99話
凛は美羽。
それと心身共にリフレッシュしたステラを連れ、屋敷の外へと出る。
「うわー、凄ーーい!立派な野菜や果物が実ってるーー!しかも全部食べ頃ーーー!」
遠くの門の先に野菜が植えてあるのが見えたステラが、その場で跳躍。
上空にて、周囲を見渡しながら叫び、笑顔のままくるっと一回転。
着地と同時に凛から拍手され、やや照れ臭そうにする。
翠の成長促進スキルの効果により、午前と午後の1日2回。
作付けから収穫、後片付けまでが行える様になった。
現在は小休憩を挟み、収穫を始めようかと動き出した頃。
凛達が来たのは正にそのタイミングで、先程ステラは数え切れない位に大勢の人達が動く様子を目の当たりにしていた。
「そうだね。どうやら魔力を込めた水で育てると、作物は早く成長し、味も良くなるみたいなんだ。そこに成長促進スキルの効果で、更に成長を早めたって感じかな。」
「うわっ!魔力とスキルで早く美味しく成長とか、正にファンタジーって感じ!」
「そう、そうなんだよ!僕も同じ事思った!」
そう言って、凛とステラの2人はくすくすと笑う。
シャワーの件で凛とステラは一気に仲良くなり、ステラは呼び捨て。
凛は主と言う事で凛様と呼ばれはするものの、普通に話せる間柄になった。
(うーん…。)
そんな2人を複雑な様子で眺める美羽。
彼女は凛と同郷の者が現れ、話もしっかりと通じるので嬉しくは思う。
ただステラが来てからと言うもの、凛が見せる反応や表情はこれまで見た事がないものばかり。
しかも、肌と肌が触れ合う位に近い距離で会話を楽しんでいる風でもあった。
(いくらステラちゃんの中身が男の人とは言え、まさかこのままマスターが取られたりする…なんてないよね?)
と、難しい顔でもやもやを募らせる。
それは所謂『嫉妬』と呼ばれるもの。
しかし美羽はただただ混乱するだけでその事に気付ず、ひたすら頬を膨らませて睨むしか出来ないでいる。
そんな美羽の様子に気付かないまま、凛とステラの2人は話を進めていく。
「ステラは冒険者になりたいんだっけ?」
「ん?あー、そうだね。とは言っても、住んでいるところが貧しいのと、少しでも早く母親に恩返しをしたかったから…って考えが強いんだけど。一応、少しでも早く上がれる様に、物心が付いた頃から少しずつ鍛えてはいたよ。」
「(サルーンまで来れる体力とそれなりの強さがあるのは)それでか…早くサルーンに着いたのは鍛えてたからなんだ。見たところ手ぶらみたいだけど、普段から素手?それと、今後使ってみたい武器とかあったりする?」
「ううん。普段は闇(属性)魔法とか、スキルで生成した剣とかで戦う事が多いかな。その、うち貧乏だからさ…。」
ステラは黒幻スキルの効果により、上級までの闇属性魔法が扱える。
ただ、彼女は獣人。
獣人は身体能力が人より高い反面、魔法が苦手と言うか魔力量そのものが少ない傾向にあり、それに彼女も漏れなく入っていた。
故に、銀級に近い強さになり、転生者の特典とも言えるユニークスキルを授かりはしたものの、中級魔法ならギリギリ3発。
上級魔法であれば、行使直後に魔力枯渇でぶっ倒れる位の魔力量しかない。
以上を踏まえ、ステラは数年前に初級魔法の魔力量で黒い剣や爪を生成出来る術を開発。
『黒刃』や『黒爪』と名付けられたそれは、主戦力かつ金銭面での出費が抑えられるとしてかなり重宝された。
「それと、使ってみたい武器か…あるにはあるんだけど、多分この世界にはないと思うんだよね。手裏剣に苦無だし…。」
「手裏剣と苦無?あるよ、これでしょ?」
軽く首を傾げつつ、凛が両手を前に突き出す。
右手には苦無、左手に手裏剣が乗せられ、見せるつもりなのは明白。
ステラはダメ元で言ったつもりが、まさか本当に。
しかもあっさりと用意してみせた事に、頭が追い付けないでいた。
「え?ちょっ、え?苦無と手裏剣、だよね?うん本物だ。でもなんで苦無?…じゃなくて。凛様、この苦無と手裏剣をどこから?まさか…。」
「そう、空間収納だよ。僕のはその上の無限収納で、苦無と手裏剣は少し前に必要になったから用意したんだ。」
「苦無と手裏剣が必要な事態って一体…。」
「仲間から、投擲武器を使ってみたいとの要望があってね。」
「ああ、そう言う…。」
ステラは混乱から一転。
確かに苦無も手裏剣も投擲武器に含まれるな、と複雑ながらも納得した面持ちに。
ついでに、クロエが投擲武器の練習をするようになった日を境に、彼女以外にも訓練する者が増加。
特に人気なのが針とナイフ。
どちらも先端や刃の部分に毒・麻痺・睡眠の効果が付与されており、サルーン等の治安向上に一役買っている。
「はぁ…。」
「? ステラ、どうかした?疲れたなら休む?」
「確かに疲れたは疲れたけどー、誰のせいでこうなったと思ってるのさー?」
「え?もしかして…僕?」
「もしかしなくてもそうだよ!」
凛の可愛らしい問い掛けに、うがーっとツッコミを入れるステラ。
「いやまぁ、凛様は本当に凄い人だなとは思うよ?サルーンから移動した方法もだし、こんっっっなに立派な屋敷を建てるだけの財力とか、途中にある街で見たカップ麺やペットボトル飲料もそう。でも冷静に考えてみたら、正直やり過ぎなんじゃないかなーって思えて来てさ…。」
「ステラ…ごめん、この屋敷は僕が魔法で建てたから、全くお金が掛かってないんだ。」
「謝るとこそこ!?てか屋敷って、魔法で建てれるものなの!?」
「うん。土魔法の応用でね。」
「知らなかったー…いや、知ってても全く出来る気がしないけど。」
「それと、カップ麺とかは僕のスキル…と言うか、魔力を消費して生み出したものだから実質タダなんだよね。」
あまりの情報量の多さにキャパオーバーしたステラは、難しく考えるのを止めた。
「…つまり、何でもありって事ですね!」
一拍置いた後に浮かべるは、悟りでも開いたみたく実に良い笑顔。
それでも納得はしていないのだろう。
やや投げやり気味での答えとなった。
「ふっ…くく…。」
すると、不意に笑いを我慢する声が。
「「?」」
凛とステラは同じタイミングで声の聞こえた方…美羽を見る。
「ぷっ、あははははは!ちょっと2人共ー、面白過ぎだよーーー!」
そう言って美羽が笑い始めるのだが、凛達は何がツボになったのかが分からない。
急にどうしたのかと呆気に取られ、互いにアイコンタクトを送る。
「…何がそんなに面白いの?」
「だって…なんだか兄弟同士で喧嘩でもしてるみたいに見えるんだもん!」
「「兄弟…。」」
「はー、笑った…あ、でもでも。ステラちゃんは女の子だし、マスターも半分女の子みたいなものだから、別に姉妹でも問題は━━━」
「「兄弟でお願いします。」」
「ほらやっぱりーーー!」
息の合ったコメントに、美羽は再び爆笑。
凛は肩を竦め、ステラは左手を口元にやってくすくすと笑う。
「けどお兄ちゃんかぁ…僕、こっちでも向こうでも一人っ子だったからなぁ…うん、悪くないかも。」
「ふふん、だったらボクはお姉ちゃんだね♪」
「お、お姉ちゃん?」
「ステラちゃんはもう少しで15歳になるんでしょ?ボクは16歳なのだ♪」
腰に両手を当てた美羽が、得意げにフフンと胸を張る。
歳上ぶれると分かり、嬉しくなったのかも知れない。
「設定上はでしょ。実際は1歳どころか生後2ヶ月位だけど。」
「え、2ヶ月!?」
「はいそこ!設定とか言わない!…こほん、ちっちっちー。マスター君?こーゆーのは気分が大事なのですよー♪」
「君って…要は、妹分が出来て嬉しい訳か。」
「ちーがーいーまーすぅぅぅーーーーー!」
「ほら、美羽もその通りだって。」
「むぅー!もうっ、マスターなんて知らない!…くすっ。」
「「「あはははは!」」」
凛、美羽、ステラは互いに体を向け、大きく笑い合った。
「はー…良かった。ようやく美羽ちゃんが笑ってくれた。」
「あー、何故か知らないけどずっと仏頂面だったもんね。」
「えー?ボクそんな怖い顔してたかなー?」
「してたしてた。こう…目をキッて釣り上げててさ。」
ステラは左右の手を両目尻に当て、そのまま上に上げて見せる。
「うっそだーーー!」
「ホントだってー!…でもまぁ、僕がはしゃぎ過ぎたせいだろうな…ってのは想像つくよ。もう一生目にする事はないと思ってた物がまた見れて、浮かれたのは確かだから…。」
「ステラ…。」
「ステラちゃん…。」
「「この位で驚いてたら身が持たないよ?」」
「そうなんだ…って、え?」
「アルファ。」
「…ここに。」
凛が呟き、すぐ近くに跪く形でアルファが現れた。
「いきなり女の人が現れた!」
「アルファ、楽な状態で構わないから立ってくれる?」
「仰せのままに。」
「…ステラ。」
「! な、何?」
「彼女はアルファ。エクスマキナって分かる?」
「エクスマキナ?えっと確かロボット…じゃない。機械人形みたいな意味…だった様な?」
「まぁそんな感じで合ってるよ。アルファはそのエクスマキナと呼ばれる存在なんだ。因みに創ったのは僕。」
「こんなに綺麗な女性がエクスマキナ?しかも創ったって…えぇぇぇぇぇ!?」
「アルファ。シールドソードビット展開。」
「了解しました。シールドソードビット展開致します。」
凛からの指示を受け、アルファは6基のシールドソードビットを自身の頭上に設置。
いきなりの事態に、ステラはぽかんとするしかなかった。
「え、いきなり何!?なんか板みたいなのが宙に浮いてるんだけど!?」
「あれはシールドソードビットって言って、攻防一体型の兵器なんだ。」
「へ、へー…兵器。」
「因みに、美羽も同じものが使えるよ。」
「え!?」
ステラが目を見開きながら美羽の方を向けば、返って来たのは笑顔&Vサイン。
頬を引き攣らせる彼女へ、凛はお構いなしにアルファが持つ隠された兵装や機能だったり、ベータ以降の説明を行う。
途中でアルファが前方に倒れ、微妙な空気になる事もありつつ、ステラの「ガ○ダムとかト○ンザムみたいじゃん」との突っ込みから、誰がどの機体が好きかとの話に。
凛は○ュー、美羽はウ○ング(E○版)、ステラはク○ンタと。
見事にバラバラに分かれ、ここでも笑いが起きた。
それから、凛、美羽、ステラの3人は領地内の各所へ移動。
火燐、雫、翡翠、楓をそれぞれ代表とする、訓練部屋での訓練、衣料品や服飾雑貨の作製。
医薬品や化粧品の調合、料理やより良い作物の開発風景を眺め、自己紹介等の話を行う。
そして恐らくドラゴン好きであろうとの判断から藍火と渚を呼び、元のブループロミネンスドラゴンと水神龍リヴァイアサンに戻って貰った。
ステラはキラキラとした目を藍火達に向け、しばし彼女達の背中に乗り、ドラゴンライダーの気分を味わいながら空中遊泳を楽しむ。
続けて、ステラが黒幻スキルを得た事で忍者に憧れを持つ様になったとの発言を受け、的が設置された訓練部屋に場所を変える。
そしてステラは先程凛から貰った苦無と手裏剣を手にし、鉄製の鎧の的を当てる訓練を開始。
すぐに慣れ、5分もすれば的のどこかへ当たるまでに命中率を上げた。
そこへ、相性が良さそうとの理由からクスィーを呼び、お手本代わりに投げナイフ捌きを披露。
クスィーの達人っぷりに、ステラはに"ゃっ!と漏らしながら背筋と尻尾をピーンと伸ばし、クスィーの真似をする形で訓練を重ねる。
しばらく時間を過ごして夕方となり、ステラの歓迎会を開いた。
そこで美羽が『ステラは自分の妹』だと話した事で一気に関心が寄せられ、ステラは恥ずかしそうにする。
しかし持ち前の明るさや人懐っこさですぐに皆と意気投合。
加えて、(凛に侍る猫獣人枠は自分だと)勝手にライバル視したキャシーが絡み、駄々を捏ねて火燐から拳骨を貰う形となり、勝手に自爆。
そこで爆笑が起き、大きな盛り上がりを見せた。
歓迎会が終わり、入浴の時間となった。
ステラは美羽に誘われ、バスタオルを巻いた状態でやや気まずそうに浴室へ入る。
浴室には既に火燐達を含む、多くの女性がいた。
全員が一糸纏わぬ姿となっており、バスタオルを巻いているのはステラ位だった。
これに、ステラが尻込み。
と言うのも、ステラは今でこそ少女の見た目だが元男性。
しかも、村にいた時に裸を見た女性は母親と幼少期に近くの川で遊んだ時の女友達2人だけ。
彼女的に、どちらもノーカウントとしていた。
だがここにいるのは、美羽を始めとする世界最高峰の美女・美少女ばかり。
ステラは色んな意味で場違いだと判断し、浴室から逃げようとする。
「あ、手が滑った〜〜〜。」
そんな頼みの綱とも言えるバスタオルは、雫の手によって剥ぎ取られた。
直後、大人数に詰め寄られ、(凛と仲よさげにしていた事で)しばらく質問責めに遭い、たじたじに。
その一方、サルーンでも大きな動きがあった。
ステラの歓迎会が始まる少し前。
ガイウスとランドルフがいる屋敷に、サルーンの西側一帯を治めるアダム・フォン・ガストン子爵を先頭とする、貴族と思われる男性が数名。
それと100人もの兵士が一斉になだれ込んで来た。
これにガイウスとランドルフが憤り、いきなり何事だ、国に異議申し立てを行わせて貰うぞと叫ぶ。
しかしアダムは動じるどころか不敵な笑みを浮かべ、懐から取り出すは1枚の紙。
その紙はアダムがサルーンを治める事を認める旨が記載。
しかも発行元は王城…つまり国だと分かり、ガイウスは愕然。
アダムはそんなの関係ないとばかりにガイウスや部下、ランドルフを攻め立て、その勢いのまま彼らを屋敷から追い出す。
「ふはははは!田舎領主風情が!調子に乗るからこの様な目に遭うのだ!だがまぁ、サルーンをここまで大きくしてくれた事については感謝してやろう。だから後は私に任せ、慎ましい隠居生活でも送るが良い。ふ…ふははは…はーーーーーっはっはっはっはっはっはーーー!!」
そして窓越しにガイウス達が途方に暮れた様子で去って行くのを眺め、高笑いをするのだった。




