国第2王女パトリシア・フォン・ルクレツィア・アウドニアが、帝国第3皇子アレックス・ヴァン・アウグストゥス・ダライドの服を引っ張り、帝国でも大物貴族とされるヴァレリー侯爵家。
その次女であるアイシャ・ヴァン・ヴァレリーがコソッと耳打ち。
彼女らの視線の先では、獣国の国王であるレオン・マクガイルがボロボロの状態で床に倒れていた。
彼の近くはロリ狐人の久遠、ロリエルフの永久、そしてレオンの妻であるタリア・マクガイルの姿が。
久遠は腕組み、永久は腰に両手を当ててそれぞれ仁王立ちし、タリアは怖い笑みを浮かべながらレオンを見下ろしている。
「ん?あぁ…ま、大丈夫じゃね?」
しかしアレックスの反応はあっけらかんとしたもの。
予想外の答えに、パトリシアとアイシャの2人はその場でズッコケてしまう。
パトリシアにアイシャ。
レオンとタリア、それとマクガイル家次男レオネルに次女サラ、3女シーラが朝食時に訪れる様になった。
パトリシア達は今日から、レオン1家は昨日からの参加だ。
マクガイル家としては、既に長男レオパルドと長女ウェンディがお邪魔しており、レオン的には初顔合わせが済んだ翌日にでも来るつもりでいた。
ただそれを家臣達が、王自ら出向く等と!と諌め、(ズルいとの意味で)子供達だけ楽しむのを良しとしないレオンとの説得合戦に。
最終的にレオンに軍配が上がり、獣剛熾爪隊の中から数名を付ける形で了承が得られた。
そして昨日の朝、念願叶っての初訪問となったからかテンションMAXに。
スキップ交じりで来た事で本人以外が顔を赤くし、すみません、夫(父)がすみません等と言って居た堪れなさそうにしていたのは記憶に新しい。
それで浮かれた感がまだ残っていたのだろう。
先程、久遠が自分達にも何か組織名を考えて欲しいとステラに頼み、1分程考えた末に『色即是空』はどうかと伝え、ならば最初の文字である『色』の部分は自分が相応しいと久遠が。
いやいやそれこそ自分だろうと永久が名乗りを上げ、そこでレオンが色気も何もないのに色はないだろと口を滑らせた。
久遠による命名依頼は、商国お抱えの傭兵ギルド咎蛇団が咎蛇団と改名したのを知った事から来た行動。
それを知らないレオンは2人の逆鱗に触れ、しかもお世話になった人に対して何と言う口の聞き方かと静かにキレたタリアまで参戦。
3人掛かりでボッコボコにされた。
「そもそも、(色即是空の色は)色気と言う意味ではないんじゃがのぅ…。」
そんなレオン達を見た老人の男性━━━霧島徳臣が寂しげに呟く。
彼は遠い遠い昔にリルアースへとやって来た転移者。
その後亡くなり、凛…厳密には紅葉によりアンデッドとして甦った彼は、この時間は彼女らと共に朝食のお世話に。
今しがた水を向けられた久遠に、色即是空は生前の世界にあった言葉だと教え、興味を引かれる位には慕われている。
因みに、レオンが倒れてから行われた謎の話し合いにより、色は(結局色気から)酒呑童子の千代女、是は(4人の中で1番人当たりが良い)大獄丸の一鉄。
空は(空狐を理由に)久遠となり、即は消去法で永久に収まった。
その永久が余りものみたいで気に入らないと喚き、それまで人型じゃないからと遠慮していた霧神龍の朧が、なら自分がと立候補してみる。
しかしスンとしながら誰も嫌とは言っていないと久遠が宣い、小さな笑いが起きたのはご愛嬌。
それと先程出た獣剛熾爪隊のメンバー構成は、昨日が兎人のフィーネアと熊人のウーノのペア。
今日は狼人のタイガと猫人のヴァネッサのコンビが、レオンの付き添いとして来訪。
ウーノはオークヒーローである丞の相方である、燼滅熊の灯。
タイガは鬼王の手から救い出し、その後凛に恩返しがしたいからとワルキューレ隊入りする為、女性へと転性した狼人ノアに意識が向き、幾度となくチラ見していた。
ウーノに関しては、まず芽が出ないだろうなと同情の。
タイガにはヴァネッサと言うものがありながらと、少々差別的な視線がそれぞれ向けられた。
特にキャシーの圧が凄く、食事中は尋常でないプレッシャーをタイガに放ち、食後彼をどこかへと引っ張り、レオン以上に見るも無惨な姿へと変えたのは言うまでもない。
話は変わり、パトリシアとアイシャがここにいる件について。
彼女らが屋敷に来る…と言うか、アレックス達が出先を知ったのは昨日の朝食後。
訓練を終え、アレックス達がポータルを介してホテルの自室へ着いたと同時に、彼女らと遭遇したのが始まり。
そこからパトリシア達の追及が行われ、最終的にどうして誘ってくれなかったのかとボロボロ泣き出す始末。
アレックスは困り、ニヤニヤと笑うユリウスにイラッ。
お土産に貰ったソフトクリームをペロペロと舐め、明日から一緒に行けば良いじゃんと言い放つナルには、チョップと名の付く突っ込みを入れてやった。
「良いよー。」
「軽っ!?」
結局自分だけでは決め兼ね、ホテルの従業員を介して凛から得た答えがそれ。
凛達の内情をあまり外部に知らせるのは得策ではないと気を遣うも、徒労で終わった事に驚きを禁じ得なかった瞬間でもある。
ともあれ、こうしてアレックスと朝食を共にする権利を得たパトリシア達。
2人は王族や有力貴族とあって容姿に自信があったものの、凛の屋敷には自分達以上に整った者が多数。
つまり鬼神の暁や氷神龍ヨルムンガンドのアーサー、天空神龍ヴァルハラの竜胆、そして初めて見る白い髪の男性等。
美女美少女だけでなく、イケメンも多く在籍している事に思わず興奮し、ちょっとだけ顔を赤くしたのは内緒だ。
それから、朝食が自らが泊まっている高級ホテルと遜色ないレベルである事。
王族ではなく、一国の王に王妃がここに来ている事。
その王たるレオンが王妃やちんまい狐人とエルフに伸されている事に驚愕し、今に至る。
「ところで、あの御仁はどなたですの?」
アイシャは「不届き者を成敗して来たのじゃ」「レオンめ、後で改めて灸を据えねばならぬ」と言いながら幼女2人が向かった先にいた老人男性━━━徳臣を見る。
「あぁ、徳臣さんね。あの人も一応は迷い人だ。」
「徳臣?」
「それに一応って?」
「その前に、せめてさんか様を付けろ。物凄い目で見られてんぞ。」
アレックスに促され、2人が同じ方向を見てみる。
すると、そう大きな声量でないにも関わらず、しっかりと聞こえていたのだろう。
久遠と永久が鋭い目付きでこちらを見ているのが分かり、軽く気圧される。
「…失礼致しましたわ。」
「その、徳臣様とは一体…。」
「良いけど、絶対に驚くだろうから先に両手を口元に当てとけ。」
アレックスの指示に素直に従い、言われた通りにする2人。
自分と同じ住民である徳臣が、1000年近く前にこちらの世界へ転移。
彼らが住まう場所に世界樹が生まれ、朔夜と戦う。
その時のダメージが元で徳臣が重傷を負い、段々と弱って300年位前に亡くなる。
獣王のレオンが昔武者修行していた時に偶然彼らの里へ迷い込み、鍛えて貰った。
(リーリアの故郷である)エルフの里と懇意にしており、その伝から懐かしい存在…朔夜の気配を察知。
そこから凛と知己を得、死霊魔術に長けた紅葉が徳臣をアンデッドとして甦らせた事を伝える。
あまりの情報量にパトリシアとアイシャは付いて行けず、全く同じタイミングで「何ですってー!?」と叫ぶ場面も。
これに慌てたアレックスが彼女らの後ろへ回り、自身の手で2人の口を塞ぐ。
「…と言う訳だ。まぁ、徳臣さんは毎日の様に魔力切れで死に掛け…大丈夫かお前ら?」
再び叫ばれては敵わないからと咄嗟の判断から来た行動なのだが、パトリシア達には刺激が強かったらしい。
若干抱き寄せる形で密着し、至近距離から届けられるアレックスの声。
最早説明云々どころではなく、揃って肌と言う肌が全身真っ赤に。
心做しか俯いており、話をきちんと聞いているのか怪しい位だ。
周りから好奇の目で見られ、アレックスだけが良く分かっていないみたいだが…。
因みに、甦ったばかりの徳臣が何故毎日の様に死に掛けているのかはまた後程。
午前7時半過ぎ
「あああああああ、この世の終わりですわー!!」
恒例となった大型の魔物同士による手合わせが始まり、その光景を目の当たりにしたアイシャが叫ぶ。
「んな大袈裟な…。」
反対に、アレックスの反応は非常に冷めたもの。
「どうしてこの状況で落ち着いていられるのよ!?国なんて容易く滅ぼせる様な存在ばかりじゃないの!?」
これに対し、パトリシアがアイシャに同意とばかりに憤慨。
彼女の横にいるアイシャがうんうんと頷く。
「それに関しては同意だな。」
「でしたら尚の事━━━」
「それらを抑えられる猛者がいるとしたら?」
「「!?」」
「良いか、あいつらは強者であっても頂点じゃねぇ…つまりあれより強いのがゴロゴロいる。その筆頭が凛って訳だな。」
「魔窟ですわぁ…ここは化け物の巣窟だったのですわぁ…。」
アイシャが頭を抱え、パトリシアが「ちょっとアイシャ、大丈夫!?」とオロオロ。
「取り敢えずほっとけ。ほらパティも見とけって、これからが面白いんだから。」
「え、えぇ…?」
再びアレックスに促され、チラチラアイシャを見ながらも朔夜の方を見やる。
10分後
「おっ、今日はそのままで行くのか。珍しいな。」
これまた恒例になりつつある朔夜が勝ち残り、大きくなったアルファ━━━ではなく生身のまま彼女と向かい合う凛。
昨日を含め、てっきりいつもみたくアルファに機乗すると思ったアレックスは、これからどの様な戦いを繰り広げるのか。
心躍らせた様子で1人と1体を眺めている。
「…いや、おかしいでしょ。」
「ん?何がだ?」
「何もかもに決まってますわ!」
「そうよ!ドラゴンは1人で戦う様なものじゃないし、何より大きさに差があり過ぎでしょ!!」
150センチしかない凛と、体長だけで30メートルはある朔夜。
一応距離は離れているが、凛はほぼ真上を見上げ、それと反対ではあるが朔夜も似たような感じだ。
地球で言うと、人間が7階とか8階建てのビルと対峙する様なもの。
普通なら象が蟻を踏み潰すが如くプチっとされて終わる為、まるで勝負にすらならないとパトリシア達は考えたらしい。
「そうでもないみたいだぜ?」
「「え?」」
アレックスに釣られて朔夜を見てみると、徐ろに両膝を突き、
「手加減して下さい、お願いします。」
ドラゴンの体ながら、まるでお手本みたいに綺麗な土下座を披露してみせた。
朔夜的に、まだアルファとなら勝ちはしなくても善戦出来る自信はあるものの、彼女以上に強い凛となると話は別。
下手すると開始から1分もしない内に負ける可能性すらあり、しかも今いるのは闘技場。
つまり衆目に晒される場におり、無様に無様を重ねて負けでもしたら間違いなく心が折れ、部屋の隅でポツンと座る。
そんな未来を幻視し、人目も憚らず慈悲を求めた。
「うん、分かった。」
朔夜がパァと目を輝かせて顔を上げ、
「今日はここから1歩も動かずに戦う事にするよ。」
「どゆこと?」
凛の説明がいまいち要領を得ず、目をパチクリとさせる。
更に5分後
「よっ。」
「のわあああぁぁぁぁぁ!!」
凛がその場で背負い投げの様な構えを取ったのを合図に朔夜の巨体が持ち上がり、地響きを上げながら叩き付けられる。
彼が繰り出したのは所謂空気投げ。
技は凛が用意したものだが、スキル自体は美羽がヨグ=ソトースに進化した時に得た『時空間支配』を応用。
と言うのも、凛が動けないのを良い事に、仕掛けるのはブレスや魔法、物質変換・闇を主体とした遠距離攻撃。
たまに接近したかと思えば、即座に離れるヒット&アウェイばかり。
何故か朔夜の遠距離攻撃は触れた瞬間、中和でもされたみたく勢いを失い、その場で消失。
加えて、凛は元々目隠ししても周りの状況が分かる、非常に高いレベルの空間認識能力の持ち主でもある。
更に攻めよりも受けの方が得意なのもあり、爪や尻尾は弾くわ、蹴りや踏み付けは跳ね返すわで盛り上がりに欠けた。
しかし凛が魅せた空気投げにより、雰囲気は一変。
距離に関係なく、朔夜は地面に打ち付けられた。
また無理矢理引っ張られる事で否応なしに近接戦闘を強いられ、ちょっとでも距離を取ろうものならぶん投げられる。
これには、彼女の戦いぶりに冷めていた観客達も大いに沸いた。
パトリシアとアイシャは正に開いた口が塞がらないとばかりにあんぐりとし、朔夜が降参の意を伝えるまで何度も続けられるのだった。
前回の登場時に書いていなかったのでこちらで。
獣剛熾爪隊メンバー
ウェンディ→獅子(第1王女でリーダー)、女性
ソウゲツ→虎、男性
タイガ→狼、男性
フィーネア→兎、女性
ヴァネッサ→猫、女性
カッツ→犬、男性
アベル→狐、男性
エレン→狸、女性
サリー→羊、女性
ドグラ→鳥、男性
ウーノ→熊、男性
他に猿、鼠、馬、牛等の獣人がいますが、とある理由からレオンが除外しました。
咎蛇団はほぼ名前だけになるかもですw




