100話 33日目
その3日後の33日目
「は、は、は、はぁ…。」
アダムが力なく笑った。
彼は現在、両頬を中心に顔面の至る所が腫れ上がっている。
それに見合うだけの傷を負い、上手く声が出せない状態。
装いは数日前に着ていた仕立ての良い服ではなく、下着姿。
柱の様なものにぐるぐると縄で縛られ、身動きが取れないでいる。
当時あれだけ自信満々だったのが、今や見る影もない。
「ぎ、ぎざま"ら"ぁ"…ばだじにごん"なごどじで…だだでずむ"ど━━━」
「うるせぇ!もごもご言ってねぇで、ちゃんと喋りやがれ!」
「ぶべっ!」
アダムは何か言い掛けようとするも、男性が投げた石が左頬へ直撃。
強制的に黙らされ、それを合図に住民達が石を拾い、一斉に投石を開始。
アダム達は止めるよう懇願するも、悉く無視。
次々に石が飛来し、アダムや彼と行動を共にしていた者達の頭、肩、太もも…と言った場所に当たり、新たな傷となって彼らを苦しませる。
(どうして…どうしてこうなった。私の計画は完璧だったはずだ)
薄れゆく意識の中、アダムは最近起きた出来事を思い返す。
アダムは王国西部へ向かい、リーガル侯爵と言う人物を頼った。
リーガル侯爵はアダムの寄親で、彼が普段から世話になっている人物でもある。
リーガル侯爵は王国の宰相と仲が良く、その伝でサルーン統治の許可証を入手。
そこから一気呵成とばかりにガイウスの屋敷へ押し掛け、領主の地位を簒奪したまでは良かった。
しかし事態は一気に急変。
状況を察知したホズミ商会が、中にいた客を無理矢理追い出す形で閉店したからだ。
他にも、商店や喫茶店等の直営店やホズミ商会に関係がある店。
それら全てがこれから利用しようとする客の入店を断り、中にいた客全員の会計が済み次第、次々に店を閉じていった。
ただ、宿や宿の中にある食堂まで止めてしまうと宿なしとなり、碌に準備もできないまま路上やサルーンの外で寝泊まりする必要があると判断。
宿泊業だけが営業を続ける事となったのだが、ホズミ商会に頼り切った昨今のサルーンにおいて、まともに営業しているのはこの業種のみとなった。
一応、大小合わせて20の宿がサルーンにはあるものの、7万人を超える住民達を賄うには全く足りていない状況。
結果、宿に決して途絶える事のない行列が出来、領主の屋敷前にはデモ隊が押し寄せた。
それをアダムは全く取り合わず、すぐに収まるだろうと楽観視。
むしろ、屋敷の地下にある食料庫や酒の保管庫に目を付けた程だ。
メイド達に命令し、そこにある良質な食材や酒類を用いての豪華な宴を開いた。
始めは屋敷の警備に就いていた兵達も、最後は全員が参加。
宴は続き、アダムがガイウスの屋敷を占拠してから一晩明け、二晩明けても終わる気配は全く見せなかった。
そして昨日の昼。
我慢の限界を超えた住民達が一斉に屋敷へ突撃。
これにアダム達が慌てて応戦するも、協力者や兵を含む全員(ただし、元々屋敷にいたメイド等の非戦闘員は除外)がぼっこぼこにされ、そのまま捕えられる形で鎮圧。
いくら連日の宴でべろべろに酔っ払い、そのおかげで本調子でなかったとは言え、あまりにも一方的過ぎた。
故にアダム達は付いていけず、住民達が勝ち鬨を上げて喜ぶ中、ただただ呆然としていた。
普通の場合、住民や並の冒険者より兵の方が練度も強さも上。
実際アダムの兵1人1人が銀級の強さで、隊長クラスとなると金級の強さを持っていた。
だがここはサルーン。
凛の補助が入る場所が普通の訳がない。
運動場では直接相手をする師範役とは別に、講師役も存在する。
初めてだったり不慣れな者が講師役に教わり、ある程度学んだら師範役へ切り替え。
師範役へ挑む際は基本マンツーマンで、師範役が同時に多人数の生徒を相手取る事も。
逆もまた然りで、生徒同士によるマンツーマンから、連携だったり相手の動きを読む目的で一対多、多対一で組ませたりした。
こうして生徒達は対人戦闘の経験を…それも濃い密度で鍛えられていった。
故に多数の兵を相手に臆するどころか互角以上に渡り合え、中には複数の兵を相手取る者もいた。
住民達や冒険者達が強くなった秘密…それは運動場での訓練が終わった後に出るドリンクにある。
ただ、ドリンクとは言っても実はリインフォースポーションと呼ばれるもので、増強の名の通りベヒーモスのエキスが配合されている。
若干の体力や魔力の回復、筋力の増強効果もあり、ア○エリ風味に仕上がってるので飲みやすい。
ここまで至れり尽くせりなのに、使用料はなんと無料。(リインフォースポーション込み)
公にこそしていないものの、1度でも利用した者は効果を実感し、口コミで…と言う感じで瞬く間に広がっていく。
また運動場の一角に診療所が設けられており、どんな大怪我だろうが即座に治療して貰えるのも大きい。
治療スタッフが美人揃いなのも加味してか、中にはわざとやられて診療所へ向かう者も。
運動場を使いだしてから強さが1ランク上がった者が多く、2ランクと言う者もちらほら。
金級や魔銀級の実力者もそれなりにおり、領主の屋敷に向かったのは腕に覚えがある強者ばかり。
以上の観点から、屋敷の制圧はなるべくしてなったと言えるだろう。
制圧後、アダム達は冒険者に散々痛め付けられた顔を公衆の面前に晒された。
兵達も満身創痍の状態で縛られ、鎧には斬られた後だったり凹んでいるのが目立つ。
反対に、突入した側であるはずの住民や冒険者達は元気一杯。
これに、当時襲撃を受けた全員が疑問符を浮かべていた。
「…無様な姿だな。」
やがて、気絶から目を覚ましたアダムに、1人の男性が声を掛けた。
「…!ドレスターか!」
その男性はガイウス。
彼の後ろには凛、美羽、ランドルフの3人が立つ。
凛と美羽は普通の表情で、何故かランドルフだけが若干不機嫌そうにしていた。
「これがかつて王国最南端を治めた者の末路とはな。」
「貴様…!」
アダムは凛から受けた回復魔法による影響で目を覚ましたのだが、その事に本人は全く気付いてない。
「ガストンよ、貴様には感謝している。」
「?」
「私は最近、本当に、本当〜~~に忙しくてな。サルーンが新たに生まれ変わり、仕事がかなり増えた…にも関わらず、他貴族との面会に時間を取られ、全く捗らない日が続いたのだよ。さて、誰にも憚られず、落ち着いた気分で仕事が出来たのはいつぶりだろうか。」
そう話すガイウスは、この3日間、凛の屋敷にお邪魔していた。
客間を借り、(ホズミ商会を閉店した事で手が空いた)ダニエルとベータの協力を得ながら執務作業を行った。
「おかげでゆとりが出来てな。昨日と一昨日は、死滅の森での狩りに専念させて貰った。」
ガイウスの発言に、一帯がざわついた。
死滅の森は数ある魔素点の中でも特に縄張り争いが激しく、ほぼ絶える事なく魔物が襲い掛かって来るからだ。
ガイウスが向かったのは表層の中でもそこそこ進んだ場所とは言え、それでも人が全くいない事に変わりはない。
それが苦にならず、それどころかまるで買い物や散歩でもするみたいに気楽な感じで話すガイウスに、凛達以外の面々は驚きを禁じ得ない様だ。
「武具も良いものを手に入れてな。実に楽しい『休暇』を過ごさせて貰った。」
そう言って、優しい笑みを浮かべながら腰に差した剣を抜いた。
剣と反対側に設置された小盾は一新され、見るからに業物。
それでいて、まるで芸術品の様な煌びやかさを持つ白銀色に注目が集まる。
ホズミ商会関連事業が軒並み休業…つまり紅葉やアーサー達を始めとする実力者達も休み扱いとなった。
この空いた時間をただダラダラと過ごすのは勿体ないと、死滅の森へ向かう者が続出。
ガイウスもそれに肖り、午前中はいつもより長い鍛錬の後に仕事。
午後は凛の配下達と共に死滅の森へ向かい、凛達と夕食を摂った後は談笑しつつゆっくり。
鍛錬や討伐の合間にリインフォースポーションも摂ったおかげか、神輝金級の聖人へ至るまでに成長。
アルフォンスを含む警備隊は午前と午後の両方に参加し、金級〜魔銀級の強さに。(隊長であるアルフォンスは厳しく鍛えられ、彼だけは黒鉄級)
ガイウスは魔法に関する適性が皆無らしく、聖人になってもそれは変わらなかった。
それでも全身から放たれる強者のオーラは紛れもなく本物。
住民達はガイウスの佇まいに息を飲み、彼には絶対逆らわない様にしようと強く決意する。
「休暇だと…?まさか。」
「ようやく気付いたか。そう、あれは演技だったと言う訳だ。あまりにも上手くいき過ぎてな、逆に疑ってしまった位だぞ?無論、そやつらが貴族でも何でもなく、リーガル侯爵の部下であるのは承知済みだ。」
『!?』
凛は配下達にアダムの動きを探るよう頼み、サルーンを乗っ取る計画を知った。
そしてアダムと行動を共にする貴族達…実は貴族でも何でもなかった。
リーガル侯爵が送った協力者と言う名の監視役で、裏からアダムを操ろうとしていたらしい。
アダムはそれを知らない様だったが、凛達には筒抜け。
逆にその計画を利用し、以前より出ていたガイウスの強化を行おうとの話になった。
ガイウス達はアダムに屋敷を追い出された後、まるで悲壮感を感じさせない様子でステラの歓迎会に参加。
歓待を受けつつ、死滅の森へ向かう為の最終調整を行う段階にまで話が進んだ。
この時、ガイウスと共に歓迎会に参加したランドルフも乗り気になっており、自分も参加するのだと信じて疑わなかった。
しかしここでまさかのアントンから連絡が入り、サルーン機能停止の余波がスクルドに来て忙しくなった事。
他貴族から(ランドルフ本人ではなく、あくまでも息子でしかないを理由に)圧力を掛けられ、困っていると助けを求められた。
ランドルフは断ろうとしたが、後でしわ寄せが来るのも癪だとの事で、渋々…本当に渋々ながらそちらの手助けをするとなった。
そのせいで今回の死滅の森行きは見送られる事になり、(アダムの元へ来た時に)ランドルフが不機嫌そうにしていたのはそれが理由だったりする。
状況から察するに、どうせならもう少し粘って時間を稼げよとでも言いたかったのだろう。
因みに、凛達はここへ来るまでに幾つかのパターンを想定し、どう転んでも対処出来る様にしていた。
しかし蓋を開けてみればアダムは拱手傍観を決め込むだけで対策を立てず、凛の配下達に鍛えられた住民達に制圧される始末。
これにはガイウスもやれやれと肩を竦めるのも仕方がないのかも知れない。
「さて…諸君!!」
ガイウスは後ろを向き、改まった様子で叫んだ。
住民達はいきなりの事態に体を強張らせるも、ガイウスに強い関心の目を向ける。
「我が敬愛する住民の諸君よ!貴殿らのおかげを以て、そこにいる不埒な輩を捕える事が出来た!皆のサルーンを愛する気持ちの深さに、私は感謝の念に堪えない!!」
ガイウスの言葉に、住民達は笑顔を浮かべ、涙し、頷き、得意げに鼻の下を擦る等する。
「こやつらは無理矢理サルーンを自分達のものにし、好き勝手しようとした者共だ!」
住民達はアダム達を睨み、中には再び石を手にする者もいた。
「もし貴殿らの協力がなかった場合、当然ながら今までと同じ生活を送るのは困難となっていた事だろう!だがそれはこれからも変わらぬ!何故か?このサルーンが、王国に属する都市の1つでしかないからだ!!
私は強くなった!だが幾ら強くなろうが、所詮は男爵位!そんな私では発言力がほとんどないに等しい!故に王国貴族は思うだろう!次にサルーンを攻め入り、手に入れるのは自分だと!手に入りさえすればそこにいる民からどれだけ絞っても構わないだろうと!こんな事が許されても良いのか!?」
「良い訳がない!」
「そうだそうだ!」
「いくら貴族だからって、俺達を好き勝手に出来ると思うな!」
「重い税が嫌で逃げ出したのに、これじゃ何の意味もないじゃない!」
「そう、否!断じて否だ!住民はかけがえのないものであり、同時に1人1人が財産!守り、育むのであって、決して虐げる為ではない!」
「流石、領主様だ!」
「そんな事を言ってくれるのは領主様位よ!」
「これからもあんたに付いて行くぜ!」
ガイウスは凛やランドルフと共に何度もサルーン内を回り、その度に住民達との対話を行ってきた。
その甲斐あってか、彼は貴族でありながらそこそこ話し掛けやすく、いつも自分達を気遣ってくれるちょっと強面な存在として認識。
住民達からの歓声はその後も続き、ガイウスは顔を綻ばせつつ、右手で皆を制する。
「皆の感謝の言葉、非常に嬉しく思う!だがすぐに第2、第3の王国貴族がサルーンを手中に収めようと、徒党を組んでやって来るのは想像に難くない!」
『………。』
「故に…私は王国からの独立を宣言する!!もう何人たりともサルーンに手出しはさせない事を今、ここに誓おう!!」
ガイウスがそう明言し、先程よりも一際大きい歓声が上がった。
住民達は自分達の生活を守る為とは言え、貴族に手を上げてしまった。
当然このまま終わる訳がなく、王国から追手が差し向けられる事となるだろう。
捕まって死刑になりたくないのを理由に国外逃亡しようと考えた者もそれなりにおり、ガイウスからの提案は正に渡りに船として多いに喜んだ。
その様子を見たガイウスは満足げに頷き、後ろを振り返る。
「…聞いての通りだ。貴様らの良いようにされては堪らんのでな、サルーンは王国から脱却する。」
「馬鹿な…こんな事が許される訳が…。」
「知らんよ。」
「な、なに…?」
「これからも予定は山積みでな。貴様ら王国貴族のご機嫌取りや愚痴に時間を奪われたくない。正直もううんざりなんだよ。」
「し、しかし、それだと王国を敵に━━━」
「一向に構わんよ。元々王国の思想には付いて行けなかったし、これからはやりたい様にやる。向かって来るのであれば叩き潰すまでだ。」
『………。』
「それで、だ。貴様らは私の協力者になって貰う。」
『!?』
ガイウスの言葉を受け、アダムや他の者達が反発。
しかしガイウスはそれを柳に風とばかりに受け流し、後ろにいる凛へアイコンタクトを送る。
それを合図に凛が前へ進み、アダム達は凛に見惚れる。
しかしすぐに我へ返り、再び文句を垂れる。
「皆さん。大変だとは思いますが、これからもガイウスさんの事を宜しくお願いしますね?」
凛が笑顔で申し出る。
これに住民達は苦笑いを浮かべ、不快さを露にし、諦めの表情に。
アダム達が王国貴族である以上、受け入れる訳ないと誰もが決め付けたからだ。
『はい、喜んでーーー!!』
ところが、アダム達は実に良い笑顔で、しかもハキハキと答える。
『えーーーーーーーーーーーーっ!?』
これに住民達は固まり、揃って目を剥くのだった。




