121話
「凛、そろそろ行こうぜ?俺も腹減っちまった。」
アレックスのその言葉で一行は再び歩き始め、パトリシアとアイシャは不安げな様子で彼の後ろ姿を見つめる。
そのまま互いに見合い、頷きの後に彼らに続こうと━━━
「なんでお前らまで混ざろうとするんだよ。」
「「えっ?」」
「お前らがそんなんだから俺は…ともかく、お前らともう馴れ合うつもりはねぇ。だから付いて来んな。」
しかしアレックスに拒否され、「え…」と絶句したままその場で立ち尽くしてしまう。
「何故あの坊やが憤っておるのか。主らにそれが分かるか?」
2人して悲しみに暮れていると、真横に来た朔夜から声を掛けられた。
パトリシア達はてっきり彼女も一緒に向かったとばかり思っており、驚きを露にしたもののすぐに考える素振りを見せる。
「…分からぬ様じゃな。周りをよく見てみるが良い。」
しかし幾ら考えても答えに行き着かず、2人は朔夜に促されるまま周囲を見回す。
周りには大勢のギャラリーがおり、半数以上が人間で、残り3割強は亜人や獣人で構成。
うち(貴族を除いた)4割程がこちらに視線を向け、残りが隣だったり近くにいる者と会話中。
人間同士、または獣人同士と言った感じのものが多かったが、人間と獣人等の違う種族での組み合わせもそれなりに存在していた。
それは王都や帝都ではまず見ないし、それ以上に有り得ない光景だ。
何故なら組むのはほぼ人間のみで完結し、亜人や獣人は多くて1割。
それも隣人や友人、パーティーメンバーではなく、良くて従者、悪ければ奴隷が一般的だからだ。
彼らの所有者は貴族がほとんどで、たまに冒険者、残りが商人等。
いずれも力強さや外見の良さを衒らかすのが目的で、一種のステータスにもなっていた。
「そうじゃ。主らがどの様な境遇で育ったかは知らぬが、ここではこれが当たり前での。」
「「………。」」
「やれどこに行こう。次は何しよう。あそこが美味しい…皆、その様な事ばかり話しておる。それらに共通して言えるのが『笑顔』である事じゃ。」
「「笑顔…。」」
「左様。主らが住む所はどうじゃ?活気はあるか?それと同じだけの笑顔が溢れておるか?
栄えた場所にこそ影は大きくなる。主らにはそれが分かるのではないか?」
王都や帝都は人が集まりやすく、出て行きやすい。
しかし例え失敗しても出て行かずに残る者が多く、故に貧民街が形成される。
年を追う毎に貧民街の人数は増え、各国の首都が頭を悩ませるタネと化した。
しかしクリアフォレストは違う。
物価や賃貸料は安く、選べる職種が多い。
他に類を見ない程に治安が良く、酔っ払いが寝ていても襲われる心配がない。
むしろ、詰所の横に設けた仮宿まで警備が運び、朝になるとお礼を述べて帰る者が一定数いる位だ。
それに例え働けなかったとしても、各ダンジョンにあるテストコーナー(チュートリアルみたいな場所)で薬草等を採取し、稼ぐとの手立てが。
そこから少しずつ経験を積み、やがて名を馳せた冒険者として大成する…なんて可能性も。
ただ、ダンジョンランク=冒険者ランクとなる為、場合によっては昇格する必要がある。
「故にここが異常とも取れるのじゃが…或いは、これがこれからの在り方なのやも知れぬの。」
アイシャとパトリシアは朔夜の言葉の最後に対し、今一つピンと来ていなかった。
ただ、少なくともここにいる者達が生き生きとしている事だけは理解し、自分達がこれを引き出せるかと言われれば否との答えに行き着いた様だ。
「さて、では行こうかの。」
「「?」」
「昼餉にするのであろ。2人共付いて来るのじゃ。」
「ですが…。」
「私達、アレクに断られたばかりだし…。」
「気にするでない。主らが悪い…とまでは言わぬが、きちんと伝えなかったあの坊やにも問題はある。」
「そう、なの?」
「その伝えなかった事とは一体…。」
「それは妾の口からは話せぬ。確かめたくば付いて来る事じゃな。」
朔夜の言葉に2人は再び見交わし、今度は力強く頷いた。
「…で、連れて来たと。」
「うむ。」
アレックスのジト目が朔夜に突き刺さる。
ここはクリアフォレストの中心からやや南側に位置する料亭。
紅葉が女将を務め、暁達もこちらにに勤務している。
本来、紅葉達程の美貌や技量の持ち主であれば、赴任場所は超高級区の高級料亭であるべきだ。
しかし最近まで勤めていたサルーンの高級料亭で貴族から散々口説かれ、断れば激昂が当たり前。
怒り任せに皿や料理を投げ付けられる事もそれなりにあった為、敢えて(他と比べ)亜人や獣人の比率が高めのこちらへとやって来た。
亜人・獣人は人間よりもさっぱりした性格の者が多く、そのおかげもあってトラブルがかなり減った。(それでも紅葉の器量や性格の良さから、残念ながら今でも少なからずある)
「朔夜、お前なぁ…。」
「まぁまぁ、良いではないか良いではないか。」
「良いではないかって、どこの悪代官だよ…。」
「悪代官、とな?」
「…何でもねぇよ。」
アレックスは説得を諦めたのか、はぁ…と溜め息をつく。
「あの、アレク…。」
「先程は、その…。」
「あー、わりぃ。さっきは言い過ぎた。」
「う、ううん。」
「その様な事は…。」
「お前らには伝えてなかったけどよ、実は俺には別の世界の記憶がある。本とかに出る『流れ者』ってやつだ。」
「え、そうだったの!?」
「まさかアレク様がとは…。」
「向こうは魔物はおろか、亜人も獣人もいねぇ。争いもあまりない平和な世界でな。魔法はないが、文明がかなり進んでる。お前らっつーか、この世界の奴らと価値観が違うのはそれが理由だな。」
パトリシアとアイシャがへーと言いたげな顔になる。
「それとステラはその時からの付き合いでな。20年ぶりに、それもサルーンで会えるなんて思わなかったからついはしゃいじまった…何故か性別が変わっちまったみたいけどな。」
「え、って事は…。」
「ステラさんは元は男性でしたの!?」
「顔自体は全くって言って良い程同じだがな。」
「「………。」」
アレックスの説明に、パトリシア達は哀れみだったり「え、お前男だったの?」等を含めた複雑な顔に。
「止めて!そんな目で僕を見ないで!!」
視線を向けられたステラがいたたまれなくなり、両手を前にやったまま顔を背ける。
「まぁそんな訳で、亜人だから獣人だからって見下す理由が俺には分からねぇし、理解したくもねぇ。それにステラの方がお前らよりも付き合いは長いし、今後も変えるつもりはない…これで納得して貰えたか?」
「そう言う事だったのね。」
「全て納得は難しいですが、一応は理解出来ました。…ですが、良くアレク様だと分かりましたわね。話を聞くに、アレク様の顔は以前と異なるのでしょう?」
「全然違うね。けど、アレクの笑い方って個性的だから…。」
「「ああ成程。」」
「いや、そこで納得すんな。」
アレックスの笑い方は変わっており、モールス信号みたいなリズムと音程で器用に笑う。
その事をパトリシアとアイシャは思い出し、どちらも得心が行ったのか揃って頷き、すぐさまアレックスから突っ込みが入る。
「お待たせ致しました。肉じゃがと白和えでございます。」
そこへ、紅葉から肉じゃがが届けられた。
肉じゃがは牛肉、じゃがいも、玉ねぎ、人参、糸こんにゃくは勿論。
それとは別に、さやえんどうやきのこっぽいものが。
白和えはほうれん草と人参と豆腐、上には白い小さな花みたいなものが添えられている。
アレックス達がいるのはカウンター席で、紅葉達もたまに会話へ参加。
レオパルドは和服+割烹着+白い三角巾姿の彼女を見てボーッとしており、ゾーラパルフェから肘で突かれて我に返る。
「お、来た来た…!うっま!?何これうんまっ!!こんなうめぇの初めて食ったわ!!」
「ありがとうございます。」
アレックスの絶賛に、紅葉がにこりと笑う。
それに釣られ、ユリウスやパトリシアやアイシャ、レオパルドとゾーラパルフェも慌てて口に入れる。
レオパルドは肉。
ゾーラパルフェは野菜が入り、かつ優しい味付けの料理が食べたいを条件にここへ来たのだが、予想以上の美味さだった様だ。
フォークを口に入れたまま目を見開き、その状態で固まってしまった。
「紅葉、この肉じゃがには何が使われてんだ!?」
「メインとなるお肉はミノタウロスキングですね。」
『ぶふっ!』
「他に変わった点と致しましては、白和えにも入ってます人参がヴァーミリオン。それと━━━」
「これは?」
「そちらは冬龍夏草ですね。」
『冬龍夏草!?』
人参の代わりにマンドラゴラの進化系であるヴァーミリオン、それとアレックスが箸で摘んだきのこっぽいもの…強い龍の死骸に生えるとされる冬龍夏草が入っていた。
「そちらの白和えに添えられた花はヘムロックですね。」
『ヘムロック!?』
「ヘムロックは劇毒ではありますが、適切に処理すれば非常に優れた食材ですよ?どちらも、滋養強壮等を目的に入れております。」
ヘムロックはマンドラゴラからの派生で、地上部分に生える葉や花に毒がある。
食材として出されるのはかなり予想外ではあったものの、たまに暗殺で用いられる位には有名な毒物だ。
それ以外は見なくなってから久しいのも重なり、先程吹き出したユリウス達4人も目が点になる。
「おいおいマジか…どれも超高級品じゃねぇか。帝都で食べようもんなら、幾らの値が付くのか分かったもんじゃねぇな。しかしまさか普通に出されるとは…。」
「ん?普段は出さないよ?」
「ステラ様の仰る通り、今回いらっしゃったのがアレックス様方だからこそお出しした料理ですね。裏メニュー、と言ったところでしょうか。」
「裏メニュー…良い響きじゃねぇか。他にはどんなのがあるんだ?」
アレックスの一言で次々と和食が運ばれ、彼は勿論の事。
パトリシア達も料理の美味さに驚き、そして使われている希少な材料を聞いて更に驚くを繰り返していた。
その頃、帝国の南西部のとある屋敷にて。
寝室と思われる広い部屋の中で、1人の男性が全裸で腰を振っていた。
その男性は醜く肥え太り、同じく全裸の女性の左手と髪を乱暴に掴んでいる。
「はっ、はっ…ぬぐぁぁっ!」
やがて絶頂に達したのか、立ったまま体を小刻みに震わせた。
女性は大きく仰け反った後、まるでマネキンにでもなったかの様にして力なく倒れ込む。
以降ビクン、ビクンと動くだけで起き上がる気配を見せず、そんな女性に男性が冷めた視線を向ける。
「ふん、もう終わりか。女騎士と言っても所詮はこの程度なのだな。」
そう言って、男性は辺りを見渡す。
寝室のあちこちでは先程の女性同様。
全裸の…それも10人以上の女性が様々な態勢で倒れ、その誰もが虚ろだったり、生気の感じられない顔を浮かべている。
一見すると全員死んでるのでは?と感じられる様な光景がそこにはあった。
男性はそれでも尚続けようとし、ベッドの横にある引き出しに手をやる。
「…む。おい!」
「…お呼びでしょうか。」
「精力剤が補充されていないではないか!!」
「申し訳ございません。現在、どこも品切れ状態の様でして…。」
「言い訳なぞ聞きたくないわ!」
男性は引き出し内に手をやり、中にあった空の瓶を従者に投げ付けた。
瓶は従者の頭に当たり、粉々に砕ける。
「グズが…おい、最後に仕入れたのはどこだ。」
「購入したのはいつもの所です。…が、原料となったオークキングはサルーンから齎されたものでございます。」
「サルーン?…ああ、最近噂になっている場所か。王都で騒ぎを起こした大層美人な鬼人がいるのもそこだったな…面白い。ならばそこへ行ってみるとするか。おい、行く手筈を整えろ。」
「はっ。」
「それと儂は今から昼食を摂る。お前はここに残り、部屋の片付けをしておけ。」
「畏まりました。」
男性がのっしのっしと体を揺らして寝室からいなくなり、それを確認した従者が指を鳴らす。
すると女性達や粉々に割れた瓶を含め、部屋に元々あったもの以外全てが綺麗さっぱりと消え失せる。
従者は「仕事とは言え、馬鹿の相手は疲れるな…」と呟いたのを最後に、その場からいなくなるのだった。
参考までに↓
冬虫夏草→冬獣夏草→冬龍夏草
マンドラゴラ→ヘムロック




