134話 43日目
連載再開でっす。
43日目 午前6時前
「!?」
サルーンのとある宿にて。
ドンドンドンドン…とけたたましいノック音により、就寝中の利用客━━━マルクトがベッドから飛び起きた。
マルクトは何回かの瞬きの後、今のは聞き間違いかと再び横になったタイミングでノック音が届けられる。
煩わしそうにベッドから降り、寝間着姿のままズカズカと大股で歩く。
「五月蝿いぞ!!朝っぱらから一体何の騒ぎだ!」
そしてドアを勢い良くバンッと開け、廊下に立っていた人物。
恰幅の良い体型の持ち主で、かつてそのわがままボディーでライアンを弾き飛ばした女性こと、宿の女将パメラを睨み付ける。
マルクトは苛立っていた。
王都にいた時は今よりも早い時間に起きていたのだが、最近は慣れだったり自堕落な生活が重なり、朝を通り越してお昼前に起きる事が多くなったからだ。
加えて、この宿で使われるベッドや(近所の店等で)売られている酒は王都のよりも安く、質が良い。
なので調査を始めとした雑務はミゲル達に丸投げ。
自分は部屋でのんびりするか、酒を買いがてら周囲を軽く見て回る程度。
夜になればその酒を、それも遅くまで1人だけで楽しみ、眠くなったらベッドに向かう…と言う日々を送っていた。
そんな自分の日課とも言える睡眠の邪魔した目の前の女性。
余程の理由でなければ納得しないし、許さない腹積もりでいる。
「………。」
マルクトの不機嫌な視線を受け、パメラが萎縮…するどころか全く動じてすらいない。
むしろ苛々してるのはこちらだと言わんばかりに腕組みし、不機嫌そうな顔で右の人差し指をトントン。
放たれるプレッシャーは半端なものではなく、怒った側であるはずのマルクトの方が圧倒され、後ろへたじろぐ程だった。
「こ、ここの宿は客に対してその様な態度を取るのか!」
「客?客ねぇ…。」
「何だ?私が客ではないとでも言いたいのか?」
「客ってのはね、何らかの形で利益を出してくれる人の事を差すもんだよ。」
「ふむ、それが道義だな。」
「普通ならね。けどあんたは違う。」
「何故だ、模範的な客ではないか。」
「どこがだい。文句や注文が多いのは当たり前。何か不満があれば、他の客がいても平気で怒鳴り散らす様な奴は普通にゃ程遠いさね。」
マルクトはこんなでも王都の商業ギルド員━━━つまりはエリートだ。
それがステータスでありプライドにも繋がってるからか、やたら上からの態度で接して来る。
今みたく尊大な口調なのは当然だとして。
空になった酒や食べ物の容器の片付けを宿の従業員に命じ、起きた時間になれば食事を部屋に運ばせる。
少しでも遅いと判断したらわざわざ怒鳴りに赴き、一頻り喚いてから戻るがデフォルトとなっている。
「それに、私が言いたいのはそんな事じゃあない。」
「…何の話だ。」
パメラの目付きが据わったものへと変わり、室内に侵入。
それにマルクトは警戒心を覚えるも、それでも尚プライドが勝っているのか平静さを装う。
「すっとぼけるんじゃないよ。あんたが王都からの回し者だってのはとっくに分かってんだ。それでも黙ってたのは、曲がりなりにもあんたが客だったからだ。」
「なら…。」
「話は最後までお聞き。あんた、帰って来ないお供の心配どころか、1人で街の外をふらついてたんだって?」
「それは…そう、共の者を探しに出た為だ。」
「本当かい?」
「ああ、勿論だ。」
「おかしいねぇ。あんたを見たのは北西門から出てすぐの所だ。けど、お供の人達がいなくなったのは南方面…おかしくないかい?」
「ど…どこに行くかを知らされていなかったからな!」
「それにだ。探す素振りは一切見せず、何か信号の様なものを上げただけで戻ったって(報告を)受けてるけど?」
「何かの見間違いではないか…?」
「見間違いねぇ…。」
パメラはしばらく訝しんだ後、近くにあったテーブルへ握り拳をダンッと叩く。
テーブルは破壊され、恐怖によりマルクトが尻込みする。
「ひぃっ!?」
「嘘ばかり抜かしてんじゃないよ!!」
「わ、わわわ私はう、嘘など━━━」
「あたしゃさっき、あんたが王都からの回し者だと言ったばかりじゃないか!もう忘れちまったってのかい!」
「!?」
「自分は客?ふざけるんじゃないよ!!周りに迷惑ばかり掛ける馬鹿が客な訳ないだろう!」
パメラは叩き付けた左手を自身の顔の近くへと持っていき、わなわなと震わせる。
一方のマルクトは今すぐにでも自分に向けられるのではと思い、戦々恐々とする。
「あんたはサルーンだけならまだしも、大恩あるホズミ商会まで敵に回した。果たして、帰る場所のないあんたは生活出来るかねぇ…。」
「ど、どう言う意味だ!」
「なんだ、知らないのかい?商国そのものがホズミ商会の下に付いたんだよ。勿論商業ギルドもね。それに関連して、近々(世界中の商業ギルドに)手が入るって話だ。」
パメラが話す手が入ると言うのは、主に王国と帝国にある商業ギルドの事を差す。
名前が挙がらなかった商国は先んじて改革が行われ、多少なりとも不正や収賄等が行われた者は相応の罰則を。
あまりにも酷い者は、解雇からの重い罪が課せられている。(本来であればポール達商国上層部も後者に当たるのだが、彼らをクビにすると人手が足りなくなるを理由に、条件付きで緩和されている。)
獣国はあまり商国自体が信用されていなかった為か容易に修正が済み、今では100%ホズミ商会に変更。
職員も、これまでの人族から地元の獣人を採用→教育へと移行した事で売上が鰻登りだとか。
それと、先程パメラが大恩あると話していたが、彼女を含めた古参メンバーは凛が里香の弟。
つまり創造神が遣わした現人神である事を知っている。
そうでなくとも凛の人柄に大変惚れ込んでおり、サルーンが誇る偉大な娘だと豪語。
本人が否定し、周りがそれを見て笑うまでが日常なのだそう。
「そんな…頼む、助けてくれ!」
「お断りだね。これまで散々良い思いをしたんだ。もう十分だろう?」
「嫌だ…俺はまだこんな所で終わりたくない。」
「自業自得が招いた結果じゃないか。とにかく自分でどうにかするこったね。」
「ぐ、くそ…。」
「そうだ、言い忘れてた。荷物を纏めな。今すぐにだよ。」
「…?」
「あんた…本当に人の話を聞かないね。あたしゃ今さっき、誰も泊めないし、手を差し伸べないって伝えたばかりじゃないか。」
「横暴だ!」
「どの口がそれを言うんだい…!」
「!?」
「1時間だけくれてやる。もし間に合わない様なら…。」
そう言って、パメラはちらりと壊れたテーブルへ視線をやる。
それに恐れを成したマルクトは「わ、分かった…」と頷いて弾かれる様にして動き、逃げる様にしてサルーンから飛び出したとか何とか。
同時刻、凛の屋敷では
「ダニエルさん遅いなぁ。」
もう間もなく朝食の時間。
だと言うのに、ダニエルとミレニア母娘の姿だけがダイニングになかった。
既に料理は並び終え、ガイウスを始めとした来客全員が着席済み。
現在は5時55分で、普段の彼ならば15〜20分前…つまりとっくに座っているであろう時刻。
にも関わらず未だ来ていない事から、珍しくまだ寝てるか体調不良か何かだと凛は考えた。
「僕ちょっと見て来る。だから先に…。」
食べてて。
椅子から立ち上がり、そう言おうとして階段に近付く。
すると、折り返しの手摺り部分に誰かしらの左手と思われる箇所が確認出来た。
そこから手首、肘…と見えていき、やがて全貌が露に。
「ダニエル…さん、ですよね?」
凛が不思議がるのも無理はない。
面影こそダニエルだが、頬は痩せこけ、完璧だった肉体は別人かと見紛う程に萎み、生まれたての子鹿みたく両足をぷるぷるさせていたからだ。
一緒に付き添うミレニア達が彼を補助し、手摺りも使って1歩1歩。
または1段1段ゆっくりと移動。
登場から3分程時間を掛けてようやく階段を降り切り、その間ダイニング中から悲鳴だったり、驚きの目をずっと浴び続けていた。
「ダニエルさん、一体何があったんですか?」
「………。」
「え?…ミレニア達にずっと搾られてた…って、えぇ…。」
凛が思い切ってダニエルに話し掛けるも、彼の声があまりにもか細いせいか上手く聞き取れなかった。
耳を寄せ、再度伝えられた内容に衝撃を受ける。
その表情のまま凛がミレニア達の方を向いた事で、全員の視線が彼女達に集中。
4人が4人して身を縮こませ、かなり恥ずかしそうにする。
更に3分後
「いやぁ…本気で危ないところでした。」
凛にバイタライズを施され、どうにか復活したダニエルが苦笑いで呟く。
その間、ミレニア達は周りから詰問。
かなり恐縮した様子で訥々と語っていた。
要約すると、歓迎会後、ダニエルを含めた5人で彼の部屋へ。
そこは幹部待遇とあって20畳程と広く、家具も立派なものが置かれてある事にミレニアが感動。
ダニエルはそんな彼女達を宥めつつ、部屋に入ってすぐの所に備え付けられた複数のソファーへ案内。
全員が座り、今までの空白を埋めるかの如く話し始めたそうだ。
思い出話に花を咲かせ、時に笑ったりもしていたらしいのだが、やがて話題はネガティブな方向。
つまりバーガン関連のものへと移り、凹んだ彼女達をダニエルが慰めた。
彼の優しさに触れた4人…特にミレニアが感極まり、涙腺が崩壊。
突然の事態にダニエルが慌て、残る3人がきょとん顔に。
しかしすぐに「ミレニアを泣かせたー」とモナが誂い、残る2人もこれに便乗。
ダニエルは益々困ってしまい、助けを求める視線をミレニアに送り、彼女と目が合う。
ミレニアからすれば、彼に縋り、希望を抱いたのは自分の方。
けど彼からそんな目を向けられ、心地良さを覚える。
それだけでカストロ達からの酷い仕打ちにひたすら耐えた事が報われた様な気さえするから不思議だ。
そんな変わらない…いやそれ以上に優しくなった彼にそっと触れられ、「ああ、これからは我慢しなくて良いんだ」と思ったのを期に、これまで溜めに溜めた感情が一気に込み上げて来た。
それが溢れ出ると同時に熱い情熱も抑え切れなくなり、ぶつける様にして彼に抱き着く。
ダニエルはリアクションに一瞬迷うも、震える彼女を抱き返し、その想いに応えた。
感極まったミレニアがダニエルの口を自身の唇で塞ぎ、突如始まった愛情の確かめ合い。
10年以上を経てようやくと言う事もあり、始めは引いていた他の3人も相思相愛な2人に中てられ、我慢出来なくなっての参加。
そこから代わる代わるダニエルの相手を務め、彼が力尽きる30分前までずっと続けられたそうだ。
これらの内容は子供達がいる手前、かなりオブラートに包んだ説明となった。
それでも、顔を真っ赤にしつつ、肌が艶々なミレニア達に好奇の目が向かない訳がなく、モテない男達が(嫉妬による)血涙を流したのは言うまでもない。
その光景を、ガイウスが複雑な顔で見ていた。
何故なら数日前、アンジェリーナとリーゼロッテに寝込みを襲われた経緯を持つからだ。
今は2人共和気藹々と話しているが、夜になると一変。
(性の)肉食獣となり、彼女達の身分の高さも相まって、ガイウスが一方的に狩られる立場に。
ダニエル達よりも長く相手の事を想い、一途な性格━━━に見せて実は非常に愛が重く、意外と負けず嫌いでもあるアンジェリーナ。
そこに、体力馬鹿で拗らせた性格の持ち主であるリーゼロッテが組み合わさり、完全に手が付けられなくなる。
流石にダニエル程ではないが、それでも(襲われて以降)毎日10を超える回数は付き合わされる羽目に。
おかげで最近は「腰が…」と言って湿布を貼る作業が欠かせなくなり、別な意味で凛の世話になっているとか。
なのでダニエルの苦労話が他人事に思えず、これからは出来るだけ優しくしてやろうと心に決める。
視点は移り、シルヴィア、シンシア、リリエラ、エレンケレベル、モニカの5名へ。
ミレニア達を相手したと聞いて彼女達の蟠りが解け、彼女達同士で集まり、今日は自分達の番だと意気込む。
シンシアとリリエラを除く3家の当主達は感心&期待の眼差しでダニエルを見やり、と同時にその妻達が何やらやる気に。
ギラついた目をそれぞれの夫へと向けている事から、彼女達の弟か妹が出来る日もそう遠くない…かも知れない。
因みに、エレンケレベルは布面積の少ない服…所謂童○を○すセーターの様なものを着用。
元は雫が凛を悩殺するつもりで用意したのだが、彼女では如何せん魅力が足りない。
服のサイズも大きく、かなりブカブカだった為に火燐が指を差して大笑いし、今では恒例となりつつあるキャットファイトの後そのままお蔵入りに。
それをどうやってか見付け、試しに着てみたのだろう。
程良い肉付きの彼女にかなり似合っており、また本人もこの服は楽だと告げ、ダニエル達が来るまで注目を集めていたりする。
午前8時前
復活したダニエルが訓練を終え、ホズミ商会本部に出勤した直後。
彼に会いたいと言う者(勿論アポ無し)が一斉に押し掛け、建物全体がパニック状態に。
どうやら昨日の決闘が原因らしく、どんな関係でも構わないので彼と面識を持ちたいが理由だった。
とても仕事にならないとの判断から今日の出勤は見送り、凛の屋敷にいるミレニア達の元へと向かう。
ミレニア達は元商人の家系を理由にホズミ商会への配属が決まり、それに向けての勉強をし始めたところだ。
そこへダニエルが顔を見せ、教育係に変わって講師役を務める事に。
ミレニア達は愛する人に教えて貰うとして俄然やる気になる…のだが、1時間も経たない内に訪ねて来たベータにより終わりを告げる。
どうやら凛からの呼び出しらしく、ダニエルは寂しがるミレニア達に後ろ髪を引かれながら部屋を後にするのだった。
本当はもっと短かったのですが、色々書き足したら文字数が増えてしまいました(苦笑)
それと6話まで修正しておりますので、もし宜しければ。
大分マシになってる…はずw




