136話
その狐人族の少女は銀髪のおかっぱ頭で、幼い容姿ながら妙に貫禄があった。
「…む、思い出したぞ。お主じゃったか。」
「うむ。久しいの、黒き龍の王よ。」
朔夜は自身を真っ直ぐ見据える少女に見覚えがあったらしい。
ぽんっと両手を当てる仕草を取り、そんな朔夜に少女が歩み寄る。
「朔夜、知ってる人?」
「相当昔に1度…いや2度程会ったっきりじゃがな。知り合いと言えば知り合いには当たるかの。」
「朔夜…?」
「妾の名じゃ。そこな凛より朔夜の名を賜っての…団蔵。」
「…お呼びで。」
朔夜の呼び掛けにより、これまでずっと朔夜の影に潜んでいた団蔵が姿を見せる。
「此奴の名は団蔵。妾の近くにおった3つ首龍なのじゃが…覚えておるかの?」
「幾人もが燃やされ、塵にされ、(毒で)溶かされ、発狂させられたからのぉ。忘れろと言われてもまず無理じゃろうて。」
朔夜と狐人の幼女が面識を持ったのは今から850年近く前。
当時はっちゃけまくりだった朔夜は世界樹ぶっ○せーの状態で、彼女に付き従う団蔵もそれは同じ。
対する幼女は生まれたばかりの世界樹を擁護する立場。
双方が対立するのは必然と言えた。
斯くして、人間達600人対ドラゴン40体との構図で戦闘が始まる。
幼女は狐人族最高位である空狐。
彼女以外にも、最終進化を済ませた獣人や亜人、人間達が主力となって臨んだ。
人間達は粘り強い戦いを繰り広げてはみせたものの、流石に相手が悪かった。
人間達を率いるリーダーのおかげで猛者揃いとは言え、相手は最難関の魔素点である死滅の森。
その最深部から来た…つまり世界最高峰の強さを持つ者達の集まり。
奮闘の結果、どうにかドラゴン達を10体程戦闘不能には出来たが、人間側の被害が甚大に。
勿論被害を与えたトップは朔夜で、主にスキルや闇系の魔法を。
その次が団蔵で、黒い炎だったり猛毒、腐蝕のブレスを吐きまくり、幼女を含めた人達を混沌の坩堝に陥れた。
そんな朔夜と狐人の幼女だが、今となっては昔話に過ぎないらしい。
「あの時は…」「そうじゃったな」等と話しながら互いにうむうむと頷き合い、懐かしさすら感じている様だった。
「か、会話の内容が重い…。」
しかし凛からすれば2人の会話の内容はあまりにも酷い。
顔を引き攣らせ、彼以外の全員も同じか、困惑気味に。
ただ雫だけは「へー」と呟いており、彼女の大物振りが窺える。
「…して、朔夜とは?よもや名付けをした等とぬかすのではあるまいな?相手は『黒い災厄』ぞ。」
「朔夜、黒い災厄なんて呼ばれ方してたの?」
「どうやらその様じゃの。」
「良いなぁ…僕なんて女神姫だよ?羨ましい。」
「いやぁ、照れるのじゃ。」
「褒めとらんわぃ!」
狐人の幼女が本題とばかりに尋ねるも、凛の回答に女神…?と引っ掛かりを覚える。
しかしそれも一瞬の事で、朔夜の照れる仕草に苛立った彼女は耳や尻尾の毛を逆立たせ、フシャーと突っ込みを入れる。
「結論から言えば、妾は凛に負けたのじゃよ。それはもう完膚なきまでにの。」
「何…じゃと…?うぬ程の者がか…?」
かと思えば戦慄し、信じられないものを見る様な目を朔夜に向ける。
「この者がのぅ…何かの間違いではないのか?」
そして疑いの眼差しで凛を見やり、それを遮る形で雫が彼の前に立つ。
「貴方、さっきから失礼。それに偉そう。」
「実際偉いからの。何せ儂は『管理者』じゃ。伊達に長生きはしておら━━━」
「おー!もしかしてとは思ってましたが、貴方も管理者だったんですね!」
幼女は両腰に手を当て、管理者の部分を強調しながらドヤ顔で告げようとするも、続けて放たれた凛の言葉にずり落ちる。
「貴方も?」
「あ、はい。僕とそこの朔夜が管理者でして━━━」
「朔夜が?」
「はい。」
「朔夜がか?」
「そうですね。」
幼女は凛が管理者の件はスルー。
しかも凛の答えを額面通りに受け取らず、確認の意味で質問を重ねる。
2回目の返答時に首肯までされてようやく本当だと信じ、若干不快そうな顔で朔夜をじーーー…っと見やる。
「…何じゃ?何か言いたい事でもあるのかえ?」
「いやー、朔夜が管理者とかないのじゃー。有り得ないのじゃーーー。」
それでも尚信じたくはないらしい。
知らなかったとは言え、久遠からすればあれだけの被害を出した張本人がどの面下げて管理者をやるのかとでも思ったのだろう。
「何でじゃあ!?あの後すぐ、里の復興を手伝ったであろ!?」
「それはそれ、これはこれなのじゃ。」
朔夜が珍しく取り乱し、しばらくの間のじゃーのじゃーと言い争う声が響いた。
(あ、気持ち良さそうに寝てる。余程お日様が気持ち良いんだ)
凛はそんな2人を眺めつつ、視線をカーバンクル達へ。
彼女らは木漏れ日の中で身を寄せ合い、1つの塊となって就寝中。
騒がしい朔夜達を他所に、1人だけほっこりしていた。
やがて口論が終わり、改めて自己紹介に。
幼女は久遠・霧島と言い、昔転移した日本人に同年代のエルフと共に保護されたらしい。
そのエルフは永久と名付けられ、久遠と色違いである金髪おかっぱヘアー&同じ巫女装束姿のエンシェントエルフなのだそう。
彼女らの主である霧島徳臣は、転移した当時63歳と中々に高齢。
それでもこちらへと引っ張られた際、『壮健』と言うスキルを得たとかでとても元気だったらしい。
しかし彼が来て数年後。
畳職人で和に拘りを持ち、育てる作物は(徳臣から見て)洋のものの方が多いと言うちぐはぐさは多少目立つものの、木材を主とした古風な建物が立ち並ぶ。
ひとまず里と呼べる位には栄える様になった頃、転機が訪れる。
言わずもがな、朔夜の件だ。
妻に先立たれ、同じ名前であり代わりに愛情を向ける事となった椿の木。
丁度手入れをしていた時に一緒に転移したその木は、異世界に来てから急激な成長を見せた。
やがて久遠達の手助けもあって半精霊化→精霊化を経て上位精霊となり、世界樹へと至る。
そこへ朔夜が配下達を伴い、死滅の森より来襲。
激闘の影響で徳臣は瀕死の重症を負い、里は壊滅。
彼が大事に大事に育てた椿の木も消し炭にされた。
椿の木だった焼け跡を見て意気消沈し、全てに於いてやる気をなくした彼は塞ぎ込んでしまう。
布団から出ず、誰とも会わなくなり、食事さえも拒否。
そうして少しずつ痩せ衰えていき、5日目にして再び転機が。
その原因もやはり朔夜で、世界樹の破壊との目的を終えた彼女は、人の姿で以て里の復興に力を貸していた。
久遠達は最初こそあれだけ好き放題しておいて何を今更と言う感じで全く取り合わなかったのだが、何度断ってもどうしたら良いかをこちらへ質問し、気に入らないとして攻撃を加えても黙って耐えた。
それどころか(死滅の森に生えていた薬草等を使った)自前の回復薬で人々を治し、亡くなった者以外は粗方動けるまでに。
理由を尋ねたところ、何でも教訓から学んでの事らしい。
前回…つまり1回目の世界樹を焼き払った際、急襲して辺りを滅ぼせるだけ滅ぼし、残りは後片付けが面倒との理由で放置。
一仕事終えた朔夜達は、これで苦しみから開放されるとして、嬉しい気持ちで帰還したのだそう。
その数年後、生き残った者達が復讐を糧に戦力を整え、死滅の森へと押し寄せた。
最終的に、朔夜の元へ辿り着けたのは何百の中のほんの数人。
加えて、その全員が如何にも満身創痍の状態だったのだが、関係ないとばかりに彼女へと斬り掛かっていった。
勿論朔夜からすれば取るに足らぬ相手。
本気を出すまでもなく片方の前足だけで一蹴したのだが、彼らはめげずに攻撃を繰り返し、最期は彼女をしてドン引きする程のものだったとか。
ともあれ、今回の一連で喪う大事さや危うさを知った朔夜。
世界樹の破壊は当然だとして。(前提条件とも言う)
破壊後のアフターケアをしっかりやらないと後々面倒になる上、恨みを買ったせいで可愛い手下共に被害が及ぶのは良しとしない。
そう考えた彼女は見た目を人へ変える術を学び、破壊の度に復興の手助けをして今に至るのだそうだ。(そうまでしても世界樹に攻撃を仕掛けないとの選択肢はないらしい)
その説明を聞いた久遠と永久は自業自得が招いた結果じゃろうと呆れ、しかしその律儀さ故にこれ以上里の者達を減らさずに済んだとの安堵感を覚える。
そうして朔夜は久遠達から信頼を得ていき、彼の寝床へ。
何度話し掛けようが全く反応を示さない徳臣にイラッとし、彼の頬をビンタ。
久遠達が目を丸くする中、そこでようやく彼の目に活力が戻り、朔夜に諭される。
形見であり宝でもある椿の木を焼き尽くしたお前が言うなと掴み掛かろうとする場面もあったが、なら何故もっと久遠達を大事にしてやれないのかと朔夜が一喝。
彼女に触れる直前で徳臣の動きがぴたりと止まり、その態勢のまま視線を久遠達へ。
2人共目に涙を溜め、不安でいっぱいそうにしており、それを申し訳なく思った徳臣の両頬に自然と涙が。
久遠と永久の名前を呼び、掛けて来た彼女達を抱き寄せる形で泣き合う。
その間、朔夜は顔を綻ばせ、優しい眼差しで成り行きを見守ったとか。
その後、互いに謝罪。
朔夜は一段落ついたとして、予め用意しておいた回復薬に手を伸ばしたところ、徳臣が盛大に吐血した。
彼は団蔵の毒が元で毒状態となり、健康体に保つスキル壮健でも減衰されるのがせいぜい。
またそこに食事を摂らなかった事による栄養不足、一睡もせずにずっと起きていたが為の体力不足も重なったらしい。
本人も気付かない内に随分と体を弱らせ、急いで飲ませた(超級魔法エクストラヒール相当の回復力を持つ)回復薬でも十分な効果は得られなかった。
それでも聖王に進化した影響により、伸びた寿命。
また久遠達の献身的な介抱の甲斐あって500年以上を生き、皆に見守られつつ安らかな顔で天に召されたとの事。
「そうか…かの御仁は300年前に亡くなられたか。」
朔夜が寂しそうに呟く。
久遠は話す内に悲しくなったのだろう。
涙を流し、凛達も沈痛な面持ちに。
因みに、久遠(永久も)はこう見えて900歳超えのスーパーおばあちゃんらしい。
説明の途中で雫がぷぷっと笑いながらそう口にし、久遠がピチピチじゃ!と反論。
しかし凛の「ピチピチ…この世界に来てから初めて聞いたなぁ」と苦笑いでの発言にショックを受け、それを見たにやけ顔の朔夜と再び口論になったのは言うまでもない。
それから凛達も自己紹介。
やり取りの最後、流石に椿の木の復活は見込めないだろうが、世界樹自体なら手立てがある。
その凛の言葉に、久遠は一も二もなく飛び付いてみせるのだった。
久遠「と言う訳で儂が3人目の『のじゃ』じゃ。4人目である永久は次の話で出るぞ」
白神「………」
朔夜「久遠よ、あの時はすまなんだ」
久遠「当時は腸が煮え繰り返る思いじゃったが…今となっては詮無き事よ」
白神「………」
久遠「むしろ、結果だけ見れば(死滅の森に生える植物のおかげで)プラスじゃからの」
朔夜「うむ。そう言って貰えると助かるのじゃ」
久遠「儂らも当時は若かったからのー、逸る気持ちが抑えられなんだ。それに、まさか徳臣の言う米の原形が死滅の森にあるとは━━━」
白神「ぬがーーー!2人だけで盛り上がるでない!最初(ののじゃ)は妾ぞ!」
朔夜「何じゃ、おったのか」
久遠「影が薄過ぎて気付かなんだ」
白神「ええい、黙るのじゃ!と言うより、銀髪な上にのじゃロリとか、妾に寄せ過ぎじゃろ!」
朔夜「今頃になって久遠の存在を知った者が何をか言わんや」
久遠「うむうむ、全く以て然りじゃ」
白神「ぐぬぬぬ…」




