146話
その頃、凛本人はと言うと…
「がはははは!ウェンディお前、あれだけ自分より強い者でないとーと豪語してたのに、今では負けまくってるのか!!」
獣国首都イングラムの中央に聳え立つ王城。
その中の賓客を相手する為の豪華な応接室にて、ウェンディの両親である獣王夫妻と話をしていた。
獣王ことレオン・マクガイルが呵々大笑し、隣に座る獣王妃タリアはくすくすと笑みを零す。
「むぅ…お父様酷いです。凛様の所がおかしいだけですっ!」
彼の真向かいには長女のウェンディが。
片方の頬を膨らませながらそっぽを向き、それでいて言葉に棘が感じられない事から、彼女ら親子の仲の良さが窺える。
ウェンディは小さい頃からお父さんっ子で、その背中を見て育って来た。
やがてレオンは獣王。
つまり国で最強の男として君臨し、元々ファザコンの気があった彼女は大いに喜んだ。
その父親を目指して鍛錬に鍛錬を重ね、戦いに明け暮れた結果、獣国内でも有数の強さに。
それだけでも婚期が遠退きそうなものなのに、自分より強い者を相手の条件と定めてしまった。
当時まだ未成年だった彼女に大勢の男が押し寄せ、獣剛熾爪隊の一員になり、総隊長に至るまでの経験や後押しに繋がったのは皮肉と言える。
そのウェンディの左隣にいる凛が「えー、普通だと思うんですけどねぇ」等と返し、ウェンディから「それはない」とバッサリ切り捨てられ、どこか不満そうにする。
因みに、レオンの発言に関してだが、ウェンディに勝ったダニエルは自身を(凛の配下の中で)中堅どころでしかないと示唆した。
その発言を彼女が訝しみ、手当たり次第挑みまくる形に。
最初の相手となった猛は勿論の事。
暁やアーサー等、名前を与えられた魔物は全滅。
古参であるトーマス達にもまるで歯が立たなかった。
ならばと女性に切り替えるも、結末は同じ。
最後は幼女にしか見えない(実際そうなのだが)ニーナの娘ナナや農耕神龍ケツァルコアトルの梓にまであっさりと負け、かなり凹んだとか何とか。
「━━━成程。美羽殿もアルファ殿に乗り込んだのは、同じく扱える武器があったからだと。」
「そうなの♪マスターには敵わないけど…ボクだってそれなりにやるんだよ?」
凛の隣が当たり前の美羽は、自身の左側にいる長男レオパルド。
それと次男レオネルとの組み合わせだ。
話の題目はアルファついて。
何でも卒なく熟し、凛のやる事に興味を持つ美羽は、先日凛が朔夜と闘った時に使用したアシュラマキナアームに関心を示した。
そして共通の兵装であるシールドソードビットを始め。
射撃や近〜中距離を操作したくなった彼女は、凛に操縦の補助…つまりサブパイロットをやりたいと買って出た。
凛はこれを了承。
最初は動きが物凄くぎこちなかったものの、今朝方どうにか及第点を貰える位にまでは成長した。
朔夜との戦闘シーンや美羽の姿が見られなかったのはその為で、ここ数日の間、朝食後の訓練は凛の分身体と共にアルファを操縦するが日課。
事情を知らないレオパルドが不思議に思い、折角の機会だと尋ね、得た答えが今の美羽の(主と同じく)不満そうな発言となる。
「………。」
「そ、そうなのか。すまないな。」
レオネルは美羽のあまりの可愛さに直視出来ず、恥ずかしそうに俯く。
彼程ではないものの、彼女が斜め下から見上げる仕草にレオパルドもやられたらしく、少し慌てている様だった。
「?」
そんな2人を、美羽は覗き込む体勢はそのままに。
表情を不思議そうなものへと変える。
ウェンディの右隣に座るのは、彼女の妹であるサラとシーラの双子姉妹ペア。
「♪」
姉サラが膝の上にカーバンクルのシエルを乗せ、優しい手付きで体を撫でる。
「………。」
その様子を、末の妹である3女シーラがじっと観察。
姉が羨ましいらしく、ふんふんと鼻息を荒くしていた。
以上、レオンを含めた5人に、レオパルドとウェンディを加えたのが獣王一家。
レオンは良くも悪くも豪快で、タリアは良妻賢母。
レオネルは人見知り、サラは控えめ、シーラは好奇心旺盛と言った感じ。(尚、優しいレオパルドと活発なウェンディ含め、全員が金髪だった)
歳の頃はレオンとタリアが共に40前後。
レオネルは14〜5歳で、サラとシーラは12歳位に見える。
「あの、私がここに座るのはどう考えても場違いだと思うのですが…。」
「場違いな訳なかろう。」
「然り、むしろこれ以上ない位の位置取りじゃ。主はただ黙って座れば良い。」
「えぇ…。」
最後にダニエル、久遠、永久の3人。
ダニエルは(若干離れてはいるが)レオンの横、久遠と永久はタリアの隣にそれぞれ配置。
久遠と永久はさも当然みたく話していたが、ダニエル的に主である凛を差し置いて今の場所にいるのが納得出来ず、困った顔に。
「そうだぞダニエルゥ。年長の言葉には従うものだ。決して、俺の可愛い可愛いウェンディが、取られた腹いせとかじゃないからな…!」
そう言いながら、立ち上がったレオンがダニエルの両肩に手を置く。
表情こそ笑顔だが、無理に笑おうと頬が引き攣っているのが丸分かり。
恐らく彼の中で、大事な娘を奪った不逞な輩として認識している事だろう。
(これ、絶対に取られた腹いせですよね…)
レオンの手に少しずつ力が加えられ、その影響によりミシミシ…と肩が悲鳴を上げる。
説得は難しそうだと判断したダニエルは、助けを求める意味でウェンディへ視線を向けるも、当の本人は「もう、お父様ったら」と頬を染めながらイヤンイヤンするだけ。
とてもではないが役に立ちそうにない風に感じられる。
ダニエルは内心溜め息をつき、その後タリアからやんわりと諌められるまで耐え続けるしかなかった。
凛と美羽はこうしてレオン達と相見えた訳だが、レオン側から会いたいとの打診は以前からあった。
だが凛側が忙しく、中々時間が取れずに日々だけが過ぎ、今日になってようやく実現に漕ぎ着ける事が出来た。
レオン側は分身体でも全然構わない的なスタンスだったものの、凛が一貫して拒否。
レオンの王と言う立場は元より、初顔合わせで分身体は無作法が過ぎると判断したからだ。
なので凛は心苦しく思いながら昨日までスケジュールを熟し、本日の会談へ臨む前に改めて謝罪。
その凛をレオンが直々に執り成し、以後和気藹々とした雰囲気(レオンがダニエルに向ける視線以外)で今に至る。
「しかし、死滅の森に集落を用意するなんて凄えよな。それも4つとか。」
毎日の様に忙しい日々を過ごす中、最近起きた大きいイベントは何かと問われれば、レオンが述べた内容になるだろう。
一昨々日、クリアフォレストの東。
一昨日は南東、昨日は南へ50キロ離れた場所に、新たな街をオープン。
それぞれオリーブ、アンバーウッド、トネリコと言い、8車線分の広さの道を経た先にある。
面積はクリアフォレストの半分程と少し小さめ。
ダンジョンや高級志向のお店もない。
その代わり家賃や物価が安く設定され、新規住民募集の案内自体は数日前から(聖国以外の)4つの国の商店やホズミ商会等の入口横に貼付。
既にクリアフォレストと言う実例があり、良い噂や評価が高いのは周知の事実。
それを理由に、一般や貧しい人々が安住の地を求めに訪れる様に。
多くが王国民で、厳しい税の取り立てや圧力に耐え兼ねたのが理由。
次が帝国で、王国程ではないものの、やはり生活を良くしたいからとして。
商国や獣国からも移住希望者はそれなりに存在し、尚も増えていく一方なのだとか。
また、クリアフォレストと各街を繋ぐ道には、10キロ間隔でトイレや給水所を設置。
かつ道路そのものに特殊な加工を施してあり、内部へは魔物が侵入出来ない仕様に。
この仕組みを応用したのだろう。
追い掛けられた冒険者達が、魔物を撒く目的で、道路内へ滑り込む姿が度々散見される様に。
「この板も便利だしな。」
レオンが1枚のカードを取り出す。
そのカードの名は『レスカ』。
キャッシュレスカードを略したのが名称の由来で、Sui◯aやna◯acoみたく簡単にチャージや買い物が出来る優れもの。
新規登録や入金はホズミ商会関連施設で行え、便利なあまりつい買い過ぎてしまうとの小言を貰う位には利用。
或いは浸透され始めている。
「ここ王都からアゼルまでを繋いでくれたんだって?早速、近い内にでも家族皆で行かせて貰うな。」
レスカは地下鉄での乗り降りの際にも使う事が可能。
本日より王都イングラム⇔漁業都市アゼルを繋いだ地下鉄の運用が開始され、2都市間を3時間弱で往復出来るとの情報を耳にしたらしい。
数年振りに来訪出来ると喜んでいる。
「しかし凛達が久遠婆と知り合いたぁな。世間ってのは実に狭いもんだぜ。」
「「全くじゃ。」」
「僕もそう思ってました。」
レオンが思い出した様に告げ、久遠と永久、そして凛が頷く。
レオンは獣国中を旅していた時期があり、迷い込んだ先で見付けた霧の里にてしばし滞在した事も。
「レオンは儂が育てた。」
「何をぬかすか。育てたのは儂じゃ。」
ドヤ顔の久遠と永久の言葉の通り、レオンは彼女らの弟子だった。
2人はこう見えて徒手空拳の達人で、それぞれが彼を鍛えたのだと主張。
「え、そうだったんだ。教えてくれても良かったのに。なら今度、僕と手合わせでも━━━」
「「絶・対・嫌・じゃ。」」
ただ強さ的に朔夜へは遠く及ばないレベルで、その彼女をしてあっさりと勝った凛とは戦いたくないのだろう。
凛が口を開くまで儂が、儂がと啀み合っていたのに、いきなり肩を組んで反対の意を示した。
それからも凛のやろうと2人の拒否のやり取りは複数回行われ、周りが微笑ましく見守る。
「獣王様!お客様なのであります!」
するとそこへ、勢い良くドアを開け放つ音が。
奥から桃色の髪をした猫獣人の女性が現れ、そちらに皆の視線が向けられる。
「や、やほー?」
「来たにゃ!」
そのお客様とは、ステラ。
それとお調子者の猫獣人キャシーだった。
ステラはかなり居心地が悪そうにし、逆にキャシーは腰に両手を当て、踏ん反り返りながら存在をアピールするのだった。




