107話
3分後
「…先程は失礼しました。あんなに美味しい桃は生まれて初めて食べたもので…。」
ルーカスは残念そうな顔でイライザを見た後に居住まいを正し、頭を下げる。
凛がルーカスに渡した桃は品種改良を加えた上等品で、入手方法はホズミ商会内にある贈答品コーナーのみ。
1つ銀貨5枚と少し高めではあるものの、他の果物と同様、食べた本人や家族等の贈り先から喜ばれる逸品となっている。
そんな桃を、ルーカスは2割程食べ進めたところで寒気を感じ、後ろを振り向く。
寒気の原因はパーティーメンバーで、全員が羨ましいような、妬ましいような視線で見ていた。
ルーカスは食べるのを止めて渋々カインに渡し、そこからカイン→サイラスの順で1割ずつ食べ、イライザの手へと渡る。
ところが、イライザは自分で終わりだと思ったのか。
或いは誰にも譲る気はないのかは分からないが、皆がいる場所から離れていき、十分に距離を取った所で桃を貪り始めた。
その様子を凛と美羽以外が引いた目で見るも、本人は食べるのに夢中で全く気付いてはいない。
「…どうやら話は以上の様だな。我々は戻らせて貰う。」
これで話は終わりだと判断したガイウスは再び藍火の背に乗り、ゴーガンとランドルフが跨ったのを合図に移動を開始。
ルーカス達はいきなりの事態に驚き、飛び去っていく彼らに憧れの目を向ける。
凛達はイライザが食べ終わるのを待つのも兼ね、軽く話をする事に。
その中で、ルーカス達は全員幼なじみで凛と同じ22歳だと分かり、普通に話せる間柄となった。
「まさか同い年とは…凛さん落ち着き過ぎだろ。」
同い年と言う事でさん付けも止めるよう伝えたのだが、ガイウスが殿呼ばわりしているのに畏れ多いを理由に辞退した。
「逆に、それだけ落ち着いてるからこそ領主様達と仲が良くなったんじゃないか?」
「確かに…カインの言う通りかも知れませんね。」
それと、僧侶のサイラスは女神教関係者…それも司祭のポジションにいる事が分かった。
祭服姿の彼は、布教がてらルーカス達と一緒に行動している。
聖職者でありながら冒険者として活動するのは稀で、女神教に属するほとんどの者は教会を始めとする屋内の仕事に就く。
そこで自分は選ばれた者なのだとふんぞり返り、次第に傲慢になり、堕落していく。
「あはは…大げさだよ。」
「大げさなもんか。」
「そうそう。ルーカスなんて、良い歳なのに子供みたいでちっとも落ち着きがないもの。」
「…今のお前に言われてもな。口の周りべったべたで説得力がまるでねぇぞ。」
「あらやだ。」
途中、桃を食べ終えたイライザが戻って来た。
しかしルーカスからの指摘にオホホホと言いながら再び離れ、ハンカチの様な物で口元を拭く。
「まぁ本音をいやぁ、あの木を近くで見れなかったのが残念ではあるかな。」
「あの木?…ああ、翠の分身体か。少し歩く事になるけど、良かったら一緒に行ってみる?」
「(翠?それに分身体って何だ?)…良いのか?」
「うん。その間、ルーカス達の話をもっと聞かせてくれると嬉しいかも。」
「それくらいならお安いご用だ!なぁ皆!」
ルーカスの問い掛けに3人が頷き、一行は移動を始めた。
「おー!すげーー!近くで見るとこんなにでっけぇんだなー!!」
世界樹の前に辿り着き、ルーカスの口からでた言葉がそれだった。
イライザ達は最初こそ破壊された塀にビックリしていたものの、世界樹の雄大さに感動した様子で見上げている。
「…あら?凛ちゃん、戻って来てたのね。」
「「お帰なさい。」」
そこへ、翠、金花、銀花の3人が声を掛けた。
まだ安定化の途中らしく、凛達が近くへ来たが為に作業の手を止めた様だ。
「お帰りなのん。」
そして、何故かフェアリークイーンであるエラの姿も。
彼女はそこそこ高い位置から凛の目線の高さへパタパタと移動。
相変わらずのへーっとしており、イライザだけが「きゃー!妖精なんて初めて見たわ!」と騒いでいた。
「うん、ただいま。(調整は)まだ掛かりそう?」
「もうちょっとってところかしらね…そちらの子達は?」
「は、初めまして!ルーカスと言います!」
「か、かかかかカイン!」
「僕はサイラスです…!」
「ふふふ♪あらあら、可愛いわねぇ♪」
くすくすと笑う翠に、ルーカス達はノックアウト。
3人は翠を見た瞬間に固まり、今は揃ってモジモジデレデレする。
「何よ!ちょっと綺麗でスタイルが良いからって、鼻の下伸ばしちゃってさ!」
妖精への感動を分かち合おうと視線を動かしてみれば、男共はアピールの真っ最中。
地団駄を踏んで不満を露にするも、ルーカス達は翠と話すのに必死で一瞥すらくれようとしない。
益々不機嫌になり、そんな彼女を凛がしばらく宥め続ける羽目に。
イライザもお姉さん気質ではあるのだが、残念ながら色気も落ち着きも足りておらず、翠と比べるのがそもそも間違いだと言える。
「そう言えば、エラちゃんはどうしてここに?」
「この木に呼ばれたのん。」
「この木…って、世界樹?」
「なのん。」
「へー。世界樹って言う位だし、何か特別な効果があるのかも知れないね。」
美羽とエラは2人で会話を行い、どちらも凛に助け舟を出そうとはしなかった。
それと、エラ以外にも世界樹に反応を示す者達がいた。
リーリアを始めとする(オークション等で購入した)エルフ達だ。
彼女らがエルフの里に住んでいた頃、里の中心に聳え立って人々を守るのはハマドライアドだった。
ハマドライアドは3つの集落全てにあり、エルフ達はそれが最高だと思っていた中で現れた存在、それが世界樹だ。
勿論見るのは初めてで、世界樹から放たれる神々しいオーラに思わず平伏しそうになる。
そんな神とも言える世界樹の近くに行きたい、オーラをもっと感じたいと思うのは当然の事だった。
しかし真っ先にエラが向かい、少し遅れて調整の為に翠が続き、更に金花と銀花まで付いて行ってしまう。
完全に出遅れ、後で必ず行くと心に決めてそわそわとするだけに留まった。
ややあって、凛達は領地の端部分に戻って来た。
壁は人1人が十分に通れるだけの穴が空けられ、ルーカス達の手には先程と同じ桃が。
他にも、お土産用にとの名目で果物を幾つか持たせようとしたのだが、貰い過ぎだと断られた。
「凛さん、色々とありがとうな。それとお邪魔してごめん。俺、これからもっと頑張るよ。」
「俺達も、ルーカスを支えられる位強くなるから!」
「あの…またここへ遊びに来ても良いですか?」
「凛さんありがと♪うふふふ♪」
ルーカスは照れ臭そうに、カインはまた翠に会いたいのか妙にやる気で、サイラスはやや申し訳なさげだった。
イライザは桃を両手で持ち、嬉しそうに頬擦りする。
「勿論だよ。4人共またね。」
「ああ、またな!」
ルーカス達は手を振りながら離れて行き、凛と美羽はそれに応えながら見送った。
それからしばらくの間、凛は九尾スキルを用いた分身と共に新たな屋敷を建設。
作物や果樹園の撤去、領地の拡張や整備にサルーンの外壁の強化を行い、美羽達やアルファ達エクスマキナはそのお手伝いを。
また、翠もルーカス達が帰ってから30分程で調整を終え、結界の展開を開始。
結界は領地全体を覆い、一切の侵入を拒んだ事で挑戦者達が悔しい思いをする。
正午近くになり、ガイウスから映像水晶越しにお昼を誘われ、美羽と共にサルーンへと向かう。
その頃、サルーンの北側でも動きがあった。
カーヴァン伯爵小飼の商業ギルド員…マルクトを含む、十数人の者達がサルーン入り。
マルクト以外は全員が外套を身に着け、いずれもフードを深く被っている。
彼らは目的の為なら殺人を厭わない暗殺者。
いずれも王都にある裏の組織『奈落の牙』の組織員で、名目上はマルクトの護衛として雇われた。
「ここがド田舎のサルーンだと!?」
北門を抜けてすぐ、マルクトはサルーンの発展ぶりに目を見開き、人目も憚らずに叫ぶ。
マルクト自身、これと言って特徴のある容姿ではない。
しかも誰かに誇れる様な特技がある訳でもない、普通の商業ギルド員。
ただ、彼は昔から少し悪い事をしてお金を稼ぐのが趣味だった。
商品を横流ししたり、裏で捌いたりしたのが縁となってカーヴァン伯爵から可愛がられる様に。
今回彼はカーヴァン伯爵から2つの依頼を受け、ここまでやって来た。
王都の前でトラブルを起こし、(大型の魔物を3体も入れられるだけの広大な空間収納含め)非常に優れた実力を持つ紅葉を含めた鬼人達が本当にサルーンにいるのか。
それと缶詰等の食料品や魔道具、移動に使用していた立派な馬や馬車が手に入るかの調査だ。
その際、荒事になる可能性があるとの理由から、奈落の牙の者達を護衛として雇う形に。
現在、王都は紅葉達が齎した品々や情報により混乱の最中にある。
特に騒いでるのが公爵を含めた貴族。
ベヒーモスやフォレストドラゴン、それと先日商国のオークションで出品されたドラゴンの剥製の噂が広まり、如何に他を出し抜いて入手したり目立ってやろうかと躍起になっている。
次が商会や魔道具ギルドの者達だ。
革命とも取れる食料品に魔道具に意識が向いており、どちらも参考にしたいからと高値で買い取っている。
「くそ、以前来た時とはまるで活気が違うじゃないか…!」
話は戻り、マルクトがここに来たのは10年以上前。
その時に得た情報が全く参考にならなかったのが悔しい様だ。
「先程通った北門は造りが豪華になっていたし、この辺りは街道だった気もする。これはサルーンが以前よりも広くなったと考え…ん?なんだあの行列は。」
マルクトは進行方向の先にある店…商店の外に設けられた、小さなブースに目を向ける。
ブースの中は横長のテーブルが置かれ、奥には大量に積まれた箱と2人の女性。
横には兵と思われる男性4人が控えていた。
ブースの前には長い長い行列が出来、2人の女性の内の1人が忙しなく客と売買のやり取りを。
もう1人は座ったまま全く動かず、動き回る女性が哀れに感じる。
客は客で少しでもスムーズにとの意味なのか、待っている間に購入分のお金を用意。
それが(悪い意味で)スピーディーに買い物を済ませる要因となっている。
客はどうやら巾着袋の様なものを求めて来たらしく、1個2個買う者もいたが圧倒的に5個購入する割合の方が多かった。
ブースの前には『お1人様1回限り!最大5点まで!』の看板が置かれ、それが余計に購買意欲を掻き立てたのだろう。
「おい、お前。あそこに並ぶ行列へ向かい、何が販売されているのか調べて来るのだ。」
「はっ。」
「俺達は昼食を摂るのと並行して情報収集を行う。」
『はっ。』
マルクトは警戒した様子で部下の1人を行列に向かわせ、残った者達を連れて近くの大衆食堂へ。
食堂の中は個人で利用できるカウンター、それと2人、4人、6人が座れるテーブルが幾つも並べられていた。
座敷はなく、(マルクト達は初めて利用する為に分からなかったが)喫茶店と比べて材料の質が少し落ちる。
しかしその分価格が安めに設定され、量自体もきちんと1人分ある。
所謂ワンコイン食堂みたいなもので、駆け出しや半人前の冒険者だったり、何らかの理由で食費を抑えたい者に重宝がられている。
「マルクト様。どうやらこちらに名前を書き、名前を呼ばれるまで待つ様です。」
「そんな事は見れば分かる!初めて見る仕組みだと思っただけだ!!」
「はっ、失礼しました!(ふん。伯爵の腰巾着風情が偉そうに。何故こんな奴に従わねばならないのか…。)」
「それにしても多いな。場所を変えた方が良いのか?だが他も似たような感じだった場合が…。」
中は活気に溢れ、しかもお昼時もあって200人近くが利用し、数十人が順番待ちの状態。
マルクトはそれに辟易しつつ30分位で名前を呼ばれ、従業員に案内されるままテーブルに座るのだった。
101話にて、運んで来たベヒーモスやフォレストドラゴンがどうなったか等の記載がなかったので追記しました。
それと、本文には書いてませんが魔法ギルドなんてのもありまして、少ないと言えば魔法使いを女神教みたく囲い込むのが目的の組織となります。




